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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
4章 ソウルキッチン
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4-1話 アウルムの記憶

 

 馬車に乗り、シルバの『不可侵の領域』があるので、揺れはないが、ガタガタと音を鳴らしながら一行は迷宮都市へ向かう道中だった。


「あ〜もう分からんてえ……」


 シルバは、いつものごとくアウルムからシリアルキラー講座、プロファイリング講座を受け頭をパンクさせかけている。


「何故分からん? そんなに難しい話はしてないだろ?」


「違うって、情報量が多過ぎんのと俺は記憶力悪いねん」


「でもお前昔一度だけ見た特撮の話とかやたら覚えてるだろ。記憶力は悪くないはずだ。なんなら俺より覚えてる」


 アウルムの場合は見たことがあっても、シルバに話を振られた際、そんな話あったかとまるで思い出せないことの方が多い。


「得意分野が違うねん。お前の記憶力は高いで? でもインプット量が俺と比べてシャレにならん量やから抜け落ちてるねん。

 それに、俺はエピソード系の長期記憶は強いけど、用語とかの短期記憶を必要とする暗記が苦手やねん!

 お前マジでどうやって勉強してたんや?

 あ、『解析する者』を手に入れる前の話やで」


 シルバに言われてアウルムは少し黙り込み、表情が暗くなる。


「そう言えば言ったことなかったな……まあ、つまらん話だが、聞いてくれ」


 これはアウルムの転生前、金時理人だった時の話。


 金時理人の母方の家系は代々医者の家系だった。しかし、母親は医者になれるほど賢くなく、結局は医者になれなかった。


 そして、それを非常に強いコンプレックスとしており、息子の理人を通じて自己実現をしようとした。


 良く言えば、熱心な教育ママ。実際は所謂ヒステリックな毒親でしかなかった。


 中学の定期テストの金時の平均点が90点台だとしよう。それも90点以下なしのオール90超えだ。それでも叱りつける。


「理人なら95点台は取れたはず。詰めが甘いのよ! サボったんでしょ!? 私を悲しませたいの!?」


 この場合、息子を褒めるのが普通の親だろう。どう考えたって平均90点台は上出来のはず。


 しかし、同時の金時理人からすれば、元々勉強が得意で根が真面目だったこともあり、確かに95点取れたな。自分の行い自体には負い目を感じていた。

 ただ、母親がそれで悲しむという意味については理解出来ていなかった。


 罰として、好きなもの、大切なものを破壊、もしくは破棄される。


 真面目とは言え、中学生という年頃の男子にとって、漫画やゲームは大切なもので、コンプレックスを拗らせた母親に愛想を尽かして離婚した父親が幼少期に買ってくれた本までもその対象となった。


 家にいれば、とにかく干渉されるので落ち着くことが出来ない。勉強をしているという言い訳も効くことから図書館に通い出し、そこが憩いの場となる。


 やがて、単に勉強が出来る子供から、社会の仕組みや、法律、教科書上では学ばない知識が蓄積していき、知恵も芽生える。


 知識だけは母親が奪うことは出来ないもの。母親の思惑とは全く異なる理由により勉強に励むようになる。


 中学3年の時、とうとう母親の異常性というものに気がついた。前から厳しいとは思っていたが、これは心理的な虐待であると。


 しかも、自分の無能さを棚に上げ、批判だけはするという楽な立場に甘んじて攻撃し、自己実現の道具にしようとしていると。


 いっそ、殺してやろうかとすら思うほどの怒りは十分に溜まっていた。もう従順な母親の道具になるつもりはない。


 だから、発狂しながら罵る母親を試しにぶん殴ってみた。そして、「お前の言いなりにはならない。医者になれなかった負け犬風情が偉そうに勉強を語るな。

 そんなに医者になりたきゃ自分で勉強したら良いだろ」

 と、言い放った。


 あの時の母親の茫然とした顔、実にスカッとした。


 ああ、自分は要するに彼女にとって今まで口答えせずにいた順々な道具のようなもので、一人の人間として舐められていたのだと。


 この事をキッカケに母の過干渉は終結を迎える。


 自分の行動次第で世界は変わる。舐められたらそれだけ不都合が起こるのだと。


 学校では真面目な生徒だったが、それにより要らぬちょっかいをかける者もいた。だから、反撃した。『ぶっ殺す』という意思を持って本気で行動したら調子に乗ったいじめっ子も手出しをしなくなる。


 別に暴力を正当化したい訳ではないが、自分にとって不利益を被らせる者に舐められないこと。

 積極的に誰かに加害する意思はなく、メリットも感じられない。

 だが、話の通じない相手には効く。自分の常識、知識がまるで通用しない者には原始的な威嚇が必要だと。


 それが社会的に認められているか否か、違法かどうか、そんなものはどうでも良かった。それは間違いなく必要なのだから──。


 これが金時理人にとって、自分の身を守る為に身につけた処世術となる。


『争いは同じレベルの者同士でしか起こらない』──全くもってデタラメである。

 争いとは、理不尽に、一方的に頭のおかしい奴が行動を取るだけで強制的に開始される。

 身を守る為に抵抗する。生物として当然。


 これ、レベルの話か?


