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1-9話 シリアルキラー講座

 

 キラドは王都に次ぐ大きな街だ。王国の西に位置し、隣国との防衛拠点となる、立派な城壁や歴史的建造物も多く残る。

 依頼を求めに冒険者が、一稼ぎしようと商人が、名所を見に観光客が。とにかく人の行き交いが激しい。


「1ヶ月以上この街に滞在しているが、ここまで勇者の目撃情報がないというのも変だな」


「隣国の牽制に勇者が何人か常駐しててもおかしくないもんな」


 コツコツと聞き込み調査をしているが、このキラドで勇者を最近見たと言う話を驚くほど聞かない。

 流石にアウルムとシルバは違和感を覚えていた。


「となると、上の方で何らかの情報統制がされてるのかもな」


 魔王軍との戦いが終わり、その後勇者は何をしているのか?

 今のところ、勇者が召喚された国に帰還したという話は聞かない。つまり、帰らないのではなく、帰れないのだろうと予想がつく。

 物理的に無理なのか、光の神の何らかの事情で帰さないのか、それは分からない。


 だが、この世界にいるならば普通に生活をしているはずだ。

 王国の人員として働く勇者もいるだろう。ユニークスキルを使い重宝され、抱え込まれていたり、自由に旅をする者もいるだろう。


 そんな勇者がこの街で何かしているという情報が出てこない。

 昔こんなことをしたとか、英雄譚は耳にする。


 街中で吟遊詩人が歌い、舞台で役者が劇をしている。多少の脚色はあろうと、勇者がこの世界に影響を及ぼした痕跡は文化レベルに浸透している。


 だが、今、どこで、何をしているかについては一介の冒険者、平民のネットワークでは情報が入ってこない。


 勇者とは考えようによっては国の秘密兵器であり、資産でありブランドだ。だからこそ、俗世間に姿を現し、人々のイメージを操作する意図があるのかも知れない。


「勇者の視点に立って考えてみよう──ある日いきなり学校まるごと異世界に召喚され魔王との戦いを強いられる。紆余曲折ありながらも魔王は倒されて有名人になる」


「芸能人と、考えたら下手に顔出して街中歩くのも難しいな。日本ですら皆マスクやメガネや帽子で変装してるし、見つかったら握手してください、写真いいですか? やもんな。

 それが、世界を救った英雄となるとバレた時の騒ぎもとんでもないことになりそうや」


「しかも、見た目はこの国に多くいる人種ではない若い人間……教職員なんかは若くないかもだが。街中を歩いてたらすぐにバレるな」


「やっぱり、変装してるんちゃう? 例えばマジックアイテムで顔を変えるとか認識阻害するとか……あとは……そうやなあ、ユニークスキルでそういうことする担当のやつがいるとか」


「面白い、その発想はなかった。勇者のユニークスキルはバラバラなのだから、それぞれに担当者がいてもおかしくないな。パーティ単位で活動していたという話を聞いていたから、それぞれ独立して行動していると考えていたが、勇者全体をまとめる組織のようなものがあり、日常生活をサポートし合っているということも考えられるのか」


 そこまでは考えてなかったけど……とは言えずシルバは黙って頷く。


「でも、俺は自由にやらせてもらうでって奴が出てくると思うから、そのサポートがあったとして全員に行き届いてるはずもないしな。

 やっぱり認識阻害系のアイテムを国が配ってるとかの方がありそうや」


「もし本当にそうなら発見は困難を極めるな。普通に生きていても見つけにくい。悪いことをしているなら尚更そこには気を使うだろう──そろそろ次のステップに移る潮時かもな」


「えーと、商人になって迷宮都市でレベリングやっけか」


「それは手段の方だな。目的としては、より情報を得られる立場になること──つまりコネだ。冒険者、商人として名を上げる段階に来ている。もちろん大きい額の資金も実力も必要になってくるがな」


「コネかあ……それって今より目立つってことやろ、リスク高いから今まで控えてたワケやが」


「今までは俺たちはこの世界に馴染む必要があった。ぽっと出の人間が考えられないスピードで冒険者として昇格したり、強い敵を倒したりするのは論外だった。異常だと思われるからな。

