3-14話 仮面舞踏会
「完……璧ですね」
「ええ、やりきったわ……」
エルフたちが満足げに額の汗を拭い、自分たちの仕事を誇る。
仮面舞踏会当日、アウルムの女装が完成する。
黒と青を基調とした、金髪の映える色合いのドレスは胸元と首を隠し、男性らしさを消している。
髪は丁寧に編み込まれ、装飾品も貴族が身につけていて不自然ではないランクのものを。
「ご令嬢、それでは向かいましょうか」
タキシードを着たシルバはいつもよりも上品に髪を整えて、整髪料でガッチリと固めている。
茶目っ気たっぷりに、ウインクをして女装したアウルムのエスコートをする。
「シルバ様もスラっと縦のラインが美しいですね、それに話し方を変えるだけで随分と印象が変わります」
「ボロが出んといいのだがな」
「アウルム様! もっとお上品な貴族令嬢らしい喋り方をしてください!」
「分かってる、今くらい許してくれ。今後しばらく女の喋り方をしないといけないんだ、こっちは」
やれやれと、話し方を注意されたアウルムは頭を振る。
今日ばかりは高級な宿屋に宿泊し、貴族または豪商クラスとして違和感のない場所から、会場に向かう為の馬車に乗る。
「へへ、リムジンに乗ってパーティに行く金持ちみたいやな。……結局、主催者の名前は分からんままか?」
「お前はプロムで浮かれたガキにしか見えん。ああ、勇者のブランドを利用してるだけで実際は居ないかも知れないが、有力者と匿名性のある場所で会話出来るのは意味があるし、最悪それだけでもいい」
「そもそも、仮面舞踏会やのに主催だけ名前割れてるっての変か?」
「むしろ分からん方が変だ。匿名性を担保するにしても主催者の信用がものを言う社会だろ」
「非公式なパーティなんやろ。言うたらお金持ちがハメ外す場所やん? 金持ちの中ではそういうことやる奴はもう知れ渡ってて、わざわざ名前出す必要がないんちゃうか?」
「それはあり得るな。殆どがお互いの素性を分かっていて、知らぬフリをしてる場所に潜り込むとなると、リスクが高いな」
「多少のリスク背負わんと得られんものもあるってことやろ。俺らの設定は最近成功した若手のやり手商人ってことでええねんな?」
「ああ、ステータスもそれっぽいのに設定しとけと言ったが……レベルはともかく、その『性技』レベル7ってのはなんだ? ふざけてるのか?」
アウルムはシルバの表向きのステータスを見てため息を吐く。
「俺の設定はボンボン息子が事業引き継いで、金にかまけて遊び人やってるってとこや。リアリティあるやろ? もし勇者に鑑定されてもこんな奴が危険やとは思わんやん? プロハスラー設定やねん」
「何がハスラーだ。レベル7は遊び過ぎだろ。達人クラスだぞ」
「そんくらいお馬鹿なボンボンってことや」
そんな話をしているうちに馬車が止まり、会場に到着する。
市街地からやや離れた場所にポツンと立つ屋敷は鮮やかな照明に彩られ、周辺の自然の多い風景からは浮いている。
「ようこそおいでくださいました、招待状を」
シルバがアウルムをエスコートして馬車から降ろし、受付のメイドに招待状を渡す。
「確かに。ではご案内致します」
メイドに案内されて屋敷の中に入ると既に大勢の人間が料理や酒を楽しみながら歓談をしていた。
二人の到着に一瞬、何人かが視線を向けたがすぐに興味を失い、会話に戻る。
今のところ悪目立ちはしていないようだと安心する。
「おわ……凄いな。あるところにはあるんやなあ、貧富の差がエグいわ」
贅沢な料理や高級そうなグラスと、ワインなどの酒の数々。
そこそこ金がある二人とは言え、普段食べるものは平民と同じで、量に不自由していない範囲にとどまる。
贅沢な食事というのは、なかなかありつけるものではない。
「喋り方に気をつけてくださいな」
「おっと……そうだったな」
まるでスパイ映画の登場人物のように、会場に溶け込む必要がある二人は立ち振る舞いを金持ちらしく、優雅にする。
「これは……美味だな」
シルバは会場に並べられた料理を一つつまみ食いする。
これは間違いなく勇者の文化が取り入れられた味付けだなと、舌鼓を打った。
「お嬢さん、一曲ご一緒しませんか?」
「……ええ、喜んで」
男が一人、アウルムに近づき手を差し伸べる。連れのシルバに構わないかとアイコンタクトを送り、シルバは了承する。
アウルムは手を取り会場のダンスを楽しむフロアへと連れて行かれる。
(男が声掛ける仕組みね……)
滅多に食べられない豪華な食事を周囲のやり取りを見てここでの作法を学ぶ。
「これはこのソースをかけると美味しいんですよ?」
「ほう、それはどうもご丁寧に。試してみましょう」