 会話、交渉、無視、それでまるく収まる? いや、無理。

 何故なら、普通は相手を一方的に害して自分だけ利益を得る為に、自分より弱いと思う相手に狙いを定めるから。大抵は自分より強い奴に攻撃されることから始まる。


 理不尽な暴力を経験したことがある人間なら誰だって分かる。平和ボケした間抜けの戯言であると。


 もはや、この言葉自体が被害者による必死の抵抗を批判する加害性のある言葉だと。


 以前、方言をネタにバカにされた白銀を守ったのはこういった行動原理からだ。


 そして、白銀から転生したシルバにもこのマインドは大きく影響を及ぼした。


 ***


 シルバには深く伝えていなかったアウルムの家庭の闇を教えると、シルバは知らずに悪かった……と謝り出す。


「別にお前は関係ないだろ。ま、俺が変わってからお前と話すようになり始めたから以前の俺を知らなくて当然だ」


 中学が同じであったが、互いになんとなく名前と顔を知っている程度の関係から、ふとしたキッカケで意気投合し、その後付き合いは転生して異世界まで続くのだが、それはまた別の話。


「う〜ん、でもなんて言うか……いや、良いわやっぱり。で、それと記憶とどう関係してくるんや?」


 いくら仲が良いとは言え、これ以上は要らぬお節介、踏み込み過ぎと判断して、シルバは話題を変える。


「精神の宮殿(マインドパレス)って言葉聞いたことあるか?」


「お前のユニークスキルの『虚空の城』みたいな響きやけど」


「多分、それは若干俺の生い立ちに関係している……マインドパレスというのはある種の記憶法だ」


「ほう?」


「簡単に言うと、頭の中に自分が好きに移動できるような空間をイメージする。家、街、学校、俺の場合は図書館だ。そこに記憶に関連したオブジェクトを配置することで、丸暗記ではなくそれに関する記憶を引っ張り出す鍵のような仕組みだ」


「お前天才過ぎてマジで意味分からんわ」


 ゴロリと寝転びながら、理解することに匙を投げる。


「まあ、俺の場合は図書館によく通ってたから一番イメージ出来て、デューイ十進法を元にした、日本十進分類法による記憶のカテゴライズが簡易だっただけだよ。

 あー、例えばお前と昔プール行ったろ? そこの隣にあった駄菓子屋でお前がアイスで当たり出したの覚えてるか?」


「ああ、ホワイトモンブランな。それでお前が半分寄越せって言ってきたよな」


「お前はそれで覚えられてるからいいよな。俺はエピソードに関する記憶がマジで抜けていくから、劣化版直感像記憶でその場面の瞬間を覚えてても、文脈や会話内容は忘れやすいんだよ。特に耳から入る情報はまるでダメだから音楽なんかも覚えられん。

 その点、お前は一発で曲覚えられるから凄いな」


「まあ、音楽に溢れた家庭やったし耳の良さは育ちと遺伝やろうな」


 逆に褒められたシルバは少しむず痒くなったのか、耳をポリポリと掻いた。


「でだ、俺は7番の『芸術、体育』の棚に水泳の本を配置して、その本の表紙にホワイトモンブランの当たりのイラストと、隣にアイスを半分こしてる俺たちのイラストを載せて記憶に関連した実在しないもの、あり得ないものを置いて覚えてるんだ。

 文章、単語、映像はそんな小細工しなくても覚えられるから苦肉の策だな」


「凄過ぎ。そんな覚え方知ってること自体凄いって……理由はまあ、悲しいけどよ? それって俺でも出来るんか?」


「出来るが、それなりに訓練が必要だな。定期的に脳内の精神の宮殿を行き来しないとやはり忘れるからな。覚えやすいってだけで……まあ、そんな俺の願望がユニークスキルとなって『解析する者』と自分だけの安心出来る空間を作り、いつでも逃げ込める『虚空の城』に派生した。『現実となる幻影』は俺の行動で現実が変わるという考えの派生だろうな。


 ──だから、初めてユニークスキルを目にした時は納得した。あまりに理に適っているからな」


「なるほど……いや〜なるほどなあ……確かにその話聞いたら納得出来るわ」


 だからこそ、魂から生まれるユニークスキルにはそれぞれ納得の発生理由がある、ユニークスキルそのものが、本人の人生を紐解く上で重要になる。

 と改めて勇者のプロファイリングについて説く。


「ちょっと気になったんやが、シリアルキラーマニアになった理由は?」


「ああ、それも実は今の話に関係してくるんだよ。精神の宮殿って、ハンニバル・レクターが使ってたんだ」


「えーと、確か……映画の『羊たちの沈黙』に出てくる殺人鬼やんな?」


「俺は書籍の方で知ったんだが、彼がそうやって記憶していて、そこから記憶法とシリアルキラーや凶悪な殺人事件に興味を持ったってわけだ」


「全部繋がっとるんやなあ」


「そりゃ、あらゆる出来事が一人の人間を構成していくんだからどこかしらで、繋がってるもんだろうよ」


 シルバはその言葉から、ふとヴァンダルを思い出す。


 幼少期からサッカー漬け、プロを目指して学校の人気者。そこから急に異世界へ飛ばされて人生が狂う。


 ファンタジーと呼べる現代日本ではあり得ない事の数々。それらがこの世界を憎む彼にとってストレスとなり、破壊衝動を招く。


 ヴァンダルの行動は納得出来るものではないが、そこに至った道筋は理解出来る。


 理解しなくてはならない。


 全部が──繋がっている。


 異世界に勇者として召喚される。これが大きな分岐点となったことは間違いないが、それがやはり繋がってくる。関係している。


 そして、彼ら一人一人の行動もまた、この世界に影響を及ぼし、どこかの誰かの人生の1ページとして繋がってくる。


 エルフたち、ケンイチと小熊族たち、今では家族のように思う皆との出会いにも繋がっている。


 人生とは数奇なものだと改めて思わされる。


「見えてきたな……やっと迷宮都市に到着だ」


 アウルムが馬車の御者の方へ顔を向けてダルそうな声を出しながら両腕を突き上げて伸びをする。


 大きく土を被った赤茶けたレンガで出来た城壁と、武器を持った冒険者風の者たちの姿が見えてきた。

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