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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
4章 ソウルキッチン
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4-19話 ウエダのスープ

今年もよろしくお願いします。


 ウエダが解体作業を行う少し前に時は遡る。


「た、倒しよった……オーガミが死んだ……」


「どう思う? ウエダにそれが出来るほどの技術があったか?」


「いや……ウエダはそこいらの冒険者よりは素早い動きはしてた。それこそステータスはレベル80以上はある……勇者として戦ったのなら不思議でもない数字やが……回避が上手かったとは言えん!」


 戦闘に関して、自分よりは知識のあるシルバに戦いの感想を聞くアウルム。


 シルバは熟練のなせる技の類ではないことを示唆する。


 それはつまり、逆説的にユニークスキルによるトリックの存在を意味していた。


 シルバの目から見てもオーガミは相当強い。正面からやり合って、ユニークスキルを使った戦法が上手く嵌れば、なんとか勝てるか──といったレベルの強さ。


 特に突進の速度、衝撃は尋常ではなく、『不可侵の領域』の中にいなければ対処する方法が無かった。


 ──にも関わらず、ウエダは致命傷を受けていない。


「回避というよりは、すり抜けに近い現象に見えたな。もしくは局所的なテレポートか?」


「すり抜け……なるほどそうか!」


「分かったんか?」


「ああ……ウエダのプロファイリングと一致する。店内のやり過ぎとも思える清潔さ、ギルド内でオーガミに触れられた時の反応。

 あいつは恐らくバイキン恐怖症な上に触れられる事自体が嫌なんだ。だから、触れられるような攻撃を無効化するユニークスキルがある!」


「それって無敵やん? 勝ち目ないで?」


「じゃあ何故火傷をして、目に砂が入った?」


「あっ……!」


 アウルムがウエダの姿をよく見ろと指を差した。


 せっせとオーガミを刻むウエダは欠損、切り傷、打撲はないが、無傷でもない。


 確かに皮膚は爛れて、治療が必要な火傷を負っている。


 ポーションや教会で治療が出来るとは言え、無視出来ないレベルのダメージ。


 オーガミのブレスをすり抜けなかった理由は何か?


「ものが触れるような攻撃は貫通するけど、魔法は貫通せん……?」


「そうなれば、魔法使いがいないパーティだけ狙っているというのも辻褄が合う。接近戦の立ち回りを捨てたような戦い方なら、遠くから魔法を食らったら堪らんからな」


「でも砂は? 眼球に直接触れてるならする抜けられるんちゃうか?」


「誰かが触れたものによる攻撃を対象にすり抜けるんだと思うがな」


「なら、不意打ちの魔法攻撃なら……?」


「ああ、確実に当たるだろう……行くぞ」


 話しているうちにウエダは解体を済ませる。


 そして時は現在に戻る。


 足が潰され、座り込んだ状態のウエダは奇襲してきた二人に律儀に挨拶をする。


 シルバはナイフをウエダの四方に投げ、『不可侵の領域』に閉じ込め、万が一にも抵抗して場合を考えてステータス差を9倍に広げる。


 ここから、全くの読み違いをしていない限りウエダを捕らえ損ねるということは起きない。


 四人目のブラックリストにして、初めて相手を無力化し、戦闘を回避出来た。

 プロファイリングを使い、ブラックリストの勇者を倒す為、今後の戦いにも必要であろう尋問を開始する。


「店長……いや、ウエダ答えろ。お前がカブリだという事は分かってる。何故人を殺す?」


「仕込みの時間です、ほっといてください」


「それは無理や、諦めろ」


「ウッ!? ウーッ! 仕込み! 仕込みの時間なのに!」


 人の話をまるで聞かない。フウフウと息を荒立てて結界の壁を上半身の力だけで殴りつける。


「……分かった、質問に答えたら出してやる。急げば仕込みの時間に間に合うかもな」


「……分かりました」


「お、おい……いや、いいわ」


 てっきり、こんな凶悪な人間を野放しにするのかと思ったシルバだったが、アウルムの言葉の裏に隠された真意に気が付いた。


 結界から出すだけ、生かしてやるとは一言も言ってない。


 言葉をその通りに受け取るウエダの性格を利用して、誤解をさせる。


 プロファイリングを利用した尋問テクニックだ。


「何故、人を殺して食べるようになった? キッカケを教えてくれ。初めて人を食べたのはいつだ?」


「あれは3年前のことです……」


(回想始まった……)


