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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
4章 ソウルキッチン
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4-14話 最後の食材


 ミタライはイカサマをしなかった。当初はイカサマしてでも勝つ算段でいた。味の分からぬ愚か者に負けるなど、許されないからだ。


 だが、結局はイカサマをしなかった。


 最後の最後で、勝った後の事を考えたからだ。勝負に勝っても、イカサマをしたなら精神的には負けたことになる。その後も時々イカサマをしたことを思い出し悔しさが溢れる。


 心があいつらに支配されるのだけは我慢ならなかった。


 だが、負けたくもない。結果的にミタライが選択した最後の勝負の方法。


 イカサマではないが、限りなく卑怯なルール違反スレスレの内容を選ぶ。


「お待たせしました……最後は少し嗜好を変えて最後に相応しい、あなたの味覚が何より優れていることの証明になる、私の言い訳の余地のなく勝てる勝負です」


「それで? 多過ぎやしないか?」


 ミタライがボーイに引かせてきたサービスワゴンには大量の食材が載せられていた。


 その物量に、最後ではなかったのかとアウルムは意図を問う。


「まずはこちらのスープを味わってください。そして、このスープに使われた食材を20個選んで頂きます。外れの食材は80個。合計100個の食材から正解の20個を当ててください。

 ここまでの勝負、冒険者にしてはお見事と言わざるを得ません。そして、本当に味覚に自信があるのなら分かると思いますが、何か問題はありますか?」


「待て待て待て! あるやろ! 大アリやろうが! 汚いぞお前ェッ!」


 シルバがミタライの異常とも言える勝利への執念に反論する。


「勝負の内容は出されたものの味から正解を見つける。それだけ。最も糖度の高いものや、市場価値の高いもの、全て見抜かれた。

 塩で甘味を引き立たせる小細工も通じなかった──であれば、可能なはず。そしてこれは何らルール違反ではないッ!

 問題とはッ!? この勝負に同意したのはあなた方! ルール通りッ! 飽くまでルール通りッ! 最後なのだから難易度は上がるのは当然ッ! ダンジョンに潜る冒険者が深い階層で文句を言うのかッ!?」


「お前ぇ……」


「シルバ、やめろ。俺はやる、出来る、何の問題もない」


 シルバがここまで食ってかかったのは、二人もミタライ同様にイカサマをしていなかったからである。


 やろうと思えば答えを知っているシルバが念話で答えを教える。それだけで終わる話。


 だが、ミタライの生体反応を常にモニタリングしていた限りではイカサマはしていなかった。


 ならば、こちらもイカサマをしないのが筋。


『解析する者』を使うのは、イカサマではないのか? この指摘は間違っている。


 走りの速さを勝負する際、足の長い者の一歩が大きいことはイカサマ?


 そんなはずがない。


 元々持った能力なのだから、アウルムが『解析する者』を使用するのは他の者より一歩の幅がとんでもなく大きいというだけで、ごく自然なこと。


 もっとも、普段の食事の際に一々解析をすることは、毎回食べるものの全ての製品表示を細かに読み込むことと同義なので行なっていない。


 それも目と読む知識さえあれば誰だって出来るがやっていないだけだ。


「ええんか?」


「構わない。お前はシェフがイカサマしてないか注意する。それだけに集中してくれ」


「分かった……」


 アウルムが出来ると言うのならば出来る。シルバはそれを信じて、先に答えの書かれたものを確認する。


(ミタライ……お前マジで性格悪いな)


 怒りを通し越して呆れる。答えはレシピだったが、これはこの世界のどんな食通でも答えるのが難しい。というかほとんど不可能に近いものだった。


「シェフ、確認だが別に分量や調理手順を答える必要は無く、単に何が使われているがだけで良いんだな?」


「はい。それは食通、味覚が優れているとは別の次元ということは流石に理解しています」


「では早速頂こうか、スープは温かい方が美味いからな」


「ッ……お出しを」


 勝敗ではなく、スープが冷めて不味くなる方が心配だと言いたげな余裕のあるアウルムの振る舞いに苛立ちを覚えながらボーイに指示を出すミタライ。


「うん、美味いな……魚、肉、野菜をじっくり時間をかけて煮詰めて味を出している。卵……の卵白も使っているな」


「ッ!?」


 一口すすり、数度口の中でスープを揺らし空気も含ませて味わっただけで、スープの全体像を掴んだアウルムにミタライは戦慄した。


 スープはコンソメドゥポワソン──魚介をベースにしたオリジナルのもの。


 肉、野菜はまだしも、卵白まで当てるのは明らかに異常。チラとシルバを見てイカサマを疑うも、一つの正解を選ぶような方式ではなく、具体的な名前のあるものをこの一瞬でやり取りすることは不可能。

