4-7話 バルバラン
「へえ、ここがお前の家か……割と立派な工房やん」
「今は休業中だけどな」
大きな空間に対して人の気配が無く、煤の香りだけがする静かな工房は寂しげな雰囲気だった。
「おう、ブラッド帰ったか。お客さんか?」
「爺ちゃん、友達のシルバだ」
「友達にしちゃデケェな。まあブラッドの友達ってんなら何もねえがゆっくりしてけ」
ヒョコッと顔を出した老人はドワーフだった。髪は白く、小柄で筋肉がミチミチに詰まっている太い身体をしている。
「爺ちゃん、ドワーフやったんか?」
「言ってなかったか? 俺はハーフドワーフだから周りよりチビで馬鹿にされやすいんだ」
「ああ、だから気は強いんか」
ブラッドの性格を構成する理由の一つが見えてくる。
「あれ? ヒューマン以外の人種が工房ってこの国で持てるんか?」
そんな理由があるから、ラナエルたちのオーナーとして自分がいるはずだったが、と疑問が浮かぶ。
「爺ちゃんの師匠がヒューマンで弟子入りして後をついだから例外なんだってさ」
「法の抜け穴か」
ブラッドの説明で、なるほどと、シルバは納得する。
「茶はねえんだ。ドワーフだからな」
ブラッドの祖父、バルバランは金属製のコップに酒を入れて持ってくる。
「おおきに。こりゃ酒精キッツイな」
「ガハハ! ヒューマンからしたらやっぱりそうか!」
「まあ、美味いしええねんけど。あっ、俺も酒自分で作ってんねん。ドワーフは酒にうるさいって聞いてるから味見してえや」
シルバはアイテムボックスから梅酒を取り出す。『非常識な速さ』により、熟成は簡単である。
「ほ〜果実酒か? 嗅いだ事のない香りだな」
ボトルに入った梅酒をクンクンと嗅ぎ、バルバランは興味を示した。
「爺ちゃん、酒より薬飲まないと」
「酒が一番効くんだよ! おお、なかなかイケるじゃねえか、女の方が好みそうな味だが俺は好きだな」
「んな訳ねえだろ!」
ブラッドの買い出しとはバルバランの薬を買うことだったのだ。余計にあんなアホにムキになって絡むべきじゃなかっただろうとシルバは思ったが口には出さなかった。
「どっか悪いんか?」
「手の腱がイカれちまってなあ。戦争中に大量発注があったもんで四六時中鉄を叩いてたらこのザマよ」
右手がしっかり握れないことをバルバランはシルバに見せた。
「剣が作れねえ鍛治師は役立たずだろ? 工房の連中も見切りつけて辞めちまったからこの通りだ」
「戦争の影の立役者が怪我でお払い箱か」
「戦場に出てる奴しか補償しなかったんだ! 爺ちゃんは世界の為に仕事したってのに、この国の王様はケチだ!」
「ブラッド、誰が聞いてるかも分からねえのに滅多な事言うもんじゃねえ!」
「でもよ!」
「でもじゃねえ、口は災いの元だっていつも言ってるだろうが!」
(そりゃ、言われてるよな。まあ今日の話は爺さんを心配させてもあれやし言わんけどな)
「お前……名前はなんだったか? 冒険者か、剣見せてみろ」
「シルバや。別にええけど上等なもんでもないで」
「鍛治師は話聞くより剣見る方が早えってだけだ、見せな」
「はい」
バルバランはシルバの剣をまじまじと見つめて刃の部分をピンっと指で弾いて切れ味や反りを確認し始める。
気の良い老人が職人の顔つきに変わる瞬間を見た。
「ふーむ……変な剣だな。使い込まれてはいるが、傷や刃こぼれが少ない。というか不自然だ、どういう手入れをしてる?」
「やっぱ、本職の人が見たら分かるか……」
前々から、剣を見る者が見れば不自然だと気付かれる可能性は懸念の一つだった。
悪い人では無さそうだし、試しに確認してみるかと剣を出したのだが、ものの数秒でバレる。
「あ〜俺の秘密守ってくれるなら話すけど、守ってくれるか? バラされたらブラッドの爺さんでも見過ごせへんねんけど」
「そんな野暮なことするかよ。職人の誇りにかけて言わねえよ」
失礼なことを言うなとバルバランはシルバを睨み返す。
「じゃあいいわ、俺物の傷とか治せるから毎日刃こぼれとかなかった最初の状態に戻してるねん」
「ほ〜ん、恩寵ってやつだな? それなら納得だが剣を使うなら手入れ方法くらいは分かってるんだろうな?」
「それがさっぱりやねん……だから、ここらの工房回って自分で剣打てるように修行させてくれって声かけてたんやけど門前払い食らって、疲れて休憩してたらブラッドに腹痛いんかって声かけられて知り合ったんや」
「ガハハ! そりゃそうだろう! どこの鍛治師が見知らぬ冒険者の剣の腕磨く手伝いするってんだよ!」
「そこで提案や。金払うからここで修行させてくれへんか?」
「別に良いぞ」
「せやんな……そんな簡単には……え、ええんか?」