 ウエダは滔々と己の過去を語り出す。時折り、ウエダの分かりにくい主観的な供述を補足する為、質問をおり混ぜながらウエダの過去を追体験していく。


 ***


 ウエダ、本名 上田 (まこと)は母子家庭で育つ。


 父とは話した記憶が無く、物心がつく前に離婚しており、母親は定食屋ウエダを経営しながら女で一つでウエダを育てた。


 ウエダは学校に通いながらも母の仕事を手伝ううちに料理が得意になる。


 決まった分量、決まった手順、決まった味を生み出す料理という作業自体、法則性のあるものに安心するというウエダの性格に合っていたこともあり、美味しいと思った味を再現する几帳面さも発揮された。


 人とのコミュニケーションを苦手としている自覚はあり、母から礼儀正しく挨拶をしろ、丁寧な話し方をしろと教えられてきた。


 人付き合いに難があることは母も重々承知しており、触られることを嫌うウエダは学校で喧嘩した時に相手に触れられれば、パニックを起こす。

 大柄ということもあり、相手の方が怪我をしてしまうこともあった。


 家の外では母はウエダを守ってやれない。であれば、問題が出来るだけ起こらないように立ち回る方法として、接客業の家でもあることから礼儀を重んじた。


 喧嘩をすることこそ、中学に入ってからは無くなったが、人間関係はあまり上手くいっておらず、大柄な見た目もあり、不気味がられていた。


 高校でもそれは変わらず、友達と呼べる存在は居なかった。下手をすれば不登校にもなりかねない生きづらさを抱えるウエダであったが、毎日登校するというルーティンを今更変えることも出来ない。


 学校に行くという決まりを守らずにはいられず、真面目に通学をする日々だった。


 だが、突如異世界に召喚され、ウエダの日常が崩れる。


 慣れないこと、新しいことを極端に嫌い、パニックに陥る。戦闘向けのユニークスキルを保持していた為に料理とは関係のない戦いの場に身を置くことなった。


 全く話したことのない人たちとパーティを組まされ、相当なストレスを抱えながらの生活を送る。


 最初は慣れず、パーティ間での人間関係も良好とは言えないながらも、生き死にが関わっているウエダの仲間は戦闘では大いに力を発揮するウエダを活かすような方法を取るようになった。


 出来るだけウエダの安定をさせる為、決まった時間に決まった行動をするという生活を心がけていき、理解ある仲間に恵まれたウエダはなんとか異世界に対応していく。


 また、食事の質が低いこの世界において、ウエダの料理の技術や知識は役に立った。

 この料理の腕が無ければ、ウエダは仲間から見放されていたのは間違いなく、ウエダ自身それも分かっていた。


 せっかく作り上げたパターンを失う訳にはいかず、ウエダはパーティから追放されぬように心掛けた。


 そんな生活が続き、いよいよ魔王軍との戦いが始まる。パーティは戦いの最中、山で迷ってしまい遭難によって全滅しかける。


 山は戦争の影響で資源が少なく枯れており動植物も見かけない。手持ちの物資も底をつき、パーティは飢えに襲われることとなる。


 慣れない山の中での遭難は方向感覚を狂わせ、脱出するほどの余力もなく、ただ救援が来るのを待つしかない。


 救援の到着まで5日はかかると他の勇者との念話で告げられる。

 しかし、既に限界ギリギリまでメンバーは飢えており後5日も待つのは厳しかった。


 自分を支えてくれた仲間のピンチ、自身も飢餓状態にあり、身体を動かすのもやっとのウエダではあったが、食糧を探しに山の中を歩き回った。


 そこで、モンスターの死骸を見つける。蝿が集り、肉は腐っていたが、食べられる部位も残っているかもと思い、力を振り絞って解体をする最中、人の気配を察知する。


 正体は落武者狩りのようなことをする山賊の五人組だった。


 咄嗟にウエダはそのモンスターの死体の下に隠れた。とても五人を相手に戦えるコンディションではない。


 本来であれば、腐った死体に仲間が用意してくれた手袋なしに触れるなど出来ない。だが、生き死にが関われば自然と身を守る行動に出ていた。


 ジッと、身体を覆う死体と地面の隙間から山賊の動きを観察する。

 皮を被って、過ぎ去るのを待つ。


 だが、山賊達は仲間が待っている方角へ歩き出した。闇雲に歩き回った結果、見るものが見れば分かる痕跡を残してしまい、それを隠すという知恵も回らないほどに余裕がなかった。


