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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
4章 ソウルキッチン
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4-17話 食うか食われるか

 


「えれえ場面に出くわしちまった……」


「ああ……」


 冒険者たちは、激しい攻防の繰り広げられるオーガミとラーテルの戦いから目を離せず、また動き出すことも出来ず、棒立ちになっていた。


 それもそのはず、この階層で活動するようなパーティの平均レベルは30程度。


 レベル100に至るオーガミが苦戦する相手も尋常な強さではなく、そんなハイレベルな戦いを目の当たりにする機会などないに等しい。


「…………」


「……どこ見てんだテメェ! 相手は俺だろうがよぉッ!」


 そんな冒険者をジッと見つめるダンジョンラーテルの視線の移動に気が付き、こめかみに青筋を立てる。


「使うか……」


 オーガミはアイテムボックスから、肉を取り出し咀嚼し始める。


 メキメキと骨格の変わる音がダンジョン内に響き、あっという間にオーガミは異形と化す。


「ふ〜……『火焔竜形態(サラマンダーモード)』」


 上半身が爬虫類的な鱗に覆われた姿となり、ピロピロと動く長い舌が口からはみ出たかと思えば、大きく息を吸うことで風船のように肺は膨らみ、横隔膜が上がる。


「ッ! シルバッ!」


「分かってる! 『不可侵の領域』ッ!」


 アウルムとシルバは直後に起こる事態を直感的に理解した。


 オーガミの口から発せられる火炎放射が15階層の野球場よりも小さい程度の空間を呑み込む。


 緋色の炎が一瞬のうちにして、広がり視界は炎の光によって目が眩むほど強く、間も無くして熱波が襲う。


 間一髪のタイミングで結界を展開し、二人は戦闘に巻き込まれることは無かったが、近くにいた冒険者たちは黒焦げになる。

 運悪く居合わせて腰を抜かした元商人も、治療しなければ死ぬであろうほどの重度の熱傷を負う。


「周囲の被害もお構いなしかよ!」


「オーガミはカブリが倒せたらそれでええみたいやな……」


 そして、火が収まり視界が晴れてくると、オーガミの炎をまともに食らった肝心のカブリであるが、煙を上げながら燃える毛皮を投げ捨てる。


「ウ、ウエダ……!?」


 姿を現したのは、ところどころ火傷を負っているが依然としてピンピンしたウエダ。


 アウルムとシルバはある程度の予想がついていたので、この展開については、やはり。と思う程度ではあった。


 しかし、オーガミにとって自分を襲ってくるダンジョンラーテルの皮を被った者の正体が、同じ勇者という立場であるウエダという展開に思考が追いつかなかった。


「ど、どういうつもりだッ! ウエダテメェッ!?」


「……こんにちは、オーガミ君」


 唾を飛ばしながら、ウエダの凶行を問い詰めるが、ウエダはいつも通りの穏やかな表情を崩さず、挨拶をする。


「質問に答えろ、勇者同士の殺し合いは御法度と分かってて俺を攻撃した理由を答えやがれェッ!」


「君が言ったんですよ? 次会ったら殺すって……僕はまだ死ぬわけにはいかないので、自分の身は自分で守らないと。当然でしょう?」


「あの時の……いや、テメェ! あれは本当に殺すって意味じゃないだろ! ただの俺の暴言を一々間に受けて襲いかかってきやがったのか!? どんだけイカれてんダァッ!?」


「……? 殺すつもりがないのに、殺すって言ったんですか? 意味が分かりませんが? 第一僕を殺す気で今攻撃してきたんだから、実際殺すんですよ? それに僕は別にイカれてませんよ」


「黙れッ! お前とこれ以上話しても無駄だな……だが分かったこともある。カブリとかいう存在、てっきりユニークモンスターかと思って張り込んでみりゃあ、正体はお前だったか……」


