3-6話 弔い
50話&20万文字突破です!
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アウルムとシルバはケンイチの家を出る。すると、家の前には心配そうな顔をするエルフたちと小熊族たちが居た。
シルバは唇を噛み、出来るだけ冷静にケンイチの死を伝える。
「ケンイチは……今さっき、永遠の眠りについた……最期は安らかに逝った……」
「ケンイチ……死んじゃったのだ?」
一人の小熊族がポツリとシルバに尋ねる。
「せや……でも皆のせいじゃないって、治らへん病気やったから気にしんといて欲しいって……それにありがとうって言ってたわ……」
「わーん! ケンイチィ〜ッ!」
「ケンイチ〜!」
小熊族はシルバの言葉を飲み込んで、ケンイチの家に駆け込む。
家の中からは小熊族たちの泣いた声が聞こえる。
「ありがとうなのだぁ〜!」
「ケンイチ今までありがとうなのだ〜!」
「もっと野菜食べてお話ししたかったのだ〜!」
それぞれに感謝と後悔の籠った別れの挨拶をする小熊族を見て、シルバの涙腺は決壊した。
「クッ……! こんな、こんな良い奴が……小熊族に慕われてる奴が死んでいいはずないのに……!」
ボロボロと涙をこぼし、拳を握りしめるシルバ。
そんなシルバの肩をアウルムは無言で叩く。
シルバはそれにハッとする。まだだ、まだ何も解決はしていない。
小熊族の危機は依然として迫っている。そこで深呼吸をして息を整えたシルバは声を張る。
「皆聞いてくれ! ケンイチは最期に俺にここを守ってくれって頼んできた! 俺はケンイチの意思を継いでここを守りたい!
今日会ったばっかりの俺やけど、どうか俺を信じて頼ってくれへんやろうかっ!?」
「グスッ……ここは今までケンイチが守ってきた土地なのだ……ケンイチがシルバに任せるって言ったならシルバを信じるのだ」
泣きながら、目を擦り上げ、一人に続いて皆が、うんうんと頭を動かす。
疑うということを知らない彼らは、素直にシルバの言葉を信じた。
いや、シルバというよりはシルバの口から出たケンイチの言葉を信じたのだろう。
シルバはより一層、信じてくれた小熊族に誠意を見せたいと感じる。
「でも、ケンイチくらいシルバは強いのだ? どうやってモンスターをやっつけるのだ? ずっとここに居てくれるのだ?」
「いや、俺らは旅しなあかんから、ずっとは無理や。でも守ることは出来る」
「……どうするのだ?」
「モンスターが入れんように結界を張る。俺の結界は最強やから絶対にモンスターは入れへんから安心してくれ!
まずは村の外側をぐるっと回る必要があるから案内して欲しい!」
「分かったのだ! 皆! シルバを案内するのだ! モンスターが次にいつ襲ってくるか分からないから急ぐのだ!」
小熊族は強かった。
村の安全を維持して愛していたケンイチが死んだすぐ後だと言うのに、メソメソと下を向いているだけではなく、すぐに村を守る為の行動に移ろうとして、顔を上げた。
「俺はケンイチを弔う準備をしておく。途中で襲撃が会ったら俺が狙撃するから安心しろ」
「ああ、任せたで相棒」
アウルムはシルバがちゃんと結界が張れるように、仕事を買って出る。
「結界を張るならこれを使えばいいんじゃないか?」
「これは……そうか、そうやな。これならケンイチも喜ぶやろ」
アウルムがシルバに差し出したのは、ケンイチが残した遺品。亡くなった仲間が使っていた武器などの形見だ。
譲り受けたが、こんなものは売るのも使うのも憚られる。
だが、この使い方なら問題ないだろう。これならケンイチも納得するはずだとシルバは優しく笑う。
***
「これで、よしっと……」
シルバは村の端の方へ行き、四方にケンイチの遺品である、ショートソードやナイフを地面にしっかりと突き刺す。
自分の守りたいという意志の強さ、地面への固定度合いにより、『不可侵の領域』の効果時間は長くなる。
シルバが中にいる場合はずっと持続するが、シルバが中にいない『不可侵の領域』は時間と共に消滅する。
いつも使う所持品をばら撒くインスタントな結界はあくまでインスタントであり、緊急のもの。効果は精々が1日程度で、切れる度に更新をする必要があった。
