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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
4章 ソウルキッチン
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4-21話 迷宮都市のある1日


 プラティヌム商会の護衛リーダー、虎のビースト、ライナーの朝は早い。


 日の出からしばらくして小鳥の囀りによって、耳をピクッと動かすと目が覚める。


 猫科動物特有の伸びをしてから、ベッドを出る。横を見ると、まだぐっすりと眠っている義理の娘のキーラが寝返りを打つ。


 少し毛布がズレたので直してやり、優しく頭を撫でる。


 キーラを起こさないように出来るだけ物音を立てずに椅子にかかったベルトを装着する。


 剣、各種ポーション、小銭もそのベルトについており、外に出る時は常にこれを身につける。


 装備すると自室を出る。護衛の住む住宅にはそれぞれ自室を与えられている。

 まだ幼いキーラはライナーと同じ部屋を望んだが、年頃になればそれも無くなり、今だけの幸せな時間だろうとライナーは考えている。


「お、ライナー早いな」


 夜勤明けの同僚、狼のビースト、ヌートが湯気の出るカップを持ちながらリビングでゆっくりしていた。


「お疲れ、何か異常は?」


「夜は何も無かったな。いつも通り冒険者の騒ぐ声が遠くからするくらいだ。お前の分も淹れてやるよ」


「そうか……悪いな」


「それよりも、そろそろ人員補充した方がいいんじゃねえか? 流石に6人で交代しながらじゃ、若干警備が手薄だぜ? 最近は大物の客も増えてきてるしよ」


「俺たちが長時間連続して働くことを許してくれんからな兄貴たちは。週2日は休めって聞いた時は耳を疑ったぜ」


 寝起きの身体に温かいお茶が沁みるライナーは、フウと息を吐いた。


「警備するなら万全の体調でって心遣いはありがてえんだが、俺たちからしたら頭数が足りねえ方が心配だよなあ」


「一応、警備に関する新人採用の人事権は俺が任されてる。だが、命預ける仲間ってなるとそう簡単に決める訳にはいかねえ。悪いがしばらくは現状維持で頼む」


「仕事が仕事だから仕方ねえよなあ……手厚い給料に住む場所、良い装備、美味い飯、たまに死ぬ間際の夢でも見てんじゃねえかと思うぜ」


「それを目的に募集が殺到したら敵わんからな……兄貴たちは何より信頼出来るかどうかを重視してる。信頼は面接してすぐに得られるもんじゃないからな」


「だから無職のビーストに声かけて使いっ走りか?」


「嘘つくやつかどうかの指標にはなるからな」


 ライナーはちょっとした手伝いを顔見知りの者にやらせて、金を払いながら連絡をちゃんと伝えられるか、代金をちょろまかさないか、挨拶は出来るか、相手によって態度を露骨に変えないか、などを確認している。


