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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
5章 エブリバディ・プレイザフール
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5-5話 賢者or英雄



 トロッコ問題──命の重さを天秤にかける道義的なジレンマをもたらす思考実験。


 これを生死をかけたゲームとして成立させるには、言うまでもなく死ぬ人間が必要となってくる。


 仮にアウルムかシルバのどちらかが線路上に立ち、もう片方の線路に何人かが立つ。

 どちらを殺すのか?


 そういったゲームの場合は、味方を選ぶと考えられる。

 それではゲームが成立しない。


 では、どうやって成立させるのか?


 ここが重要だと二人は考え、グゥグゥの説明を待った。


「んじゃ、仲良し二人組が楽しく遊べるパターンもちゃんと考えてたのでそのシナリオで行きたいと思うんすけど、いいっすよね?」


「早く説明しろ」


「なんかこの後予定あるんすか? そんな急いでメリットあります?」


「お前とダラダラ話すことにメリットがない」


「そうっすか……じゃあお忙しいの方に向いてるゲームの説明しますよ……ふふ……」


 以下がグゥグゥによって説明されたゲームの内容及びルールである。


 問題──これから5日間強制的に拘束されることになります。ただし、5日間拘束される時間を減らすことも出来ます。

 別室にて待機している年齢のバラバラな男女50名の命は二人にかかっています。

 1人の命を助ける為には1人につき1日、どちらか片方が拘束される必要があります。誰が助かるかは完全なランダムです。

 また、このゲームとは全く無関係の人間1人を殺すと5人を助けることが出来ます。


 最終的に、パートナーが拘束された人から何人を助け、無関係の人間を何人を殺すかを推測してください。


 以下がゲームの詳細である。


 ・プレイヤーAとBにはそれぞれ別の役割が与えられる


 ・役割は『賢者』と『英雄』である


 ・賢者となったプレイヤーは英雄の答えを予測する必要がある


 ・賢者が英雄の答えを正確に予想することが出来れば英雄の拘束日数は0日になる。ただし、50日間拘束されて飲まず食わずで生き延びることは不可能であり、実現出来もしない答えは正解とは言えない。


 ・英雄の答えとの差があれば英雄は解答した日数にプラスで賢者の解答の誤差の数×日だけ拘束される


 ・その拘束されている期間は日光が遮られた真っ暗な無音の空間で過ごし、如何なる魔法及び能力の行使は出来ず水や食料の提供もされない


 ・英雄が死ねば残り日数は賢者が肩代わりする必要がある


 ・1日につき、金貨100枚もしくはそれに相当する価値のものを差し出すことで拘束日数を減らすことが出来る。また、救う人も1人につき金貨100枚の交換で可能である。




「待てや。お前の言うたルールやと拘束時間ゼロ、犠牲者ゼロ、出費ゼロの方法がないやろうが!」


 このゲームの内容を把握すると、シルバは震えていた。


 支配人グゥグゥのあまりにも身勝手で悪辣なゲームの提案に怒りを覚えたからだ。


 しかも、勝利しても完璧にクリアする方法が用意されていない。時間、命、金、何かしらを失う。


「いやいやいや……リスクがあるのは当たり前じゃないっすか!それにあの50人も無関係ではないっすよ?

 あの馬鹿な人たちは運が良ければ金が得られて悪ければ死ぬっていう別のゲームに同意して自らの意思で参加してるんすからね?

 生きる希望ない人たちが完全な運任せしてるだけで一攫千金のチャンス掴もうとしてるのに勝手にこっちを悪者にされても困りますけど?」


 グゥグゥはわざとらしく手を振り、笑いながら否定する。


「そうか……なら別に良いか騙されてるならまだしも、自分の意思で死ぬリスク覚悟なら俺たちがどうこう言ってもな」


「アウルム!? お前それで良いんか!?」


 あっさりと他の参加者の命を握ることに納得するアウルムにシルバが正気を疑う。独特の死生観や判断基準を持つアウルムだとしても、らしくない発言だとシルバは驚きを隠せず、真意は分からなかった。


「良いんかって……人はいずれ死ぬからなあ……?」


「おいおいおい、それじゃあ悪役やんけ俺らが」


「いやこいつが用意したゲームで誰が死んでもこいつのせいだろ。俺たちが悪いと思わせるのがこいつのやりたいことなだけで、それに一々反応してられん。こいつが悪い。全部こいつのせい。お前の女癖が悪いのもこいつのせいだ」


「それは違うやろ!? ……って、なんでこいつのことちょっと庇ってるみたいになってんねんッ!? お前は何を言うとるんやッ!?」


「なかなか面白いっすね、あなた」


「そうか? だがお前つまらんな。とんだ小物だ……お前は──ただの頭が良いつもりの愚かな臆病者だな」


「は? 俺っちのことっすか?」


「お前しかいないだろ。ああ、そうだお前だよ。興醒めだなこんなゲーム。だってそうだろ? お前と直接知恵比べ出来るかと期待したんだが、これじゃあお前との駆け引きの要素が一切ない。与えられた問題を俺たちが解くだけ。その問題に踊らされる俺たちを見るのが楽しいだけって……フッ……レベル低過ぎだろ。

 直接の知恵比べで負けるのが怖いとしか思えんな?

