5-2話 モンティ・ホール問題
「良くわからんなあ? 説明してくれや」
アウルムに引き留められ、次々扉の奥の部屋に入っていく参加者を横目にシルバは立ち止まり、アウルムの意図を探る。
「もう始まってんだよ、あいつのプロファイリングは」
「勇者ってのは、まあ分かりきってたやん? ファイルナンバー17の『支配人』。それは間違いないやろ?」
「そうだ。グゥグゥとか名乗ってやがるが、それはマスコットの名前だろ。だが、あのマスコットの奥で喋ってるのは本人のはずだ。
となれば、あいつの発言一つ一つに意味がある。
聞いただろ? 『力に自信があるよ〜って人は赤の扉、知恵に自信があるよ〜って人は青の扉に入ってもらうと助かります!』ってな」
「ああ、言ってたな。だから俺は赤の扉でお前なら青やと思ったんやが?」
「だから、あいつは『助かる』って言ったんだぜ? そもそもが人を馬鹿にするのが楽しくて仕方ないって口ぶりのやつの言うことなんか間に受けんなよ」
「あっ……赤の扉選んだからって力を試すような課題じゃないかも知れんってことか」
ようやく合点がいったとシルバは一旦落ち着いて扉を眺めた。
「いや、むしろ逆だろうな。赤は知恵を試すような内容で、青が力を試す内容。
だが、俺としては第三の可能性も考えている」
「第三の可能性って?」
「そもそもが、力or知恵に自信のあるやつじゃなくて、力and知恵の、両方に自信のあるやつが来いってニュアンスだと思う。
で、後から『なんでどっちかだけで行けると思ったんすか?』とか言い出しそうな気がする」
「ってぇことは、どっち選んでも同じってことか? ……ん〜それは無さそうやな?」
少し考えたシルバがアウルムの意見を否定する。
「なぜだ?」
「どっちも同じなら分ける意味がないって言うか、その瞬間だけは騙された〜で、笑えるかも知れんけど労力に見合わな過ぎる。
ここまでデスゲーム風の演出凝る奴なら、それ相応の用意もしてるはずや。
だから、分けるからには違う課題を用意してると俺は思う」
「なるほどな……で、どうする?」
「まず、力の課題なら俺とお前の実力なら突破出来ると思う。というか俺らで無理なら他のやつは絶対無理や。となると、知恵の勝負やが俺は自信ない。どっちか分からん以上、二手に分かれるのは危険やし二人とも赤の扉の方に行こうや」
「まあ、協力プレイ禁止とは言ってないしゲーム理論的には人数の有利を作るのが基本だが……最後に参加者同士殺し合えって展開になったらどうするつもりだったんだ? お決まりの展開だぞ?」
「あっと……」
それは想定していなかったとシルバが顔を歪める。言われてみれば最後に立っていた人間がクリア。なんて展開は良くある。
「その時は潔く死んでくれな?」
「しゃーないな、その時は死んだるわ……ってなんでやねん!?」
「冗談だ、それは無いと思うから赤の扉の方に行くぞ」
「分かってるわ、冗談じゃなかったらエライことやで」
アウルムとシルバは赤の扉の方を選択して部屋へと入って行った。
***
部屋に入ると、大きな空間が広がっていた。この建物の間取りからしてあり得ない広さであり、何らかのユニークスキル由来による空間だと言うことは一目で分かる。
その広い空間の中にまたもや、色とりどりのデザインの違うドアが3個並んでいた。
そして、ドアの前に黒いカーテンがどこからともなく現れて、目の前のドアが隠れてしまう。
「じゃ、ルール説明するんで聞いてもらって大丈夫っすかね? はい、えーとまあ、見たら分かると思うんですけどこの中にどれか一つだけ正解のドアがありまっす。
そのドアがどれか選んでくださいって話で、不正解のドア選んだら即死ってことはないんで安心してください。
まあ、力に自信がある人が来たと思うのでそのドアの先にいるモンスターを殺せたら次の道に進むカギをゲット出来るんです間違っても力でねじ伏せちゃえば大丈夫っす。