 そういった少しずつしか分からない内面性を重視して新人採用にあたれと命令を受けている。


 一緒に働き、信用出来て不快ではないかを重視しろ、強さは二の次だとアウルムに言われて、最初は意味が分からなかった。


 武力が必要な護衛なんだから、強い奴を選べば良いのじゃないかと言った。だが、強さは後からどうとでも出来るとダンジョンに連れて行かれた時は納得せざるを得なかった。


 あの二人は反則だ。嫌でも強くなれる環境を整えるだけの力、知性、金、権威がある。


 レベルアップしたらレベルアップ手当などという意味不明な報酬までくれる。


 だから、強くなくても、信頼出来るやつが必要で信頼こそ最優先するべき点なのだ。


「俺たちビーストが言うのもなんだが……ヒューマンはダメなのか?」


「いや……それが、ヒューマンでも良いことには良いんだが……」


「何だ? 人種で差別するような人たちじゃあないだろ? 俺たちだってそういう意識が希薄だから採用されたんじゃあねえか?」


「ヒューマンからしたらエルフの皆は凄え美女でエロく見えるんだと。職場で男女関係のモツレだけは絶対に起こすなって言われてるからな」


「ああ……でもビーストの俺らからしたら分かんねえよなあ、それ。ヒューマンは常に発情期だからそうなるのかね」


「美しさの基準が違うんだとよ、実際ヒューマンの男からはあの人たちを見たら発情の匂いがするから採用出来ねえな」


「確かにするな……ヒューマンの女ならどうだ?」


「エルフの美しさで嫉妬してややこしくなったら敵わんとアウルムの兄貴が言ってた。女の嫉妬ほど職場をややこしくするもんはないってよ」


「なるほどな……こりゃ新人が入るのは当分先になりそうだぜ」


「う〜っす……」


 ライナーとヌートが会話をしていると頭を掻きながら、鷲のビースト、イライジャが起床してくる。


「何の話してたんだ?」


「いや、新人採用するにしてもヒューマンからは難しそうだって話だよ」


「エルフに発情がどうたらって聞こえたが」


「それが問題だよ。ほれ、お前もお茶」


「っと、すまねえ……俺はあんまりお前らほど嗅覚が良くねえから分からんが、兄貴たちはヒューマンだろ? 問題ねえのか?」


 イライジャは茶を受け取り飲みながらライナーとヌートに質問する。


「正直、シルバの兄貴に関しては匂いがするんだよな……でもしばらくするとスッキリした顔で別の女の匂いがしてるから、上手いこと処理してるんだろうな」


「ああ、やっぱり欲情自体はしてんのかあの人……アウルムの兄貴は?」


「そっちの方が不気味だぜ、アウルムの兄貴は発情どころか、匂いそのものが無えからな」


 嗅覚が特に優れるヌートの鼻でさえ、アウルムからは体臭が殆ど感じられない。

 しかもいきなり現れたりするものだから、心臓が飛び出しそうになることも多々ある。


「アウルムの兄貴は色んなところに潜入して情報収集してるから匂いそのものが足引っ張る可能性を考えてんだろうよ。

 それこそ、俺たちみたいな奴らには一発で正体バレかねないからな。

 だが、まさかしばらく見張られてたと知った時にはビビったな」


「違いねえ、俺たちが気付けないなんて冒険者の勘も鈍ったもんだと思ったな。でも隠遁だったか? あれで目の前からフッと消えるのを目の当たりにしたら、諦めも、つくってもんだ」


 ライナーたちは採用される前にアウルムに素行調査をされていた。全くその気配に気がつくことも出来なかったのだが、探知能力の高いビーストからすれば恐ろしさしかなかった。


 イライジャは頭を振りながら鼻を鳴らして笑う。


「でもよお、アウルムの兄貴だってヒューマンの男なんだから発情するのはする……んだよな?」


「お前聞いてみろよ、俺は嫌だぜ。ちょっと怖いからな」


「俺だって嫌だっての! アウルムの兄貴、俺がちゃんと仕事するかテストする為に俺の好みの鷲のビーストの女の幻見せてくるような人だぞ?」


「ハハっ、イライジャあの時は危なかったな」


 イライジャの一番好みの理想的な女の幻を見せられて、ベタベタと触ってくる感触まで再現されたものに耐えるのは苦痛でしかなかった。


「笑い事じゃねえって! しばらく話しかけてくる女全てを幻かと警戒しなくちゃならなかったんだぞ!」


「しばらく接して分かったけど、あの人悪い冗談とか好きだよな」


「シルバの兄貴にバレてゲンコツ喰らってたなアウルムの兄貴……」


「ライナーそれマジか? あのアウルムの兄貴に何の躊躇いもなく暴力振るって怒鳴れるシルバの兄貴も大概怖いだろ。本気でキレたらめちゃくちゃ暴れるらしいぞ。店を一軒潰したとか……」


 ヌートはライナーのアウルムに関するエピソードを聞いて目を剥いた。


「フッ……お前もアウルムの兄貴に揶揄われんだよ。そこまでしねえって」


「なんだよ、人が悪すぎぜあの人……」


 キレたシルバが店主とその用心棒をぶっ飛ばし、店を半壊にした、というエピソードは事実であるが、アウルムがそれを面白おかしく誇張して、反応を楽しんでいるだけということを彼らは知らない。


