4-22話 カイトへの手紙
王国祭も近付き、国内のみならず、国外からも多くの商人や旅人、職を求める実力者などが王都に集まり出し、既に祭りのような賑わいと喧騒に溢れるようになる。
城下からは、そんな人々がゴマ粒ほどの大きさになり、それを頬杖をつきながらカイト・ナオイは眺めていた。
「元気ないね」
「シズクか……」
「シズクかって……もう少し反応してよ」
カイトの後ろに立ち、声をかけたのはボブカットで白いローブを来た少女シズク。
「疲れてるなら回復かけようか?」
「精神的な疲労だからなあこればっかりは」
「そう……」
「あーあーやんなるよ。ただのゲーム好きの高校生だった俺が救国の英雄扱い。誰も彼もが気を遣って肩身が狭い。
おまけに王宮内は王女様の誰を俺とくっつけるかで毎日揉めてやがる。流石に異世界の人間に王様やらせるのは問題があるからって、王女の後ろ盾の道具扱いは萎えるぜ」
「カイトが王子様ってマジでウケんですけど」
「カナデ……ほらな、こうやって茶化すやつもいるから余計億劫なんだよ」
ピタッとした赤い服に身を包み、笑いを含んだ声で話しかけるのはポニーテールに髪をまとめた、未だにギャルっぽさの抜けない話し方のカナデ。
「いや〜あんたは男だからまだマシっしょ? 王位継承権の序列が高いのは王子なんだし、その妻にってウチなんかめちゃくちゃ直接アプローチかけてくるんだから」
「でもカナデって小さい頃の夢お姫様とか言ってなかった?」
「あ〜……ウチもう20歳だからね? 流石にこの歳でお姫様はキツいっしょ? 大体この世界のお姫様にしては歳行ってる方らしくて、それが原因で揉められるの萎えるんですけど〜?」
「10代前半で結婚も珍しくない世界だから……未だにおっさんと少女が夫婦って絵面はビビるよな」
歳の差婚が普通、一夫多妻制も普通、他にも日本人としては考えられない社会的慣習や決まりがあり、もうすぐ5年の異世界生活になろうとも驚くことがある。
通りを行き来する小さな点となった人たちの動きを眺めながら、吹き付ける風を浴びて目を細める3人。
「お〜カイトここにいたか」
「ヤヒコどうした?」
軽く息を弾ませ、ヤヒコがカイトが見つかって良かったと安堵した。
「どうしたって、王国祭の警備の会議だろ〜?」
「あっ! いっけね……カナデ、シズク俺行くわ!」
カイトは冷や汗をかきながら走ってヤヒコとともに去っていく。
残されたシズクとカナデは、俺が世界最強なんて呼ばれるのだからおかしいものだと顔を合わせて笑った。
***
開始時刻ギリギリにカイトとヤヒコは会議室に到着する。
カイトは有事の際に臨機応変に事態収集に努める役職を与えられており、王国祭中は要人警護や、警備の本部に詰めて待機するなど、通常の人間ではこなすことが不可能なスケジュールを組まれている。
それも、国内で最高レベルのステータスを保有しているからこそ出来る荒業であり、平時においてはそこまで過酷なスケジュールではない。
もっとも、カイト自身が己に課した鍛錬の密度に比べれば、問題が発生しない限りは楽なものである。
「遅いぞ」
「すみません……ほら、カイトも」
「ああ、すまなかった」
騎士団長に叱責され、ヤヒコに促されて謝る。
だが、「すまなかった」。この程度で許してもらえるというのは、破格の待遇と言える。
一兵卒の騎士が会議に遅刻してこようものなら、降格、懲罰などが当然考えられる。
多少のルール違反、無礼は魔王討伐の勇者であり王族に次ぐ高位の貴族という立場によって許されてしまう。
それを鼻にかけて、好き放題している訳ではないカイトだが、魔王討伐までの緊張感はすっかり抜けてしまい、自身の鍛錬以外には無頓着気味である。
遅刻したことは悪いと思っている態度を見せる英雄にそれ以上の叱責は、逆に失礼にあたるので会議に居合わせた騎士や文官は、構いませんと会釈をして着席を勧める。
「さて、どこまで話しましたかな……」
「投書だ、宰相」
「ああ、助かります騎士団長」
進行を務める宰相が手持ちの資料を眺めながら、どこまで話したものかと、資料に顔を近づけて首を捻っていたところに、団長が声をかける。
「え〜っと、ここか……」
カイトはテーブルに置かれた資料の目次を見ながら、『投書』の欄に目を通す。
「さて、市民……といっても読み書きの出来る商人が殆どですが、市民に王国祭に関する意見陳述を自由に行う、新しい試みを今年から始めました。
意見を貴族に対して匿名で陳述するというのは、彼らからしても有難いものらしく、多くの投書がされています。
事前に文官によって内容が改められ、警備、国防に関するものだけをこの場にて紹介及び、検討出来ればと思います」
魔王が討伐され、復興も徐々に進み今年の王国祭は例年以上の盛り上がりを見せることが予想され、各国からの動員数を考えても治安悪化は目下の課題である。
騎士だけでなく、宿屋や酒屋、食事処、など市民の協力が不可欠な案件について、貴族だけで考えても現場の実情を無視してはいけないと、勇者側からの提案によって、投書箱が設置された。
「特に余所者が毎年決まりを守らないことによるトラブルが多く、何か決まりを周知し守らせる強制力が欲しいとのことです」
「うーん、そうは言っても皆読み書きが出来て学がある訳じゃないからなあ……」
宰相の話に耳を傾けていたカイトは腕を組みながら、眉にグッと皺を寄せた。
貴族とも、平民とも話す機会のある勇者はどちら側の考え方も知っている。
だからこそ、両者が分かり合えることはないことも直感的に理解している。
