4-6話 当たり屋
ブラッドの言い分をシルバは黙って聞いていた。
すると、ブラッドは前方を注意しながら歩いていたが、ちょっと目を離した隙にいきなり冒険者がいてぶつかってしまったと言う。
目の離したのはほんの一瞬で、歩く速度からしてもすぐにぶつかるような距離に人はいなかった。
ぶつかったとしても、立ち止まりややバランスを崩す程度の速さだったし、普通にぶつかっただけでブラッドがひっくりかえる衝撃があったのはおかしい。
(これは……もしや、当たり屋か?)
冒険者のステータスから名前はイーサン、犯罪歴に詐欺の記述があることを確認する。
だが、過去に詐欺を行ったとしても今ブラッドに意図的にぶつからせたとは限らない。
そこで、シルバは行動に出る。
「誰か、この中にその時の様子目撃した奴、もしくはこの冒険者の兄さんのこと知ってるやつはいるかぁ!?」
騒動を足を止めて見ていた野次馬に声をかけてみる。
「そこのあんたは見てないか?」
「い、いや俺は通りすがりだからなあ」
「あんたは?」
「ぶつかった瞬間は見てねえなあ」
『誰か』ではなく、特定の相手に直接声をかける。緊急時に誰か通報してくれ、AEDを持ってきてくれと言った際に『誰か』では誰も当事者意識がなく、誰かがやってくれるであろうと思う。
という話をシルバは聞いたことがあったからだ。
しかし、数人に声をかけて見ても知らないと言う。
(ああ……ここ日本じゃないんやったわ)
「ここに銅貨1枚ある。ちゃんとした目撃者がいたら進呈する!」
ちょっとした情報を得るにも金を出すと言えば周囲の人間の反応は変わる。知らない誰かと誰かの言い争いは他人事。しかし金がもらえるとなると、自分の事のように思える。
「子供がぶつかったの見たぜ!」
「子供は走ってたんだよ!」
「ムキになってるところを見ると心当たりがあるんじゃねえかと思うがなあ」
途端に銅貨1枚欲しさに見物人たちは口を開き始める。現金なもの。とはまさにこのこと。
「あ〜言っとくけど俺に嘘通用せんからな? 適当に金欲しくて報復される心配のないガキを悪者にするつもりなら覚悟しろよ?」
ブラッドを悪者にして、デマでも売って小銭を稼ごうという浅ましい魂胆の者たちはシルバに睨まれると口を閉じた。
「兄さん、いいか?」
「お? あんた見たんか?」
「いいや、直接は見てない……」
シルバに声をかけたのは、5歳くらいの犬の獣人少女を抱っこした、片目の潰れた足を引き摺る虎の獣人の男だった。
「見てはない……けど、何か言いたいことあるんやな?」
「ある。それに金は要らんし、嘘をつくつもりもない」
「なら聞かせてもらおうか」
「ああ……2週間ほど前、この子がこいつにぶつかって昼飯を落としたって騒いだもんだから、俺は謝ってなけなしの金を払った。だが、どうだ? 全く同じような状況で今度はこの子が争っている……これは偶然とは思えねえな」
「ケ、ケモノ風情が口出ししてんじゃねえボケっ! 俺はお前なんか知るかよ!」
ぶつかられたと騒ぐ冒険者イーサンは虎の獣人が発言をしたことにより、途端に動揺を見せて捲し立て始める。
「おい、彼が獣人なんと今なんの関係があるねん?」
シルバはイーサンの肩を掴み、力を込め始める。
「イダダダッ!? 関係あるだろうが! あんたヒューマンのくせに獣人の言う事信じるのかよ!?」
「人種と信用に何の関係がある? どっちも初対面やねん……お嬢ちゃん、ぶつかったんはこの人かな?」
「そう! この人! ごめんなさいしても怒られた」
「嘘じゃないな?」
「うん、匂いが同じ! ワルモノの匂い!」
「このガキィッ!」
犬の少女は自分の鼻をトントンと叩いて匂いを覚えてるとジェスチャーで示してからイーサンを指差した。
「おいおいおい、これはお前話が大分変わってくるでぇ? 2週間のうちに2回も子供にぶつかられて昼飯を地面に落とす。お前凄い運がないんか……それともただの子供をダシに使ってるクソ野郎のどっちかってことになるなあ? あ? こら、どうやねん、おい」
メキメキとイーサンの肩に置かれたシルバの力が強くなっていき、音を立てる。
「ハッキリ言え、お前常習的にこんなことやってんのか?」
「イデデデッ! やってねえ! やってねえよ!」
「誓うか?」
「ああ! 誓うから手を離してくれ!」
「銀髪のにいちゃん! その冒険者の言うことは嘘だぜ! こいつ何回か肉串一本だけ買いに来てんの俺は覚えてる!
