3-9話 焼きおにぎり
アウルムが情報収集をしている間、シルバは街をブラブラと散策する。
エルフ6人を連れて歩くのは流石に目立つが、シルバの体格や顔つきから見て、相当強い冒険者だと誰にでも分かるので、わざわざ喧嘩を売ってくるような人間はいない。
「それにしても色んな種族がいるなあこの街は」
ヒューマンだけでも外国人と分かる顔つきや肌の色の者、多種多様なビースト、それに時々エルフを見かける。
「港街ですから、外国からの商人も来てますしね」
「ふーん、エルフって別に皆顔見知りではないねんな?」
「違いますけど、先祖の名前を出せば遠い親戚ということはあり得ますね。まあ、親近感が湧く程度ですが」
「そんなもんか……」
「まあ、ヒューマンに話しかけられる時は知ってるエルフの名前を出されてもこっちは全員知ってるわけじゃないので困るんですけどね」
「ああ、なるほど」
海外旅行に行った際、現地の人間に有名人でもない知らない日本人の名前を出されて、日本人の人口がどれだけいると思ってるねんと、イラついた経験をシルバは思い出す。
「ん……この匂いは……!?」
シルバの鼻に強烈な食欲を刺激する香りが入り込んでくる。
間違うはずもない。しかし、あり得るのか?
そんな、思考が駆け巡るが意識は匂いのする方向に引っ張られたまま。
「シルバ様……?」
護衛役であるにも関わらずフラフラと歩いて行き、たどり着く。
そう、焼きおにぎりの売られる屋台の前に。香ばしい焼け焦げた醤油の香りのする屋台に。
「こ、これは……」
「おうにいちゃん! あんたデカイね! この街名物のヤキオーニギリは知ってるかい、これ食わなきゃササルカに来た意味ないよ! 勇者様の国の料理なんだよ!」
そんな屋台の店主の決まったセリフ。セールストークではあるが、目が離せない。
「おっちゃん、これ1個……いや、3個くれ!」
「はいよ!」
笹のような葉っぱのトレーに焼きおにぎりが3つ乗せられる。
手で掴み、熱々の焼きおにぎりを頬張る。
「おいおい、そんな慌てて食ったら火傷するぞ? 腹減ってたのか?」
「ハフハフ……」
火の耐性が強いシルバは食べ物程度では火傷はしない。だが、熱さは感じる。熱い、ホクホクでいて、外は醤油がかかって少し焦げておりパリッとした硬さがある。
心地よい感触が歯に伝わり、カツオのような魚の豊かな香りと風味、醤油の塩気が口内を満たす。
「美味いっ! 美味い……!」
「はは、そんなに気に入ってくれたらこっちも嬉しいね。このソースは輸入品なんだ、外国に行った勇者様が作ったんだと。
米もこの国じゃ全然作られてないしな、でも隠し味の魚はこの街の海でとれたもんだ。だから、これは今のところここでしか食えねえよ?」
そんな店主の説明もおかまいなしにシルバは次々と口に運び入れて、一瞬で無くなった。
「あの〜、シルバ様?」
「ん? ああ、悪い悪い、皆もこれ食べてみ、美味いから。おっちゃん一人2個ずつ頼むわ。あっ、お土産に10……いや、16個!」
シルバの様子を遠巻きに見ていたエルフたちが声をかかると、シルバは彼女たちの分まで注文する。
彼女たちはそういう事じゃないんだけど、と言いたくなるがグッと抑える。奢ってもらえるなら文句は言えない。それに香ばしい匂いも気になっている。
「毎度! でも日持ちはしねえから早めにな?」
「それは大丈夫や!」
屋台の店主は手早く16個のおにぎりを包装して持ち帰り用として用意し、シルバは金を払う。
「ふう〜まさかここで出会えるなんて」
米の品質、醤油の品質、共に日本のものよりは数段劣る。しかし、焼きおにぎりを食べたという満足感は間違いなく与えてくれる。美味いことには変わらない。
長らくパン生活だったので、この国には米が流通していないのかと思えば、他国では生産されている。これはもう、外国に行かなくては。
日本食を確保出来るのであれば幾らでも働いて船でも買って行ってやるとさえ思えた。
これはアウルムに教えてやらねばと悪戯を企む子供のようにシルバは無邪気に笑う。
***
シルバは興奮のあまり、値段交渉もしなかったことを会計担当のリリエルにそれとなく苦言を呈され、ラナエルからも急にどこかに行かないでくださいと怒られた。
アウルムにバラさないでくれと口止め料として、貝殻の装飾品を買わされる。これが結構良い値段がした。しかも6人分。
流石商人、ちゃっかりしていて心強いが、こういうことはこれっきりにしてもらわないと財布がすっからかんになってしまうと、やや元気がなくなる。
その後、屋台を巡りながら昼食を取り、腹も膨れたとこらでエルフたちは服飾店で採寸や相場のチェックに忙しく、シルバは手持ち無沙汰に。
いつの時代、どの世界だって女の買い物は長く、男は待たされるものだとシルバはボーッと店の中から外の景色を眺める。
「お? 本屋か……まだかかるよな? 俺ちょっと向かいの本屋見てくるわ」
「「「はーい」」」
そこそこ高級な服屋でトラブルはそう起こらないだろう。あまりに退屈だったので向かいの本屋に入った。
「……らっしゃい」
日焼けしないように店内は薄暗く、店主のハゲた親父も愛想が悪い。
本って言ってもこの世界の印刷技術はまだまだやから、ペラい薄い本しかないねんな。
羊皮紙と革張りの本は高過ぎるし、デカ過ぎるし、重過ぎるしで買う気にはならんし……薄い本と言えば、勇者の先生の本!
