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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
3章 ドゥユーワナダンス?
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3-17話 ヴァンダル

 

 空が深い青から薄い紫へと変化していく頃、港では漁師が出港し、チラチラと漁火が瞬く。


 生ぬるい潮風が草を揺らし、ザワザワとこれから起こるであろう戦闘を予感させるかのように不穏な雰囲気を醸し出す。


 シルバは光剣の丘の東側に陣取り、風の音を感じながら目を閉じ、神経を研ぎ澄ませていた。


 カッと強い怒りに支配され、冷静さを失いがちな自分の心を出来るだけ、凪ぐように努める。


 頭は冷静に、しかしそれでいて、ヴァンダルへの殺意を少しでも失わないように。


 シルバは人生の中で最大限に集中を高めていた。


 受験や面接、大事なイベント、人生において重要なターニングポイントであるタイミングですら、ここまで集中は出来ていなかった。


 むしろ、未来のことを考えて不安になったり、過去の努力不足を後悔して集中は日頃より出来ていなかったとも言える。


 今はただ、やるべきことを最高のパフォーマンスでやる。自分に出来ることを全て出し切る。


 一度殺すと断言したのだから、有言実行する。


 二言はない、二枚舌もない、吐いた唾は飲めない。


 だが、後悔は無しッ!


「こっちが当たりか……」


 シルバの決意を後押しするように向かい風から追い風へと変わる。


 視線の先には人影が。


 まるで、朝の慣れた散歩コースを犬と共に歩く老人のように、我が物顔で光剣の丘に近づく男が視界に入る。


「ん〜? なんだ、お前は? こんな朝早くから腕を組んで俺を睨んでんのか?」


 身長は180センチほど、日本人にしては大柄で筋肉質。


 短めに切られて整髪料で立てられた髪と整った顔つきは自信にあふれ、攻撃的な印象を受ける。


 両腕には赤黒い光沢のあるドラゴンの手のような爪の目立つガントレットを装着し、靴もガチャガチャと音を鳴らす金属で出来た足鎧。


 勇者のステータスは鑑定不能。しかし装備品は鑑定が出来る。市場価値で言えば、金貨数百枚はするであろうマジックアイテムに身を包む。


 ボロボロの老婆のフリをしたミストロールや、放浪するリペーター、死にかけのケンイチ。今まで会った勇者とは違う。フル装備の勇者。


 シルバは冷静に男を観察することに徹する。


(これは苦戦するかもやな……アウルム、聞こえるか? こっちに来たわ)


(分かった今すぐ応援に向かう)


(いや、お前は戦いに参加するな)


(お前一人で戦うつもりか!?)


(違う。お前は接近戦向きじゃない。相手の戦闘スタイルが未知数ならお前が弱点を分析するんや。相手も俺一人やと思った方がいざというときに不意打ちが効く。


 お前がよく言ってるやろ? 敵が目に見える人数だけだと思うと痛い目を見るってな。だから、お前は遠目から観察をしてくれ)


(……分かった)


 アウルムに連絡を取り、近付かないように注意する。


 スーっと深く息を吸い、目を開く。


「一つだけ聞く。お前はヴァンダル、またはヒビキ・バンドウか?」


「あ? 俺のこと知ってんのか? そうか、俺も有名になってきたんだなあ……もしかしてサインか握手が欲しくて待ってたのか?」


 ヴァンダルは名前が知られていることに感激して、嬉しそうに空を見上げた。


 まるで見当外れ──否、何故自分がここに来ると分かったのかと、浮かぶべき疑問すらなく、ただ傲慢でしかないズレた答えをする姿にナルシスト、というアウルムのプロファイルの的中をシルバは心中で賞賛した。


「そうか、もういい。それ以上喋るなゴミ」


「おっと? 俺のファンって訳じゃないのか……おいおい、剣なんて抜いて物騒だなあ? まさか、とは思うが……勇者でもないお前が、現地人であるお前がこの俺を殺そうってのか? はは、哀れだ。なんて愚かなんだ、この俺のスケジュールを邪魔しようなんて………」


 ヴァンダルはクククと笑い、シルバを可哀想なものを見る目で見下す。




「不遜にも程がある」



 顔に当てた手の隙間から見える感情は怒り。先ほどの笑みは消えた。


「シィッ!」


 シルバは息を吐き出し、筋肉をギュッと締める。


 その呼吸は爆発的な瞬発力を生み出してヴァンダルに急接近する。


 ガイィィーンッ!


 ヴァンダルはガントレットをぶつけ合い、金属の弾かれた反響する音を鳴らす。


「何ぃッ!?」


 斬りかかったシルバは、その音から生み出された衝撃波で後方へ吹き飛ばされる。


(こいつ、派手なガントレットつけてるくせに遠距離攻撃タイプかっ!?)


 てっきり、接近戦で殴るタイプと判断していたシルバは意表をつかれる。


 剣のリーチがある分、有利だと自ら間合いに踏み込んだが、有効な攻撃が当てられず、元の位置に戻り、様子を見る。


「剣士がそんなに間合いを空けていいのかよっと!」


 ヴァンダルは地面をダンッと踏み込むと、その衝撃がシルバに向かい地面をえぐりながら走る。


「チッ!」


 すかさず、右にステップを取り回避。しかし着地した地面が揺れ、バランスを崩す。


(こいつ、振動を操って攻撃してくるタイプかっ! だからあの地震が……そうなると、この程度の攻撃はただの小手調べ、遊ばれとんな……舐めやがってガキがっ!)


