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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
4章 ソウルキッチン
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4-15話 容疑者たち


 カブリが動くと思われるタイムリミットが明日となったタイミングで、アウルムとシルバは街の中を歩き回り集めた情報を精査する段階に入る。


 いつも通り『虚空の城』の中で、ボードに大量の捜査資料の張られた、会議室としている区画でシルバは捜査の成果を発表する。


「俺はこの数日、冒険者に酒を奢りまくってとにかく話を聞いた。パーティ構成、メンバーの性格、出身やら見た目、分かる範囲で全部書き留めたのがこの資料や。

 後で分析してもらうとして、分かったことを報告したい」


 シルバもアウルムの座学を受けて、プロファイリングに必要な情報というものが理解出来ており、聞き込みする中で『何を聞くべきか』という点を意識していた。


 漠然とした質問には漠然とした答えしか返ってこない。質問するのにもテクニック、知識が必要だ。


「で、共通点を見つけた。パーティの構成や」


「俺もギルドで照会したから人数が揃っていることは分かってるぞ」


「まあ待て、その通りで人数は必ず五人のパーティが狙われてる。それで更に共通点があった……何やと思う?」


「いつもと逆だな……だが時間がないからさっさと教えてくれるか」


 アウルムは考えるのも時間の無駄だと、続きを求めた。


「つまらんなあ。まあ、答えを言うと魔法使いのおらんパーティが狙われてるんや」


「ほう? それはカブリの攻撃手段に関係してくる都合かもな」


「魔法に弱いスキル構成とかか? 詳しくは分からんけど意味はあるやろうな……それで、妙な話も聞いた。ダンジョンってのは冒険者の死体って消えへんやんか? で、モンスターの死体は消えると。

 そしたら、冒険者パーティが全滅した形跡ってのはよっぽど時間が経ってモンスターが完食しん限りは残るわな?


 つまりやで、ダンジョンで血溜まりとか、内臓が散らばってたらそれは十中八九、冒険者のものってことや」


「モンスターがドロップアイテムではなく、死体を残すダンジョン『肉林』以外はそうなるな」


「ああそうや。だから肉林で人殺しても一番目立たへんし、やりやすい。冒険者のランクもそんなに高くない。狩場には都合良いよな?


 だから、俺は狩場が肉林と仮定して、肉林でメインに活動してる冒険者に話を聞いて来た。まあこれが検討外れな推理なら時間を無駄にした訳やが、そこは勘に賭けた……で、賭けに勝った」


 シルバは肉食獣のような獰猛な目つきで笑い、コインを弾く。


 転がったコインは表を示した。


「全滅したパーティの死体の目撃者を見つけた。お前の言う通り、適切な質問の仕方をせんと目撃者は目撃者である自覚がないことがあるってパターンや。


 そいつは特に変なもんを見た自覚がなく、ダンジョンの日常風景やと思ってた。


 四人の冒険者の死体と、内臓のぶちまけられた血溜まり。残りの一人の死体は? そう、内臓と血だけ残ってるのに死体がない。


 多分やけど、一人はカブリが食ってる。肉の鮮度が落ちんように血抜きしてると見た。モンスターはそんなことせんからな。


 つまり、カブリの狩場は肉林で、場所は明日! どうやッ! かなり絞れたやろう!?」


 シルバは机を手のひらでドンッと叩き、俺の捜査力はどんなもんや! とアウルムに誇る。


「……やるじゃねえか。お見事。事実ではなく想像の面がいくつかあるが、それにしても納得のいく説明だな」


 シルバの説明を聞きながら、資料を流し見してアウルムは軽くうなずいた。


「更にや、肉林で活動する勇者の目撃情報もあるで? オーガミ、ミタライ、ウエダは定期的に通っとる。で、血抜きして肉食う必要性があるのはオーガミだけ。


 これもう決まりやろ! あ、もちろんミタライ、ウエダに関しても情報は集めてて、モンスターの死体を抱えて出てくるのも有名な話らしいわ。食材の調達やな。


 でも、オーガミはいつも手ぶら。逆に変やんなあ? 食う為に通ってるようなもんやろ、これ?