こういう店で取り扱ってないやろうか?
そう思いながらシルバは適当に陳列された本を手に取りパラパラと立ち読みをする。
「──旦那」
「おわっ、ビックリしたぁ!?」
「すみません、何かお探しで?」
シルバの背後にいつの間にか店主が立っている。
ああ、いかにも冒険者風の見た目で学がなさそうな客だ。本を破損されたらたまったもんじゃ無い。冷やかしの立ち読みならさっさと帰れと。そう言いたいのだろうと察する。
「そうやなあ……掘り出し物……表には出せへんようなやつとかないかなあ?」
「ほう、例えば?」
「こういう……」
シルバは懐からアイテムボックスを経由し、アウルムからもらったエロ本を取り出す。
「ッ! これは……なるほど、そういう……」
店主は事情を理解したのか、シルバを客として認めて奥へと入り、数冊持って戻ってくる。
「禁書をお持ちの方なら、お譲りすることも可能ですね。如何ですか?」
同じ罪を犯す者ならば通報される心配もあるまいと、店主は禁書、発禁の書物をいくつか見せる。
「うーん……おっ、これは?」
「お察しの通り、同じ作者の……勇者様の本です。写しですが……」
「なるほどなるほど、これは?」
「これは紳士向け……ではないのですが、マニアなら需要があるかと思い仕入れました。こちらも勇者の本で、まあ別の作者ではあるのですが、勇者の視点でこの国の名所や珍所を旅をしながら記した地図と旅日記のようなものです。ちょっと地図が精巧に出来すぎてて国防上問題があるから、世に出すのはマズイ本なんですよ」
「へえ、オモロいな……その二つ欲しいんやが、値段は?」
「両方買って頂けるなら、金貨8……いや、7枚」
「金貨5枚」
「旦那、それじゃあ危険を犯して仕入れてるこっちの割が合いません。金貨6枚と銀貨5枚でどうですか?」
「え〜高いなあ? 金貨6枚ならポロッとこの店の噂を憲兵の前でしてしまうことは無いと思うけど……」
「はあ、旦那それは反則じゃありませんか?」
「え〜? 俺はこの街の本屋には変な本があるんやなあって話するだけやで? 後から紳士の憲兵がお買い上げに来るかもなあ、宣伝したるやん?」
「勘弁してください、金貨6枚と銀貨3枚……これ以上は流石に……」
暗に通報するぞと脅しをかけられても値段を僅かに落とすだけで動じない肝の据わった店主だ。
実際、シルバの鑑定と経験から見立てても、その値段はぼったくりというほど法外な値段では無い。買い物にしては高いが、価値はある。写しさえすれば、後から売り払って回収も出来る。この手の書物は時間が経てば経つほど値段が高騰していく。
「それで手打つわ」
「毎度ありがとうございます」
金を払うと、布で包まれた本二冊を手渡される。
「丁度いい時間潰しにもなったし、レアもんもゲット出来たし、ササルカ1日目の収穫はホクホクやな。出費は痛いけど、この旅日記はワンチャン、アウルムに言うたら経費で落ちるやろ」
エロ本だけ買ったら「また無駄遣いを……」と文句を言われるのは分かっている。
アウルムが興味を持ちそうな本も買っておく。
エロ本を買うのが恥ずかしくて、カモフラージュに別に必要のないお菓子やジュースを買うような仕草ではないのだ。
ただの保身だ。これがリスクマネジメントだと自分に言い聞かせる。
「どうや? 終わったか?」
「あ、シルバ様。はい、私たちの用事も終わりました。お待たせしてすみません」
「ええで、俺も買い物してきたわ」
「何を買ったんですか?」
「うーん、本や。アウルムが喜びそうなやつがあってな」
「本当にアウルム様のこと好きですね……」
「え、あ〜、うん、そうかもな……ははっ!」
エルフたちの斜め上の誤解を受けつつも、エロ本を買ったと言って軽蔑されてもショックなので、そのまま誤魔化しておく。
シルバが白銀だった前世では家族にアウルムの前世金時と遊びに行くとそんな方便を使っていた。
見た目も生きる場所も変われど、シルバの中身は変わっていなかった。