揉め事に関わりたくなかったから黙ってたが、俺ら獣人を差別する奴を客にしてるなんて思われたら同胞からの信用を失うから言わせてもらうぜ!」
シルバに声をかけたのは別の男。肉串を売っている屋台の牛の獣人の男だった。
「そうだそうだ! ここはどの種族だって腕だけで尊敬される街だ!」
「ヒューマンだからって好き放題してるんじゃねえぞ!」
周囲の獣人冒険者も、イーサンの差別発言は聞き捨てならなかったのか、憤慨した様子を見せて喚き出す。
この街の人種はヒューマンが一番多いが、それでも他の街に比べて圧倒的に異人種が多いのは、ヒューマン以外も認められる自由な土地。という性質があるからだ。
獣人たちは団結して、イーサンがこの犬の少女と虎の男への報復するつもりなら俺たちが相手になってやると、牽制する。
「……お前、嘘ついたな。よりにもよってこの俺の前でぇッ!」
『破れぬ誓約』の不履行により、イーサンの行動の自由は強制的に奪われる。
「今まで何回やったか吐け」
「う!? ……10回くらい……細かくは覚えていない……」
もう嘘はつけない。覚えていないと言うのは、本当に覚えていないということ。子供を何回喰い物にしたのか把握していない。
「よし、お前衛兵のところ言って罪を洗いざらい吐いて自主しろ。死ぬかも知れんけど、悪いことしたんやからしゃーないよな。行けっ!」
「は、はいっ……!? な、なんで俺こんなこと言ってんだ!?」
自由の効かない自分の身体に驚きながらも、衛兵詰所に向かってイーサンは歩き始める。
「あ、金出せ自首すんのに金は要らんやろ」
「はいっ! ああ! なんでっ!?」
イーサンは財布を取り出して自分の行動を信じられずに声を出す。
「はい、虎の兄ちゃんこの子の弁償代と迷惑料、それに情報料や」
「いや、でも……情報料はいらないと俺は言った。後から請求するつもりは……」
「兄ちゃん、あんたはな。でもこの子は要らんとは一言も言ってないからもらう権利あるやろ?」
「……すまない」
シルバは茶目っけを含んだウインクを少女にした。銀貨3枚を周りの人間に見えないようにこっそり渡す。
二人ともどう見ても生活に困った格好をしている。にも関わらず、ブラッドが悪意に晒されるところを勇気を出して発言したのだ。
心の中でシルバは二人を賞賛する。
「やるじゃねえか銀髪の兄ちゃん!」
「凄い迫力だお見事!」
見物人は上手くまとめたシルバを拍手で好意的な反応を見せる。軽く手を振って返事をした後、名前を聞かれたので冬蝕のシルバと名乗っておく。
次第に見物人は解散して消えていく。
「ブラッド、お前の分や」
「シルバが助けてくれたんだから要らねえよ……その、助かった」
ブラッドは視線を落ち着かなく動かしながら照れ気味に礼を言う。
「分かったやろ。今日はたまたま俺がいたから穏便に済んだけど、カッとなったらあかん相手もおるんや。相手が強いと思ったら引く。賢い冒険者なら誰だってやることや。英雄だって引き際分かってるから死なんと英雄になれたとは思わんか?」
「それってズルくないか? 自分より弱い奴としか戦わないってことだろ?」
「ズルくないわ! 強さってのは誰かと比べて強いか弱いしかないねん。絶対的な強さなんてもんはない。誰だって自分より強いか弱いかで判断する。
時には自分の方が弱いって分かってても戦わなあかん時もあるけど、今日のこれが命賭けてまでやることか? 買い出しの途中に死ぬのがお前の人生において大事なことなんか?」
「違うけどよ……」
なんだか、納得がいかないとブラッドは首を傾げて眉間に皺を寄せて考え込む。
「お前の分渡したいけど、人目あるし今渡したら襲われるかもしれんな。家どこや? 送ったるわ」
「はあ? 別にいいって!」
「お前、せっかく助けたのに最後まで面倒見んと襲われたら、こっちの寝覚め悪いんじゃ黙って案内しろ! 礼は要らんからさっさと案内しろ!」
「ちぇ、めんどくさいな分かったよ案内したら良いんだろ」
シルバはブラッドに案内されて彼の家まで着いて行くことになる。
錬金術の道具を買いに街を歩いていたアウルムはその一部始終を目撃していた。
「あの馬鹿何やってんだよ、歩くところでトラブルが発生してやがる……ブラッドよりお前の方が心配だっての……」
誰に聞こえるでもなかったが、つい愚痴をこぼせずにはいられなかったアウルムだった。