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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
3章 ドゥユーワナダンス?
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3-8話 ササルカの街

 

 ササルカの街に近づくとまず感じるのは音だ。


 ウミネコが空をグルグルと飛び回り鳴き声が聞こえてくる。


 そして一定間隔の波のザザァという音、磯の香りの乗ったややベットリとした質感の潮風の音。


 活気のある港の荷の積み下ろしをする人夫たちの掛け声。


 ああ、海の街だ。


 街を守る黒い門を超えなくとも、そう感じさせてくれる。


 シャイナ王国、南方に位置する国で一番の港湾都市ササルカに一行は到着した。


「次、身分証!」


 門番の兵士が馬車に声をかける。


「荷を改めさせてもらう! リストはあるか!」


 馬車の後方をチラと見て、兵士が御者のソフィエルとリリエルに厳しい視線を送る。


「私たちは商人です。荷は干した肉や水、布製品、少しばかり香辛料です」


 そう言ってリリエルが商人ギルドのカードを提示する。


「……エルフの歳は分からんがまだ若いな? 女だけで旅か? 何人いる?」


「エルフの女6人とヒューマンの男2人です」


「……どういう集団だ?」


 兵士はあまり見かけない組み合わせに警戒を強める。まずは首や腕に奴隷の証がないかの確認。


 異常無し。だが、少し妙ではある。


「荷を改める。馬車を見るが問題ないな!?」


「はい」


 兵士はもう二人の当番に目で合図をして、腰に差した剣の柄を軽く撫でる。いつでも抜刀出来るようにと。


 幕をバサリとめくると、確かにエルフが沢山……数は御者を含めて2、3……7人だ。7人いる。


「おい! 男が1人でエルフが7人ではないか! 何故嘘をついたッ!?」


 兵士が怒鳴ると他の兵士も顔つきを鋭くして槍を構える手に力が入る。


「えっ……いえ、そんなはずはありません」


「何を言うか! 俺が平民の兵士だから数も数えられない馬鹿だと、そう言いたいのか! 逮捕するぞ!」


「いやお前は馬鹿だ」


「何をッ……!?」


 御者の方を向いていた兵士の背後から男の声がした。すぐに反応して振り返ると、金髪の女……いや、女のような見た目の男だ! 間違いに気付くが、それと同時に馬鹿だと言われたことも思い出す。


「貴様ぁ! 俺を馬鹿だと言ったなぁ!? 女みたいな顔をしてるお前が紛らわしいのが悪いんだろうがぁ! 訂正しなければ逮捕するぞ!」


「逮捕……? この俺をお前が、か?」


 アウルムは左手で髪を払いのけて、首にかかったネックレスを兵士にだけ見えるように取り出す。


「そ、それは……!?」


「如何にも、俺は国家治安調査官だ」


 双頭の狼と天秤の彫られたロケットを見せられ兵士の顔色はサッと青くなる。


「た、大変失礼致しましたッ! 調査か──モガガッ!?」


「やはり、馬鹿だな。公衆の面前で身分を大声で叫ぶつもりか貴様?」


 アウルムは兵士の口を塞ぎ、それ以上の発言を許さない。


「通って良いな?」


「問題ありません!」


 兵士は敬礼して、先ほどとは打って変わって丁寧な態度で街へ入ることを許可し見送りをする。

「やはり国家資格は持ってるだけで扱いが全然違うな」


「権力がもの言う社会やし、腕利き冒険者でも肩書きにしては弱いよなあ。てか、まーた間違えられてるやん」


 シルバは馬車に戻ったアウルムを揶揄う。他の街でも同様の事件が起こっていたので、面白がるシルバに対してアウルムの胸中は穏やかではない。


「どこをどう見ても男だろうが……」


「声聞けば分かるけど、薄暗い馬車の中で遠目は初見には難しいんちゃう?」


「いや、服で分かるだろ。俺たちは冒険者風、エルフは商人風なんだから」


「正直、シルバ様は明らかに男性と分かりますが、アウルム様の服は冒険者の男にしては上等というか、身綺麗にし過ぎてるので……その、冒険者の男ってもっと粗野な見た目の印象がありますよ」