 ああ、多分以前に自分より知恵の回る者と戦って負けたからこんな方式取ってるってのは分かるから無茶な期待だったか……」


「……挑発してるつもりなら下手っつーか、雑だし見え透いてません?」


 グゥグゥが僅かな沈黙の後に口を開く。


「いやいや……挑発じゃないさ、これはただの『落胆』。大口叩いてる割に拍子抜けというか、ガッカリしただけだ。ゲームマスターを名乗ってる割にゲームがつまらんかったからな」


 アウルムはわざとらしく肩を落とし、グゥグゥに対して見下したような態度を見せる。


「じゃ逆に聞きますけど、何か具体的な提案あるんすかね? 文句言うなら誰だって出来るし、そこまで言うからには意見出してもらわないと口だけの人になっちゃうけど大丈夫そうですか?」


「簡単だ。お前も英雄の答えを予測しろ」


「なるほど、あーはいはい……つまり、答えの誤差から拘束時間を差し引きするってことでこちらにも勝負させたいと?」


「それくらいは理解出来るか」


「いいっすよ……とでも言うと思いました? なんか俺っちにメリットありますかそれ?」


「メリット? 別にないが?」


 何を言ってるんだと驚くような表情でアウルムはグゥグゥを眺めた。


「いや〜ちょっとそれでこっちが乗ってくるって思ってるなら頭残念過ぎますよね〜、なんでこっちがメリットのないことしないといけないのか理解出来ませんからね」


「じゃあ聞くがこのゲームの方式自体、お前にメリットなんかないだろ?

 単に殺し合いさせればいいだけの話でまどろっこいし問題を解かせる必要がどこにあるんだ?

 ないよな? つまり、お前は本質的には知恵で勝つことの快感を求めてる。そうだろ?

 だったら俺と直接知恵比べした方が気持ちいいし、このゲームの趣旨に合ってる。

 なんか間違えたこと言ってるか?」


「確かに、知恵比べして勝ちたいしそれが面白いからこんなことやってる……それは合ってますね。

 いいっすよ別に。負けたところで拘束時間が減るだけで損するとかはないですからね」


「なんや、もう負けた時の心配か?」


「ん? 負けた時の心配なんていつしました?」


 シルバの一言にグゥグゥは間髪入れず返す。


「負けたところで〜言うてたやろ。お前が用意したゲームで万が一にも負けることはないですけど言うてるなら分かるけど……これは俺らの『勝ち』やろうな〜」


「だな、こっちは命かけてるんだから負けた時のことなんか考えてないってのに、支配人は覚悟がまるで足りてないな」


 シルバの煽りにアウルムも同意して鼻で笑う。


「覚悟なんて口先ではいくらでも言えますからそんな大したもんじゃないでしょ? なんか変わるんすか?

 だから俺っちは覚悟は形あるもので証明するんすけどね、あなたたちみたいな幼稚なハッタリや挑発じゃなくてね……解答の差1につき、金貨100枚。差し上げますよ……まあ、生きてここを出られたら。の話っすけどね?」


「言うたな?」


「別に約束破るつもりはないっすよ」


「ゲームにお前が負けた場合、プラスで金払えよ。払えへんかったら死ね。吐いた唾飲ませへんぞ」


「こんなしょーもないことで嘘ついてどうするんすか!」


 グゥグゥは笑いながら、手を前に出してやめてくださいよといいだけなポーズをとった。


(アホが……俺との口約束はそんな軽いもんちゃうぞ)


『破れぬ誓約』──発動準備。


「んじゃ、取り決めも決まったことですし、ここからはお互い会話無しでオナシャース!

 賢者はこっち、英雄はこっちで」


 グゥグゥが指を鳴らすとステージが現れる。


 英雄が解答する為のものであり、一つ高さの違う場所にスポットライトとタッチパネルのようなものが見える。


 向かいには二つのタッチパネルと衝立が用意されて、グゥグゥと賢者用のものであることが分かる。


「さて……お前に俺の考えが予測出来るかな?」


 アウルムは不敵に笑い、ステージの方に歩き出した。


「「何ぃっ!?」」


 声を同時に上げたのはシルバとグゥグゥ。


「ん? 俺が賢者やると思ったのか?」


「当たり前やろ! こんなん俺の考えをお前が予測する、失敗しても耐久力が上の俺が拘束される。言うまでもない配役やろうが!?」


「そいつは違うな……シルバ、お前が俺の動きを読まないとこの勝負は勝てない」


「はいっ! そこまで! いや〜これはちょっと予想外でしたけど確かにどっちがどの役をやるかは明言してなかったんで一本取られましたね……!

