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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
3章 ドゥユーワナダンス?
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3-7話 日記

 

『異世界に突然召喚されて、俺たちは勇者になってしまった。あまりに唐突でバタバタとしてしまったが、少し余裕が出来たので、異世界の生活を日記にしておこうと思う』


 ケンイチの残したボロボロになった生徒手帳の最初のメモ欄にこう書かれていた。


『今日初めてダンジョンでモンスターを殺した。あまり気分が良くない。映画とは全然違う。匂いや音が特に嫌だった。他の皆も最初は旅行気分だったが、まるで違う世界に連れてこられたのだと、痛感した』


『千代ノ門高校の人間は戦闘向けスキルを持った前線組、非戦闘──後方支援組に分けられていた。

 戦いたくない者も強制的に能力次第では前線組にされる。

 迷宮都市に来て2週間。もうしばらく後方支援組の人もクラスメイトも先生とも顔を合わせていない。皆元気にしてるだろうか?』


『パーティメンバーとも連携が板につき、レベルも上がって強くなっていることを実感した。俺の能力はモンスターをテイムすることだが、ダンジョンのモンスターはテイム出来なかった。今のところは若干役立たずなのが悔しい。この研修が終わったら強いモンスターをテイムしたい』


『ダンジョンの研修が終わり王都に帰ってきた。戦うのが耐えられないと一部の生徒が抗議をしたらしい。

 だが、魔王討伐とは国家間を超えた戦争だ。生徒の一部が騒いだところで流れは変わらない。

 戦争に参加させられる側の意思は関係ないのだ、第二次世界大戦の赤紙についての授業を思い出した。

 抗議をしたところで、立場が悪くなるだけ。嫌だが、これよりも嫌な目に遭いたくないから戦って強くなって、自分を守る力をつけなくては。

 パーティの皆だけでも無事に残って、この戦争が終わる事を祈る』


「はあ、読むだけで気が滅入るなあ。これ」


 小熊族の村を後にして、次の街まで移動中の馬車の中でシルバはケンイチの記憶の追体験をしていた。


 文章からも深く感情移入するシルバは少し疲れた顔をしている。


「意思は関係なく戦争とは巻き込まれるもの。当事者としての体感が綴られているな。やはり一部の生徒は遊び半分でいきなり与えられた力に溺れるんだろう。

 そういう奴らは適応するが、普通は、大半は抵抗があるはずだ。だが、勇者全員のコンセンサスが取れないことにはそういう声は消されてしまうだろうな」


「なんなら、悪者扱いやろ。勇者にデカい投資してんのに戦うの嫌って言ったら、勇者側からしたら勝手な話やが、現地の人間からは文句も出るやろ。

 人間ってどこまでも自分勝手やからな」


 嫌でもやるしかない、同調圧力の恐ろしさというのはアウルムもシルバも分かる。


 自分たちが彼らと同じ境遇だったらどうしたのかと考えられずにはいられなかった。


『生徒の一人が死亡したと聞いた。自殺だそうだ。不思議と、ショックはそこまで無かった。というか誰しもが薄々そういう人が出てくると分かっていたんだと思う。

 皆、その話題に関しては出来るだけ口にするのを避けていた。俺も話したくなかった。

 今はレベルアップで不安を誤魔化すしかない。

 強くなれば良い待遇を受けられる。戦うという現実逃避が、魔王討伐という現実に近付くのは皮肉だ。

 分かってるけど、どうしようもない』


『結構な金額の支度金をもらって、体裁良く王城を追い出された。勇者として各所に便宜は図ってもらえるがここからは自己責任らしい。なんて身勝手なんだ。

 魔王進行のペースからすると後2年。その間にこの世界で冒険して経験を積んでもらう必要があると。

 嘘だ。こんなのは口減しだ。強い奴が生き残れば良い。勇者はいっぱいいる。そういう魂胆なのは分かっている。

 だが、絶対に魔王討伐までは死なない。誰も死なせたくない』


『初めて詐欺に遭った。今まで、王城では接待されていたのだと思い知らされる。

 善人面で近づいて、さぞ良い取引がお互い出来ましたねと振る舞う悪人の多さ、治安の悪さ、民度の低さにウンザリする。人間不信になりそうだ。

 俺たちは騎士なしで外に一歩出たらこの世界の勝手の分からないカモのガキなんだ。座学での勉強では分からなかった。騙されて初めて分かるあの時の怒りはなんとも表現出来ない。高い勉強代だった』


