4-8話 ダンジョンと定食屋
エルフたちが開店準備をしている間、アウルムとシルバはダンジョンの下見をすることとなった。
初心者向けの最も難易度が低いダンジョン『洞穴』の推奨レベルは1〜20。それ以上になるとレベルを上げる効率が悪くなるので、中級の『試練の壁』へと進んでいく。
二人は半日もかからず、なんなく最終階層のボスを倒して洞穴を出る。
「まあこんなもんか」
「そりゃあ、俺たちレベル90代だからな」
まるで手応えのあるモンスターと遭遇することもなく、特に危なげなくクリアする。
「皆レベル10代で、ラナエルだけ20代。6人パーティなら、無茶せん限りは大丈夫そうやな。エルフの種族的に魔法がちょろっと使えて、成長は遅めやが俺らの同伴ありやし」
「力の問題よりは、精神的な抵抗感の方が邪魔してきそうだな。あいつらってか、森で男に狩りを任せて商人のお勉強して育つのがエルフの女たちだからな。ラナエルはザナークを匿っていたエルバノ屋敷で使用人を殺したが、それも咄嗟のことだし慣れてはいないはずだ」
「日本人よりは殺生に慣れてるやろうけど、モンスターが攻撃してくるのは怖いかもな」
「でも死体じゃなくてドロップアイテムが残るから、視覚的なショックは少なそうだ。怪我してもアレがあるから最悪なんとかなるしな」
「せやな……アレで、思い出したけどちょっと相談があるんや」
「奇遇だな、俺もだ」
アレ、とは小熊族の村で手に入れられる万病、あらゆる怪我を治癒する伝説の果実、『原初の実』のことである。
「使いたい人がいる……鍛治師で、俺が教わるバルバランってドワーフの爺さん。ヒューマンじゃないし、性格的にも信用出来るねんけど、手怪我してて剣作れへんのが可哀想なんや」
「作れなくとも教わることは出来るんだろう? 治す必要性があるのか?」
「必要かどうかなら、必要ない。でも治してあげたいと思った。そっちは?」
「皆の護衛を任せる、信用出来る怪我した元冒険者だな。実力もそこそこあるし誠実だ。問題は怪我してるから護衛として使えんことだ」
「誰?」
アウルムは候補者の名前を挙げなかったことに気がつき、シルバは質問する。
「敢えて言わない。そいつの事情を知って情に厚いお前の肩入れをされたくないからな」
「ちぇ〜信用ないな〜」
「信用はしてるけど、困ってるやつを見捨てられん性格を理解してるだけだ。鍛治師の件だが、そうだな……まずはちゃんとした剣を一本お前が打てるようになるまで保留で良いんじゃないか?
長く接してるうちに分かってくることもあるだろうし、その間に信用を重ねて、秘密を絶対に守るという『破れぬ誓約』の騙し討ちみたいなことするのは不本意だろ」
「せやな、ちゃんと教えてくれる人って分かったらでええか。どこの工房も相手してくれんかった俺に教えてくれる言うてる人やし、出来るようになったらお礼って形で治してあげたいな」
「護衛の方はもう少し身辺調査を念入りにしてから決める。数人に任せる予定だから、最終的な面接にはお前にも同席してもらうつもりだが、それで良いか?」
「ええで。お前なら公平に選ぶやろうし身元の心配も隠し事なんか出来ひんやろ」
誰でも構わず、原初の実を使ってはいけないが、あるものは有効に使うべきで、それが自分たちの今後に活かせると判断が出来たら使う、というルールを決めている。
今後も誰に使うかの相談は増えそうだなと話し合う。
「昼飯食うたら次は中級のダンジョンやな?」
「そうだな、今日は勇者の飯屋に行ってみようと思うんだが、どうだ?」
「ああ、バルバランの爺さんに教えてもらったんやが、勇者の飯屋って2件あんねんな?」
「らしいな、一つは高級なコース料理を出す店で、もう一つは庶民向けの定食屋らしいぞ。コース料理の方は予約は一応してるんだが、結構先になりそうだから、定食屋の方に行ってみようと思うが」
