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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
4章 ソウルキッチン
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4-5話 工房探し


 シルバは背中を丸めて、落ち込みながら迷宮都市の職人街をトボトボと歩いていた。


「やっぱ、そんな簡単に上手くいかんよな……」


 鍛治師としてスキルを高め、自らの手で武器を作成したかったのだが、どこの鍛治工房も何のコネもない男をいきなり大事な商売道具や職場を解放することはなく、注文は受けられるが自分で剣を打たせてはくれなかった。


 街で有名な工房を片っ端から尋ねてみたが、まるで相手にしもらえず、どこも門前払い。


 地面の小石を蹴り飛ばして、モウモウと空に立ち上る炉から発生した煙を見上げていた。


「となると、次は小さい人気のない工房狙ってみるか。金払ったら場所だけでも貸してもらえへんかなあ」


 剣を打つとなると、専門の道具や作業場が必要になってくる。スキルがあれど、拠点となる場所を持たない旅暮らしのシルバはそこが1番の問題点だった。


「ちょっと休憩するか」


 シルバは道の端の方に座り込み、ぼんやりと人の行き交いを眺めていた。


「腹でも痛いのか? 銀髪」


「休憩してるだけや子供」


「俺は子供じゃない」


「どう見ても子供やろ。見た目も子供やし、子供って言われても怒る中身も子供や」


 シルバの前に立ち話しかけてくる子供がいた。


(浮浪者のガキでもなさそうやな。どっかの職人の子供か? でも、この歳なら親の仕事手伝ってそうなもんやが昼間から何してんねや?)


 子供の見た目から、その人物にどういった背景があるのかを洞察する。アウルムから日常的に観察しろと言われて、いつの間にか習慣となっていた。


「お前、こんな昼間から何してんねん仕事は?」


「お前って言うな、俺はブラッドだ。今は買い出し中なだけだ。そういうお前こそ名前は、何なんだよ銀髪」


「俺はシルバや。なあブラッド……俺が怖くないんか?」


 乾燥してまだらに赤くなった頬の金髪のブラッドは、冒険者にしても大柄な方で、こんな道の端に座っている時に怖がらずに話しかけるのは変だ。と、シルバは思った。


「なんで? お前……シルバのどこが怖いんだよ」


「俺は別に怒ってないけど、他の冒険者にその態度やったら殴られるで、やめときや」


 この世界の子供に礼儀作法を求めるつもりもなく、タメ口を聞かれることには慣れている。一々それで怒るつもりもないが、誰にでもその態度はいつか痛い目にあうぞと、親切心から忠告をした。


 荒くれ者の冒険者は子供だろうが、気に食わなければ普通に殴る。あまり気分の良いものではないので、そうならないようにシルバは願う。


「俺は殴られるのなんか怖くねえ! 弱虫じゃないからな!」


「……ブラッド、怖いって感じるのと、弱虫なんは全然別やで」


「は? 同じだろ馬鹿かよ」


「英雄譚ばっかり聞かされて育った最近の若者の弊害かあ、これは?」


 この国で人気な話は勇者ばかり。それも、全て成功談。


 勇者のプロパガンダ的なところもあるのだろうが、そういう話ばかり聞くし、人々は聞きたがる。


 輝かしい栄光と華々しい成功談の裏側には失敗がある。


 殆どの場合、成功よりも失敗の方が多く教訓はいつも失敗の中に隠れている。


 たまたまあらゆる要素が絡み、運良く成功した話を再現性のある話として成功者は自らの行いを肯定する為に、こうすれば良いと道を示したつもりになっている話がシルバは嫌いだ。