『旅をすることにも慣れてきた。交渉や情報収集が如何に大事かを学んだ。今ではぼったくられずに買い物も出来るようになったとは思うが、実際のところは分からない。カイトという奴がリーダーのパーティが活躍する話をあちこちで聞くようになった。

 それと同時に時々、死んだ者の名前も耳にする。知っている名前もあった。実際に死を目撃していないので実感は湧かないが、こういうニュースは出来るだけ聞きたくない』


「なるほど、勇者たちの召喚されてからの初動が分かったのは大きいな」


「にしても無責任過ぎひんか? 殆ど放置してるのよな? もっとこう、大事に育成したらいいのに」


 シルバはシャイナ王国の身勝手な振る舞いに憤る。


「闇の神が言っていたが700人近い人間を国賓として扱うのは無理だろ流石にな。それにユニークスキルは魂の具現化だ。多分、能力もピンキリで強くないやつの飯をいつまでも食わせるほどは余裕がないんだろ。戦時下だったわけだしな」


「でもこんな仕打ちされて勇者と国の良好な関係は構築出来ひんやろ?」


「だから成果主義で結果を残してるやつには待遇を良くしてるんだろ。後は気に食わないなら努力して結果残せば? というポジショントークをする風潮に持っていけば意見は封殺出来る。上の人間は特別扱いで気分が良いだろうしな」


 強いやつは囲い込み、優遇して弱いものは見捨てる。よっぽど文明が発展し、社会保障や人権が充実していなければ、全員を助けるのは現実的ではない。


 この方が効率が良いのだろうとアウルムは推測する。


「じゃあ、今王都にいるのは……勝ち組のやつらか?」


「とも言えんがな。聞いた話ではカイト・ナオイを筆頭にまとめ役が色々仕切って勇者たちの権利なんかを大使館のような組織で守っているらしい。生き残った連中の中には戦闘に不向きかつ、大したユニークスキルじゃないやつだっているとは思う」


「例えばやが、現代製品を生み出せる能力とかは重宝されるよな?」


「ああ、店を召喚するなんて能力があれば戦闘は無理でも兵站では絶大な力を発揮する。そういうやつらは貴族に買われてるか、前線に補給として派遣されて死んだ者も多いだろう。変じゃないか? 魔王が死んだ後、生産系のスキルのやつが街で店を開いてスローライフしていたっておかしくないはずなのに、一回も見ていない」


「そう言えばそうやな?」


「初期に大勢死んだか、文化ハザードが起きないように国側が規制してるか、上流で独占してるのか、あるいはその全てなのか」


 コンビニやデパートなんかの製品を扱える能力があってもおかしくないのに、そういう話をまるで聞かないというのは奇妙だ。


 そういうユニークスキルを持った人間はどこにいるのか。犯罪者の勇者の話は聞くが、異世界スローライフを公的にやっている勇者を目撃しないあたり、国側の意図を感じる。とアウルムは言う。


「唯一分かってるのは迷宮都市で食堂をやってる勇者がいて、美味くて有名ってことくらいだ。異世界の料理が食えるらしい」


「それは楽しみやな、行くんやろ?」


 シルバはヨダレをジュルリと吸い込み期待を膨らませる。


「当たり前だ。ただし、初めて異世界の飯を食う現地人という反応をする必要があるがな」


「大丈夫やって、箸とか使えへんフリやろ? 後は水がタダでビックリするとか……」


「食堂ごと召喚出来るような能力じゃなかったら有料だろうがな。ただ、料理が異世界なだけで食材はこの世界のものだろうな。厳密には異世界風料理であって、異世界料理ではないはずだ。情報の限りではな」