 このままでは仲間は殺される……それを理解した瞬間、ウエダの身体は自然と動いていた。


 どこからか力が溢れて、気がつけば山賊は死んでいた。


 余計な体力を使ってしまったが、仲間が死ぬよりは良い。しかし収穫がない。今にも倒れそうな時、ウエダは気が付いた。


 新鮮な肉が目の前にあるではないか、と。


 一番肉付きの良かったリーダー格の男を解体して肉を刻んだ。


 その場で料理して、簡単なスープを作る。幸い、いくつかの調味料だけは残っていた。


 それを持って仲間のところへ戻り、振る舞った。


 空腹状態の仲間にとってウエダのスープは泣くほどに美味だった。


 皆、ウエダに感謝を伝えながら泣いてスープを口に運ぶ。

 無論、スープの肉はモンスターだと言うしかなかった。

 今は何でも口に入れなければ死んでしまう。死んでしまうくらいなら、嘘をついてでも食べさせた方が良い。


 ただ、相手の感情や本音を読み取ることが苦手なウエダには、直接触れられる攻撃をすり抜けさせる以外にもう一つの能力があった。


 間接的に触れた相手の感情が伝わってくるというものである。


 言っていることと、思っていることが別であると、かなり遅くの段階に気が付いたウエダにとって、本音と建前というものは衝撃であり、理解に苦しんだ。


 それが影響したのか、ウエダのユニークスキル『拒絶と理解』は他人、またはモンスターから触れることが出来ず、ウエダも直接触れずに、何かを通して相手に触れた場合、相手の感情が伝わるという能力を得た。


 ウエダの料理を通して、相手の感情を読み取ることが出来るということに気が付いてからは、ウエダにとって、『料理』がより一層意味を持つようになる。


 その時、パーティの全員が心の底から感謝し、言葉と感情の一致に底知れない幸福を感じていた。


 その後、飢えをなんとか凌いだパーティは発見され、奇跡的に生存出来た。


 魔王も他の勇者が討伐したとのことで、2年に及ぶ旅は終わる。

 生活に変化が生じるというストレスがあったが、仲間達にこれからは好きなことが出来る。自分の思い通りのパターンを作れば良いじゃないかと説得されて、それを受け入れた。


 ウエダはこの時、既に食材が簡単に調達出来る迷宮都市にて、実家の定食屋ウエダを自分で経営しようと考えていた。


 それが一番落ち着くし、自然だった。仲間達も遊びに行くと約束をした。


 しかし、その約束は果たされることは無かった。


 原因は王城にて、祝賀パーティが行われたことにある。

 ウエダのパーティメンバーは遭難した際のスープの味を忘れることが出来ず、時折もう一度あれを食べたいと言っていた。


 味としてはそんなにクオリティの高いものではない。だが、空腹は最高の調味料とはよく言ったもので、思い出補正もあり、メンバーの中で一番美味しい料理とはあの時のスープだった。