「ほな、行こか。昼時やし並ぶことも考えて早速行こ」
***
定食屋に向かう為、飲食店の多く立ち並ぶエリアを歩き目的の店を探した。
「どういうことや?」
「まだ開店してないとか?」
店の前には全然人がおらず、昼飯時の飲食店からすれば一つのピークタイムであるにも関わらず閑古鳥が鳴いている。
店の屋根の上には『定食屋ウエダ』と見慣れた日本語表記と、シャイナ王国で使われる文字が書かれている。
そして店先の入り口には営業中の札が掛けられている。間違いなく営業しているはず。
「勇者がやってるけど不味くて人気ないとか? でもこの食欲を強烈に刺激する知ってる匂い……間違いないよな?」
「いや、そんな話は聞かなかったけどな。取り敢えず入ってみようぜ。もしかしたらアレが食えるかも知れない……だが、知らん現地人のフリだぞ?」
「分かってるって」
複数のスパイスの香り、日本人なら嫌いな者の方が珍しいカレーの美味そうな香りがしていた。二人は確信を持ちながら店に入る。
店内から、人気がない理由を探そうとするも今まで利用したどの飲食店よりも清潔。
歩くと床の油分による靴の裏がひっつくような、ベタつきもない。
店内には数人の冒険者、または商人風の男が黙々と料理を口に運んでいる。昼の飲食店にしては不気味なほど静かで、食器の音、僅かな咀嚼音しか聞こえてこない。
「いらっしゃいませ、二人ですか? あちらの席へどうぞ」
「おお、デカいな……」
入店に気付いたのか、奥から一人の男が現れ、席に案内する。
背丈は190センチ以上あるシルバよりも少し高く、横幅もあり、ヘビー級、または無差別級の格闘家を思わせる体格の日本人だ。
体格だけで十分威圧感はあるが、話しかけてきた時の物腰は商人のように柔らかく上品。顔立ちもやや太った丸顔でニッコリと笑っている優しそうな表情。
「頑固者のオヤジでも出てくると思ったが、これは予想外だな」
「ああ、愛想悪かったりして人気ないんかと思ったけどもそんなことはない、ということはやっぱり味か?」
「どうだろうな、周りの客は一人客が多いってのもあるが、黙々と口に運んでるところから不味くはないはずだけどな」
一体何故人気がないのだろうと、二人で不思議に思い、その理由を探るも今のところ見つからない。
「当店は初めてですか?」
「「ああ」」
「初めまして、ボクは店長のウエダです。定食屋ウエダでは完璧な出来立てを召し上がってもらいたく、注文から調理を始めて、お出しするまでに最低でも30分はかかります。また、食事をしっかりと味わって欲しいので食事中の私語厳禁です。それでも構いませんか?」
シルバとアウルムは目を合わせて無言で相談し、特に急ぎでもないから良いだろう、と了解する。
「何にしますか?」
「あ〜出来たら早めに出せるもんが良いんやが、この香ばしい匂いしてるのは何の料理や?」
「複数の香辛料を混ぜた料理、『カレー』です。カレーはドロっとしたスープのようなもので、それは出来ていますが、一緒に食べるナンに少し時間がかかります」
「じゃあ俺はそれで。アウルムどうする、一緒でええか? なら、カレー二人前やな」
「かしこまりました、カレー三人前ですね」
「え? いや、ちょちょっ……俺とこいつで二人前や」
「四人前でよろしかったですね?」
「ッ!? え〜と、俺とこいつでカレー一人前ずつ。つまり、店長が出すのは二人前で大丈夫。これで伝わるか?」
「かしこまりました……何故、最初からそう言わないのですか?」
「いやそう言ってるつもりなんやけど!?」
微妙に注文、会話が噛み合わずにシルバはイラつき始めた。
「シルバやめとけ、店長、出来るだけ早く調理を頼む」
「出来るだけ、早く、というのは具体的には何分を想定していますか? 出来れば30分で作ってくれと言ってもらえば、間に合うように努力出来ますが」
「……30分で出来るのか?」
「出来ますよ」