「それでも楽しみやん。やっぱり日本の味には飢えてるで。特に醤油やな。日本にいたら気付かんかったけど、醤油ってマジで色んなもんに使われてるわ」


「だが、俺たちは小熊族から最高のものを手に入れることに成功した……これで日本的な食を楽しむことが出来る」


 ラナエルたちには自分たちが日本から来たとは言っていない。ただ、会話からそれとなく察されているとは思うが、追求はされていないし、彼女たちからも聞くつもりはないようだ。


 アウルムはニヤリと口角を上げてアイテムボックスから梅を取り出した。


「まさか梅があそこで手に入れられるとは思わんかったよな。ホンマになんでもあるし、あの村最高やわ。守ってくれたケンイチにも感謝や」


「この梅だが……加工が必要だ。分かってるな?」


「勿論や。これを砂糖につけて梅酒に……」


「は? 梅干しだろうが、馬鹿かお前は?」


「はあ? 梅酒やろうが何言ってんねんお前!? この世界の酒はワインか蒸留酒か炭酸のよっわいエールしかないんやぞ!?」


「果実酒もあるだろうが! 似たものはいくらでもある!」


「それ言うならピクルスもあるぞ!? 梅干しって梅のピクルスやろうが!?」


 アウルムとシルバの意見が塩漬けか、砂糖漬けで割れ大声で口論が始まる。


「どちらも作れば良いでしょうに……」


 いきなり大声を出す二人に驚きながらも会話を流れを把握したラナエルは何故そんな下らないことで喧嘩するのかと、話を聞いて呆れる。


 というか、仲の良い二人が梅一つでここまでムキになるとは思っておらず、理解が出来ない。


「よし、じゃあもらった梅は半分ずつにして、梅干しと梅酒をそれぞれ作る。それでいいな?」


「梅酒の方が梅の量必要やろ。梅干しなんかちょっとでええやんか」


「それはお前の梅干しの欲求度によって変わってくるだろうが! それに砂糖は塩よりも高いんだぞ! 梅の量が増えたら砂糖も大量に使うだろ!」


「ケチケチすんなや! 酒は皆で飲むに決まってるんやから多めの方がええやろうが! なあ! 皆甘い梅の酒飲みたいなあ!? ピクルスなんて食いなれてるよなあ!?」


「こいつらを味方につけようってのか!? 汚いぞ! こいつらが甘いもの好きなのを分かってて言ってるなお前!」


「「「「私たちを巻き込まないでください」」」」


 ベクトルは違えど、妙なこだわりを時折見せるアウルムとシルバの片方につくと面倒なことになると学習しているエルフは中立を貫く。


 これはもう彼女たちの中で快適な旅を行う鉄則となりつつあった。


 ***


「話が逸れたな、続きを読むぞ」


「おう」


 結局、小熊族の梅は半分ずつ梅干しと梅酒に使うということで決着がついた。


『パーティでの生活も2年が経ち、日々の生活も安定してきた。俺のパーティにはヒーラーがいたことが大きいと思う。ヒーラーは貴重だ。危ない場面が何度もあったが、その度に今まで生き残れていたのはヒーラーの存在があってこそだ。

 かなり質の良い宿屋にも泊まれるようになり、武器も高価なものが揃った。魔王が進行しているが無事に生き残れるだろうか……』


『勝利! カイトのパーティが魔王を討伐した! 俺たちは出遅れたが皆が危ない目に遭わなくて良かったと喜ぶべきだろう!

 この重責から解放された爽快感は言葉に出来ない! 最高だ!』


『魔王が死んで国中毎日がお祭り騒ぎ。未成年だから控えていた酒も初めて飲んだ。最初は失敗したけど酒は最高だ!』


 日々の生活、向上していく過程、そして魔王の討伐とその後が書かれた日記はしばらく時間が飛ぶ。


 そして、次の部分にはこう書かれていた。


『信じられない……日本に帰れないなんて話が違う……騙された。元々王国の貴族は信用出来なかったが、ここまで酷い嘘をつくとは思っていなかった。皆の様子がおかしくなり始めている。心配だ……』