 一方、失敗は誰にでも起こり得ると考えると身のためになる。それがシルバの考え方。


「子供扱いしてんじゃねえよおっさん」


「おっさんって、俺まだ27やで? ……って子供からしたらおっさんか」


 冒険者にしても中堅どころの年齢であり、いつの間にか子供からおっさん扱いされるような年齢になったことに若干ショックを覚えるシルバ。


「それで、腹痛いのかよ?」


「いや、ちょっと工房を歩きまわってたから疲れて休憩してるだけや。ブラッドの親は鍛治師か?」


「俺に親は居ねえよ、爺ちゃんが鍛治師だけどな」


「あっそ、なんてところ?」


「バルバランの鍛冶屋だけど……剣が欲しくても無理だぞ、爺ちゃんはもう剣打てねえんだ、残念だったな。腹痛くないなら良いや、俺もう行くから」


「はいはい、気つけて」


 シルバの無事を確認したブラッドはそのまま立ち去っていく。


(態度は悪いけど、腹痛いかどうか気にしてくれたんは優しいねんな。そういうのが恥ずかしい年頃か……あ〜子供をそういう目線で見てるのって、しっかりおっさん化してんなあ……)


 シルバは改めて自身の成長というよりは老いを実感してがっくりとした。


 休憩も終わり、何か食べてから工房訪問を再開しようと商店の並ぶ方へと歩いて行く。


 どこも人で溢れて騒がしいが、一際大きな声が聞こえる場所があり、なんとなく目を向ける。


 ここでは誰かが争っているのは日常茶飯事だが、音に反応してその方向に注意を向けるのは人の性だ。


「なんだよ! 俺を吹っ飛ばしておいて謝らねえつもりかよ!」


「はあ? お前がぶつかってきたんだろうが! 俺は立ち止まってただろ!」


「いきなり止まるなよな!」


「ふざけんなよお前! こけたのはお前の不注意だろうが! それにお前はこけただけで怪我はねえけど、俺の昼飯どうしてくれんだよ!?」


 争っていたのは冒険者とブラッド。冒険者の足元には肉串が落ちている。


「あのアホガキ……」


 早速トラブルが発生しており、言わんこっちゃないとシルバは頭を抱える。


「知るか! また買えばいいだろ! 落としたのはお前がしっかり握ってなかったからだろ! 俺は悪くない!」


(いやいや、お前が悪いと思うでブラッド。なんでごめんなさいで済む話をそう、ややこしくしたがるんや。謝ったら死ぬんかよ)


 この世界の人間は自分のミスであってもとにかく認めない。まず、謝らない。なんだかんだと言い訳をする。


 謝ったら、間違いを認めて、責任を追及されるという考え方があるからだ。


 確かに正しい。だが、ブラッドの場合は相手が悪い。子供のしたことだからと、注意かゲンコツ程度で済むと思われるようなことだ。


 それにも関わらず、気が短い冒険者相手に謝らない。この場合は絶対に謝った方が良い。


 人を見て態度を変えるやつが嫌いなシルバではあるが、それは相手によって態度を変えていいと思って舐めてかかるからで、誰に対しても同じ態度で上手くいくはずがない。


 相手によっては態度を変えるべき時というのもある。特に力の弱い者はそうする方が良い。


 にも関わらず、ブラッドは下手したら殺されかねない相手に食ってかかっている。筋は通っているが賢くはない。


「このっ……ガキぃッ!」


「はい、ちょっと待ってや兄さん」


「何だお前」


 シルバは冒険者が腰にさげた剣を抜こうとしたので、冒険者の手を抑えて動きを止める。


「シルバ邪魔すんな! これは俺とこいつの問題だ!」


「アホがっ! にしても言い方があんの分からんかお前は!」


「いってえ!?」


 シルバはブラッドの頭を加減して殴りつける。それでもブラッドは頭を抑えて痛みに悶絶する。


「こいつの知り合いかお前!」


「う〜ん……まあ、そうやな。知り合いが失礼な態度とって悪かったな。兄さんの気持ちは分かるで、いきなりこんな狂犬みたいなやつに吠えられたら腹立つやろ。そら、そうや。昼飯の金は俺が出すからここは俺に免じて収めてもらえんやろうか?」