 だが、逆に異常だと思われなければそこそこ活躍しても良いんだよ。

 この一ヶ月何をして来た? 何を見て来た? 何をしたら異常だと思われるかのボーダーを既に感覚で掴めているだろう?」


「せやな、普通の人ならこれくらい、ちょっと凄い人ならこれくらいってのは肌感で分かってくるよな。

 教養で言えば現代日本の普通は凄過ぎるし、戦闘で言えば現代日本の凄いはそこまで凄くないしな」


 市場で買い物をして、お釣りの計算を暗算で素早く答えると「商家の出かい? 早いね」なんて驚かれるし、冒険者ギルドでは、依頼文を読んでくれと頼まれ説明するだけで貴族の次男か三男かと聞かれたり。


 自分たちが普通に出来ることに驚かれ、そのギャップを地道に埋める作業をしてきた。


「難易度も報酬も高い依頼は有力者がクライアントだ。そこで顔を売れば手に入る情報の幅も広がる。身分の差が激し過ぎて、階級ごとで情報の断絶、乖離が大きい。

 俺たちのコネや地位ではこの街で得られる情報というのはここらが限界だと思う」


「平民から得られる噂話はファクトチェックもないデマ率高いからな〜」


「教育を受けてない人間の考えだからな。実際、甘いファクトチェックのせいでボルガ団にお前は絡まれたんだし」


「ボルガ団のは雑な考えやと思ったけど、この街の平民の噂もそれくらい安易な推測のもと話してるもんな。暴力で解決してないだけで」


「だが、娼婦殺しの噂はウラが取れてる。あれは事実に基づいていた。調査した頃にはピッタリと犯行が止まってしまって結局未解決事件になってしまっているが」


「いるもんやねんな、異世界にもシリアルキラーって」


「『シリアルキラー』についてどれくらい知ってる?」


 アウルムは知識を披露したげにシルバに笑いかける。これはいつものクセだなと思いつつもシルバは頭の中にある知識を引っ張り出して話す。


「え〜っと……連続殺人犯、猟奇的殺人、サイコパス、ジャックザリッパー、ピエロのジョンゲイシーとかエドゲイン、そんな感じか?」


「まず、定義についてだがシリアルキラーとは2人または3人以上殺していること。犯行がそれぞれ個別に行われていること、一定の冷却期間を置いていることだ」


「殺しの人数については分かるけど後の二つは?」


「例えば、4人家族を惨殺した殺人犯がいたとしよう。犯行はその1件のみとなると、一度に4人殺しただけでシリアルキラーとは呼ばない。4人家族を殺した後に隣の家に行き5人殺したとしよう。この場合もシリアルキラーとは呼ばない」


「そうなんか」


「それは大量殺人犯ではあるがシリアルキラーではない。隣の家で殺した場合、つまり同じタイミングで移動し次々殺すのはスプリーキラーと呼ばれる」


「殺人犯って言っても色々呼び方があるんすね、勉強になるわ」


「次にシリアルキラーの分類の仕方だ、色々細かくなるので詳細は省くが、ざっくり二つに分かれる。何か分かるか?」


 さっさと教えてくれよとは思いつつも、アウルムの講義に付き合いシルバは顎髭を触る。


「二つね……快楽の為かそれ以外の理由か、とか? 生活の為とか、病気で敵やと思ってしまうとか」


「ちょっと違う。秩序型か非秩序型か、だ。動機について四つに分類されるが、お前の答えはそっちの方だな。

 秩序か非秩序か、これは衝動的に無計画に殺人を犯すのか、計画して殺し現場をコントロール出来ているのかと言う点から捜査は始まる」


「で、何が言いたいん?」


「今回の娼婦殺しはどちらだと思う?」


「裏路地で娼婦を殺してるし……死体は発見されてるし、騒ぎになってるから非秩序型じゃないの」


「こいつは秩序型だ……何故なら犯行の瞬間を誰にも見られていない。無計画に殺せば見つかる可能性がグンと上がる。ところが、目撃者情報もなく、女の叫び声や争ったような声も聞こえない。