食事を楽しむシルバの隣に、白のドレスを着た青い髪の女がやってくる。マスクで顔を隠しているが美しいことは分かる。物腰も非常に柔らかく優美な雰囲気と、甘い香りを漂わせている。
「うん、これは……また随分と印象が変わりますね。一体どの地域の料理なのでしょう?」
「これは、勇者様の世界の料理だそうで、ローストビーフと呼ばれているそうですよ。光の料理人、ミタライ様がお伝えになったとか………最近王都で流行っているようです」
知っている。知っているからこそ、シルバは手をつけたのだが、ここは何も知らない現地の人間を装うことに専念する。
「なるほど、これはステーキとはまた違った味わいで良いですな」
「あの、もし良かったら……」
彼女はチラとダンスフロアに目配せをする。
「ああ、一曲よろしいですか?」
彼女の意図を汲み取り、シルバは踊りに誘う。
「ええ喜んで」
差し出された手を取り、二人はダンスフロアへと向かった。
***
「まあ、それでは最近の騒ぎは一人の勇者様が?」
「という噂です……あまりにも露骨な行為なので王都でも懸念事項のようで、王位継承も近いという話なのに物騒ですねえ」
「その……逮捕などは出来ないのでしょうか?」
「行き先が分からないようですよ。現場を荒らしては混乱のうちにすぐにまた移動と……とにかく発見そのものが難しいようで」
アウルムは、ひと踊りした後酒を飲みながら近くの貴族たちと歓談をする。
鑑定で身分は簡単に分かるので、情報を知っていそうな人物に当たりをつけて会話に混じっていた。
「なんでも、これ以上の被害が生じるならナオイ様も出向くとかで、腹心のトラウト様も調査を始めたようです。だから今回このパーティが企画されたのではないでしょうか?」
(ほう? 企画したのトラウト……ヤヒコ・トラウトか。確かカイト・ナオイのパーティメンバーだな)
「あのナオイ様がですか!?」
「勇者を倒せるのは勇者。言い方は悪いですが毒をもって毒を制す。ということでしょうなあ」
「この街に来なければいいのですが……」
「何、今のところ人の集まる場所の被害が多いようなのでしばらくは外に出なければ問題ありませんよ。私は別荘にでも引っ込みますかな、ハッハッハッ!」
怯える者、呑気な者、反応は様々だが、勇者のゴシップというセンセーショナルな話題は酒も相まって口を軽くしていた。
(やはり、各所にも情報が入るくらいには派手な行動をしているのか。それにしても、行動原理と予測が難しいな。
ザックリと東から南に移動はしているが、時系列順に並べても直進している訳ではない……何か本人にだけ分かるルートがあるのか?)
話の内容を『解析する者』でまとめながらヴァンダルの動向を考察する。
(周囲の反応からして、テロに近い。だが、テロリストは破壊行為そのものではなく、破壊による民衆の恐怖が目的だ。
標的とする場所も政治的に意味があったり、国の象徴になっているような場所を選ぶはず。
情報から、別に人が多い場所を無差別に選んでいるとは思えない。人が多い場所の方が被害が大きくて話題に上がりやすいだけだ。
一体何を基準に選んでいる? 何が破壊衝動を起こさせる? そもそも破壊衝動なのか? 見落としている予想外の目的があるのでは? ここは一つ賭けに出るか……)
「そう言えば、どなたかバンドー様とおっしゃる勇者様について何かご存知ないですか? 知り合いが世話になったと聞いたので、どんな方なのか知りたくて……」
「バンドー? いえ、私はちょっと分かりませんな……」
「知ってますか?」
「いえ……申し訳ない」
困ったな、誰も知らないなら何も得られるものはないかとガッカリしたところに男の声が聞こえる。
「私は知ってますよ」
「ッ! 本当です……かっ……?」
振り返り、すぐさま相手を鑑定をした。
結果は鑑定不能。勇者確定。
「こんなところで話すのもちょっと……別室へ行きませんか?」
茶色い髪をしたアウルムと同じ程度の身長の男が声をかけてきた。
(こいつっ……! 声をかけられるまで全く気配に気がつかなった……!? 気配感知スキルを貫通するほどの隠遁スキルか!? 何者だ!?)
「初めまして美しい髪のご令嬢。私は主催者のヤヒコ・トラウトと申します。皆様はごゆるりとご歓談を続けてください」
(ヤヒコ・トラウト!? くそッ! 有益だが会うにはまだ早過ぎる……! 何かあっても戦うには勇者のトップパーティの主要メンバーでは分が悪い……面倒なことになったな)
「こちらへどうぞ」
「ありがとうございます」
アウルムはトラウトと共に別室へ移動する。