 ウエダは、あれは珍しいモンスターの肉だから作るのが難しいと言って作らなかった。無論、作れなかったし、言う訳にもいかなかった。


 皆の最高の思い出を破壊することになってしまうし、嫌われるのも怖かったのだ。


 だが、パーティの食事にそのモンスターの肉が出てしまった。そして、メンバーはあの時食べたスープの肉とは違うものだと気がつく。


 まさにウミガメのスープという話の通りの展開であり、それでも今生きているのはウエダの判断のお陰であることは間違いない。


 それでも人間の心理はそこまで聞き分けの良いものではない。それまでのウエダの濁すような回答や態度が腑に落ちた瞬間だった。


 その事はウエダは知らなかった。


 その後、それぞれ違う道を選びパーティは解散となった時ウエダは最後の食事を皆に振る舞った。


 そこで、ウエダはパーティメンバーから伝わる感情の中に恐怖、拒絶、不安を感じた。


 だが、ついぞその理由については聞けずじまいだった。


 迷宮都市にて、定食屋を開き仲間が遊びに来るのも待てども、音沙汰はない。念話で呼びかけても、色良い返事は得られなかった。


 どうして来ないのかと問い詰めるようなことを、ついにやってしまった。

 そして、ある一言を引き出した。


「あのスープの味が忘れられない」


 これはメンバーの一人が、ウエダもあのスープの正体に気が付いたと知っていると勘違いした末の失言。


 ウエダはこの言葉を文字通り受け取った。


 皆、あのスープがもう一度味わいたいのだと。あれを作れば、皆ともう一度食卓を囲めると信じ込んだ。


 いや、自分を騙した。


 そこから、ウエダはあのスープの味を再現するべく努力を開始する。


 当時の状況を出来るだけ再現することにまで、こだわった。


 モンスターの皮を被って、五人組を待つ。ウエダの目には冒険者と盗賊は同じに映り、リーダーを食材に選ぶ。


 パーティ内の殺す順番も、殺し方もあの時の再現をする。


 別に、ウエダは人の肉が美味しくて食べていたんじゃない。料理人としてそれよりも美味しいものの区別くらいつく。


 ウエダにとって重要だったのは味ではなく、あの時の気持ち、仲間からの感謝や愛情。


 それをもう一度体験するべく、失った仲間との思い出をもう一度味わいたかった。


 以上が、アウルムとシルバがウエダの供述を補完した、犯行の動機であり、カブリ誕生のバックボーンである。


「おい……おいおいおいッ! つーことは……店で定食頼んだ時に毎回出されてたスープの中身ってさあッ……」


「人の肉かよ……」


「うっ……気分悪い……」


 驚愕の供述により、シルバは口を押さえながらも胃液の逆流を感じ、アウルムの顔色は血の気が引いて青くなる。


「お前ェッ! やってくれたなッ!? なんでそんなイカれた真似が出来るんやッ!?」


「でも、シルバさんあなた毎回美味しいって言ってくれたじゃないですか。美味しいって気持ち、ちゃんと伝わってますよ」


 ウエダはニッコリと美味しく食べてくれてありがとうと感謝さえ伝える。


「あ、あかん……こいつは存在してることが許されへん!」


 純粋な邪悪。


 悪意よりも善意の末の行動。心底誰かの為を思っての狂気。


 シリアルキラーは凶悪な面を持ちながらも自身の犯行を心の底では恥じていることが珍しくない。

 捕まった時は犯行を自慢げに話す者もいるが、反面恥ずべきことをしているという自覚も持ち合わせる矛盾を孕んでいる。


 ミルウォーキーの食人鬼として知られる17人の殺害及び、人肉を食らったジェフリー・ダーマーでさえ、プロファイリングという手法を確立させたFBI捜査官、ロバート・K・レスラーとの対談で以下のように供述する。


『いつも相手と深く知り合うことを避けていた。そうすることで、相手を生き物だと思わずに済んだ。相手の人間性を否定していた。しかし、こんなことをやってはいけないという思いが消えたことは一度もない。罪悪感を覚えた』


 だが、ウエダに関しては飽くまで善意であり、悪い事をしている自覚がない。

 人が牛や豚を食べることに一々罪悪感を感じないように、もはや食材でしかなかった。


 供述中の口ぶりがその全てを物語っていた。


「それよりも、明日の仕込みしないといけないんで解放してもらえますか?」


「な、何を……」


 この後に及んで、ウエダは改心どころか予定通り行動出来るかの心配で頭がいっぱいである。


 更生の余地──皆無。


「それは無理だ……シルバ結界を解除しろ」


「……」


「ウッ!?」


 シルバが結界を解除したと同時にアウルムは石礫をウエダのこめかみに向かって5発、打ち込んだ。

 キィンと小さな音と共に連続で発射された。


 魔法攻撃による防御能力は低く、石礫は皮膚を破り、頭蓋骨を突き抜けて、その衝撃は脳を駆け巡りぐちゃぐちゃになり、ウエダは息絶える。


「俺たちは知らずに人の肉を食べてこいつの共犯にされていたのか……」


「後味が悪いとはまさにこのことやな……トラウマになりそうや」


 ブラックリスト勇者──残り18人。


 1名、討伐成功。

 ファイルナンバー12『カブリ』

 被害者数:480人

*ジェフリー・ダーマーの供述についてはwikipediaを参照。


次の投稿は2日後です。

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