 外で人の肉堂々で齧れる訳ないんやからダンジョンでこっそり食うしかないやんか?」


「落ち着け、オーガミが怪しいって話は分かるけど、俺の話も聞いてからにしてくれるか?」


「分かった」


 ヒートアップするシルバを落ち着かせてからアウルムは自分の調べたことを発表する。


「俺は動機やストレス要因、引き金になるようなことがないか調べてみた。

 特に何故、週の最終日なのかだ。毎週決まった曜日、つまり曜日に何か意味があるんじゃないと思って勇者に関係する出来事や、この世界の伝承、この街の曜日ごとの違いなんかをな」


「曜日の意味か……それは思いつかんかったな」


「まず、この世界の曜日について振り返っていくぞ?」


 1週間は地球と同じで7日制。一番最初の曜日は光、最後が月。


 光、命、水、火、土、風、月で回っていく。


 月は闇の神を表す隠語であり、光の女神を崇拝する文化圏では闇を曜日にしていないという背景があることをアウルムは説明する。


「商人でもない限り曜日ってそこまで重要じゃないけどな。冒険者なんかほぼ毎日が仕事やし、ギルドも年中無休やからな」


「で、文化的、歴史的に月の日に何があったのかついて調べた」


 月の日、特に勇者に関係しそうな出来事は大きく3つ。


 ・勇者カイト・ナオイたちが魔王を倒したのが月の日


 ・勇者の任務が正式に終わったと発表されたのがその来週の月の日


 ・月の日は闇の神の力が強くなり、人が狂う率が高いとされ、現地の人間は光の神にお祈りをする文化がある


「最後のは迷信やろどう考えても」


「だろうな。だが、その迷信を大真面目に信じてる奴らがいる世界なのも事実だ」


「勇者に関係する曜日って言っても、それは普通1年単位で刻むやん? 曜日で覚えてるってのはちょっと変やろ」


「分かってる。だから、あくまで説明しただけで、そこまで関係あるとは思ってない。

 だから迷宮都市においての月の日が何なのかについての方が本題だ。


 月の日はさっき言った文化的背景から、安息日的な役割があって店を閉めるところも多々ある。

 したがって、冒険者の活動も落ちる。迷信を信じてるよりは、活動したところで飲み食い出来る店が少なくて混むからってだけだがな」


「読めて来たわ、カブリが活動してるのが月の日なんは、月の日しか狩りに行けへんからってことやろ? つまり店を経営してるミタライ、ウエダ、クリタに絞られる」


「そうだ……オーガミがオオカミで、月の日に獰猛になる──なんてのは出来過ぎだろ? 」


「ハンッ! 確かにな」


 そもそも、名前がオーガミというだけで『大神』なのか、『大上』なのか、漢字すら分からない。

 しかも能力は食べた肉の姿に変身するもの。狼との関連がない。


「ちょっと待てよ……オーガミは怪しいし如何にもって感じやけど違うっぽい。全滅したパーティがミタライの店に行ったことあるって言ったっけ?」


「おい、重要なポイントだろうがそれ」


「ごめんごめん、俺の頭の中でオーガミがカブリってなってて言うの忘れてたわ。そうなると、お前が言うてた味の分からんやつは二度と来店出来ひんに繋がってこんか?」


「そうなんだが……人間を人間が食う意味が分からん。ミタライもウエダも癖はあるが人を食うほど精神が錯乱してるように見えたか?」


 カニバリズムという禁忌。


 食材に溢れた料理人が果たして本当に人を食べる怪物なのか?


「見えへんかったな。むしろかなり秩序的。犯行の手口の秩序性からはプロファイリングには合致してるけど、結局動機は分からんまま。


 そもそも、料理人なら余計に人の肉は大して美味しくないって分かるやろ?