「ここで何かあったな」


「不測の事態? それとも元々帰還は手段が無かったのを隠してた?」


「分からん。詳細が書かれていないからな」


 所々、強い筆圧により字が潰れて、涙を落としたのか掠れて紙がふやけている部分がある。


 ケンイチの悔しさが文字に表れていた。


「ただ、今まで魔王さえ倒せば元の世界に戻れる。それを希望に生きてきた人間は少なからずいるだろう。それがご破産となれば、ストレス要因や引き金には十分過ぎる衝撃だ」


「ストレス要因と引き金?」


「人が殺人を犯す理由だよ。


 ストレス要因ってのは幼少期の虐待とか、仕事がうまくいかないとか、感情的にストレスが溜まるような要素のこと。トラウマ的なものだと思ってくれたら良い。銃で言えば弾が込められていくような状況。


 引き金とは、そのストレスが爆発して実際に犯行を起こすような動機だ……殺人で一番多い理由が痴情のもつれ、なんだが、シリアルキラーに化すのにも何かしらの強い衝撃が原因となっていることが多い。

 込められた弾を撃鉄が叩くような衝撃だ。

 一番に思いつくのが『喪失』だな」


「喪失……仲間が死んだり……か……?」


 漠然としたアウルムの言葉にシルバが思いついた最悪の喪失を口にする。


「親しい人間の死だけでなく、希望、職や立場、金品などの物質、今まで持っていたものが奪われるというのはとてつもないストレスだ。

 喪失以外にもトラウマをフラッシュバックさせるような強烈な出来事。他にも病気や元々の性質、これら複数の要素が複雑に絡み合いシリアルキラーは誕生する。


 逆に言えば、何が勇者たちを殺人という行動に駆り立てるのかが分かる、予測出来ることで追跡も可能となるわけだ。これは大きい収穫だぞ」


 俺の予想では、この事が発覚した後に狂い出した勇者が増えたはずだとアウルムは言う。


 だが、シルバは勇者たちに同情の念を抱いた。


「殺人を……俺だって既に人を殺したことはあるから偉そうな事を言うつもりはないけど、それでも罪のない人間を殺すのは許されへんと思う。

 でも……なんというか……変な言い方かも知れんけど、仕方ないん……ちゃうかなって、そう思うわ」


「確かに同情の余地はあると俺も思う。日本にいたらこうはならなかっただろう。

 だが、この世界には犯罪者を更生させるような仕組みがない。仕留める以外止める方法がない。

 そもそも銃よりも危険な武器を持ったような人間が勇者なんだ。投降させて逮捕なんて現実的じゃないし逆に危険だ。お前や他の人間に危害が及ぶリスクは限りなくゼロにしたい。だから俺は殺すぞ……いくら同情出来るような状態であってもな」


「うん……そうやねんけどな。可哀想やなって気持ちがデカいんや……殺人犯に同情するっていうか、共感するんは、勇者を殺す調査官としては失格やな。甘い気持ちがあるわ」


 シルバは、アウルムほど割り切れずに、その自身の中途半端さに苛立ちを覚えて下を向く。


「それは違うな」


「何がや……?」


「相手の立場に立って考える。感情移入する。それは精神的なストレスも大きい諸刃の剣だが、間違いなく、必要なものだ。俺たちは勇者たちを誰よりも『理解』しなくては追跡も止めることも出来ない。

 お前の言う『甘さ』は『優しさ』とも考えられる。だから恥じるものではなく、誇るべきものだ。

 その気持ちが活きてくる時がきっと来る。俺には欠けているものだから、その点には期待しているぞ」


「……そうか」


(俺に気遣ってここまで言える奴が優しさに欠けるってのは無理があるで。お前はひねくれてるだけで、普通にちゃんとしてる奴には優しいの俺が一番分かってるわ……その言葉に救われたで)


 口にこそしなかったが、シルバはアウルムの気遣いにいくらか心が軽くなる。


「潮風と磯の匂い……いよいよだな」


「お、もう到着か? 思ってたより長かったわ」


 肩をコキコキと鳴らすシルバと、伸びをするアウルム。


 その二人の眼前には大量の船が行き交う南の港湾大都市──ササルカの街が見えてきた。

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