だが、『不可侵の領域』は自分の守りたい場所に侵入されない、害されない。安心出来る場所を確保したいというシルバの心から生まれた能力。
小熊族の防衛をケンイチから託され、小熊族にも認められて、『破れぬ誓約』までも自らに課したシルバの覚悟の強さにより、この結界は半永久的に持続する効果を生む。
拠点防衛を目的とした最強の結界を発動するユニークスキル、『不可侵の領域』が本来の効力を発揮する。
「ケンイチ、約束は死ぬまで守るからな」
最後の一つを地面に差し込み、結界は発動する。
「……皆、これでモンスターは絶対皆を襲って来れへんから安心して暮らせるで」
「これで本当に大丈夫なのだ?」
実感の湧かない小熊族は揃って首を横に傾ける。その可愛らしい仕草にシルバは心が浄化されるのを感じた。
「あっ! モンスターが来てるのだ!」
「大変なのだ! 皆クワと弓の準備なのだ!」
バタバタと慌てる小熊族をシルバは落ち着かせる。
「大丈夫や! 皆良く見てみ!」
空から飛来し、翼を折りたたんで槍のように突進する鳥型のモンスターはシルバの結界に弾かれて侵入することが出来ない。
再び、舞い上がり急降下しての突撃を試みるが何度やっても失敗に終わることで小熊族からはワッと歓声が上がる。
「あっ!」
一人の小熊族が空を指差した。
アウルムの放った氷の槍がモンスターの翼を貫き、バランスを崩したところに更に攻撃が繰り出されて絶命して、撃墜される。
結界の上にドスっと落ちたモンスターはガラスのテーブルに乗っているように腹を見せ、空中に浮いているようにも見える。
「そうか、倒したモンスターの死体は侵入許可しといた方がええんやな」
シルバは設定を変更した。するとモンスターは結界をすり抜けて地面に落ちる。
「内側からの攻撃は通るから、皆弓矢か遠距離魔法の練習したら、安全に倒せるようになるしな……皆肉って食べるんかな?」
「ボクたちは野菜と果物だけでも大丈夫だけど、お肉は食べられるのだ! ケンイチが狩りをした時だけ食べられるご馳走なのだ!」
「ケンイチはお肉が好きだったのだ!」
「ケンイチにお肉をお供え出来るのだ!」
こんな時でも、ケンイチが喜ぶ姿を想像する小熊族の優しさに再びシルバの目頭は熱くなり、鼻の奥がツンと痛くなる。
「せやな、ケンイチにお供えしような」
シルバたちはケンイチの話をしながら村の中心部に戻った。
***
「無事に結界が張れたようだな」
「ああ、丁度いいデモンストレーションも出来て皆安心やろ。それで、この後はどうするんや?」
アウルムがブドウを頬張りながらシルバを迎え入れた。
「小熊族特有の葬儀の手順があるのか聞いていた。焼いて遺骨を埋めるらしいが、皆はヒューマン式の弔い方があるなら教えて欲しいと言ってるんだが……多分ケンイチは小熊族と同じ方が嬉しいだろ?」
「そうやな……ケンイチは小熊族式の葬儀にしたろ。皆それでええか?」
シルバが小熊族に確認を取る。
小熊族は誇らしげに笑い、急いで葬儀の準備を始めるように動き出す。
「あっ……ケンイチはヒューマンはお墓に名前を刻むって言ってたのだ! ボクたちは文字が書けないからケンイチの名前を書いて欲しいのだ!」
「それがいいのだ!」
一人の小熊族の提案を皆が賛同したことで、ケンイチの名を墓に刻むことが決定した。
***
自然と共に生きる小熊族たちの葬儀はヒューマンのように大層な儀式がある訳でもなかったが、一人一人がケンイチの遺体に寄り添い、別れの言葉を告げる時間があった。
全員の挨拶が済んだ後、ケンイチの遺体はシルバの火魔法で火葬される。
布に包まれたケンイチの死体は赤い炎で包まれ、部分的に高温になった場所からは青い炎が揺らめき、まるで皆の悲しみを表す涙のようで美しい炎だった。
アウルムが土魔法で他の小熊族の墓地の近くに穴を掘り、遺体を乗せた板を小熊族が持ち上げて、穴に入れる。
皆泣きながらシャベルでケンイチの遺体に土をかけていく。
手伝ってくれて嬉しいが、これは自分たちでやりたいと小熊族が言ったのを尊重したからだ。
土魔法の方が早く済む。だが、これは気持ちの問題なのだ。自分たちでケンイチを弔い気持ちに区切りをつける。