 畜産動物並みに肉食のモンスターが美味いのはこの世界に来てビビったことやが、それでも人食うって禁忌犯すほど美味くはないはずや」


 この世界の食用として流通する肉は大半がモンスターによるもの。というのも、牧場で牛や豚を育てても熊よりも強いモンスターが食べようとするので、育てること自体が難しいという構造にある。


 更には、モンスターの肉は育てなくとも、それなりに美味であることも畜産業がイマイチ発展していない要因の一つ。


「だが、料理人なら……前の世界の倫理観がなく、ルールもある程度無視出来てしまう実力があったら……一回くらいの人の肉の味を知っておこうか……なんて発想に至るかもな」


「いやいやいや……料理人でもそうはならんやろ? まずウエダは明らかに潔癖症で、ミタライは料理にストイック。人の肉食ったら病気なるみたいな話は日本でも聞くやん? それはちょっと考えにくいで」


 それはあまりに突飛な発想だとシルバはアウルムの考えを否定する。気になりはするが、実際に食べようと言うのは食文化の発展した日本人的考えからも難しい。


 よっぽど食べるものが無く、必要に迫られない限りは人は人を食べない。


「なら、料理人としての行動や、味の問題じゃあないんだ。もっと個人的な理由があるはずだ。


 ロシアの有名なシリアルキラー、アンドレ・チカチーロは内臓を食ったが、性的な欲求を満たす為に人を殺していた面がある。

 ああ……こっちの方が有名か? アメリカの『ミルウォーキーの食人鬼』ジェフリー・ダーマーだって死姦してるからな。


 だが、残された死体は手付かずってのも変だ。性的な要素もなく、何か食べる以上の目的があるはずなんだ」


「シリアルキラーの名前がほんぽこ出てくるお前の基準は分からんわ。どっちもなんか聞いたことあるな〜程度やろせいぜい。

 でも、死体は特に激しく荒らされるてる訳でもなく一人だけ。性的な要素は無しってなると、食べずにはいられんってことになるんかな?


 で、可能性としてはやっぱり……オーガミみたいなスキルに由来してるもんかもな。スキルは性格や魂の発露。料理人なんやから食べるとか、料理とかに少なからず影響するユニークスキルやと思うけど」


「どんなスキルが考えられる?」


「そりゃあ……食べたら強くなるとか……食べたら料理の腕が上がるとか?」


 シルバは指折りながら、可能性としてあり得そうなユニークスキルの内容を思いつくだけ羅列していく。


「待てよ……料理を食べさせた後に発動するタイプのユニークスキルだって考えられるんじゃないか?」


「……美味しくなるとか? ヤバ過ぎやろ、クソ使いにくいし、それ人食う専用のイカれた能力やで」


「違う、食べた後に追跡出来るとか思い通りに支配出来るとかだよ。

 料理人で日本人なら、まず食べ物を粗末にしないって考えがめちゃくちゃ強いはずだろ?

 で、殺した限りは、命を取るからには食べることでケジメをつけてるとか……」


 食べ物に対する考えは宗教観が強く出る為、二人もこの世界に来てからかなりの苦労をした。テーブルマナーや挨拶などで、足を掬われかねないからだ。


「じゃあ、殺さんかったら良いだけやん。殺すから食う義務が発生する。最初から殺すなよ」


「どうしても殺したいって衝動が勝つ場合は?」


「……その場合は食うんかな。ミタライが犯人ならそれはあり得るか。存在することが許さへんタイプやし料理人のプライドも高かったしな……ウエダはシロか?」


「いや、ウエダだってまだ疑わしいぞ? そもそもミタライの店に来るようなやつらは一回はウエダの店に行ってると思わないか?