 なんなら、自分のイカサマを疑ってこちらをずっと観察している。


 つまり、アウルムはイカサマをせず己の力のみで食材を当ててきていると確信するミタライは額から汗が流れた。


「よし、ご馳走になったな。食材は味を確認しても構わないんだろ?」


 アウルムはスープを完食して、口を軽く拭いて立ち上がり、サービスワゴンに乗った食材を掴んではテーブルの上に載せていく。


 全くの迷いを見せずに的確に正解の食材を選んでいく。ものによっては実際に口にしたり、舐めたりしながら選んでいく。


(馬鹿な!? あり得ないだろ!? 白ワインだけでもダミーを5種用意したのに何故分かる!?)


 正解している食材にも更に品種違いのものまで混ぜたというのに正しいものを選ぶ様子を見て流石に動揺が隠せず、心拍数は上がり、呼吸は荒くなっていく。


「……シェフの反応から正解に確信を持つのはイカサマじゃないよなあ?」


「グッ!?」


 ミタライはその指摘に何も言えなかった。その通りだ。自分の顔色や、ちょっとした仕草から正解を当てて来ている、アウルムは人の心が読むのが飛び抜けて上手いだけなのでは──メンタリズム? 心理学? サイキック?


 ミタライの脳内では日本で聞いたことのある料理とは関係のないワードが飛び回り始める。


(自分で答えを知らず知らずのうちに教えていた……!?)


 半分正解。事実、アウルムは犯罪心理学だけでなく、一般的な心理学にも精通しており、『解析する者』のアシストもありながら、他人のボディランゲージを読み、思考をある程度予測、行動を誘導出来る。


 だが、アウルムが誘導したのは答えではなく、ミタライに間違った推理をさせる為のもの。


 ユニークスキルの存在を気取られない為に、別の方向に気を逸らせただけである。


「さて、最後の一つか……」


 19個の食材が選ばれた段階でアウルムは一度チラリとミタライを見た。


(またこちらの反応で答えを……!)


 絶対に情報を与えてはならないとミタライは咄嗟に目を閉じた。視線で探られていると思ったからだ。


「これは……特に味がしないな……」


 ミタライの秘策。秘密兵器。


 シルバが性格の悪い奴だと思った最後のピース。


 それは一見、ただの白い粉。食通や富豪、貴族でさえ、精製された上等な塩か、砂糖かと思うもの。


 その正体は──旨味調味料。一昔前の日本では化学調味料と呼ばれたもの。


 甘味、塩味、苦味、酸味、四大味覚に追加された昔から日本では知られた概念が西洋諸国にも知られ、『Umami』として輸入されている。


 旨味調味料、それ単体では塩や砂糖ほどの分かりやすい味はなく、他の食材に入れることで味が引き立つ。


 そもそも、比較的最近まで海外ですら知られていなかった、この旨味。異世界で文明の発展も遅いこの時代の人間が知るはずもない概念。


 高級なレストランなどでも使用されることがあり、化学的なアプローチで完璧を目指すミタライにとっては自分で作り上げた旨味調味料というのは自然な選択肢であった。


 味覚が優れている、目利きが出来る、以前の話で知っていなければ答えようのないもの。


 故に性格が悪いと言わざるを得ない。勝負に勝たせる気がない。知識の差を利用した不公平な勝負。


 これがミタライの作戦。勝利の方程式。


 だが──これがミタライの敗因となる。


 ミラタイの目の前の男、女のような顔立ちで金髪碧眼、貴族然とした、現地人のように見える男。


 中身はそれなりに裕福な家庭で教育をされた日本人である。


 旨味調味料──知らぬはずもなく『解析する者』を使うまでもなく何かは分かった。


「これだな」


 小皿に乗せられた旨味調味料を舐めた後は、それをテーブルの上に載せる。


「終わりだ。これが答えだ……合ってるか?」


「……………………」


「シェフ」


「…………クッ……」


「アウルム、全部正解や」


 ミタライは地面を睨み、下唇を血を流すほどに強く噛みながら、肩を震わせて何も言えなかった。


 代わりにシルバはアウルムが正解したことを伝える。


「では約束通り、お代はタダで……まあ客の味覚を値踏みしてくるような店には二度とくるつもりはないがな。美味しかったか? と端的に聞くだけの定食屋ウエダの方が気分が良かった。同じ勇者の店だと言うので期待したのだがな……だが、敢えて言おう美味かった」