「じゃあ30分で作ってくれ」
「かしこまりました。ご注文を確認します。カレー、ナンを二人前、30分後にお出しでよろしかったですか?」
「「はい」」
店長ウエダはオーダーを確認して、途中でやや傾いていた椅子と机を床板の目にビシッと合うように揃えてから厨房に戻る。
「……あいつなんなんや? 面倒くさかったわ」
「そういう性格なんだろ。拘りが強く何事も正確さを求める。まあ人によっちゃ融通が効かんと思われるが、その分料理の味は期待して良さそうじゃないか?」
「そういう見方もあるか……でも客少ない理由は明らかやな。あれ普通の冒険者にやったらブチ切れられてるし、皆忙しいからチンタラ待ってんと屋台でサッと食うた方がええわな」
謎だった客入りの少なさは店長とのコミュニケーションに若干の難しさがあること。
これは、この世界ではなかなか理解されにくいだろうが、アウルムシルバは日本で教育を受けているので一定の理解が出来た。
そして待ち時間。昼休憩に待つだけで30分の料理は流石に冒険者や商人にとっては長過ぎる。基本的には出来合いのものを提供するのが普通で、待ち時間はほぼ無い。
さらに言えば、あの店長の少し接しただけで分かる態度から、何かしらの独自のマナーやルールが存在しており、それに反した行動をした場合指摘されるだろうと予測がつく。
礼儀作法など知らず、指示されることを嫌う冒険者はまず耐えられない。
また反論しようと、口が達者な商人も上手く会話が通じない。
客が少なくて当然だ。現地人の感覚したらもうヤバそうな店だなと肌感で分かる。それに料理の値段もやや高めだ。そこまで我慢してまで飯を食おうというのは、店に来ている数人の殊勝な客、篩にかけられ、残った者くらいだろう。
他の客に声をかけて雑談しようとすると、首を振り、迷惑そうに頼むから話しかけるなと目で訴えかけられた。
そこからは二人で念話で会話するようになる。
きっかり、30分後バターの香りがする美味しそうなナンとカレーが運ばれてくる。
「お待たせしました、カレーです。こちらのナンにカレーをつけてお召し上がりください」
「ありがとう」
受け取り、二人はそれ以上は喋らずにナンをちぎり、カレーをちょんちょんとつけて、口に運ぶ。
──カレーだ。
これまで勇者の影響でこの世界でも唐揚げや、焼きおにぎりが食べられた。だが、あくまでそれっぽいと言うだけで、厳密には知っている味とは違った。
それでも美味しいし、故郷の味に飢えていたので喜んだ。
そもそも、日本人にとって馴染みがあるのは独自にアレンジされたカレーライスであり、ナンとインドカレー寄りのカレーは日本の味とは少し違うかも知れない。
だが、このカレーは二人がよく知っている日本で食べられた味であることには違いなく、知った味だと感じた。むしろ、知っている味よりも数段に上。
面倒な注文、私語厳禁、30分待つ。そんなことがどうでも良くなる程の美味。
これはルールに適応が出来ればリピーターがつくのもうなずけると、納得しながら黙々と口に運び、他の客と同じように店の中に同化する。
すぐに食べ終わり、勘定をして店を出る。
「いや、思いの外美味かったな」
「ホンマに。時間に余裕ある時ならまた来てもええな。注文の多い料理店っつーか、若干ややこしい店ではあるけど、あのクオリティであの値段なら金と時間に余裕あるやつは満足するわ」
「また今度こようか、皆も誘って」
「そうやな、ルール教えとかんとあかんけど」
「じゃあ次は中級のダンジョン行くか。錬金術用の道具は買い揃えたしレシピもある。流石、石を金に変えようって学問やってる奴らだ、拝金主義で金さえ払ったら何の問題もなく買えた。ダンジョンのドロップアイテムで素材も集められるようだし、下見がてらいくつか集めておきたい」
「オッケー、ほんならいこか」
二人は中級者向けの『試練の壁』へ向かい、素材集めに勤しんだ。