葬儀とは残されたものが生きる為に死者と向き合う為の時間なのだ。
そこに効率は要らない。死者への敬意だけが必要なのだ。
一人一人が土を一回ずつ掬い、穴に落とす。
皆が列を作り順番に祈るその姿は、図らずしも日本式の葬式のお焼香のようにも見える。
彼らなりの行動がヒューマン──異世界の勇者ケンイチ、日本人式の葬儀と似た所作になる。
世界や時代、種族が違えど、愛された者へ残された者が送る敬意の形は似たものになるのかも知れないとシルバとアウルムは思う。
「終わったのだ、待ってくれてありがとうなのだ」
「「「「「ありがとうなのだ」」」」」
最後の一人がスコップを地面に置いて、お礼をして、それに続いて他の者も声を揃えてお礼をする。
「さあ! ボクたちがいつまでもメソメソしてたらケンイチが心配するのだ! 今日はモンスターの肉もあることだしご馳走を食べて元気を出してケンイチのことを喋るのだ!」
代表者の小熊族が右腕を力強く上げて宣言する。
小熊族たちによる宴会が開かれた。
「……あの、小熊族には他の勇者によって呪いを受けたということは話さないのですか?」
宴会の中、ラナエルはシルバとアウルムにこっそりと質問する。
シルバが結界を張っている間、アウルムは他のエルフたちに事情を説明していたのだが、葬儀の途中一度もその話が出なかったことを不思議に思ったようだ。
「彼らが復讐心を持つなんて、ケンイチは望んでないだろう」
「皆の心が汚れるような事は耳に入れたくない。それにここから出られん小熊族にそんな話してもなんの解決にもならん。勇者を恨む気持ちが出るだけで、悔しいだけや。
嘘……ではないけど、全てを知る必要はないと俺らは思ってる」
「ああ。知らない方が良いこともある。お前たちは勇者にされたことを理解しているから説明したが、彼らに言うつもりはないから、黙ってろ」
「分かりました……私たちに因縁がない他の勇者とは言え、彼らもまた被害者……なのですよね……」
ラナエルは顔を暗くして顔を下に向ける。
「でもな、ケンイチを殺したやつは俺が殺す。これは確定事項や。もちろん、追放者もヴァンダルも殺す。気にすんな……とは言えへんけど、皆も復讐に心を焼かれんといて欲しい。
別に復讐しても元には戻らんしな。仇を討つのは俺らに任して欲しい、それが俺らの仕事やねん。
皆はこういう被害が出来るだけ減らせるように出来ることをやって欲しい。人を殺す復讐じゃなくて、人が生きるように前向いてて欲しい」
「手を汚すのは俺たちだけで良い。というか、汚させるつもりもない。お前たちにどれだけ恨みがあろうと勇者は俺たちの手で殺す」
「分かっています、それが私たちと結んだ約束ですから……何も思うところがないわけではありませんが……自分たちがやるべきことをやりたいと思います。ね、皆?」
「そうですよ、私たちは商売でここの野菜を売ったら良いんでしょう?」
「この野菜があれば力のある商会としていくらでもツテは出来ますから任せてください!」
「お二人の能力があれば私たちの商売は成功したも同然です!」
「利益を上げまくりますよ!」
「なんならこの国の経済を支配してやりましょう!」
エルフたちは口々に自分たちに出来ることを頑張ると胸を張って宣言する。
「頼もしいな皆。ケンイチはホンマはここの野菜を色んな人が食べて美味い美味いっていう景色が見たかったんやって」
「産地は明かせないが、ケンイチの夢を叶えてやろうじゃないか」
「「「「「「はい!」」」」」」
エルフたちは元気よく返事をする。
村の真ん中で火を焚べながら夜を明かす。
小熊族は嬉しい時も悲しい時も踊るのだそうだ。大柄なアウルムとシルバも小熊族に誘われて可愛いダンスに参加させられる。
そこから少し離れたところに小熊族の墓地がある。
新たに加わったケンイチの墓にはこんもりと土が被せられ、大人一人くらいの立派な白い墓石が立てられていた。
その墓石は村の中心に向かって立てられており、そこにはシルバによってこう刻まれていた。
『小熊族の友 ケンイチ・クマイ ここに眠る』。
その墓石はずっと、小熊族たちを見守ったのだった。