3-16話 ルート
地震騒ぎが起こり、仮面舞踏会は中止に。
参加者は馬車に乗り、散り散りになっていった。
「騒ぎがあった方とは真逆の宿屋に向かってる訳やが、それでええんか? ヤヒコ・トラウトって奴がヴァンダルを追ってるんやろ?」
女の香りを漂わせながらシルバは服を整える。
「仮にその場にヴァンダルがいたとしてだ、俺たちは何も出来ない。ヤヒコ・トラウトもその場に居るんだからな。俺たちの姿を勇者の中でも特に厄介そうなやつに見られるのは避けるべきだ」
「じゃあ、他力本願って言うか……ヴァンダルを倒さへんのか!? あいつはラナエルたちの森を破壊した奴やぞ!」
「落ち着け、奴のこれまでの行動からして犯行現場からすぐに立ち去る性質がある。今から向かったところで、もう居ない可能性が高い。
闇雲に移動してすれ違いが発生することこそ避けたい。
ヤヒコ・トラウトに関しては現場の捜査をする必要があるだろうから、あっちに行けばヴァンダルと遭遇しなくても足止めだ」
「闇雲に移動せんのは分かったわ。じゃあ、あいつが次にどこに行くのか、確実に近くにいるのは分かってるとして、具体的な進路が分からんやろ?」
シルバは焦ったいのか、膝をトントントンと上下に揺する。
「だからこそ、プロファイリングを詰めるんだよ。プロファイリングによる確度の高い行動予測をする。それが俺たちのやり方だ……着いたか……」
会話をしているうちに馬車が宿屋に到着する。
御者にチップを払い、手早くラナエルたちと合流する。
「ご無事でしたか……」
「ここまで地震は来たのか?」
「ええ……宿の中でもちょっとした騒ぎになって街でも夜にも関わらず人が出てきました」
「ヴァンダルの仕業だ。皆、『虚空の城』の中へ入れ。あいつを捕まえるぞ」
「「「はいっ!」」」
ヴァンダルの名を聞き、エルフたちの中にピリッとした空気が流れる。
***
「これは俺が作成した、ヴァンダルの移動経路だ」
アウルムが自作の地図にいくつか印をつけてあるものを全員に見えるように開く。
「舞踏会で情報を更に集めることが出来た。漏れがあったのは、ここと、ここと、ここ……大まかに北から東へ、そして南へ、時計回りに国を移動していることは明らかだ」
「変ですね……街道のある場所を考えると、移動するとしたらこういった経路になるはずですが……」
ラナエルが商人の観点から、ヴァンダルの移動の仕方に違和感を覚えた。
「確かに……何か目的があって、自分なりの旅程があるように思えます。行き当たりばったりにしては妙に規則的ですね」
マキエルも続いて、指で経路をなぞりながら自身の考えを述べる。
皆、口々にああだこうだと、意見を交換し合う。因縁のあるヴァンダルを追い詰めることが出来るかも知れないのだ、知恵を振り絞るなら今しかない。
「う〜ん……どっかで……」
「シルバ、どうかしたか?」
「いや、これこの線の形どっかで見たような気がしてな……しかも結構最近……なんや? うーん……あっ……」
「分かったのか?」
うんうんとひとしきり悩んだ後、シルバの脳内に電撃が走る。
「これや!」
「これは?」
「ササルカに来て初日に、お前が情報屋に行ってる間本屋に行ったんや。そしたら勇者が書いたガイドブックみたいな本があって、物珍しくてつい買ってもうたんや!
そんで、勇者の視点でこの国を旅して観光地とか名所を回ろうって趣旨なんやこれが」
シルバはアイテムボックスからその本を取り出して、地図のページを開く。
「これは……」
まさにヴァンダルの行動と同じ場所に、シルバの本の地図上に名所のマークが記されている。
「へへ、俺の金遣いの荒さ、たまには役に立ったやろ?」
「ああ、今回ばかりはお手柄だ! 奴もこれと同じものを持っているはず、このルートを参考にしているとなると、トラウトが言っていた『白貝の門』から一番近い場所はどこになる……」
「おい、まさか……」
「『光剣の丘』だな……俺たちは既にそこに行っていた! 何故気が付かなかった! ヴァンダルには思想も何も無かった! 破壊された場所の政治や宗教的な意味ばかり考えていたが、答えはもっとシンプルッ……!
ただ、勇者にとって物珍しい場所ッ!」
アウルムは欠けていた最後のピースがはまり、そこに考えが至らなかったことに愕然とした。
「京都人が寺や神社をただの背景と思うが、観光客からは観光地となる。渋谷のスクランブル交差点がドラマの舞台に見えるが東京の人間からはただの通勤風景……この国の人たちのただの墓が勇者にとっては名所ってか……」
「それだ、まさにその視点だ!」
「ざっけんなやぁああああ!」
シルバはブチ切れて大声を上げた。
「ヴァンダルはこれからリーナのお母さんが眠ってる墓や、幽霊になって苦しんだエンダスの墓を荒らそうって言うんか! あれはっ! あそこはっ! 死んだ者と残された者の最期の繋がりやぁっ!