 何なら勇者の国の料理の味を知りたいならミタライの店よりお手軽に入れる。

 被害者はどっちの店にも行ってると考えた方が自然だろ」


「ウエダはルールというか規則性に縛られてるようなところがあるからな……毎週の月の日も定休日やし、ルール破ったやつの存在を許せへんとか?」


「何かが欠けてるが、そこが分からん。出たとこ勝負になるかもなこれは……」


 アウルムは椅子にもたれ掛かりながら、腕を組んでため息をつく。


「いやでも、明日肉林に入る五人組のパーティをマークしてたら発見出来る可能性高いねんから大丈夫やろ?」


 簡単な話、明日行けば誰が犯人なのかは分かるし、ミタライかウエダか、考えられるのはその二択という可能性が極めて高い。


 二人がかりなら、不意打ちで倒せるチャンスも十分ある。


 というのにアウルムがまだ、納得いかなそうにしているのが、シルバにとっては不思議だった。


「攻撃方法が分からんままなのが不安だ。俺らはあいつらの料理を食っちまってるから、不利に作用するユニークスキルだった場合詰むぞ?」


「あ〜それはちょっと怖いけどさ」


 しばらく、沈黙が続きプロファイリングも停滞し始める。精査するにも情報を引き出すことが難しいこの世界では、不確定事項が多い。


「よし、一旦整理しよう。疑わしい勇者からあり得るシナリオを考えたが、勇者であることを無視して単にカブリの犯人像について考える。


 犯行現場を目撃した者が誰一人おらず、毎週殺している。この事から、極めて秩序的に行動しており自分を律して、現場を完全にコントロールしながら犯行を行うだけの計画性と知性が見える。


 だが、一方で人を食らうという異常性もあり、何かしらの部分で破綻を起こしている。


 この二面性がある特徴から考えられるのは食べる事に本人にとって特別な意味があるから。本人が人肉を美味しいと感じているとして、それでも美味しい以上の何かがある。


 被害者は決まって男の冒険者で、ミタライの店に行く程度の実力、財力があるパーティで平均年齢は大体20代後半から30代前半。女は狙われておらず、死体は着衣のままってことは性的な意味合いはないと考えられる。


 快楽殺人につきものの、性的な欲求の解消ではないとしたら、キッカケとなった出来事、体験の再現が目的か?

 もしくは本当に殺したい相手の身代わりか……いや、身代わりならもっと具体的な好みが出るはずだな。その線は薄い。


 誰を殺すか、というよりシチュエーションを重視しているのか……?


 そもそも、それなりに腕の立つ冒険者5人を制圧するのは難しい。となると、完全に不意打ちを狙い混乱させるのが手口と考えると自然……隠遁のような潜伏するのに適したスキルか、疑われることなく近づく社交性がある人間のはず」


「ダンジョンで息を潜めるって他のモンスターもいるし、冒険者の斥候もおるから難しいはずや。となると社交性のある人間。油断させられるほどの『何か』があるやろ」


 シルバのような特殊なスキルがない限りはダンジョン内で潜伏すること自体難しい。というのは経験則的に分かる。


「それに当てはまる人物は……」


「「ウエダか……」」


 ミタライは冒険者を見下しているのだから、それなりに実力があれば敵意くらいは察することが出来る。転移結晶というダンジョン内でだけ、使える瞬間移動のアイテムがある以上、ヤバいと思えばすぐに逃げられる。


 当てはまるのはウエダという結論が出る。だが、二人とも確信のようなものはなく、消去法でウエダが一番可能性があるだけ。


 いつも美味しいと感謝を伝えるとすごく嬉しそうにする不器用な気の良い男が人を食べる殺人鬼だとはどうにも信じられない。


「本当にウエダだと思うか? 俺たちは何か見落としてるんじゃないか」


「もう考えても始まらんやろ。どの道、これ以上被害が増えんように止めなあかんねんから」


「そうなんだがな……明日は朝早いしもう寝るか。待機しながら考えることにする」


「あんまり考え過ぎてドツボにハマんなよ? おやすみ」


「ああ……」


 それでもアウルムはまだ考えるのを辞められなかった。


 人を食べるという行動と、ミタライ、ウエダのプロファイルが微妙に合致しない。もしかしたら想定外の第三者が犯人という可能性だってある。


 ミタライとウエダは条件が部分的に合致していただけというオチ。


 また魔法使いのいないパーティが狙われるという意味もまだ分からないままだ。


 喉に魚の小骨が引っかかった時のような、答えの出ない不快感が眠りを妨げる。


 この引っ掛かりが大きな失敗を招かなければ良いのだがと願うほかなかった。

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