3-12話 怨恨の殺人者
アウルムは被害者となった館の主人を調べ出す。
「ギブンス、平民の商人、儲けはそこそこだなこの家のデカさや調度品からして……38歳、妻は2人」
鑑定、解析する者、目視の観察から被害者の情報をシルバにも分かるように声に出す。
「そいつ、アル中やろ。手が黄色い。俺の親父もそうやったわ……落ちぶれてからはな」
「ほお、よく気がついたな」
「アル中ならトラブル起こす可能性高いで。贅沢な生活してるけど実は借金嵩んで、見せしめとかも考えられるんちゃうか?」
シルバは嫌なことを思い出したと、チッと舌打ちをする。
「腕に防御創はなし……正面から喉をザックリ行かれてるのにも関わらずか。お、心臓もやられるてるな凶器はナイフか? 爪は……何も残留物なしか」
通常、殺される危機にある場合抵抗した際に腕に浅い切り傷などが残る。防御創がないということは完全に不意打ちであることを示す。
そして、抵抗する際に爪に相手の皮膚が残ることもあるが、それもなし。
「ん……首をよく見たら引っ掻き創があるぞ、吉川線か?」
「吉川線って首絞められた時に抵抗して自分の首引っ掻く時に出来る傷のことやんな? でもこいつ首切られてるやろ? 首抑えるならまだしも首引っ掻くか?」
「そもそもだ、部屋の入り口が見える角度に書斎の椅子と机は置かれ、彼はここに座っていた。侵入者ならまず絶対に気がつくはずだ。一回検証しよう。俺が犯人役で、お前は被害者役だ」
「了解」
シルバは被害者の遺体を一度アイテムボックスに収納し、椅子に座る。
アウルムは一度部屋を出てから部屋に入る動作を行い、犯人の行動のシミュレーションをする。
「まず、俺が部屋に入る。そうするとお前は?」
「な、なんだお前は!? 誰か! 誰かいないか!?」
「そうだ、すぐにドアの音に気がつき、目線がこちらに移る。見慣れぬ人間なら侵入者とすぐに分かり助けを求める」
シルバは大声をあげて助けを求める演技をする。
「どうされましたか!?」
シルバの声を聞き、ガルと兵士が慌てて部屋に入る。
「安心しろ。確認しただけだ。つまり、声を出せば館の人間には聞こえるということだ──兵士長、ギブンスが助けを求める声を聞いたという証言は?」
「いえ! メイドが茶を淹れようと入室し、発見した際に上げた声に皆が反応して気がついたそうです!」
「そうか、ご苦労。引き続き聞き取りを頼む。もう戻っていいぞ」
「はっ!」
ガルは部屋を出て、再びアウルムとシルバの二人となる。
「この時点でギブンスは助けを求めていない。内部の犯行か? 例えばそのメイドとか」
「第一発見者はまず疑う、そうやんな?」
「だが、メイドが入り口から距離を詰め、不意打ちで喉を掻っ切れるか? しかも机の奥行きがかなりある。こうやって歩いていき……喉を切る……難しいな」
アウルムは部屋の中を歩き、机に身を乗り出してナイフを取り出してシルバに切りかかる真似をする。
シルバは、それに反応してのけ反る。
「そう、のけ反るよな。俺でギリギリ届く距離なら、腕の短い女なら尚のこと難しい」
「なら、後ろから手を回してか?」
シルバはナイフを逆手に持ち、自分の首を切るジェスチャーをする。
「首の傷は左から右に入っている。後ろからなら、右から左のはすだ……もし右利きならな」
「それに後ろからなら、もっとザックリ行ってるはずやが、傷は比較的浅い、頸動脈をいかれただけやな。後は壁の血や。こうやって後ろからなら、横側の壁に血は飛ばんやろ。やっぱり正面から左から右に切って、ナイフについた血がそのまま壁にかかった。と考えるのが自然や」
「だとすると、犯人は机の上に乗り、被害者が反応する前に首を切ったことになる。どんな凄腕の暗殺者だ?」
