3-13話 光剣の丘
「あーいたいた。いたでぇ、アウルム」
「何故あんな場所で飯を食ってる? 宿がないのか? 」
シスターを探していると、普通の家の軒下に小さく丸まって、屋台で買った魚の串焼きを食べているのを発見した。
「シスターさん、ちょっとええか?」
「あっ! あなたはさっきの……! ありがとうございました、さっきは空腹で意識も朦朧としてたので、ちゃんとしたお礼を出来ずに……すみません」
彼女はシルバと目が合うとピョコンと急いで立ち上がる。
「いや、お礼はしてもらったし別にええで。ちょっと聞きたいんやけど、なんで教会に行かへんのや? わざわざこんなところで食べんでもええやろ、危ないで?」
「それが、私はまだ見習いなのですが……先日のミードナーの街の教会破壊事件はご存じですか?」
「何となくは聞いてるで」
「あの事件のせいで、教会も混乱中で……まだちゃんとした教会職員じゃない私のような見習いは余裕がないので追い出されてしまって……父がこの街に住んでるのですが、生憎船旅をしてしまっていて頼れず、最後の頼みの綱の教会に来ても、新たに見習いの面倒の見る余裕がないと門前払いされ……。
だから、私は野宿をするしかなくて……手持ちもなかったので、本当に助かりました……!」
彼女は両手を組み、感謝を伝える。
「待て、教会に余裕がないのは不自然だ。この街の教会の規模からして、君一人を受け入れられないものか?」
「教会だけでなく、周辺の街にも被害が及んでますので、難民が多いんです。教会は難民を優先して保護してますので……」
「家を失った信徒を助ける建前が、教会職員の保護より優先されてるのか。特に見習いでは即戦力にならないと……」
アウルムはそういえば、大きな被害の割にそれらしき難民が外で寝そべって、野宿している姿を全然見かけなかったと気がつく。
「はい、見習いでも実績のあるものは優先して寝る場所を用意されてるのですが……」
「実績? 丁度いいな、じゃあ今から積もうか。幽霊退治や」
「えっ、えっ!? どういうことですか?」
「まずは教会に行って、ちょっと用事を頼まれてくれ」
「私は女神教のシスター見習いなのでいきなりそんなこと言われても何の力にもなれませんよ!?」
「いいから行くぞ」
「ちょ、ちょっとぉ!?」
「俺はシルバ、こっちはアウルムよろしくな」
「リ、リーナですけど一体何をするつもりですか!?」
彼女は両脇を二人に固められ、半ば連行されるような形で教会へと向かった。
***
「大丈夫かな?」
「大丈夫だろ、リストの照会をするだけなんだから」
リーナには教会の職員に最近亡くなった商人のリストの手配を頼んだ。人が死ねば葬儀が行われる。街中で葬儀を取り仕切るのは教会。
宗教と葬儀という式典は密接な関係にある。
念の為、呪いのアイテムと化したネックレスとの関係を洗っておく。
教会には多少の喜捨と、調査官の証を見せれば融通は効く。
「聞いて来ました!」
「ありがとうな」
リーナの話によると、被害者は4人。いずれも喉を切られて、胸を刺されていたとのこと。
そして、同じ死因の商人以外の人間がいるかどうかについても確認した。
「俺の予想通りか……」
「その人間が起点ってことやろ?」
「ああ、犯人はかなりヤクザな商売をしていた商人に借金のカタとしてネックレスを強引に奪われた。そして、抵抗しようとして屋敷に侵入し強盗として用心棒に殺された……か」
情報の交換をした際に最近の殺人事件などの話も聞いていたが、条件に当てはまる。
「で、商人を恨んでネックレスのある場所で転々と殺人を繰り返す幽霊の出来上がりか……でも、殺されてないやついるな? それはなんでや?」
「連続殺人事件を追う際、被害者像というのは重要になる。被害者学なんて言葉もあるくらいで、犯人ではなく、被害者から犯人の思考を辿る方法だ。
今回の場合、殺された商人に共通しているのは中年の男、悪どい商売をしているという共通項がある。
殺されなかった商人は女な上に若かった……そんなとこだろうな」
「なるほどなあ。リーナ、その商人じゃない人間の墓地の場所も聞いて来たか?」
「あ、はいっ! 聞いて来ました! この街の集団墓地にあるそうです、管理番号も覚えてます」
「よし、じゃあさっさと片付けようか!」
***
ササルカの街より少し東に外れた場所に集団墓地がある。通称『光剣の丘』
過去に大きな戦があり、この街は両陣営にとって重要な補給拠点として激しい戦いの末、多数の戦死者が出た。
