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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
4章 ソウルキッチン
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4-18話 アギト・オーガミ

 


『悪食のオーガミ』として知られる日本人の勇者、本名をアギト・オーガミ。漢字で書くと『大神 顎人』である。


 彼の名付け親は、オーガミの曽祖父『大神 豊』。東北地方にて米農家をしている。


 戦時中、飢えに苦しんだ経験から息子や孫には腹一杯食べさせてやりたいという、戦争経験者にありがち──と言うと些か乱暴ではあるが、自身の体験から家族には常に腹一杯の飯を食べさせてやりたいという思いで働いた。


 曽祖父はそれなりの収入もあり、田舎同士の野菜の譲り合いなどから、一緒に暮らすひ孫であるオーガミも食べるものがない、という経験をしたことがなかった。


 むしろ、食べる量が少ないと曽祖父に叱られることが常であり、すくすくと育つ。肉が大好きで野菜はあまり食べたくないが、叱られたくもないので出来るだけ食べた。


 産まれたての赤ん坊時点で、曽祖父である豊の指を吸う力が半端ではなく、食欲旺盛であり更なる健康を祈り顎人と名付けられる。


 のどかな田舎で育ったオーガミは両親の仕事の都合で高校生から東京に引っ越すこととなり、東京の生活様式に衝撃を受ける。


 まず、食べ物全てが高い上に大して美味しくない。水すら、まるで違う。

 高校生かつ、農家の子供であれば知らないのも不思議のない話ではあるが、良い野菜、良い米というのはそれなりに高い。


 両親の経済状況は都会の物価の高さに対応するのがギリギリで共働きという事情もあり、コンビニ飯やジャンクフードを食べる事が多くなった。


 自炊すれば節約になる──これは半分間違いである。


 例えば、オーガミ一人分の唐揚げを主菜として味噌汁と米、サラダの夕食を作ろうと思えば、唐揚げ弁当を購入するより高くつく。手間もかかる上、コストパフォーマンスも悪い。


 自炊が節約になるのは、ある視点からは正論ではあるが、それなりの消費量と生活に余裕があって成立する話であり、共働きで忙しく体力的にも余裕のない家庭では時間、体力の節約の方が優先される。


 田舎から野菜が仕送られて来るので、外で食べる機会もあるが、特に野菜、米は自分の家のものしか食べようとは思わなかった。


 ここで初めて、自分が食べていた野菜、米の素晴らしさに気がつく……贅沢な食生活だったのだと。


 そんな折、曽祖父が病死し曽祖母は既に他界、祖父母は農家ではない。野菜や米を仕入れるルートを失い食生活が狂い始める。


 都会のマズイ野菜や米は到底口に入れることが出来ず、ジャンクフード、肉を食べる割合が増えていった。そして次第にオーガミは太っていく。


 不健康ではあるが、経済的に余裕のない家庭の方が肥満率が高い。

 健康を維持するということ自体、金と時間がかかり生活に気を遣った方が良いというのはポジショントークになりかねない。


 太ったオーガミは高校において馬鹿にされて、孤独な高校生活を送っていた。

 元々食べる量が多かった上、ストレス、太りやすい食べ物を食べるようになった生活によって、肥満は悪化した。


 高校3年の入学式において、突如異世界に転移させられ、またもや生活が一変する。


 今度の世界は更に野菜が美味しくない。

 それもそのはず、現代日本の農作物は品種改良によって美味しくされているのだから。


 しかし、幸運なことにオーガミは肉を食べるほど強くなるユニークスキル『異食変幻』を手にする。


 この能力は食べるモンスターによってステータスが変動し、一時的にモンスターの能力を使うことまで出来る。


 東京に馴染めず、馬鹿にされたことによる人間不信から攻撃的な性格を形成していき、仲間を作ることなく即席のパーティで研修を終えた後、一人で旅を続けた。


 国からの要請にはしっかりと答えながらも強さを求めてあらゆるモンスターの肉を食べる生活。


 魔王が死に、ダンジョンでひたすらモンスターを殺しては食うことを繰り返す日々──気が付けば太っていた姿からは程遠い、筋肉質な体型になっていた。


 この生活は現在にまで続き、単独での上級者向けダンジョンを踏破するべく、特殊な能力を持ったモンスターや強いモンスターを狩るという活動方針を取った。


 その一環が、カブリというモンスターを倒すこと。


 であったのだが、特に面識はないが同じ勇者として、同じ街で活動するウエダがカブリであった。


 とんだ、計算違い。しかも何故か押されている。


 数度会話することはあったが、話が噛み合わず怒りすら込み上げるほどの鬱陶しさのウエダに、してやられている現状。


 そして、自分を食べるなどと舐めた発言。


 到底看過できるものではなかった。


(行くぜェ……効果は残り30秒ッ! 殺してやる……!)


 オーガミの咆哮。


 音は空気の振動であり、ダンジョンの15階層全体を震わせるほどの大きな咆哮だった。


 パラパラと天井からは砂埃が落ちて、地面の砂粒は細かく揺れる。


 アウルムとシルバの鼓膜を揺さぶり、腹にズシンと来る低い声。


 直後、後ろ脚で地面を蹴りウエダに突進する。


 巨大化したその全身を利用した質量攻撃ッ!