一人ずつ順番に入ってもらうんで並んでくださいね〜。
はいじゃあ早速選んでください!」
支配人グゥグゥが、パンパンと手を叩き参加者たちにドアを選ばせる時間を与えた。
「いきなり運試しかよ」
「関係ねえ、ねじ伏せるだけだ」
「お前どれにする?」
「わかんねぇよ!」
参加者たちは力自慢の者ばかりであり、普通に考えれば三分の一の可能性という計算すら出来ない。どれか一つが正解ということは理解しているが、確率論というものを知らないのがこの世界の平民であれば一般的だ。
「3択か……どうする?」
「3択じゃねえよ」
「いや、3択やろ? あっ、『解析する者』で答え分かってんのか?」
シルバはアウルムに方針を聞くが、そうではないとアウルムが首を振る。
「答えは分からん……が、もう少ししたら分かるようになる」
「ちょっと意味分からんのやけど?」
次々と参加者が一人ずつカーテンの奥へと入れられて、一人ずつドアを選ばされて入っていく。
「時間がないから詳しい説明は省くが。お前がカーテンの向こう側に入った後、ドアを選ばされた後に、ハズレのドアを一つ、奴は開示するはずだ。
だから、お前は最初に選んだドアとは違うドアに選び直せ。それが答えだ?」
「えっ、ちょっと意味が分からんねんけど、それ何の意味があるんや確率の計算くらい俺でも出来るけど同じやろ?」
「同じじゃない。いいから、俺を信じて言う通りにしろ」
「信じてるで!? いや、マジでハズレやったらキレるからな?」
「分かったからお前の番だ行け!」
「頼むでホンマ……」
アウルムに背中を押されてシルバはカーテンの向こう側に行く。その背中は丸まって頼りのないものだった。
その後、すぐにアウルムもカーテンをくぐってドアを選ぶ。予想通り、ハズレのドアを一つ開示されて選び直すか聞かれるので迷いなく、別のドアを選ぶ。
(なんて性格の悪い奴だ……これ相当頭が柔らかいか、答え知ってる奴じゃないとクリア出来んだろうが……やっぱりこれは力と見せかけて、知恵の試練だな)
選び直したドアを開くとその先に心配そうな表情をしたシルバと、正解していた数人の参加者がホールで待っていた。
「あ〜良かった。取り敢えず正解やったみたいやけど、納得行かへんわ。マジでお前の言う通り選び直しさせられたけど、なんでこれが正解なんや? 意味があるんやろ?」
「ある。これはモンティ・ホール問題って言ってアメリカのテレビショーで実際に使われた問題なんだよ。
直感的には確率は三分の一だよな?」
「ああ、そう思ったで。でもハズレを教えてくれたからそれが50%になっただけやん?」
「それが違うんだよ。これは学者でも見抜けなかったトリックなんだが、厳密には確率論というよりは人間の心理を欺く気が満々な問題だ。
何故最初から2択にしない? それは2択にすると成立しないからだ」
「……?」
片眉を上げて考え込むシルバだったが、その答えを導くことは出来なかった。
「まあ、ドアを一つ開示されたら、自分の選んだドアの正解の確率が50%まで上がるが、心理的にはハズレである確率も50%になったと感じる。
揺さぶりをかけて変えさせようって思わせてんのかと邪推するものもいるだろう。
だから、変えない方が良いのでは……そういう認識をしてしまう」
「ああそうやな、最初から自分で選んだドアの方がええわって思うかもしれんな」
「だがな? 例えばこれが100枚のドアで、まずお前が一つ選ぶだろ。そして、答えを知ってる出題者が98枚のハズレのドアをオープンしたとしよう。
お前が最初に選んだドアが正解である確率は?」
「1%やな?」
それくらいは流石にと、シルバは自信ありげに答える。
「そう1%しかない。でも、残されたドアって100枚から『わざと』残された、選ばれたドアなんだぜ?