 ガイィィーンッ!


「またかっ!」


「ほらほら、そんなに距離空けちゃ恰好の的だぜ?」


 金属音と共に、今度は直接衝撃波がシルバを襲う。


 ダンッ! ダンッ! ガイィィーンッ! ダンッ! ダンッ! ガイィィーンッ!


 絶え間なく衝撃がシルバを襲う。


「どうしたどうした、さっきまでの威勢はぁ!? ダンスじゃあないんだぜ、剣士さんよぉっ!」


(これはアウルムの『現実となる幻影』でワンパンした方が良かったかもな……マッチングミスか……あいつはずっとこっちのことを見てる。目線が合えばあいつなら簡単に……くそ! 運が悪いな)


 ファイアーボール。火魔法で基本的な攻撃技をステップを踏みながらヴァンダルに打ち出した。


「お? 魔法まで使えるのか……だがっ!」


 ヴァンダルはガントレットを殴り、衝撃波でファイアーボールを霧散させる。


「へえ、便利やなそのガントレット」


「ガントレット? それは違うな、聞きたいか? これは俺のユニースキル『勝者の響き(エコーチャント)』の力だ。自ら生み出した衝撃を増幅させ、指向性を持たせることが出来る。こいつはただの、派手に音を鳴らすメガホンみたいなもんだ。


 俺のプレーでオーディエンスを更に湧かせるッ! 食いやがれッ!」


(アホがっ! ナルシストって分かってるなら自分の話は喜んでベラベラするやろうってことや、自分のユニークスキルを自慢げに披露するなんて間抜けにも程があるわ! 作戦通りやっ!)


 アウルムのプロファイリングをもとに、ヴァンダルの能力を誘導して聞き出す。


 相手の性格が分かれば攻撃や行動の予測がつく。


 そのお陰で、格上かつ初見の相手でも、なんとか情報を引き出しながら致命傷を受けずに済んでいる。


(ファイアーボールを避けずに衝撃波で霧散させたってことは……)


 シルバは一つの仮説を元に、走りながらファイアーボールを連発してヴァンダルに投げ込む。


「学習しないな……この世界の人間の知能など知れてるか……」


 再び、ガントレットを鳴らして迫り来るファイアーボールを消す。一つだけ残ったファイアーボールも、殴りつけて消されてしまった。


(全方位対応版もあるんか……!)


「逃げてるだけじゃ俺を倒せないぞ? リズムゲームみたいになってるぞ〜?」


 ダンダンッと地面を踏み鳴らし、回避を繰り返すシルバに攻撃を続けるヴァンダルは愉快そうに笑う。


(リズムゲームね……なるほど、そうやな、リズムや……)


(シルバ、加勢するか?)


 アウルムの念話が入る。


(要らん、マジでピンチにならん限り出てくんな)


(分かった……)


 心配そうな声だが、シルバの決断を尊重してアウルムは観察を続けることに。


(あいつは、避けられるスピードのファイアーボールですら、スキルを使って消す。それにあの重そうな足鎧、動き自体は俺よりも鈍いはず。

 懐に入らせんように攻撃してくるってことは接近戦は苦手……なら、無理矢理にでも詰めるッ!)


 ジグザグに移動していたのをやめて一直線に距離を詰めるシルバ。


「単純、単純ッ!」


 飛びかかるシルバに衝撃波を繰り出す。


「何っ!?」


『吸収』──ミストロールから得た攻撃を無力化するスキルを利用して、衝撃波の相殺。


(リズムが崩れたっ!)


 驚くヴァンダルに向かって剣を振り下ろす。


「……なんてな? オラァッ!」


「グフッ!?」


 振り上げた脇腹にヴァンダルの重い右足のキックが突き刺さる。


「ゴオォーーーールルルッ! バンドウ選手華麗にシュートを決めたぁっ!」


 吹っ飛ばされて吐血するシルバに向かってヴァンダルは実況まがいのセリフを叫ぶ。


 肋骨、4本骨折、各種内臓損傷、被害──甚大。


(グッ……『非常識な速さ』! ……なんつー重い蹴りやねん。ヴァンダルエグいって、接近戦出来るんなら言うといてや!)


「俺はエースストライカー……味方がボールを回して美味しいところを頂き、注目は全て俺に集まる。それこそがッ! 美しい勝利! 俺に相応しい戦い方ッ! シュートで戦いをキメるのが俺ッ!

 オ〜レ〜俺ッ俺ッ俺ッ!」


(ふざけやがって……めちゃくちゃ、痛かったけど……でも、その分、得た情報もデカいッ!)


 ハアハアと息を荒げながらシルバは立ち上がる。


「ん? アバラ行ったと思ったが直前に飛び退いて衝撃を和らげたか? まあ、良い……近づいたら2点目、いや、どうせならハットトリック決めて試合終了だな」


「意味分からんわ……勝手に言ってろガキが」


「おっさん、偉そうなこと言ってるが息が上がってるぜ? 後半から出ないと体力保たない歳だろ?」


 確かに、日本人の元高校生からすれば、シルバの見た目は実年齢よりも老けて見える。だが、まだ現役バリバリでやれる年齢と体力だ。


「黙ってろ、なら後半戦と行こうか……」

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