「俺も次来るつもりは無いけど、美味かったってのは伝えとくわ」


「私の料理があんな下賤な料理を作るウエダの小僧よりも下だと……!?」


「それは違うな。味ではあんたの方が上やけど食べてもらう相手に喜んで欲しいという料理人としての気概がそのガキより下って言うてんねん。

 ま、気持ち入れ替えてこれからやってくれや。んじゃご馳走さん」


 ポンとミタライの肩を叩いて二人は店を出る。


 去り際にミタライは何か言いかけたが、その内容は分からないままだった。



 ***


「見逃して良かったんか?」


「ミタライは善か悪かで言えば、悪寄りではあると思うが、殺す必要があるほど悪人かと言われたらどうかな。

 結局、料理人のプライドがあったのか卑怯ではあったがイカサマもしてこなかったし、お前の能力で縛れなかった。

 あいつは反社会的な性格で、自分の料理で他人を見下して心のバランスを取る能力確認型ではあるが、反社会的だからってシリアルキラーとは限らんからな」


 帰り道に、歩きながらシルバはミタライを放置するという選択を取ったことに対してアウルムに聞く。


「教師、弁護士、政治家、経営者とかがそういうタイプのソシオパス、サイコパスに多いんやっけ?」


「能力確認型ってわけじゃ無いが、犯罪者である証拠にはならんからな……ただ……」


「ただ?」


 ミタライがブラックリストの勇者ではないとの推測を立てながらも引っかかりを覚えているアウルムの言葉の続きをシルバは待つ。


「あいつ、俺らが負けた場合どうするって言ってた?」


「高い金払え、次は来れへんぞやろ」


「そこなんだよ。次は来れない。あいつは『二度目のご来店は出来ません』って言ってたんだ」


「2回目からの予約取れへんからやろ?」


「ならそう言えばいいだろ? 次の予約は取れないから食べられないって。来店が出来ないって言い方、どうにも引っ掛かる……」


「それって……俺の料理の味が分からんような馬鹿は殺すから、来れへんって意味かも知れんって言いたいんか……?」


 シルバは眉間に皺を寄せて、目を細める。


「あり得るだろ。あいつのユニークスキルが料理勝負で負けた人間を自動で殺すものだった、なんてことも考えられる」


「はあ? だとしたらめっちゃ危ない勝負やったやん!?」


「お前……勇者の根城に足踏み入れてんだから危ないに決まってるだろ」


「じゃあ、結局のところミタライも怪しいってことになるんか?」


「容疑者から除外するには至らなかった。むしろ性格を知ったからこそ、あいつはあり得ないとは言い切りにくくなった」


「おーい、振り出しに戻ってないか?」


「ウエダは怪しくなさ過ぎて怪しい、クリタは悪意が多いので怪しい、オーガミはしっかり怪しいけど安直過ぎて逆に怪しいないのが怪しい、ミタライもやや怪しい……まあ、疑いだしたらキリがないから明日からは被害者について調べる。次の週終わりまでにプロファイルをまとめたいからタイムリミットは6日……ほぼ5日だな」


「あ〜情報社会なら被害者のデータとか簡単に集まったのにな〜面倒くさいわ〜」


 地道な聞き込みをする以外に情報収集する術がなく、証拠を見つけたからといって、犯人に結びつけるのも難しく、分かったところで逮捕ともいかない。


 そんな世界で飛び抜けて強い力を持つ勇者を探して殺すには、やはりプロファイリングが不可欠。


 動機や行動の予測、心理を読み取り、必殺のユニークスキルについてもある程度対策をする必要がある。


 アウルムの知識がなければ目星をつけることすら難しいということをシルバも理解しているので、面倒だと思ってもやるしかないことは分かっている。


 だからこそ、より億劫なのだと愚痴をこぼしながら帰路についた。

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