 生きたまま喉を切り、目玉を抉り、舌を切り落として腹を切り裂き内臓を出している。性器も滅多刺しだ。この手順は一貫している。どうやら、よその街でも同じようなことをしているらしい。

 ここまでの手口には相当手間がかかる。リスクが高い、娼館の立ち並ぶ通りをウロつき、目に入った何らかの条件に当てはまるターゲットを見つけたら思いつきで行動し、今の今まで何も分からないとなると、無理がある。


 だが、実際は上手くやっている。洗練され、殺しの技を磨いている。こいつには絶対的にバレない自信があるのさ。自分だけのプランが」


「なら、それなりに知性はあるのか」


「そうだ。秩序型には高い知性を持つ人間が多い……だからこそ、この娼婦殺しは厄介だ……勇者なら尚更な」


「お前はその娼婦殺しを勇者やと思ってるんか?」


「分からない。あり得ない死に方ならユニークスキルの使用を疑ったりはするが、凶器はどこにでもあるナイフのようなもので、極端な話……殺し方は女にでも出来る──レベルの概念があるこの世界ならな」


 ここでシルバはあることに気がつく。アウルムの知識はどうやって手に入れたのか。どうやって生きたまま殺されたかが分かるのか、誰も見ていないという話なのに。


「ん? 被害者の墓を掘り返して検死した」


 真顔でそう言い放った。


「お前……墓掘り返すって、どうなのよそれは」


 俺の知らぬ間になんてことしてるんだとシルバは動揺を隠せなかった。


「『解析する者』を使えば専門家でもない俺でもある程度は分かるからな。そういう調査は俺の担当でもあるし」


「いやそういう話じゃなくて……まさか、とは思うけど被害者の遺体をアイテムボックスに入れてないやろうな?」


「必要なことは分かってるからちゃんと埋め直した」


 必要なら遺体だってアイテムボックスに保存し続けると、言外に言っているのだ。流石に恐ろしくなってきたシルバはシリアルキラーよりもこいつの方が危険なのではないかと、チラリと思った。


「とにかくだ、被害者の選び方には大抵ルールが存在する。被害者の持つ何かがそいつを引き寄せてる。この共通点が見つかればプロファイリングが進む」


「プロファイリングが進むのは分かるけど、それがどう役に立つ?」


「どんな相手を選ぶのかが分かればこれからまた娼婦の連続殺人が発生した場合、誰を狙うのかが見当がつけられる。その人物をマークしていれば、娼婦殺しを発見出来る可能性がグンと上がる。勇者かどうかは会えば分かるし、勇者なら殺す理由にこれ以上のものはないだろ」


「お前は探偵かFBIにでもなるべきやったんちゃうか」


「生憎、FBIはアメリカ国籍がないと無理でね。それに別に正義感なんてものは持ち合わせてないから向いてないだろう」


「一応条件は調べたのか」


「まあな……さて、話は少し脱線してしまったが有力者との繋ぎを作る為にも今後2、3ヶ月はこの街で冒険者として徐々に活躍し顔と名前を売ることに注力する。といっても、これはどちらかと言えばお前の仕事だな、俺もレベルと戦闘経験は積みたいが他にやることもあるんでね」


「ちょっと待ってくれ、さっきの話に戻るが、今後移動することがあった場合、娼婦殺しの調査はする。調査するってことは娼館に通う必要が当然出てくるよな?

