5-3話 死のジャンケン
4つめの試練。気がつけば参加者はアウルム、シルバを含め10人になっていた。
そのうちの大多数はシルバに解説するアウルムの答えを盗み聞きしてカンニングをして突破している。元々、力自慢の者たちが参加しているのだから、それも無理もない。
だが、アウルムもシルバもそれ自体は問題視していない。別に他人を蹴落として賞金を獲得することが目的で来ている訳ではないし、日本人勇者の食い物にされて無駄に死ぬ必要はないと考えているからだ。
なんなら、他の参加者にも聞こえるようにわざと大きめの声でシルバに説明すらしている。
故に、たった一人、アウルムの答えを聞かず自力で突破している人物の存在が目立つ。
(さっきから気になってたけど……どういう奴や? アウルム並みの知識の引き出しがあるってヤバいやろ? それにあの雰囲気……)
シルバは鑑定を使い、その人物の情報を集めようとするが表示される画面にモザイクのようなものが入り正確に読むことが出来なかった。
(ん? 勇者か?)
鑑定が出来ない人物は勇者。逆に勇者を発見する方法として利用していたが、いつもとは違う表示方法に困惑する。
「アウルム……あいつ……」
(分かってるが念話使えよ。あいつは鑑定妨害のスキルに加えてマジックアイテム持ってるからお前からじゃ見えないんだよ)
アウルムも気が付いてはいたが敢えて無視していた。このゲーム側の人間である可能性が僅かながらでもあるなら、警戒するべきだからだ。
そして、その警戒していることを知られるのも都合が悪い。
(で、何者なん? お前からは見えてるんやろ?)
(取り敢えず勇者ではない。種族は竜人族で女、レベルは54。年齢は106歳だが見た目は俺らと変わらんな……だが、鑑定偽装スキルで偽の情報を掴まされてる可能性もあるからな。
表面的な情報しか知ることが出来ないからとにかく謎が多い。注意しろ)
(お前の能力でも看破出来ひんのか? ヤバいな)
(鑑定対策してるのは俺たちだけじゃ無いってことだ。騙されるかどうかを判別する機能までついてないから確証が持てないというだけだな)
二人の元々所持している鑑定スキルは、勇者のものよりも若干性能が高いというだけで全てを見通せるほど高性能ではない。
生物であれば、シルバからは名前、種族、レベル及びステータス、スキルなどが見える。
アウルムは更に細かく見ることが出来る。
しかし、勇者という例外を除き、クラスの高いマジックアイテムやスキルレベル9〜10の鑑定妨害及び鑑定偽装スキルを所持する相手には通用しない。
これは『解析する者』が鑑定スキルにプラグイン機能のような形で上乗せして使用しているからという理由があり、アウルムの看破スキルが現在、8で止まっている為である。
尚、鑑定スキルにスキルレベルは無く、妨害及び偽装系のスキルレベルよりも上のレベルでないと見ることが出来ないという仕様上、スキルレベルMAXであるレベル10の妨害、偽装スキルを持った相手には看破スキルが10あっても通用しないという欠点がある。
つまり、レベル9の看破スキルがあっても、相手が9、10の鑑定を妨害するスキルを持っていた場合何も見えない。
10まで上げても多大なスキルポイントを消費するのに割りが合わず、8までが今のところ最適だった。
しかも、マジックアイテムによる二重防壁のせいで基本的なステータス、しかもそれがダミーかどうかすら判断出来ないというセキュリティの高さからただ者ではないことが分かる。
そこまでセキュリティが堅牢なのだから、偽装スキルが10という可能性は十分にあり、見ている情報自体が間違っている、騙されているという推測が出来る。
最初はそれすら見落としていたのだから、警戒を強めるのは当然だった。
(ただ年齢の割にレベルが低過ぎて不自然だ。俺たちみたいにわざと弱く設定していると思った方がいい)
(ああ……ステータス上の情報は分からんでも強い奴特有のオーラみたいなんは感じるからな)
竜人族の女は仏頂面、もしくは感情の揺れ動きを全く見せないような落ち着きを保っており、ステージが先に進むにつれて顔色の悪くなっていく他の参加者とは一線を画していた。
「ではでは! 第4の試練行きたいと思います! あれ? 皆さんお疲れっすか? まだ続きますよ?」
支配人グゥグゥが精神的疲労を隠せない参加者たちに対して、満足そうに笑いながら手を叩く。
「クッソムカつくぜ! あいつの喋り方!」
一人の男が支配人の言動に苛立ち始める。心に余裕がなくなってきた事を如実に表していた。
「『怒り』ってもっとも無駄な行為だと思うんすけど、そんなことに力使っちゃって大丈夫すか? まあ俺っちからしたら、関係ないんで良いんですけど」
ニコニコと呑気な顔をして苛立ちを見せる者を嘲笑う支配人グゥグゥの笑顔は醜悪そのものだった。
「皆さん流石に疲れきたと思うのでここでボーナスタイム! あれ? 拍手お願いしますよ〜?