「机の上に乗ったんなら……こう、手をついて俺側に向かって指紋が残ってるんちゃうか?」
「やるじゃないか、お前刑事になれるぞ? 光魔法──『ブラックライト』……外の明かりを遮断してくれ」
「あいよ、闇魔法『吸光』」
アウルムは机の上をブラックライトで照らし、シルバは闇魔法で窓からの光を吸収して部屋を暗くする。
「見ろ、お前側についた被害者の指紋だけだ」
「なら、もっとリーチがある槍が凶器か?」
指紋なんて概念のないこの世界の暗殺者がそんなことを気にするとは思えない。現代社会に置いても科学捜査は比較的近年に取り入れられたものだ。
「槍なんて持って部屋から入ったら……」
「すぐに気がつくな」
アウルムがアイテムボックスから自分の槍を持って入り口の前に立ち、先ほどと同じ動作をしてみるが、現実的ではない。
そもそも、槍は暗殺向けの武器ではない。
「で、殺してやで? どっから出る? 窓は閉まったまんまやし、そもそもガラスがハマってるだけで開閉式じゃない。部屋から出たら返り血で流石にメイドがやったとしても一目瞭然やん」
「それに、心臓を突いたのは無駄だ。喉を切ったら普通に死ぬ。心臓からの出血がないことから、死んだ後に刺してる。明らかな過剰殺傷。これは暗殺者の仕事じゃないな。怨恨だ」
「侵入も逃走も気付かれん手際はプロ級、手口は怨恨で個人的。どういうことや……にしても、ここ随分涼しいなあ。エアコンのマジックアイテムでもあるんか?」
「確かに、温暖な気候のこの地域にしては涼しい……待てよ、いやまさかな」
シルバの一言にアウルムは一つの仮説に至る。
「なんや? ホームズ君?」
「ホームズがワトソン君って言うのは分かるが、ワトソンがホームズ君って言うか? いや、荒唐無稽な話なんだが……この世界ではそうじゃないかもな」
「それで?」
「犯人は幽霊なんじゃないかと思ってな……」
「まあ、ゴースト系のモンスターがいるねんから有り得んとは断言出来んけど? だから、ゴーストの効果で部屋が冷えてるんか……」
この世界では幽霊はモンスターに分類され、墓場などには夜にゴースト系のモンスターが実際に出る。
「でもさあ、街中は結界があるからモンスターの侵入は無理やろ?」
「いや、街の中に発生したモンスターならいてもおかしくない。だから教会の連中は聖属性魔法が使えて特権階級なんだよ」
「でもゴーストは死んだ場所から移動出来ひんはずやで? 連続の事件ってのは辻褄が合わへんなあ。別件か?」
「例外がある。死んだ者に縁のある、DNAの付着した物に取り憑く場合は、物が移動すれば幽霊も移動出来る」
「ははーん。その遺品が商人の手に渡り、その先で殺人が起こっとるんやな?」
読めてきたと、シルバは得意げに指を鳴らす。
「問題はその遺品がどこにもないことだよ」
「……マジか」
アウルムは被害者ギブンスの所持品をチェックしていたが、それらしき物はなかった。この部屋にもない。
それくらいは『解析する者』で調べられる。
「ほな、宝探しと行きますか……」
シルバは椅子から立ち上がり、アウルムとともに部屋を出る。
「調査官殿、如何でしょうか?」
ガルが部屋から出た二人に気がつく駆け寄る。
「兵士長、女性兵士はいるか?」
「女性兵士ですか……? いるにはいますが?」
何故そんなことを聞くのかと、ガルは訝しげに質問する。
「今すぐ呼んでくれ。屋敷の人間の所持品検査をする。女の調査は男がやると問題になるからな。女の兵士が必要だ」
「はっ!」
理由を知ったガルはすぐさま女兵士を手配させる。
***
屋敷の人間から話を聞くと言い、集まる。証拠隠滅を防ぐべく、検査の話はしていなかった。
最初は我々を疑うのかと抵抗されたが、調査官という肩書き、そしてまず関係者の容疑を晴らすことで捜査が前に進むと説得して検査を受け入れさせた。