「お前が出すってんなら、それでいいけどよ……だがこのガキはまだ俺に一言の謝罪もねえぜ!」


「その通りや、おいブラッド謝れ」


「何言ってんだシルバ! こいつが悪いんだって! 俺にだって言い分があるんだ!」


「ッ……兄さん、すまんけどこいつの言い分聞いてからでええか? ええな?」


 グッと力を込めて、剣から手を離せと無言で圧をかける。


 シルバのあまりに強い力に、冒険者は抵抗を諦めて手の力を抜いた。


「あ、ああ……まあ、いいけどよ、こいつが悪いぜどう考えたってよ」


「それは一応聞いてから判断するわ」


 シルバは自身の過去を思い出していた。今でこそ、筋の通っていない奴には烈火の如く怒る攻撃的な性格ではあるが、逆に筋が通っている相手には非常に優しいとさえ言える。


 その性格を作っていった転生前の記憶。


 元々、白銀舞という男は大人しく、泣き虫であった。


 ダンサーの両親の影響で音楽に溢れた家庭で、喜怒哀楽の『怒』だけを発することがなかったが、感情豊かな子供だった。


 そんな性格から、弱い者イジメを好む人間からは恰好の標的にされたが、その時は怒るのではなく泣いた。


 ただ、悲しかった。どうしてこんな意地悪をするのだろうと、辛い気持ちは涙を流すことで発散していた。


 人に酷いことをするという神経が理解出来なかった。


 中学2年の頃、面倒な人間に目をつけられた。授業中に消しカスを何度も何度も投げてくる後方のクラスメイトがいて、悲しかったし、嫌だったが、無視した。


 だが、あまりにもしつこかったもので、思わず振り返った。その時、授業をしていた教師に運悪くその振り返った瞬間を見られて、前を向けと怒られる。


 そこで悲しくなり、泣き出してしまった。


 流石に異常な事態を感じとり、教師は泣く理由を聞いたので、消しカスを投げるやつがいると素直に報告した。


 昼休みに、そのクラスメイトと共に呼び出しをくらう。


 クラスメイトが叱られて、謝罪させられるのだろうと思っていたが、何故かクラスメイトはわざとやったんじゃないと嘘をつき、それを信じた。


 白銀はそれは嘘だ。何度も投げられたと言ったが、「じゃあ何故その時に嫌だと言わない」と逆に白銀にも非があるような口ぶりで話し始める。


 最終的に喧嘩両成敗ということで、お互い謝り合うことになる。


 これは、白銀は納得出来なかった。まず、自分は何も悪いことをしていない。クラスメイトが余計なことをしなければ、そもそも問題が発生しなかった。


 なのに、何故謝らなければならないのか。白銀は謝らなかったし、謝罪したから許されるという話でもない。


 そこで初めて怒りを覚え、感情を爆発させる。職員室で大声をあげて、暴れる。教師のデスクのものを薙ぎ倒す。


 そして言い放つ。


「すみませんでした。先生も謝ってください。それでこの話は終わりです」


 それがお前の言う解決法なのだろうと、行動で示した。


 実際、怒りに身を任せてデスクを荒らしたこと自体は悪いと思ったので謝った。だが教師は許さなかったし、謝りもしなかった。


 結果的に親を呼び出されて、消しカスを投げたクラスメイトよりも重い処分を受ける。


 これでは、言っていることがまるで違う。二枚舌、嘘を吐く、筋の通らないこと。


 この事件を機に、全て許容出来なくなる。


 これが『破れぬ誓約』というシルバのユニークスキルが発露したキッカケである。


 だからこそ、どれだけブラッドが明らかに悪かろうと、自身の行動で立場が悪くのを回避する為に謝罪をしてカタをつける方がスマートな落とし所であろうと、ここでブラッドの言い分を聞かなければ、自分はあの時の教師と同じだと、思って冒険者への謝罪を一度待ってもらうことにした。

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