「好き好んで不潔な格好をしろと? わざわざ舐められる服を着るつもりはない」


「でも、その服のせいで女やと思われてるなら本末転倒やろ」


 服に詳しいヨフィエルの一言にアウルムは反論するが、シルバにもっともなツッコミをされる。


「髭でも生やしたら?」


「何故か知らんが生えてこないんだよ、剃る手間が省けるのは良いが」


「随分と綺麗に剃っているなと思っていたのですが生えてこないんですか……でも、そのうち生えてきますよ、恥ずかしいことじゃありません。商人なんですから清潔感は大事です」


「ブフッ……ヨフィエルそれじゃあ一人だけチン毛生えてきてないことを気にする思春期の子供を慰める母親やで!」


「黙れ! お前ら黙れっ!」


 ヨフィエルのズレたフォローにシルバは吹き出してしまい、アウルムが怒る。


「いっそ声を変える魔法とかマジックアイテムで女のフリしてた方がトラブル減るんちゃうか?」


「ふざけるな! 男に尻を撫でられるのは二度とゴメンだ!」


 アウルムは冒険者ギルドで一度女と間違えられて尻を撫でられたことを根に待っている。その男の指はへし折られたが、あのゾッとする感覚は忘れられない。


 文字通り身をもって女として生活する煩わしさを実感している。


 ギャーギャーと賑やかな馬車は街で高級な部類に入る宿屋に向かって行った。


 ***


 宿屋のチェックイン作業を完了させ、アウルムとエルフたちの4人、シルバとエルフたちの4人の部屋に分かれる。


 男女別では男の方は広過ぎ、女の方はやや狭い。そして、何かあった時に反応がしにくい。というセキュリティ的な問題もあり、そういった部屋割りとなっている。


「さーて、皆どうしよか? アウルムはどうせ、いつものごとく単独行動やろうし……海産物の市は朝やもんなあ」


 街に到着したのは昼過ぎ、もうすぐ夕方になるので新鮮な魚を買いに行くことは難しい。


「取り敢えず、この街の相場を調べながら屋台で何か食べませんか?」


 値段交渉の得意なリリエルが、シルバに提案する。


「せやな。小腹も減ってるし、飯食いに出かけるか」


 宿屋の食事も、そこそこ良いランクであれば用意は出来るが、この国では基本的に一日二食。朝と夜の食事となり、昼は余裕のあるものが好きに食べるという慣習となっている。

 その為、宿屋の料金に昼食代は入っておらず、食事処や屋台に行くのが普通。


「久しぶりの海の幸にはワクワクしますね」


「アウルム様のお土産も買っておきますか?」


「あ〜あいつかて子供ちゃうし腹減ったら自分で買うやろ……でも、後から欲しいって言われたら面倒やな。アイテムボックスなら傷まへんし、買っとこか。今日は一通り食べて、美味しいやつは後日買い溜めしとけば、ここ出ても魚食えるようにしとこ!」


「「「はいっ!」」」


 そうやって、シルバたちはササルカの街に出かける。


 ***


「大体ここら辺だと思ったが……あったな」


 フードつきのローブを目深く被り、アウルムは街の中心部から外れた、やや治安の悪いエリアをうろついていた。


 アウルムが探していたのは『その筋』のものだけが分かる符牒。現代においては泥棒などが似たようなものを使い、同業に知らせるために玄関先や表札に不在時刻や、マークしてるから手を出すなという警告などの情報を目立たないように記している。