 オーガミが肉林で活動していた理由は変身の為必要な、肉を確保。それに巷で噂となっているカブリを倒してその肉を手に入れること。


 カブリをモンスターだと思っていたオーガミだったが、階層を移動するモンスターなど聞いたこともなく、また実際に見たこともなかった。


 故に眉唾物の話とは思っていたが、万が一そのようなモンスターを倒すことが出来れば自身の戦力アップに繋がると考えて、探していた。


 だが、ウエダの姿を見て全ての疑問は解消された。そんなモンスターなどおらず、モンスターの姿をした人間でしかない。

 そうでないと辻褄が合わない。


「……僕がカブリなんですか? 」


「しらばっくれるてんじゃあないぞッ! このケダモノがっ!」


「ププッ……ククククッ……今のは冗談が苦手な僕でも分かりましたよ! モンスターに変身する君が僕をケダモノ呼ばりって中々皮肉が効いてて笑えます!」


 表情に変化のないウエダが破顔して肩を震わせて笑う。終始、会話の行き違いが起こる中でウエダの笑い声は一層不気味に聞こえる。


「あ、もう仕込みの時間が迫ってる……獲物探して血抜きして、毛皮に詰める時間が……毛皮ッ! 毛皮が燃えてしまった! どうしよう!? 予定の時間なのに予定の時間なのに予定の時間なのに……う〜う〜う〜ッ!」


「何言ってやがるんだお前は……」


 唐突に、ウエダは自分の世界に入り込み、オーガミとの会話を終わらせる。

 今後のスケジュールを口に出して、手順を確認するが上手くいかないことに気が付く。

 感情をコントロールする為か、自身の太ももを拳で何度も殴りながら、小刻みに揺れ始める。


 ウエダは自分の中にある秩序を乱されることを極端に嫌い、それが発生するとパニックを起こす。

 そんなパニックを抑える為に太ももを殴るという自傷行為にも見える行動と、一定のリズムで揺れることで、感情をコントロールする癖が出る。


「聞いたか……アウルム?」


「ああ……死体をその場で食ってると思いきや、あいつ持ち帰ってやがる!」


「行きは手ぶらでウエダとして入り、中で毛皮を着てモンスターとしてダンジョンで獲物を待つ。殺した冒険者の死体の行き場が謎やったが、あの毛皮に詰めてたってことか……。

 死体を何食わぬ顔で毛皮で隠してダンジョンから出てくる……恐ろしく合理的な発想……いや、異常やな」


 多少、血がしたたるモンスターを担いでいようと、この迷宮都市、それも肉林から出た飲食店の店長であれば、周囲の人間は全く違和感を覚えない。


 目の前にあるモンスターの死体の中に、人間の死体が入っているとも知れず、周囲の人間はよくある風景として素通りする。


 そして、それを平然とやってのけるウエダの異常としか表現出来ない行動。ウエダの独り言から答えは導き出された。


「家でじっくり楽しむ為に持ち帰っていたのか……」


「犬が骨を穴に隠す……みたいなもんなんか……?」


「人肉を食うことで発動するユニークスキル由来? いや、そんなイカれたユニークスキルが存在するのか!?」


 結界内で完全に気配を遮断しながら喋っているとはいえ、その異常性は声が思わず大きくなるほどに、二人に強烈なショックを与えた。


「それより……あいつ、助けに行ってええか?」


 火傷で身動きの出来ない元商人の男が、死にかけていることがシルバは気になった。


「お前はここで結界を維持してろ。気付かれずに動くのは俺の方が得意だ」


 アウルムは結界を出て、死にかけの男の救出に向かう。


「時間だ、もう時間が来てる……行かなくちゃ……行かなくちゃ……」


「待てウエダァッ! どこにも行かせる訳ねえだろうがっ!」


 殺気を飛ばすオーガミのことなど、とうに意識から外れてウエダは移動し始めようとする。


 そんなウエダに対してオーガミは距離を詰めて攻撃を繰り出した。


「邪魔をするなあああああああッ!」


 アイテムボックスから肉包丁を取り出したウエダが、焦点の合わない狂気を帯びた目で迎撃体制に入る。


 変身したオーガミの手から生える鉤爪の攻撃は空振りに終わり、ウエダの肉包丁の斬撃が当たり、肩から血が噴き出す。


(また外したッ!? いや、確かに当たって……こいつのユニークスキルかッ!)