俺はっ! ケンイチの墓を皆で囲んで弔ったあの時間が尊いものやと思った! 墓参りなんてよく知らん先祖の為に親に半ば強制的に連れていかれるどうでもいいもんやと思ったが大切さが身に染みた! それをッ……破壊するやとぉっ!?皆の故郷を破壊しただけではまだ足らんのかっ!
必死に今を生きる者たちの気持ちをどれだけっ…… 許せん……ヴァンダル、許さんぞお前ぇええええっ!」
「シルバ……お前……」
ハアハアと息を荒げて、強く握り込んだ拳からは血が滴っていることにアウルムが気付く。
「シルバ様……私たちの為に血も涙も、流さないでください……」
「ラナエル……」
ラナエルがそっとシルバの手を握り込む。
「シルバ、気持ちは分かるが今は落ち着け。そこから更に掘り下げていくぞ。何故ヴァンダルは名所を破壊するのか? ここをハッキリさせて奴の頭の中に入り込む」
「くそッ! ゴミみたいな奴らの頭の中に入り込んで理解するなんて気分悪い仕事や!」
シルバは怒りを抑えながら、手の傷を回復させる。
「いいか、トラウトからある程度ヴァンダル──本名をヒビキ・バンドウと言うらしいが、そいつの過去を聞いてきた。もう少しでトラウトと寝るハメになったからその点にだけは感謝したい」
「お前、そんなギリギリまで行ってたんか」
「だからお前が一人でヨロシクやってたのがムカつくんだよ……ちょっとは落ち着いたか?」
「ああ、続けてくれ」
「ではヴァンダルのプロファイルを発表する。ヴァンダルは典型的なナルシストで一見無秩序に見えるが秩序型だ。奴なりのルールがあり、それに従い行動している。使命感と支配力を兼ねた行動だと考えられる。
元々人気者だった人間が、この世界に勇者として召喚され、最初は不遇の身だった。努力して力をつけて認められる機会をナオイに奪われたことがキッカケだろう。
この国の勇者からの視点、つまり異世界と感じるものを破壊する。この世界の象徴的なものを破壊するという行動から分かるのは、この世界が気に入らないということ。そして、自らのヴァンダル──破壊と名乗り各地を歩き回る、これは力の誇示だ。一度裏切られた仲間への復讐も兼ねているだろう。
この世界そのものを憎み、破壊しながら存在感をアピールする。酷く独善的で自分勝手なソシオパス傾向だ。
破壊せずにはいられない、破壊する事を止められないんだろう。犯行ペースは加速している。一度始めたら全てを破壊し尽くすまで犯行は止まらないはずだ」
ビジョナリー──妄想や幻想を実現する為に行動するシリアルキラーや、火を見ることを楽しむ放火犯、恐怖を求めるテロリストとも違った動機。
作り上げた作品が上手くいかず、癇癪を起こして自らぐちゃぐちゃに壊すような子供に似ている。
「確実に殺す。この世界にとって害悪でしかない」
「それには同意する。奴は説得に応じるタイプじゃない。この手の奴は最期の最期まで抵抗するし、死ぬにしても華々しく散ろうとする。それこそ自爆覚悟の攻撃もあると思え」
「説得? 俺がクズにそんな生優しいことしたるわけが無い。ケジメはつけさせる。破壊だけじゃない、関係のないその場にいた者の生活まで壊してる。筋が通ってない。そこに何の大義もないっ!」
「ルート的には墓場の東側か、北側か……どちらか来るかまでは絞れないな、二手に分かれるしかなさそうだ」
「なら俺は東や。北側に来たらすぐに呼べ」
「お前一人にさせるのは少々心配ではあるが、やむを得ないな」
着替えて、装備を整える。いつの間にかもう直ぐ夜明けだ。空が薄っすらと明るくなりだした。
「シルバ様、アウルム様……ご無事をお祈りして待っています」
「祈るなら闇の神にしておいてくれ」
「アウルム様、もちろん我々が信仰するのは闇の神だけですよ」
「皆、行ってくる……悪いけどヴァンダルの首は持って帰れんかもやわ……バラバラにしたるつもりやから」
シルバはそう言い残して先に『虚空の城』を出る。
「アウルム様……」
「分かってる、あいつのことはちゃんと見てるから」
「お早いお帰りをお待ちしてます」
エルフたちは心配そうな、そして複雑そうな不安が隠せない表情で横一列に並び、残されたアウルムを見る。
「……すまんな、立ち合わせられなくて。同胞の仇なのに」
「元より、そういう約束でご一緒させてもらってますから」
エルフたちとの約束はこの先他の勇者たちとの戦いがあった際、一切関わらないということだ。
アウルムも、シルバも、自分たちの使命に巻き込むつもりは毛頭なく、復讐で勇者と戦い命を落とすことだけはさせたくなかった。
彼女たちも思うところはあるだろう。一目見たいと感じているだろう。
だが、守る者がいればそれだけ隙が生じる。
絶対に失敗することは許されない仕事なのだ。
だから、それについて同意が出来なければ連れていくことは出来ないと、そういう約束をした。
しかし、そんな気持ちを理解しているからこそ、余計に申し訳ないという気持ちと、責任を持って仕事にあたるという覚悟が二人にはある。
「行ってくる」
アウルムはシルバを追うように『虚空の城』を出ていき、その背中をエルフたちは見送った。