 俊敏な動きをするようなタイプでもないウエダでは避け切れるスピードではない。

 オーガミはウエダは攻撃を上手く捌く何かがあると考えた。


 料理人だからこそ、捌くというワードも違和感がない。


 だが、いくら技術があったところでこの肉の壁による突進は捌きようがないはず。


 トラックに轢かれるよりも強い威力でウエダにぶつかるオーガミ。


 ズンッ! と激しい音がなり土煙が舞い上がる。

 突進の勢いは死なず、壁に頭部がめり込んだ。


(フンッ……グチャグチャだなこれは……ッ!?)


 勝利の確信。胸の内はスッキリとしたはずだった。


 尻尾を切断された鋭い痛みが走る。


(避けやがったのか!? チィッ! 残り20秒までにっ……)


「グォアアッ!?」


「これは……クセがあって料理に使えなさそうですね……生姜で匂い消して唐揚げにすれば食べられるでしょうか……」


 ウエダは切断した蛇のような尻尾を生で咀嚼しながら、オーガミの人体をどう調理するかのプランを立てていた。


「尻尾切ったから──順番を考えないと……尻尾、右脚、左脚、右腕、左腕、首で血抜きしないと重くて持てないですね……尻尾切ったから……次は右脚だ、右脚を切らないと右脚、右脚、右脚ィッ!」


 オーガミのことを指差しながら、ブツブツと独り言で調理の順番を立てる。

 最早ウエダにとってオーガミは自分のスケジュールを狂わせた肉、食材であり、贖罪の方法は食材になるしかないと考えている。


 これを脳内で思いついたウエダは珍しく上手い冗談が思いつけたぞ、満面の笑みを浮かべる。


 残り、15秒。変身の効果時間は短い。


 複数のモンスターの特徴を同時に出すには負担が大きく、30秒経てば強制的に解除され、身動きすら覚束なくなる。


 そうなれば確実に死。


 一撃は軽くとも、このままウエダに致命的な攻撃を与えなければ、出血多量で死ぬ。


 未だに能力のタネが見えないウエダに恐怖を感じ始める。


 ウエダに背後に回られたオーガミほ翼をはためかせて砂を舞い上がらせる。


「ウッ!? ぺっぺっ! 目がッ!」


 風によって砂粒がウエダの目に入り、動きが止まった。


 ウエダは水魔法で自身の顔を洗う。それも戦闘中とは思えないほど悠長に、丹念に、強迫的に洗う。


(その腕、食いちぎってやる!)


 油断しているウエダの腕を噛みちぎろうと、大きな顎を開き、牙を光らせ人間の約50倍もの咬合力を持つイリエワニ以上の強い力で噛み付いた。


 口を閉じる速度も瞬きよりも速く、ウエダは回避行動すら取れていなかった。



 ────だがウエダの腕、噛み切るに至らず。


(避けてすらいないのに外れただと!?)


 残り5秒。


「良かった……やっと砂が取れました……オーガミ君、残念だけど僕が狩りの時は誰にも触ることは出来ないんですよ。僕、バイキン恐怖症だから……触られたくないんです」


(ハァッ!? そんなのズル過ぎ……無敵じゃねえか……)


 残り0秒。オーガミの能力の効果が切れて人間の姿に戻る。


「あっ、右脚を斬るんだった……ってあれ戻っちゃったんですか? 人間の大きさなら手足切り落とす必要ないけど、切り落とす予定立てたから切り落とさないとっと……」


 完全に力尽き、能力の反動で動くことが出来ないオーガミを容赦なく切り刻む。


 予定通り、右脚、左脚、右腕、左腕、そして首……。



『悪食のオーガミ』、死亡。


 目の光を失ったオーガミの腹を切り、皮の手袋とマスクをアイテムボックスから取り出して装着。

 慣れた手つきでせっせと内臓を取り出すウエダ。


 同じ同郷の人間を殺したという罪悪感など一切感じさせることなく、まさに狩人のような流れ作業でオーガミだった肉は解体されていく。


「ふ〜っ……お腹空いたな……それに早く帰って明日の仕込みしないと……わっ、もうこんな時間ッ!?

 スケジュールが狂ってる! 大幅に狂ってる! 早く帰らないと! 早く帰らないと! 早く帰らないと! ウーッ! ウーッ! ウーッ!」


 恐らく、ステータスメニューに表示される時刻を見て現在時間を確認したウエダは先ほどの落ち着いた解体作業とは、うって変わって動揺し始める。


 それほどまでに、自分の思っていた通りの行動が出来ないことがストレスであり、落ち着く為に再び自分の太ももを殴り始める。


「は、早く転移……」


「──させるかよ」


 赤い転移結晶を持ったウエダの右手を礫が貫通する。


「ウッ!?」


 大きく穴の空いた右手を見るウエダの表情は怯えた動物のように、迂闊に手出し出来ないほど鋭くなる。


 どこから攻撃された!? 身を守らなくては!


 すぐに立ち上がり、防御の姿勢に入ろうとするも、まず転移結晶が破壊され、足の甲、スネ、太ももに先ほどと同じように礫が貫通して、グシャリと両足が砕ける。


「な、なんなんだ……!?」


「よお、店長」


「明日は休業やから安心してや」


 ウエダの前に、突如二人の男が現れた。


 すぐにウエダはその正体に気がつく。


「じ、常連のアウルムさんとシルバさん!? な、何故こんなことを……え? あ? あ、ああ……挨拶……挨拶、挨拶だ、挨拶しないと……こんにちは……」


 こんな状況におかれてもウエダは決まった行動を取った。


 こればかりはアウルムとシルバも顔を顰めた。

今年最後の投稿です、来年もよろしくお願いします!

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