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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
5章 エブリバディ・プレイザフール
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5-4話 支配人グゥグゥとトロッコ問題

 

 突如話しかけ、すぐにゲームを離脱したミアと他の参加者があっさりとゲームから降りたのには当然のことながら、仕掛けがあった。


 まず、ミアがこのゲームに参加した理由として行動を共にしていた『お師匠』なる存在と、はぐれてしまい彼が足を運びそうな場所として、このゲームに目星をつけてたからである。


 しかしながら、ミアの思惑とか違い彼はその場にはいなかった。持ち前の頭脳を使いなんとか試練を突破して生存していたが、これ以上この場に留まる理由もなく、円満に離脱出来るのであれば、したい旨を伝えられた。


 また、他の参加者の実力ではこの先、生き残るのは難しいだろうと彼女は言った。


 それに関してはアウルム、シルバともに感じていたことであり、わざわざブラックリスト勇者による被害者を増やしたくもなかった二人としては彼女の提案するいくらかの金を握らせてゲームを降りさせるという案に乗る形となった。


 肝心の説得であるが、それに関してはシルバの『破れぬ誓約』が大いに役立った。


 一人一人に交渉を持ちかけ素直に応じる者を除き、金だけ受け取りゲームを続けようと約束と異なる行動を取った者にはシルバのユニークスキルの効果が発動し、強制的な排除が成功する。


 側から見れば、コロッと行動を変えて大人しくゲームから降りたようにも見えるその姿はミアだけでなく、支配人グゥグゥにも不気味に映ったのは間違いない。


 とうとう、この場にはアウルム、シルバ、グゥグゥの3名となり、周囲への被害などにも気を回す必要がなく討伐に専念する事が可能となった。


「へ〜、まあこれまでの動き見てたら当然といえば当然すけど、犠牲者が1人ってのはつまんないっすよね。

 もっとこう、阿鼻叫喚とした地獄のような空間が出来上がるの楽しみにしてただけにちょっと残念だな〜って俺っち思う次第で──」


「御託はええからさっさと始めろや」


 支配人グゥグゥのダラダラとした回りくどい口上に対して被せるようにシルバが啖呵を切る。


 命のやり取りをする上での基本的な考え。


『相手に主導権を握らせない』


 グゥグゥのペースに持っていかれないようにする為、敢えて被せるように言葉を発し挑発及び時間稼ぎを阻止する為のものだった。


 こちらのスキルを探るような話し方や、無駄な会話で時間を稼いでいるのは明らかで少しでもグゥグゥの思惑を邪魔して優位にことを運ぶべきだった。


「それとも何か? 今すぐ始められない事情でもあるのか? しっかり準備してから開催するべきだろ」


 更にアウルムも追撃する。少しでも精神的にプレッシャーを与える為に。


「いや〜、普通に失礼じゃないっすか? お金欲しくて来てるんですよね? ここで俺っちの機嫌悪くして「やっぱり支払うのやめまーす」なんて言い出したり、ゲームの難易度上げられたら都合悪いの、そっちって発想には至れないんすか?」


「お金が欲しくて……? 違うな、俺たちは『お前から全て奪いに』ここに来てるんだよ」


「アウルムさんでしたっけ? 威勢が良いのは構わないっすけど、そんな大口叩いて後で失敗したらクソダサいですけど、大丈夫ですか? 今のうちに撤回して謝っておいた方が身の為だと思いますけどね〜?」


「お前こそ、ケツの毛までむしり取られる準備しといた方がええで? 」


「ビッグマウスはあなたもですか……まあ良いでしょう。ゲーム始めますか……」


 左の口角だけ上げてニヤリと笑い、グゥグゥに向けて指を差したシルバをグゥグゥは呆れたように見上げる。


「最後のゲームはトロッコ問題ってゲームです」


「ふんっ……」


「……何かおかしいですか?」


「いや……続けてくれ……ククク……」


『トロッコ問題』と聞いた瞬間アウルムは鼻で笑ってしまう。

 この反応、グゥグゥを揺さぶる意図はなく、アウルムの予想の範疇を超えない極めて支配人グゥグゥらしい平凡な発想であることに思わず笑いが込み上げただけである。


 しかしながら、この一つの笑いが支配人グゥグゥにある疑念を持たせ判断力を鈍らせるには十分な効果を発揮することになる。


 ***


 支配人グゥグゥとは、あくまでゲームを仕切るマスコットとしての名前であり、それを操作する日本人勇者の名を神宮寺(じんぐうじ) 求仁(ぐうじん)という。


 苗字の通り、寺の子であり父親は坊主であり幼少期から仏教による教えや倫理観などと口うるさく説かれて来た。


(トロッコ問題と聞いて笑った……? あの金髪の方はモンティ・ホール問題も知っているかのような反応を見せたが……まさか日本人……いや、俺っちの世界の出身の人間……召喚者か?)


 モンティ・ホール問題は数学的な要素と、心理的な要素が組み合わさっているものであり、この世界においても洞察力が優れていれば解けなくはない。


 こういったゲームに参加するのだから多少頭の良い人間が現れるのは不思議ではない。

 まさか、運や力任せでなく、正しい答えを導き出してクリアするものがいるとは思っていなかったが、それでも可能性としてはあり得たので重要視はしていなかった。


 だが、『トロッコ問題』。


 このワードだけで笑うというのは些か引っかかる。この言葉を知っていなければ笑わないはずだ。この世界の言葉で面白く聞こえるような意味があるのだろうか?