良いですけど……はい。というわけでね、ええ、まずは次のゲームのルール説明です! 何回でも説明するけど無駄なことは疲れるんで一回で済ませたいんすよね」
(ボーナスタイム……?)
妙な提案に全員が警戒を強めた。今までの口ぶりからボーナスタイムが文字通りの言葉ではないことは流石に頭が悪い者でも直感的に理解していたからだ。
支配人グゥグゥが発表する第4の試練は以下の通り。
まず、この国における名前の違う現地版のジャンケンの手が3種類ある。
光、闇、運命。
光は闇に強く、闇は運命に強く、運命は光に強い三すくみから成る。神話からの成り立ちである為、この関係が妥当かどうかはこの際置いておく。
輝きを示す光はパー、吸収を示す闇はグー、分かれ道を示す運命はチョキと、手の形は同じである。
そして、支配人グゥグゥとジャンケンをする。
事前に出す手を書いた札を一つ、名前入りで箱にいれる。
勿論これは単なるジャンケンではない。
まず、ジャンケンに勝てば等しく金貨1枚がもらえる。
更に、最も選ばれたのが少ない手を何か当てると最大金貨10枚がもらえる。
これは最大であり、正解者が二人の場合は金貨5枚ずつとなる。
つまり、全員が同じ手を選び、正解まで当てれば一人1枚ずつとなる。
普通に考えればその確率は低いが、このゲームでは参加者同士で相談することが出来る。
結託して正解を選ぶことが可能だ。
そして、渡された3枚の札は1枚で金貨5枚の価値を持つ。このゲームが終わった後にすぐに換金される。
「ここまで良いっすかね、ついてこれてますよね?」
「質問がある。構わないか?」
「あっ、どうぞ」
時々あがる質問に答えていく中、アウルムが挙手して質問の許可を取る。
「お前の話だと俺たちはノーリスクで最低金貨10枚を札と交換でもらえるということになる。
だが、今までの試練では少なからず人は死んでいる。このゲームにおける脱落とは何だ?」
「察しが良くて助かりますね、ちなみに俺っちは『光』を出すんで『闇』出したら勝てますよ。あっ、ハッタリとか駆け引きじゃなくて俺っちが勝つ負けるかは本筋じゃないんで!
──では最後のルールです。今から30分後の投票までに『如何なる方法』でも、札を集めることが出来ます! 交渉、買収、結託、暴力なんでもアリです!
あ、ちなみにこのステージを生き残れたらその時点でゲームから降りて帰ることも出来ます〜どうすか? マジでボーナスでしょ?
それではまた30分後に結果を楽しみに待ってます! ご健闘を祈りま〜す」
「何ぃっ!? おい、ちょっと待てやっ……クソッ!」
食ってかかるシルバだったが、既に支配人グゥグゥは消えていた。
ただ、奴はどこからか、この部屋の様子を楽しそうに神気取りで眺めていることは分かっている。
そして、既に参加者10名が互いの視線と姿勢の動きを慎重に観察し始めていた。
「ついにやりよった……とうとう俺らに殺し合いさせるつもりかっ!」
「しかも交渉、買収、結託、『暴力』とわざと最後に言って印象付けやがったな……面倒な……俺が全員殴り倒せば20枚集まり、金貨100枚か……」
「なんで俺の分までカウントしてんねんお前!?」
アウルムの計算はシルバの札も奪った場合のものであり、シルバはアウルムの頭を手刀で叩く。
「それは冗談……と言いたいところだが、他の奴はそう考えているんだぞ。この中で徒党を組んでるのは俺たちだけだ。10人の中で2人、つまり20%の票を操ることが出来るということは、他の奴らより少なくとも2倍有利。
更に俺たちが一緒に他の参加者を攻撃すれば票は更に集まりやすいから、俺たちの脅威度は2倍以上だ……」
「分かりやすい脅威は危険視されて狙われるってことか……」
「逆に、俺たちの動き次第で殺し合いを回避出来るかが決定される」
「マジでか……」
(それにこれはボーナスタイムなんかじゃあない……最後の試練で死ねばアイツに回収される。今目先の大金をもらうことに目が眩んでるが、意味のない金だ)
元々のこのゲームのクリア報酬が金貨100枚であり、そこから更に金貨100枚上乗せされて無事に帰れるはずがない。
最後に得られるはずの金貨100枚を見せ方と言い方を変えて、今先に渡すと言ってるだけだ。
自分たちの動き次第で、すぐに殺し合いが始まるが金に目が眩んだ者たちに理屈で説き伏せることが出来るとは思えない。アウルムの額からは汗が流れた。
「うぐぁっ!?」
「はい、ゲットォッ! 油断しやがってこの間抜けがあっ!」
冒険者の男が、近くにいた男の背中を刺して持っていた札を強奪する。