 戦闘に特化した生活を送っていたオーガミの攻撃を二度も回避するというのは、同じレベルの強さ、あるいは何らかのユニークスキルの効果でなければ説明がつかない。


「シルバ、見たかアレ」


「見たけど、トリックが分からん……」


 男を抱えて結界に戻ってくるアウルムがシルバに聞くも、仕組みは分からないままだった。


 男を『非常識な速さ』で回復し、死んだ皮膚を再生させてながら、戦闘を見守る。


 カブリがウエダというのは、確定。であれば、そのウエダと戦うオーガミに加勢すべきか?


 否である。オーガミもまた、別のブラックリストであるという可能性が完全に排除されておらず、事実全く関係のない冒険者パーティは既にオーガミによって殺されている。


 ここは二人の戦いを観察し、ウエダのユニークスキルの正体の解明に努めてから、漁夫の利を得る形で不意打ちをするのがベスト。


 特にオーガミに義理があるわけでもなく、どちらかが倒れれば、その方が仕事がやりやすい。


 それだけのことであった。


「オーガミ君、君は肩が痛くて僕に怒ってる。そうでしょ、分かるんですよ」


「ッタリメェだろうが、ぶっ殺す!」


 ウエダは血のついた包丁をペロリと舐めて、嬉しそうに笑う。


 先ほどまでの鬼のような形相とは打って変わって無邪気な笑顔であり、ウエダの心情の移り変わりが人の心を読むことに長けたアウルムでも計りかねていた。


 頭に血が上り、力みによって肩からも血が噴き出すオーガミは何度も攻撃をしかける。


 ──が、いずれも空振りに終わり、チクチクとウエダの斬撃でダメージを重ねていた。


「料理するには硬すぎる筋肉ですね……包丁も刃こぼれしちゃって……ヨーグルトにつけたら美味しくなるかなあ?」


 肉を喰らうことで変身するオーガミ。オーガミにとって喰らうということがユニークスキルの影響からも大きな意味を持つ。


 一方、目的は違えどウエダもオーガミ同様。『喰らう』ということには一家言ある存在。


 人に料理を食べさせて、人の肉を喰らう。


 喰らう者同士が戦い、相手を喰らう発言をする。


 獣の前で、その獣の仲間を喰らうことで威嚇、挑発するような行為が自然界においてしばしば見受けられるが、この発言はオーガミを完全にキレさせるには十分だった。


 モンスターの肉をいくつも取り出し、咀嚼する。

 複数のモンスターの特徴が現れて、もはや、それがオーガミと分かる者はこの光景を見ていなければ居ないほどに原型を失っていた。


「『鵺形態(キメラモード)』……ッ!」


 変身したオーガミは体長3メートルの巨大な姿となり、四つん這いの姿勢となる。


 その姿は完全に人間ではなく、モンスターである。


 瞳孔は細い縦長で黄色く光り、体表は硬いウロコに覆われ、蛇の頭を持つ尻尾が鞭のようにしなり、首元にはライオンのようなたてがみが、口には長い牙が、背中にはコウモリのような翼が。


 オーガミのユニークスキル『異食変幻』により実現可能な最高戦闘力をもってして、ウエダを殺す、必殺の手段。


 使用後の多大な肉体の負担という犠牲も構うことなく、魔王戦役の死闘以来の全能力解放を行った。


「……もう帰る時間なのに、帰らないと、帰らないと……う〜っ……でもまだ獲物が…………オーガミ君でいいか……」


「グブノバオベノボゥドゥアッ!(食うのは俺の方だッ!)」


 涎を地面に落としながら、オーガミはウエダに噛みつこうと大きな口を開きながら、迫っていった。

明日は今年最後なので更新あります。

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