 まさか、俺がモンスター狩ってる間にお前だけ娼館通いの用事があるから任せるわって話なら俺は、うんとは言わんぞ、ずるいぞ!」


「アホか。なんでそんな話になる? 性欲で目がくらんでるぞ、チンポで考えるな、頭を使え。

 他の街の娼館で聞き込みはお前に任せる。俺は娼館というか娼婦が苦手だとこの前で分かった」


「は? いつ行ったん? 聞いてないんやが?」


 依頼がない日は基本的に自由行動となり、お互いが好きにしている。仲が良くとも、ずっと二人きりというのも息が詰まるのだ。


 だから、重要な連絡事項は別としてオフの日にお互いが何をしているのかは知らない。


「お、俺だけ禁止されてたのにお前だけ……」


 信じられんぜ、こいつ。とアウルムを指差しブルブルと怒りでシルバは震える。


「あのな、娼館殺しについて知るには娼館のシステムなんかについても知っておく必要があるだろ。どういう人間が娼館で働いているのか、とか色々と」


「ず、ズルい……! ズルいぞっ!」


 怒りで語彙を失ったシルバは行き場を失っているイライラをズルいという言葉を叫ぶことで発散する。


「ズルいって言われてもお前がヘマした結果だから禁止したのであって……」


「でも結果って言うなら、結果的に娼婦殺しについて調べるキッカケになったから制限は解除されていいはずや! 俺の貢献が多少なりともあるやろ!? 恩赦はないのか恩赦は!?」


「えー、それなら娼婦の墓荒らしと検死もズルいか……」


「それは違う」


 ゾッとするアウルムの一言にシルバは表情を失う。


「違うのか」


 アウルムはシルバの反応に釈然とせず、首を傾げる。


「分かった、解禁してやる。それに今後他の街に行く用事があったら娼館の調査は経費込みでお前に任せる。これでいいな?」


「誓え」


「お前の誓えは言葉が重過ぎるんだよな……」


 シルバは既に『破れぬ誓約』を発動させていた。本気なのだ。それほどに娼館通い禁止は効いていたのだ。


「誓え」


「分かったって。今日から時間と金に余裕さえあれば娼館に行ってよろしい。ただし、この街での出費はお前の小遣いから使え。他の街の場合は経費扱いだが、ちゃんと情報を集めてこなかった場合は払わない。自分で遊ぶ分には許可する。これで良いな?」


「異議なし」


『破れぬ誓約』による契約が成立した。


「それで、俺がソロの冒険者として活動する時間が増える一方でお前は?」


「そうだな、お前は所謂表の顔の代表だ。名うての冒険者として貴族や商人なんかの有力者に知ってもらう。俺の表の顔はそんなお前の相棒で、補佐役そんなイメージだな。

 そして、俺は裏の顔の代表。ボルガから話を聞いて確信したが悪い奴っては他の悪い奴のことも結構知ってる。闇の世界のことを聞くには闇の世界の住人ともコネを作っておきたい」


「蛇の道は龍ってか」


 シルバはアウルムの意を得たりと、指をパチっと鳴らした。


「それ竜頭蛇尾と混ざってるだろ、蛇の道は蛇な」


 ガクッ!


 ドヤ顔で指を鳴らしたが間違ったシルバは大袈裟に転ぶ仕草を見せる。


「日本語弱いの出ましたわ。でも、裏社会の人間と関わりを持ってたら、お前のことも裏社会の人間に知られるよな、それって良いの?」


「ああ、それについては馬鹿正直に正体を見せたりはしない。裏社会の人間と会う時は仮面でもするさ。信頼を得たってタイミングで『現実となる幻影』を使えば俺の本当の顔は分からない」


「は〜、ホンマにそういうのに『おあつらえ』やな。お前のユニークスキルは」


 上手く出来てるものだとシルバは感心する。


「そういうわけだ。昼間は普通に依頼をこなすと思うが、夜は俺はそういう仕事をすることが多くなると思う。お前は普通に他の依頼をやってもらっても構わないし、散財して遊び呆けない限りは任せる。

 人当たりがいいから俺よりは有力者に可愛がられるのに向いてるしな。そこで色々と話を聞いて欲しい」


「俺話すのは得意な方じゃないんやけどな」


「そうか? 俺とは会話のスキルのベクトルが違うだけで下手とは思わないが」


「そうですか、まあ頑張りますわ……それでぇ、あのお……」


「分かってる、行ってこい」


 シルバは再び夜の街に解き放たれた。

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