 でも、これ以上の会話は不正行為と見做すので禁止させて頂きます!

 ただ……こっちを驚かすのは良いとして、それが墓穴を掘ることにならないと良いですねえ〜」


 グゥグゥはパン! っと手を叩いて会話を中止させる。


 アウルムは分かったとそのままステージまで歩いていった。


「よお、お前がアウルムの答え事前に知ってたら勝ち目ないけど、不正行為せん保証があるんかいな」


「ありますよ。賢者が先に答えを開示してから、英雄に答えを記入してもらえば済むだけの話ですから……ちょっと考えたら分かりません? これ知恵比べのゲームっすよ?」


「ちょっと考えたらお前から言質とゲームの仕組みの確認とっておくのは必要なことって分からんか?

 そりゃアウルムに言い負かされるよなあ」


「どこが言い負かされてるんすか? こっちは要望に応えてあげてるだけで立場違うのが分からないって、これは勝負以前の話じゃないすか?」


「そうやろうか? アウルムが英雄側に行くことも含めて予測出来てへんのやから既に負けてるやろ。お前のゲーム全部クリアされてるし」


「あなたも予測出来てないのに、人には言うってそれどうなんすか?」


「お、予測出来てないことは認めるんやな!」


「……それで勝ったつもりですか?」


「つもり? いや、勝利を確信してるわ」


 程度の低い揚げ足の取り合い、とも思えるような言い合いをした後、シルバは目を細めて笑いながら賢者の席につく。


 ***


(啖呵切ったはええけど、マジで大丈夫なんかよアウルム何考えてんねんお前ぇっ〜〜!?)


 シルバの胸中は穏やかではなかった。アウルムだから何かしらの考えがあっての行動ということは理解出来るが、その行動の意図するところがまるで見えず、説明中は何日耐えられるかの計算をしていたので、寝耳に水だった。


 自分の考えなら、簡単に読める。普通に考えて、回答し、アウルムがその答えを予測する。それでなんとか勝てるだろうという算段が崩れた。


(おいおいおい! 全然分からんって! あいつ最悪全員殺して0日! 突破! って言うタイプやぞ!)


 シルバは動揺を悟られないように徹し、アウルムの思考を読むことに悪戦苦闘していた。



 一方、ステージの上に立ち、シルバとグゥグゥが答えを出すことを待つアウルムに動揺や焦りのようなものはなかった。


 全て、計算通り。ゲームの内容すら若干の修正をさせて思い通りに誘導することが出来ていたからだ。


(このゲームはトロッコ問題に加えて、『臓器くじ』、『 ザバイオリニスト』、『カルネアデスの板』の思考実験を混ぜ合わせた問題ってこと、シルバは知らんのだろうなあ……)


 一見、複雑なトロッコ問題にも思えるこのゲームだが、複数の思考実験がベースになっている。


 臓器くじ──無差別に1人を殺し、その人間の臓器を分配して5人の病人を救うことに関する思考実験。


 ザバイオリニスト──1人の命の為に何の同意もなく長時間拘束されることに関する思考実験。


 カルネアデスの板──1人が助かる為に誰かを殺して自らの命を優先する行動を取ることに関する思考実験。


 その全ての要素が足されている。


 アウルムの考えでは、支配人グゥグゥの中身は人がどういった命の重さの捉え方をするのか見たい。答えそのものではなく、その葛藤や結果が見たい。


 口先だけで理想を論ずるのは容易いが、実際自分の事となると我が身が可愛いだけの嘘つきであることの証明。


 そこから、結局人は愚かであると再確認し冷徹で合理的な判断が出来る自分こそが優れているとゲームを通して表現したい。


 そういった心情の発露ではないかとプロファイリングを進めていた。


(だが……これに答えはない。1人の人間がスパッと結論を導き出せるのであれば、これだけ長くの間議論されていない。

 こんなものはゲームとして成立しない。奴が持って行きたいシナリオありきの問題だ。

 そして奴はそれを証明したいということにしか頭が回っていない。

 だからこそ、ゲームのルールそのものがひっくり返されたということに気がついていない……支配人グゥグゥ、多少頭は回るようだが知識だけの頭でっかちで幼稚な負けず嫌い、親との確執あり。人を見下し、取り繕った喋りは低い自尊心の裏返し……お前はもう負けている)


 既に布石は打たれている。答えも決まっている。


 後は2人の解答が出るのを待つのみ。


 アウルムは命を賭けた場にも関わらず、この後のプランを練る余裕だったが、支配人グゥグゥの胸中はとんでもないことになっていた。

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