「孫が初めて連れて来た友達だからな。それに冒険者ってのはアレコレ剣にケチつけるが全然剣のことを分かっちゃいねえ。自分で勉強するなんて殊勝なやつは珍しい。気に入った」
迷う素振りもなく、あまりに簡単に了承するバルバランにシルバは逆に恐縮する。なんだが、騙しているような気分さえする。
「ブラッド、ちょっと爺さんと二人で話してええか?」
「ああ、いいけど」
ブラッドに席を外してもらい、バルバランとサシで話す。
「……真面目な話、友達ってのはそこまで間に受けてねえよ? だが悪い奴じゃないことくらい分かる。あんな生意気なガキを相手してるんだから、面倒見てる俺が言うんだから間違いねえ」
「じゃあ、なんでなんや?」
「見ての通り、働けねえから稼げねえし、金がなかったら材料も買えねえし、火を起こすのも金がかかる。ブラッドに仕事を継がせてやりたいが、それが出来るほど今は金がない。かなりジリ貧だ。
そこで、教えてやるのは良いが条件はある。お前もそれが分かってたからブラッドを外したんだろ? ガキが気にすることじゃねえからな。そういう気遣いも含めてお前は気に入った」
「やっぱり、条件はあるんやな」
「こちとら工房に弟子入りした奴しか教えない技術と場所を提供しようってんだ。職人なら対価は貰わなくちゃあな?」
「そういう奴の方が信用できるわ。ええで、条件聞こうか」
「まず、火を起こすのに必要な薪代、剣の金属、これはお前持ちだ。それと別で指導料を貰う……そうだなあ、毎回銀貨1枚でいい」
「安くないか? 技術には適切な料金払うのが筋やと思うし、俺としては互いに納得した金がええけど」
「ハハッ! 値上げ交渉ってお前変わってんなあ! なら、最初は試しで銀貨1枚。そもそもどれだけやれるのかも分からねえから、腕次第でドンドンレベルを上げていくに合わせて値上げもするってのはどうだ?」
「それならええわ。爺さん、鍛治師としては腕かなりええんやろ?」
シルバの鑑定によるとバルバランの鍛治スキルはレベル9。人間国宝並みのスキルがある。それでも怪我をすればただのドワーフということになってしまう。
「この街の中では俺より上手い奴はおらんだろうな。なにせヒューマンに比べてドワーフは長生きだからその分腕も磨けるってわけだ。まあ、だからその技を盗もうと色んなところから弟子入りに来たんだが、もう鉄を打てねえってなると他所にいっちまった!」
「鍛治師は無理でも後進育ててやっていくって方法あるんちゃうの?」
「怪我して納期が遅れて違約金のせいで借金まみれになってな、工房の稼働すら出来なくなったのよ。今はたま〜にやってくる知り合いの整備で日銭稼いでんだ」
中々に辛い生活のはずだが、バルバランは明るく話す。一つ心残りがあるとすれば、ブラッドに修行をさせてやれないことだと言う。
「見たところ、シルバお前は冒険者でもまあまあやれる方だろ? なら、指導料も薪代も簡単に稼げるしこの街には剣に使う鉱物をドロップするモンスターしかいねえ『石山』ってダンジョンがあるからそこで調達すると良い。
やっぱり素材の質で仕上がりも変わってくるから、こだわるなら深い階層まで行く必要はあるがな」
「へ〜そんなところあんのか、変わってんなあこの街って」
「変わり種と言えば『肉林』って、モンスターを倒してもドロップなしで、死体がそのまま残るダンジョンもあるから、これは料理屋なんかに卸されるな。だからこの街は肉が安いんだ」
「なるほどな、他はなんかある?」
「まあ、初心者、中級者、上級者向けの難易度が違う普通のダンジョンが3つあるくらいだな。そんでも一箇所に5個もダンジョンがあるのは世界中探してもここしかねえ。だから迷宮都市なんだ」
まだ街に来て3日しか経っておらず、詳しく知らなかったが、現地の者には常識だとシルバはバルバランにダンジョンについて教えてもらう。
「ただ、『肉林』にはヤバいモンスターがいるらしくてユニークだか、ネームドだか知らねえが、難易度に釣り合わねえモンスターが出るって話だから気をつけな」
「分かった、ほんなら素材と薪の用意出来たらまた来るわ。ちょっと来たばっかりでバタバタしとるから10日ほどは来れんと思うけど、暇出来たら顔出すわ」
「おう、俺ならいつでもここにいるから好きな時に来な!」
シルバは立ち上がり、工房を出ようとする。
「あっ、忘れてた……ブラッド! これお前の分やったわ」
イーサンから巻き上げた迷惑料をブラッドに渡す。
「シルバまた来るのか?」
「おう、ここで教えてもらうことになったしな。余裕出来たら顔出すけど、もう冒険者と揉めたりすんなよ?」
「分かってる……シルバ、今日はありがとうな」
「おう、んじゃ行くわ!」
今度こそ、シルバは工房を出て宿屋に帰っていった。