となると、お前の最初に選んだドアと、残されたドア、どっちの方が正解だと思う?」
「そりゃ俺が適当に選んだ1%のドアより……ああ、だから『変える』のが正解なんか」
答えを誘導された形とはなったが、シルバは納得の表情を見せて、腑に落ちたと頷いた。
「だから、この問題に正解のドアなんて別にないんだよ。『ドアを変える』のが正解なんだ。確率的に言えば、だが奴の意図してるのはそういうことだろうよ。
実際、何事もなく突破出来てるんだしな」
「へえ〜、知ってて良かったわ」
流石とシルバが感心している横で、他の正解者たちもアウルムの解説に途中から聞き入っていた。
何故、クリア出来たのか、クリア出来た本人が釈然としていなかったのだ。
「俺は良くわかんねえな……」
「いや、分かりやすかっただろ!」
「どこがだよ?」
「か〜! あったま悪りぃなあお前!」
「何ぃ!?」
反応はそれぞれだったが、納得出来た者もいたようだった。
62人いた赤の扉を選んだ参加者は30人になっていた。
表面的には50%の確率の問題だから、正解した人間も半分になったということか、変える決断が出来たのか50%だったと言えるのか、それについては分からないままだが、一つの試練で半分にまで参加者が減った。
つまり、32人は既に死んでいるというのが現実だ。
「あっ、15分間の休憩なんでのんびりしててもらっても良いんで……オナシャス! はいっ!」
支配人グゥグゥは参加者30人に声をかけて、また煙のように消えてしまう。
「なあ、支配人はシリアルキラーと言えると思うか?」
「ん? 難しいな……別に直接殺してないからな。ただ死ぬ場所を用意してるだけで」
「俺は神コンプレックスのLDSKの可能性を考えてる」
「えるでぃーえすけー? なんやそれ間取りか?」
聞き覚えのない言葉が出てきてシルバは、そんな訳がない的外れな推測をしたのでアウルムは思わず唇が歪んだ。
「Long Distance Serial Killerの略だ」
「ロングディスタンスってのは、前に言ってた移動する殺人犯、スプリーキラーとはまた別か?」
「別だ。移動する距離ではなくて、被害者との距離の話だからな。スナイパーのような、遠距離から神を気取り人の生殺与奪を握る事で楽しむような奴らのことだ」
「デスゲームの主催は確かに神気分で眺められるから面白いってのがあるのはなんとなく分かるな。
で、どういう性格とか行動予測は出来るんか?」
「あらかたな。だが、まだ情報が足りないから引き続きゲームに参加して一攫千金を夢見る冒険者を装え」
「その前に死んだらシャレならんで」
「その時はその時だ」
***
第2、第3のゲームを危なげなくクリアしていった。
傾向としては、やはり頭の良さを試されるようなものばかり。ただし、答えが分からなくとも力次第で突破出来るセーフティネットが用意されていた。
つまり、青の扉の方では全く逆のコンセプトで問題が提示されているはずだとアウルムは予測した。
「青の方での試練は運動能力とか武力が求められるけど、知力で解決出来るってことは赤よりも、もっと難しいってことか?」
シルバは腕を組みながら青の扉の試練を想像する。
「要するに、力に自信があるなら自分に不利な状況でもねじ伏せるだけの実力あるんでしょ? って言いたいんだろうな」
「うっわ性格悪いな〜」
「性格が悪い、というよりはそれが支配人の行動原理。何かそう考えるようになったキッカケがあったんだろう。そして、それを証明したいことの現れ……」
「つまり、ゲームの支配人として人が死ぬのを見るのが楽しい。それもあるけど、その奥にはゲームを通して満たしたい殺人衝動以上の何かがある……と?」
「だろうな。だが、ゲームという発想は幼稚な面もあるから生徒か若い教師のはずだ。
人を見下して安心を得る。逆を言えば、不安、コンプレックスの現れ。学校の成績で言えば中の上、あるいは上の下から中辺りの知能」
「絶対的な知性の自信があれば、そもそもこんなことやらんってことやな」
支配人グゥグゥの発言、ゲームの内容や趣旨、その奥に隠されたメッセージから漏れ出る本人の思想から少しずつ犯人像が浮き彫りになっていく。
「そんなやつが考えた問題なんかお前の能力で余裕で突破出来るしこれはクリア楽勝やろ」
「だと良いんだがな……」
シルバはアウルムの頭の良さ、物知り度合いを過剰に評価している節がある。しかしアウルムは記憶力がいい反面そこまで咄嗟の機転を効かせることや柔軟な発想が苦手な傾向にある。
難しく考え過ぎて初歩的なミスをする。その点シルバの方が柔軟に考えることは得意なのだが、シルバ本人にその自覚はない。
何となく、支配人の性格は読めてきた。だが、読めてきたからこそ不安が湧いてくる。
(この手の性格のやつが追い込まれた時、素直に負けを認めるはずがない。最後の最後に俺たちに追い込まれた時、理不尽な手を使ってでも勝とうとする。
勝たなくては自分を保つことが出来ないはすだ……その時、俺の『解析する者』で対処しきれるのか……?)
最後に待ち受ける試練に嫌な予感がプンプンしているアウルムだったが、それをシルバに伝えるべきか迷っていた。
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