そんな戦没者の魂を慰霊すべく、所狭しと墓が並べられ、整然とした印象のある墓地とは真逆のどこか乱雑とした雰囲気が漂う。
「リトアニアの十字架の丘みたいだな」
「あ〜、どっかで見たことあるなって思ったらそれか!」
アウルムの感想にシルバが納得の表情を浮かべる。
光の神のシンボル、丸からはみ出た十字架が並ぶ姿から、光剣の丘と名付けられていた。
「お二人の言う人のお墓はこっちの整理された区画の方にあります。それにしても久しぶり……お母さんが亡くなって以来かな」
既に母を亡くしているリーナは、やや悲しげな顔をして周囲を見回した。
「ここか……」
エンダス 光神暦656年没
墓石にはそう刻まれている。最近誰かが墓参りをしたのだろう。花が供えられていた。
「リーナ、聖浄化の魔法は使えるな?」
「は、はいっ!」
「じゃあ頼むわ」
聖属性の魔法は、教会にて洗礼を受けた者しか使えない特殊な魔法だ。
今回のような霊の魂を鎮める為のもので、これは闇の神の祝福を受けているアウルムとシルバでは獲得しようがない。
墓の前にネックレスを置く。
「いきます! …………聖浄化!」
リーナが祈りの言葉と共に詠唱すると、ネックレスが温かい優しい太陽のような光に包まれる。
「おっ!?」
すると、目の前にエンダス本人と見られる、半透明の幽霊が姿を現す。
それに驚きシルバは思わず声を出した。
「お前のネックレスは取り返した。墓に埋めておくから誰にも取られん。安心して眠れ」
アウルムが彼に向かってネックレスを見せる。
コクリとうなづいた後、エンダスは紙が燃えたように足から火が発生して、白い発光する塵となって天へと消えていった。
「女神様、彼が安らかに眠れますよう祝福を……」
リーナの祈りが終わり、アウルムは墓を少し掘ってネックレスを埋める。
「あの、ついでに母のお墓に行ってもいいですか?」
「もちろんええで。今回は助かったわ」
「ありがとうございます」
少し汚れていた彼女の母の墓を掃除してから、祈る彼女の背中を二人は眺めていた。
「ふう……お待たせしました。私、2年前に母が亡くなったことがキッカケで教会に通い始めたんです。そこで神父様と出会ってシスター見習いになったんです。
まだ全然ですけど、女神様の祝福を直接母に祈れるようになって良かったです」
「そうか……良かったな」
***
「本当にお世話になりました!」
「いや、こっちも浄化してもらえる手続き早くしたかったから、手空いてる人がいて丁度助かったんや」
「それでも……お二人のご協力でこの街の教会で寝泊まり出来るようにして頂いたんですから、どうお礼をしていいのやら……」
「次にこの街に来た時に何か頼ることがあるかもしれん。その時は頼む」
「私に出来ることでしたら……はいっ! ありがとうございました!」
別れの挨拶をして、教会からリーナに見送られる。
リーナの姿が見えなくなる頃、シルバは口を開く。
「まあ、今回は特に収穫も無かったけど悪いもんでもなかったわな」
「収穫がない? まさか、あるに決まってるだろ」
「ん? 浄化を直接見れたとか?」
「ああ、お前の鑑定画面では見えてないのか……リーナの父は船大工だ。娘の恩人なら、今後船が必要な時にコネとして使えるだろ?」
「まさか、それが目的で喜捨までしてたんか?」
「多少の打算があったっていいだろ? やらない偽善より、やる偽善だよ。実際俺たちは幽霊による連続殺人を止めて、ホームレスの少女を助けたんだからな。その事実は変わらん」
「せやな、口先だけであれこれ言うよりはまともやと思うわ。実際に行動起こしたんは俺らなんやし。
それにしても、俺たちは女神がなんとなく悪い奴やって思ってたけど、ああやって心が救われる人間もいるって考えると……なんか、こう……なんだかなあって感じやわ」
「語彙が貧弱過ぎるだろ。分かるけどな。白黒ハッキリ分けられるほど単純じゃないってことだな。
それでも、使命は果たさんとならんが」
シルバの言う通り、女神の悪い側面ばかり見ていたが、全く無駄な存在ではなく女神がいるから心が救われている人だっている。
当たり前のことだが、リーナの満足そうな顔を見て、先入観から、宗教に忌避感を持っていたことに気付かされる。
「あ〜、買い出ししてないな。店が閉まる前にさっさと行こや」
「ああ、俺たちが戻らないと彼女たちの夕食を遅くなるしな」
二人は足早に服飾店に向かい、舞踏会の準備をする。
*11/8 追記
1章の1話に新しい話を追加しました。異世界にきてしばらく経ったアウルムとシルバの旅の一部です。
元々の1話は2話と統合致しました。