一人ずつ脱がして、服の内側まで調べた。
女性も同様にだ。
しかし、それらしき者は見つからない。
ギブンスの側近から最近殺された商人から買ったものはないかと聞くと、やはり購入していた。
厳密には殺された商人から買ったものを別の商人が買い、それを買った者が死んだと聞いて気味悪がって手放したものを購入したという。
目録があったので、一つずつ確認すると、ネックレスが見当たらないらしい。
「う〜む、困りましたな……調査官殿、如何いたしますか? 館の人間も兵士もそう長くは拘束していられませんし……」
「兵士長、俺腹痛いんでちょっとトイレに」
「なんだ、さっさと行ってこい! すみませんね調査官殿」
「はっ!」
顔色を悪くした兵士がガルにそう言って敬礼をしてから部屋を出ようとする。
「──待て、そこのお前」
「な、なんでしょうか!? 漏れそうなので手早くして頂けると助かります!」
シルバがガッと走り去ろうとした兵士の肩を掴む。
「お前……今、なんで左手で敬礼した? 兵士の敬礼は右手やろ? なあ、兵士長そうやなあ?」
「はっ! おっしゃる通りです。マルコ、質問に答えよ」
「そ、それは……腹痛で慌てており……」
「お前さっきから挙動不審で変やなあって思ってたんや。待機中もずっと後ろで手組んでるしよぉ? 兵士の待機は両手前やろ? まるで、何か左手に見られたら困るもんでもあるみたいに壁際に背向けてたなぁ?」
シルバがマルコと呼ばれた男の左手を掴むと袖口には血が付着している。
「これは?」
「こ、これはギブンス殿の遺体を動かした際に付着したものです……!」
「兵士長、分かるな?」
アウルムがそう言うとガルは頷く。
「はっ! マルコを拘束し所持品を検査せよ!」
「や、やめろっ!」
マルコは取り押さえられ、見ぐるみを剥がされる。
そして、ネックレスが思った通り、ポケットの中に入っていた。
「マルコ……この馬鹿者! 貴様 ! 恥を知れ! 街を守る兵士が犯罪現場で盗みなど言語道断! こいつを牢屋に連行しろ! 部下が大変失礼しました……どうぞ」
ガルは怒りで顔を赤くして怒鳴りながら、マルコを殴りつける。そしてネックレスをアウルムに渡す。
「これにゴーストが憑依していると思われる。さて、どう処分したものか……」
「通常であれば、女神教の者が処分するのですが今は教会はゴタゴタしており難しいかも知れません……」
「近くの街のあの件か」
「ご存じでしたか……はい、教会を破壊されて居場所のない、教徒がこの街にも流れており、教会内は忙しいようで所定の手続きをしていたら早くとも7日ほどかかるかと」
「それは長過ぎる。これは放置するには危険だ」
「しかし我々ではどうすることも……」
「アウルム、アウルム」
シルバは考え込むアウルムの肩を叩く。
「なんだ、シルバ」
「やっぱり、善行ってのはしとくもんやなあ。良い行いは返ってくるもんや」
「……公平世界仮説を信じているのであれば、お前はバカだ。それは認知の偏りに過ぎない」
「ガクゥッ〜! そうじゃないって。困ってるシスターに心当たりあるやろ? 俺らは……」
わざとらしいコケる真似をしてシルバはリアクションを取る。
「なるほど、確かに借りを返してもらうにはちょうど良い奴がいたな」
「ちょ〜っと言いたいことと違うけど、そういうことや。行こうか」
「兵士長、この処分にアテがある。事件はこのまま解決ということで処理していい。こちらも問題が完全に片付けば報告しに来る」
「はっ! 調査官殿ご協力ありがとうございました!」
「「「ありがとうございました!」」」
兵士の感謝を受け取り、館を出る。
二人はリーナというシスターを探しに向かった。