「んじゃ、そろそろ俺は出勤するわ。キーラが起きてきたら頼むぜ」


「了解っと……ライナー、寝癖ついてんぞ」


 ライナーが椅子から立ち上がり、家を出ようとしたところをヌートに呼び止められ、寝癖を指摘される。


「身嗜みはちゃんとしねえとな……」


 ライナーは跳ねた後頭部の髪を撫で付けて寝癖を直す。


 今まで、身嗜みをちゃんと気にした事はなかったが、しっかりした見た目と商会の護衛という立場によって周囲の反応が変わったことを思い出す。


 路上生活中はゴミでも見るような目だったのが、今ではすっかり頼れる用心棒として、出入りする商人や街の住民からも挨拶をされる程度には劇的に変わる。


『舐められる隙を与えるな』『相手に筋通してもらいたかったら、自分の筋通せ』


 これはアウルムとシルバがそれぞれ言った言葉。


 言い方は違うが、寝癖や服装をちゃんとする程度で余計なトラブルが避けられて、相手に信用されるのならその労力をかける価値はある。


 そういった意味だとライナーは理解していた。


 改めて身嗜みがちゃんと整ったかを確認して出勤する。


 商会に着くまでに、街の様子をチェックして僅かな異変も見逃さない。


 馴染みの者には挨拶をしておく。単純に接する時間が長いだけで相手との親密度は上がるものだとアウルムが言っていた。


 親密度が上がればちょっとした噂話もわざわざ教えてくれる。厄介ごとになりそうな情報を事前に把握して共有する。


 敬語や相手と気持ちよく接する方法はシルバから教わった。


 アウルムの難しい理屈をシルバが実際に使う方法としてレクチャーして教える。


 やり方と理由が分かるだけでも経験則的に覚えるよりはスッと入ってくるし、自分の技術になりやすいとライナーは体感した。


 通勤中に挨拶をして街の様子を確認すると、商会に入る。既に何人かのエルフたちが商品を移動させたり、掃除をしていた。


「おはようございます!」


「ああ、おはようございます。ライナーさん今日もよろしくお願いします」


「はい、店長何か引き継ぎ事項はありますか?」


「えーと、オーナーのお二人がしばらく迷宮都市から出払うから緊急時は指輪で連絡をしてください。他はいつも通りで」


「了解した」


 連絡を聞いてライナーは、うんと頷く。店内に異常がないかグルリと移動しながら確認して店先に立つ。


 ゴミがないかを見て、あれば箒で掃くのも仕事の一つ。


 他の店も開店作業を始める頃には人通りも増えてくる。


 昼前になると、近所の子供が他の客に迷惑にならない範囲で近づいてくる。


 同僚のトカゲのビーストの双子、コールとゴールに表を任せて裏口に回る。


「ライナーさん! なんか仕事くれよ! 俺なんでもやるからさ!」


「ゾル、なんでもやるなんか簡単に言うんじゃあねえ。仕事の内容を聞いてから受けるか決めねえとえらい目に合うぞ。それに今日はお前に頼む事はねえんだ」


「う、うん……そっか……」


 灰色の毛並みをした犬のビースト、ゾルは定期的にライナーの使いっ走りをやっている。日銭を稼ぐような仕事はライナー自身路上生活をやっていたから大変なことは分かっている。


 ゾルもまた親が冒険者で死に、孤児となった路上生活者だ。真面目なところが取り柄だが、少々そそっかしく、まだ仕事を任せられるとは思えない。


 教育の機会を得られないまま、親を亡くしているのだからそれも仕方ないことなのだが、今日の仕事がないとなると、食べるものもない。


 尻尾がすっかり垂れ下がり、表情も落ち込んだものとなってしまった。


「ったく……あ〜そういやちょっと小腹が減ってきたから、俺とコールとゴールの分の肉串買ってきてくれるか? 釣りは誤魔化すんじゃねえぞ? お前の分も買っていいがちゃんといくらかかったか、いくらの釣りか報告するんだ。出来るか?」


「ッ! うん! 行ってくる!」


「おいちょっと待て! お前駄賃が無けりゃ買えねえだろうが!」


「あっ……そっか……へへ、うっかりしてたよ」


「気をつけてな」


 これじゃあ採用はまだ先だなと走っていくゾルの背中を眺めてため息を吐く。


 こうしてライナーは日々、仕事の片手間に使えそうな新人の目利きをしながら教育もしている。


「ライナー……情報買ってくれよ」


「ジャナか、内容次第だから約束は出来んがな」


 今度は蛇のビースト、ジャナが物陰からこっそりと顔を出す。人見知りだが、目の付け所が面白く役に立つ情報を売りにくる。


「分かってるよ……実はさ……」


 こうして路上生活者を陰ながらサポートすることでプラティヌム商会は独自のネットワークを築いていく。


 その後、久しぶりに帰ってきたアウルムはネットワークの広さを知り驚いてしばらく黙りこくっていた。


 いつも驚かされるライナーとしてはアウルムを驚かせることが出来て少し気分が良かったのだった。

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