日本における金持ちと貧乏、頭の良いやつと悪いやつ。そういったレベルの差ではない。
身分の違いによる生活、意識の隔絶は日本には存在しなかったものだ。
結果として、貴族と平民の意見のすり合わせなどを勇者が行うことが多くなりだし、双方にとってありがたいものとなりつつある。
下手に細かいルールを決めるよりも権力のあるものが、その場の裁量で判断した方が、双方にとって納得のいく解決になってしまう。という場面を何度も目の当たりにしてきたことにより、王都の各地に勇者と貴族のセットを配置することが一番簡単そうだとカイトは考えた。
だが、現実問題として王都にいる勇者の数は知れているし、それぞれに得意不得意もあるので、実現は難しそうだとすぐに思い至る。
(もう少し人がいればな……)
そこで、これまで死んでいった同胞の数があまりにも多過ぎる事を悲嘆した。
死なずとも、精神を病んでしまったもの、行方をくらませてどこにいるかも分からないもの、初めは600人はいた勇者も今では王都には100人以下となっている。
人が少なければ、一人のあたりの勇者の責任もそれだけ重くなり、勇者筆頭という立場であるカイトの立場の重みは他の勇者にさえ、計り知れないものがある。
「外国に行ってる奴らに手伝えって言っても無理だろうな〜?」
「無理に決まってるだろ」
ヤヒコが、国外に移った勇者たちに手伝ってもらえないかと言い出したが、この国よりも外国で生きることを選んだ人間が、物見遊山に王都に来ることはあっても、王国の人間として手伝うことはない。
そもそも、召喚の魔法陣がシャイナ王国にのみ現像したから、半ば勇者はシャイナ王国のもの。
のような認識となっているだけで、この世界全体のもの。というのが各国首脳陣の考えであり、それを発端した政治的な駆け引きもあったことから、国外に移っている。
つまり、同じ勇者であっても異国のVIPという立場であり、頼むこと自体が失礼だ。
国の代表の一人という認識の弱いヤヒコの発言は批判こそされなかったが、周囲の貴族からは良い顔をされなかった。
その空気を察したカイトが慌てて目配せで、迂闊な発言をしたと目線のみで謝罪する。
ヤヒコも失言に気がついたのか、表情が若干暗くなる。
カイトも、ヤヒコも、まだ若くシャイナ王国に帰属する代表的な存在である。という意識が薄く、失敗や失言を度々やらかしながら学び続ける日々。
王宮の政治的な駆け引きの跋扈する場よりは魔王退治の冒険の方がいくらか気が楽だったと思うことも珍しくない。
***
細かい問題も詰めていき、すっかり日も暮れて夕食の時間の頃合いに会議はお開きとなる。
椅子から立ち上がり軽く肩を回したカイトは、飯にするかとヤヒコにジェスチャーをする。
「そう言えば……ナオイ卿、お手紙が届いているようですよ。会議の場では話すことではなかったので、失念しかけていました」
「宰相、ナオイ卿は勘弁してくれ……」
「おや? ナオイ公爵の方が良かったですかな?」
「いや……そうじゃなくて……まあ、いいや。誰からですか?」
「王都には住んでいない勇者の方からのようですよ。投書箱に入れられていたのですが、中身はニホンゴで書かれていたので分かりません。
共通語でナオイ卿宛と書かれていたので、勇者の方かと思ったんです」
「ふーん、誰だろう?」
顔の広いカイトには国外にも友人は何人かいる。ただ、いつもとは違う方法で手紙が届けられたことに少しばかり疑問を抱いたが、同胞の近況を知るような報せが届くこと自体は喜ばしい。
「カイトのこと好きな子からのラブレターじゃん?」
「文官に中身見られる投書箱に書くかよ……」
ヤヒコのからかいをかわしながら、手紙を開いて読み進める。
「…………」
「カイト?」
ヤヒコの冗談を半笑いで引きずりながら、読んでいたカイトの顔つきが変わっていく。
「誰からなんだよ?」
「ん〜? なんだこれ? 暗号?」
ヤヒコは渡された手紙の最後に書かれた、差出人の名前をまず確認した。
だが、そこには書かれているはずの名前は無く。棒と丸が二つずつ並んだものがあっただけ。
意味が分からず、ヤヒコは首を傾げる。
「せんじゅう……?」
『1010』とも読める、棒と丸の組み合わせをヤヒコが読み上げる。
「そうだ……だが、これは『1』『0』『10』に分ける。そうするとどうだ……イチ、つまり2の前。ニノマエ。ゼロ、レイ。ジュウ、トオ。ニノマエ レイトが差出人だ」
「ニノマエ! うわっ、なっつかし……生きてたのかあいつ!?」
懐かしい、もう5年も前に聞いたのが最後の名前の男を思い出したヤヒコはテンションが上がり、感嘆の声をしばらくあげていた。
「遊びに来るって?」
「ああ。だが遊びに来るの意味が一般的な意味じゃないな。中身を読んでみろ」
「なになに……読みにくい文章だなあ……おい、これって」
「ああ、予告状だよ……夕食の後に緊急会議だぞこれは」
「何考えてんだよニノマエのやつ……元々何考えてるかよく分かんなかったけどよ」
手紙には、王国祭に良からぬことが起こることを示唆した犯行予告のような文章が書かれており、カイトを恨んでいることが読み取れた。
「ニノマエ、5年ぶりの感動の再会とは行かなそうだな……」
手紙を強く握り潰したカイトは、王国祭に吹き荒れる嵐の予感から、無意識に腰に下げた剣の柄を撫で、勇者たちの眠る墓の方を向いてしばらく立ちつくした。
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少しの間投稿を休止したのち、5章に入ります。