「そうか……! 一人減って、札を3枚獲得したら投票するのは6枚から1枚で、9票の中から推理することになる。殺せば殺すほど当てることも簡単になるんや!」
「どうだろうな……一人が奪った分の2票いれることも禁止されていない以上断定は出来ないぞ。誰が何票入れるかも考慮しなくてはいけない」
「 1票捨てることで金貨10枚損するわけやしな、勝てても金貨は1枚しかもらえんが、札一枚は金貨10枚という非対称性もある……ここでグゥグゥとのジャンケンに勝ちに来るやつはおらんやろ。むしろ光、運命に票が集まるはずや」
「だが、結果的にそうやって票が割れ、ジャンケンに勝ち金貨1枚と、一番少ない手を的中させて金貨10枚総取りを狙うやつだって出てくるはずだ……そして、それを狙い撃ちして予測するのは現実的には不可能だな」
「お前の計算と読心術に近い洞察でなんとかならんか?」
「無理だ」
天文学的な計算だけでなく、常に揺らぎ場当たり的に変化する人の最後の最後に心変わりすることも考えれば、いくら『解析する者』を持つアウルムでも不可能だ。
呼び出す順番は渡された札に振られた数字順と説明され、投票後は別室に移動となるので答えを聞き出すことも出来ない。
残り25分で交渉、あるいはもっと直接的な手段で突破するしかない。
一人殺され、9票では3票ずつに分かれてしまい誰も勝者にならない。それが分かっている各人は警戒を強め、互いに距離を取っていた。
そんな中、竜人族の女がこちらに近づいてきたのでアウルムとシルバは迎撃の構えをとった。
「……待って、攻撃するつもりならとっくにやってる。提案があるの。話を聞きそうなのは君たちくらいだからね……聞いてくれるかな?」
「そうやって不意打ちするつもりか?」
「まさか、ここでパワーバランスを下手に乱して何の利益になるの? 後は混沌が残るだけよ」
思いの外、柔らかい口調で話しかけた彼女の言葉の一端からは知性を感じた。
白い皮のコートを着た、白髪の彼女はアウルムとシルバの顔を見つめる。
「聞こうか」
「変な真似した瞬間殺す」
話を聞く態度をとるアウルムと対照的にシルバは剣の柄を握りながら睨みつけていた。
「君が飼い主で、こっちが番犬ってところかしら? 私はミア。白竜族、ドライアの娘。ミア・バーシェルよ」
「如何にも、こいつは俺の番犬、シルバだ。俺はアウルム。さて、提案とは何だ? 時間がないから手短に頼む」
「おいおいおい! 誰が番犬や!? 勝手に話進めんなよ?」
「む、間違えた狂犬のシルバだ。近づくと噛み付かれるぞ」
「ゴラァ!? 噛み付くよりもツッコミにこっちが疲れるわ!」
「話してるんだ、静かにしてくれシルバ」
「……仲がよろしいようですね」
ミアの提案を聞き、アウルムとシルバはいくつかの修正を加えて、それを採用した。
***
「それでは結果発表しま〜す! まずジャンケンに勝利したのは7人! 一番多い手を当てたのはなんと9人! これは予想外の結果になって面白かったっす!」
ミアと話した後、制限時間が来て9人が投票を行った。支配人グゥグゥが全員が別室に移動した時点で現れて結果を伝える。
それと同時に空中からそれぞれの賞金となる金貨が落ちてくる。
「一体どんな手を使ったんすかね? そこの二人が何やらやってたみたいですけど、教えてもらえます?」
「……」
「えっ、無視すか? まあ、いいや……で、この時点で最後のステージに進もうと思う人〜? ……あれ〜?」
挙手したのはアウルムとシルバの二人だけだった。
「どうしちゃったんすか? え、賞金欲しくない? 中途半端なあぶく銭で満足するって臆病過ぎません?」
支配人グゥグゥはあの手この手で参加者を煽るが誰も反応はしない。
「つまんないっすね……でも面白そうな二人が残ったのでよしとしますか、楽しませてもらいますよ!
では、腰抜けの負け犬の方達はおかえりください! 生きて帰れて良かったですね!」
支配人グゥグゥを睨めど、誰も何も反論せず開かれたドアの方へと歩いていく。
「じゃあな、ミア」
「本当に成功するとはね……一体どうやったのな? 言うわけないか……じゃ、また会う日が来ることを祈るよ」
「ああ……気をつけてな」
ミアは手を振って、他の参加者同様このゲームを降りた。
そして、会場にはアウルムとシルバの二人だけが残る。もう一方の試練では既に全滅していたが、二人はそれを知らない。
「じゃ、最後のゲーム始めますかね、賞金獲得までもうすぐってどんな気持ちですか?」
だが、とうとうこのゲーム会場にはアウルムとシルバ、その二人だけとなり、支配人グゥグゥはこの二人をどうするか、ヘラヘラした動きの中で思考を巡らせ僅かな動揺を隠すことに注力していた。