4-16話 カブリ
「俺……この仕事が終わったら高級娼館でミイラになるくらい遊ぶんや」
「おい、集中しろ」
カブリが出現すると思われるダンジョン『肉林』に張り込み、ターゲットになりそうな五人組冒険者が現れるのを待つ中、シルバが喋り出す。
「いやそこは、フラグ立てんなってツッコミやろ?」
「何故要らぬフラグを立てる?」
「こういうあからさまなフラグを立てることで、逆にフラグが折れるってこと」
「メタ的なこと言ったら未来が変わるとでも思ってんのか? 作者、シルバをもう少し賢くするスキルでも与えてやってください」
「どこ向いて誰に喋ってんねん!?」
アウルムは上を見ながら、お願いをする。
「冗談だ」
「お前の方がよっぽどメタ発言やろ……って、おい五人組やぞ」
「待て、鑑定するぞ……魔法使いはいないな。よし、あいつらに着いて行こう」
雑談をしていると、条件にマッチする冒険者が現れる。
ナイフと弓を持った斥候、剣士二人、盾役二人の近接戦闘をメインにしたオーソドックスなパーティ構成の五人組が、ダンジョンに入っていく。
「待て、あいつらだけとは限らんやろ? ウエダがダンジョンに入る時間はまだ先や。後から来た同じようなパーティを狙うかも知れんぞ? ウエダを待った方が良いんちゃうか?」
「いや、統計的に五人組かつ魔法使いが一人もいないパーティが月の日にこのダンジョンに、もう一組入る確率はそこまで高くない。
そもそもウエダがダンジョンに来たら、転移結晶で好きな場所に移動出来るんだから追跡出来ない。
あいつらの実力や装備からして、精々20階層止まりだ。ウエダではない可能性も考慮して、冒険者について行くべきだと思うが?」
ダンジョン内を移動出来る転移結晶というアイテムは、到達した5階層ごとに情報が更新される。
ダンジョンの入り口の0階層、5階層、10階層、15階層、20階層までであれば、追跡も簡単だとアウルムは説明する。
「せやな……ん? あのおっさん、ソロか珍しいな」
シルバが入り口に立っている髭を生やした灰色がかった紫髪の中年の男を見つける。
「あいつは冒険者じゃないな……ステータスも商人、いや元商人だな、レベルも高くない。死ぬぞ?」
「……ああ、分かった。何らかの理由で商売が上手くいかず、他の冒険者のおこぼれ狙いやな。肉林は他のダンジョンと違ってドロップアイテムじゃないから、死体が残るやろ?
全部は回収出来ひんことあるから、残骸を漁って売るやつがいるって聞いたことあるわ。多分それや」
「確か……スカベンジャーだったか? 命懸けだな」
「何言ってんねん、この世界は日本ほど社会保障ないねんから金が無くなったらマジで死ぬんやし、命懸けなんは当たり前やろ?」
モンスターの残骸であっても、日銭を稼ぐくらいは出来るほど利用価値は高い。
日雇いの仕事もあるが、危険であったり、重労働であったり、キツイ仕事の割に報酬は低い。
それならば、リスク承知でスカベンジャーとなりダンジョンに潜る方が、まとまった金が手に入ると考える者は少なくないのが、この迷宮都市の闇の部分である。
「心配……やけど、今はあのおっさんのこと気にしてられへん。冒険者について行くで!」
「ああ……」
二人はスカベンジャーの男がやや気になったが、転移していく冒険者を追った。
***
20階層──追跡する冒険者たちのレベルからいっても、不測の事態が起こらなければ対処出来る範囲の難易度で、探索を開始したところを気付かれないように見守る。
(今までパーティ名も知られん程度にこっそり活動してたから、よそのパーティの戦闘見るのも久しぶりやな)
(他のパーティの戦闘が見えるってことは、あっちからも俺らの動きが見えることになるからな)
(魔法使いがおらんパーティは、短時間でダメージ入れまくる瞬発タイプが多いみたいやな)
追跡するパーティは二人の気配に気付かずに遭遇するモンスターを倒していく。
通常、冒険者パーティにおいて魔法使いの立ち位置は二つに分かれると言われる。
大きなダメージを与えるチームのメインとなる火力型。
または妨害やヘイトを集めるアシストを主とした後方支援型。
基本的には魔法使いの有無がパーティの戦闘スタイルの基準となる。
いつでも転移結晶で帰れるというダンジョン特有の事情もあり、継戦能力よりは瞬発的な火力を重視する傾向にある。
しかし、それも中級者までで、上級となるとそれなりに火力でゴリ押しという作戦が通じなくなる為、あらゆる事態に対応する為魔法使いの需要は高まる。
(胆嚢狙いか……)
(高く売れるんやろ?)
(錬金術師にはな)
肉ではなく、モンスターの胆嚢、陰嚢などを倒すことで確実に取ることが出来るこのダンジョンは飲食業だけでなく、錬金術師にも需要が高い。
肉よりもコンパクトでありながら、単価は高いということから、肉は捨てて高価な部位だけ集めるという探索も珍しくはない。
(今のところはカブリの気配ないな?)
(ああ……不気味なくらい静かだな)
既に1時間以上は経過しているが、カブリに襲撃されるどころか、他の冒険者とも鉢合わせしていない。
彼らに何もなければ良いのだが、それではカブリの正体が明らかになることもないというジレンマに苛立ちを感じ始めていた二人だった。
(どうする? 二手に分かれて他の階層も見て回るか?)