 石壁の隅に小さく目と耳の簡略化した記号と矢印が彫られている。これは情報屋の利用する専門の店や場所の位置を示したものだ。


 その矢印を辿り、細い路地を進むと古びた酒屋に行き着く。ドアの隅にはやはり同じ記号が。


「ここか……」


 中に入ると、店の中は薄暗く相手の顔がハッキリと見えないようにされている。


「……らっしゃい、何にする?」


「ここはあまり出回って無い酒が出るって仲間から聞いたんだが」


「その仲間の名前は?」


「忘れたが問題あるか?」


「……奥の席へどうぞ」


 ガラスのコップをキュッキュッと磨きながら、カタギのようには思えない顔つきのマスターと合言葉をやり取りする。


 この手の店での合言葉は決まっている。アウルムはこの合言葉の情報に、キラドの情報屋に金貨5枚という大金を支払っていた。情報屋ネットワークに入るのも元手がなくては入れないのだ。


 隠し扉をマスターが開いて奥へと案内される。


 イカつい体格の顔に傷の入った大男が扉の前に立っている。


「武器、毒物、マジックアイテム、危険のあるものは全て預かる」


「ああ」


 大男に荷物を預ける。二人が身体検査をしている時に首輪に気がつくが、見なかったフリをする。マスターと大男にチップの銀貨を指で弾いて渡す。


 奥の部屋も薄暗く、1人がカウンターで、もう2人が奥のテーブル席で酒を飲んでいたが顔は見えない。皆同じようにローブや鼻までのマスクを被って顔を隠している。


 既に人が座っているカウンター席に座り、酒を注文する。


「──よう、ここの酒は値段と味が釣り合ってねえ、そう思わないか? 俺は赤鷲の酒が好きだなあ」


「俺は双頭の狼が好きだ……」


「へえ、お仲間か……」


 アウルムの隣の男は会話の中にその筋のものだけが分かる言葉を混ぜて話しかけてきた。


 釣り合う──これは国家治安調査官を示して、更に好きな酒の銘柄でどこの所属かを示す。


 この合言葉はトーマス・キラドより国家治安調査官同士の情報交換に必要な合言葉であると教えられた。


 赤鷲ということは、アウルムの隣の男は赤鷲の家紋を持つ領地、アルバスタス領の貴族の子飼いであることを示している。


 勿論誰も彼もに話しかけるのではなく、アウルムが入店した際に行った耳を掻いた後、首に手を持っていく調査官特有の仕草で判断したからだ。


「それで……?」


「光の恵みとこの街の日陰は心地良いな」


 光の恵み──光の神から由来する勇者の暗号。日陰──この街の危険について情報を集める。


「何でも、恵みは景気が良いらしいな。数日後、光の恵み主催の仮面舞踏会をやるんだとさ。俺たちからしたら毎日が仮面舞踏会みたいなもんだがな」


「ふっ、確かにな」


「俺は運良く招待状と仮面を2セット手に入れたんだが……興味はあるか?」


「そうだな……条件次第ではあるが」


「男と女で仮面は白と黒の一つずつ、金貨10枚。バラ売りはしねえ。どのみち男女ペアじゃないと入れないからな」


 男が黒で、白が女。それがこの国では常識だ。


 しかし、アウルムは困る。自分用とシルバ用の黒2つが欲しいところだが、自分が黒を1つ使い、他のエルフたちを同行させる訳にもいかない。顔を隠しても耳は見える。


「もう1セット売ってくれるか?」


「もう一つは俺用だから無理だな。これでも手に入れるのに苦労したんだ。同業のよしみで譲ってやろうってんだぜ?」


 てっきり小遣い稼ぎの為にふっかけに来てるのかと、思ったが、『解析する者』にも嘘とは出ていない。


「……仕方ない。それで良い」


 アウルムは金貨10枚をカウンターに乗せる。


「どうも……」


 調査官の男は金を受け取り、懐から白と黒の仮面と招待状の入った封蝋のされたチケットをテーブルに置く。


「日陰と言やぁ……ヴァンダルって知ってるか? 隣の隣街の古い教会がヴァンダルにぶっ壊されたらしい。後はそうだな……」


 調査官官の男は知っている限りの情報をアウルムに伝える。


 代わりにアウルムも男の欲しがる情報をいくつか持っていたので交換する。


「じゃ、俺はそろそろ……」


 男が席を立ち店を出る。時間差でアウルムも預けた荷物を回収して店を裏口から出て、宿に戻った。

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