 そんな思考も巡らせたが、翻訳によってトロッコは『トロッコ』のままであっても『問題』はちゃんとこの世界の言葉で翻訳されているはずであり、笑うような箇所はないはず。


(他の勇者……では無さそうですね……となると、現地人だけど、他の勇者からトロッコ問題について聞いたことがある……それはあり得る……)


 アウルムとシルバの手には例の指輪はついておらず、鑑定でも証明されている。


(この二人……金目当てではないとなると俺っちの事を恨んでる誰かからの刺客…………そして日本人から知恵を与えられていると考えるとおかしくないんすかね……)


 神宮寺の性格から、誰かに恨まれるということは違和感がなく、自身もそれ自体には驚きはない。


 全ての人に好かれるなど不可能だということは理解している。ただ、自身の行いから嫌われるような事をしているという自覚は欠けている。


 間違った解釈により、自身の正当化に成功し嫌われること、命を狙われることへの耐性はあるが一体誰からという疑問は残る。


(あの金髪、まるでこちらの考えてる事はお見通しだ……なんて言いたげな態度が気に入らないんすよね〜俺っちの大嫌いな生徒会長みたいで叩きのめしてやりたくなりますね)


 神宮寺は昔から人の話の矛盾をついたり揚げ足を取ることが楽しかった。


 ある時、父との会話において矛盾を指摘すると顔を真っ赤にして怒り「お前は一休さんにでもなるつもりか」と嘲笑混じりで馬鹿にされた。


 だが、ここで神宮寺は「やはり」と確信に至る。父は仏の言葉を何かと引用するだけの阿呆であり、カッとなった時に仏の教えは生きておらず、馬鹿にするという方法で保身に走った。


 ひねくれた性格故、物事に対して穿った見方をする。それに対し父はくだらない説法でこちらを説き伏せた気になる。

 神宮寺からすれば、それはただの揚げ足取りですらない。反論の根拠として、それは根拠ではなく『個人の感想』だったり、『思想』に過ぎない。


 そこの矛盾を指摘する。その指摘に対し的外れな仏の言葉の引用の応酬。


 自身の考えを父の言葉ではなく、他人の言葉を利用して否定されるという日常が神宮寺の性格を形成したのか、元々そういった性格なのか、判断は誰にも出来ないが父との会話が現在の神宮寺を生むにあたって影響したのは確実である。


 そして、いつしか論破したり、揚げ足をとったり、そういったアクションによって他人が何らかの反応を見せることが楽しいと感じるようになっていった。


 高校生活においても、その性格から学校では煙たがられていたが、ある時神宮寺に活躍の場が発生する。


 学校内における『討論大会』が開催された。常日頃父と討論をしているといっても過言ではなく、神宮寺は持ち前のスキルによって他の参加者を論破しまくり、勝ち進み決勝まで行くこととなった。


 そこで対決したのが生徒会長、布施光である。


 政治家の息子であり、頭脳明晰、眉目秀麗、才色兼備、文武両道、枚挙にいとまがないほどの完璧人間として校内で絶対的な人気と知名度を誇る人物が相手となる。


 対戦者として不足なし。彼を打ち負かせば自身の優秀さの証明となる。


 自信を持って決勝に臨み、その時の討論する議題こそが『トロッコ問題』であった。


 トロッコ問題においていくつかのパターンが存在するが、この時は一人の赤ん坊と、五人の老人のどちらを助けるかというテーマ。


 生徒会長は「どちらでも構わない」と言うので神宮寺は赤ん坊を選択する。


 神宮寺にとって赤ん坊の方が明らかに『有利』と判断した。


 将来性などの観点から攻めて、生徒会長は老人の知恵や人数の観点から議論をする。そう予測していた。


 だが、これは勝ったと確信していたが結果は神宮寺の敗北。


 その時に印象的だった生徒会長の言葉がある。


「これは『討論』をする場所であり、討論内容から多様な意見を得て見識を深めることが目的だ。

 君は如何に自分が正しいかの主張をするばかりで、人の意見を聞く気がないように見える。

 相手の意見に基づき建設的な意見の応酬の結果見えてくるものがある。そこを履き違えてはいけない。これは討論会であって『論破会』ではないんだよ」


 これが決定打となり、蓋を開けてみれば神宮寺は敗北に終わる。


 到底納得のいく結果ではなかった。討論の内容で言えばこちらが勝っていた。認められない。


 あの時の生徒会長の目は本心からそう思っているとは思えなかった。


 ただ、周囲の人間にどう映るかという点に重きを置き、勝っているかのように錯覚させることに成功しただけで、内容では勝っていたのだと言い張った。


 そこは政治家の息子として、生徒会長もやっている布施光の方が単にこの場にて、一枚上手だったという事実を無視しているのだが、直視は出来なかった。


 更に生徒会メンバーの体育委員長が放った一言も神宮寺には根深く残っていた。


「ガタガタうるさいんだよ! お前は事実とか根拠とかやたら言うけどお前が負けたことが『事実』だろ!? 敗者の戯言にしか聞こえないんだよ!」


 そこから、会場に神宮寺をブーイングする空気が伝播していった。


 あの時の体育委員長も、シルバに重なる。


『トロッコ問題』とは神宮寺にとって特別な意味合いを持つものであり、ゲームの最後を飾るに相応しいものだと考えている。


(殺す……こいつらはなんとしてでもゲームで殺して俺っちの正しさを証明するッ……!)


 あの時の光景がフラッシュバックした神宮寺はグゥグゥという人形を通した見た目で二人を睨みつけた。


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