(ならシルバはここであいつらを見ててくれ。俺が他の階層のチェックをしてくる)
(分かった。何かあったらすぐ呼んでくれ、でも転移可能なポイントから遠かったらちょっと遅くなるからな)
(それがあるから別れたくなかったんだがな……行ってくる)
アウルムは20階層から19階層に向かい、カブリとのすれ違いを起こさないように移動する。
***
アウルムとシルバが、カブリがいつ現れるのかとヤキモキしている一方、同じようにダンジョンで獲物を探す男がいた。
(尾行? ……にしてはお粗末。スカベンジャーか)
黒い毛皮のコートを纏い、骨を口に咥えた男──『悪食のオーガミ』。
現在15階層にて、襲いかかってくるモンスターを倒したところ、背後の気配に気がつく。
(待てよ、スカベンジャーが15階層まで来れるか? そんな実力があれば冒険者としてやっていけるだろ……)
「隠れてねえで出てこいゴラッ!」
「……」
「その岩陰に隠れてるお前に言ってんだよ! 5秒以内に出てこないと敵意ありと見做して殺すぞ!」
「ま、待った! 殺さないでくれ!」
オーガミを尾行していた男が慌てて岩陰から飛び出す。
その男、シルバが気が付いた灰色がかった紫髪の元商人だった。
「テメェスカベンジャーの癖に何故ここにいる! 来れても5階層だろうが!」
「す、すみません……私はルークと言います怪しい者じゃありません! あなたが強そうだったので強いモンスターの残骸が拾えるかと……ちょっと家計が苦しくて、ダンジョンでまとまった金を稼ぐ必要があるんです!
昔、転移結晶を売ってもらったことを思い出してついて来ただけなんです! 殺さないで!」
「チッ……うぜぇな、失せろ! 狩りの邪魔なんだよ!」
「そんな……! まだ何も収穫がないんです! 妻と子供が待ってるんです! 荷物持ちでもなんでもやるので、必要ない部位だけでも譲って貰えませんか?」
「俺にメリットがない。むしろ邪魔だ。消えろ、殺されんうちにな」
ルークと名乗る元商人は、とある事情により商売が続けられなくなった。借金を返すにも商人は商売をするしかなく、その手段を奪われた為に、危険なダンジョンで慣れないスカベンジャーをやるほかに道がなかった。
五人組のパーティについて行こうと思ったが、15階層までしか登録がされておらず、ついて行くことが出来なかったので、強そうなオーガミに取り敢えずついて行くという判断をしたのだが、あっさりと看破される。
オーガミの機嫌を悪くすると殺されるということも分かっているが、靴を舐めてでも家族を養う必要があるので、頭を下げてスカベンジャーの許可を請うた。
「俺が殺すまでも無かったか……」
オーガミは唐突にルークから興味を失う。ルークの後方にダンジョンラーテルという熊ほどの大きさのある凶暴なモンスターが近付いてきている事に気が付いたからだ。
後10秒もすれば、相手構わず襲いかかってくるダンジョンラーテルに食い殺されて終わり。それが分かったオーガミは当初の目的に意識を向ける。
──はずだった。
「あ、ああ……ひぃいいいいいっ!? ……あれ?」
「何ィッ!?」
ダンジョンラーテルはルークを無視してオーガミに向かい一直線に走ってくる。
「ガアアアアアッ!」
「何なんだお前はぁっ!?」
ラーテルの鉤爪がオーガミを襲う。大きく長い右脚を振り抜くのを咄嗟にガードして一歩距離を取る。
(どうなってやがる? ……シルバ! 15階層にオーガミがいるんだが、ダンジョンラーテルに絡まれてる! そっちはどうだ?)
(オーガミィ? あいつがカブリなんか!?)
シルバに念話で連絡を取る。オーガミがカブリという可能性は限りなく低いが、タイミング的にこの日、この時間に遭遇するということは可能性はある。
一方で、例の五人組のパーティが未だに襲われていなければ、可能性は更に上がる。
(分からんが……お前も警戒はしろ!)
(15階層って言ったな……マズイでえ……あいつらこれから15階層に行くか相談しとるわ)
(何ぃ? このタイミングはマズイ!)
(だから今俺がマズイって言うた──あ、転移したわ)
(チッ……ややこしいことになりやがる!)
隠遁で姿を隠しながら交戦中のオーガミを見張るところに五人組のパーティが転移してきたのが確認出来た。
シルバもそれに続いて転移してくる。
「「「うおっ!? なんだ!?」」」
「チッ……更に邪魔が入ってきやがった!」
その気配に気がついたオーガミが悪態をつく。
「失せやがれお前らぁっ! ──ッ!? なんなんだマジでコイツ!」
一瞬、意識が冒険者に逸れたオーガミに更に攻撃を繰り返すダンジョンラーテルをキックで牽制する。
が、攻撃は外れて、空を切る。
(外した!?)
予想外の出来事にオーガミの表情が歪む。
アウルムと合流したシルバは戦闘を見守る。
(どーなってるんや……これ……)
(ああ訳が分からん)
念話で会話をする二人の視界に入っているオーガミよりも、ダンジョンラーテルに注目が集まる。
単独でSランク相当の技量を持つはずのオーガミが瞬殺出来ずにいるほど、ダンジョンラーテルは強くない。
無論──それが本当にダンジョンラーテルであれば、だが……。
その異様なダンジョンラーテルを鑑定しないはずもなく、二人の目には鑑定結果が表示されている。
鑑定結果──『???』。
これは勇者を鑑定した時にだけ表示される情報。
ミストロール、リペーター、ヴァンダル、いずれもこの表示がされていた。
(ダンジョンラーテルの皮を被った勇者!?)
(ああ、正体は分からねえが間違いなく……皮を被った……?)
(皮被り……カブリ……そういうことかよ)
カブリというブラックリストの正体、未だ不明ではあるが……『カブリ』──その語源には見当がついた二人であった。