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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
3章 ドゥユーワナダンス?
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3-5話 ケンイチ・クマイ


 どの家も入り口のドアは小熊族サイズに作られており、屈まなければ入ることが出来ないほど、小さいが、アウルムとシルバの案内された家は唯一、通常のサイズだった。


 これは恐らくケンイチ専用に作られたのだろう。人と小熊族両方がドアを開けられるように取手は二つ低い位置と高い位置に取り付けられており、そのデザインはエレベーターのボタンにも似ていた。


「よう……旅のお方、ようこそ小熊族の村へ……俺はケンイチ・クマイ、皆を助けてくれたんだって? すまねえな、俺がこんな身体なもんで皆が心配して頑張ってくれたんだけどよ……」


 ベッドに寝ながら身体を起こし話す男はケンイチ。


 どう見ても日本人の見た目をしていた。やはり、勇者だった。だが、ケンイチを見て二人が覚えた感想は、死にかけている。


 そうとしか言えないほど、声は枯れて細く、身体はもう殆ど骨と皮しか残っていないほどに痩せこけていた。


「俺はシルバ。いや、ただの通りすがりでやるべきことをやっだけやから、気にせんでええで。美味しい野菜ももらったしな」


「ああ、ここの野菜はめちゃくちゃ美味かっただろう? ……頼みがあるんだが、ここの事は……」


「秘密にしておいて欲しい。そうだろ? ここの野菜は異常だ。俺はアウルムだ」


 シルバが野菜の話を出すと、ケンイチは誇らしげに笑った後、真面目な顔をして話す。そこにアウルムが先回りしてケンイチの答えを引き出す。


 話に割って入るのは無作法と知っていながらも、少しでもケンイチの喋る負担を減らしたい。時間をかければかけるほど、ケンイチは疲れると判断してアウルムは単刀直入に話す。


「ここは……魔力が凄く満ちている……そういった場所は大概はダンジョンになるらしいが、どういう訳かならなかった……そんなとこで、ひっそり生活している善良な皆の存在が知られたら……殺されちまう……ここはそういう残酷なことがまかり通っちまう世界だ……」


 日本から高校生としていきなり、こんな世界に召喚されて命をかけた生活を強いられる。


 簡単に人は死ぬし殺される。街の店だって、愛想良く会話していると思ったら平気な顔でぼったくってくる。それが悪いことだとすら思っていない。


 物を落としても返ってこない。当然のように盗まれる。落としてもなくても盗むスリだってゴロゴロいる。困っているから、助けてくれと言われてそこに注意を向けている間に盗もうなんてする奴もいる。


 悪いことをしても言い訳をして正当化する。


 世界三大ウザい国なんて、呼ばれるエジプト、インド、モロッコの現地の人間に接触すると、ある観点で言えば親切であり、お人好しでもある日本人は心がやさぐれるであろう。


 だが、この世界の平民の民度や倫理観はそれ以下だ。


 アウルムやシルバは日本人にしては、かなり攻撃的な性格をしている方と言えるだろう。だが、実際はそれくらい攻撃的かつ、舐められること、イコール死である。


 それくらい現代日本人からすれば、極端なマインドでいなければ、面倒なことが起こる。クズが近付いてくるというのが現実だ。


 露天の食べ物を盗んだ子供が立てないくらいに店主にボコボコにされる。日本ならば、やり過ぎとされる。だが、この世界では当然の処罰。店主のステータスに犯罪は追加されない。


 そのレベルの暴力と理不尽が罷り通る世界。


 ケンイチが小熊族を秘密にして欲しがる理由。ほんの僅かな時間でも小熊族と接したアウルムとシルバには分かる。


 彼らはここ以外では到底生きていけない。


「皆は良いやつだ……良いやつ過ぎる……俺みたいなクズとは違う……だから辛い思いなんてして欲しくない……だから、どうか……彼らを助けたあなたたちの善意に縋るが……どうか、秘密にして欲しい」


 ケンイチは、もう水分も殆ど抜けているのであろう涙すら出ない身体で日本人らしく頭を下げてお願いする。


 アウルムとシルバが日本出身でなくても、誠意をもってお願いをしているというのは伝わる仕草だった。


「ケンイチさん、頭上げてくれ。俺らはクマさんに危害加えるようなことするつもりないから。でもなあ、それって何の解決にもならへんで?」


「ああ、俺たちが何もしなくとも、あんたは明らかに死にかけだ。今回の件だって村を守る為に武器と薬を買いに慣れないことをしようとした結果だったと聞いている。あんたが死ねば……残酷だが、直に彼らはモンスターに襲われるだろう。一体何の病気なんだ? 治せるものか?」


「ああ分かってるよそのことは……でも悔しいことに何も出来ないのが現実だ。

 それに病気……とは少し違うんだこれは……。俺は実は勇者でよ、まあ顔を見たら人種が違うから分かるとは思うが……異世界からやってきた。勇者にはユニークスキルと言って、この世界に存在する魔法よりも強力なスキルがある……とある他の勇者に攻撃を喰らってこのザマさ」


 ケンイチは力無く笑う。


「……仲間にやられたのか?」


 アウルムの質問には意図があった。


「勇者って言っても全員仲良しこよしとはいかねえんだ……違う世界から来た人間で勇者ってことで一括りにされるが……生まれも性格も全然違う平和な国で育った人間が、いきなり魔王退治しろなんて言われて正常でいられるわけがない……まあ、イカレちまったんだろうな……そいつを止めようとして、日に日に具合が悪くなる呪いをかけられた……この呪いはアイツを殺さないと消えないらしいが時間切れだ。今ここに現れても戦えるコンディションじゃない……忠告しとくぜ、この先出会うかも知れんが……奴には近づくな……」


 やはり、勇者同士も一枚岩ではなく殺し合いに近いことが発生している。何らかの因縁があったのなら、そいつの情報をケンイチは持っている。


 アウルムの読み通りであった。元から邪悪なものもいるが、この世界やユニークスキル、魔法の存在が彼らをおかしくさせていた。


「どんなやつなんや……? ケンイチをこんな目に合わせたんは……」


「タクマ……タクマ・キデモン。腹立つことにこいつにも俺と同じ、小熊族と同じクマが入ってやがる。俺は最初から最後までクマに縁があったんだろうなあ……だが本名はもう名乗っていないだろう……他の勇者もそうだが、貴族でもない限り、この世界では二つ名が普通なんだろ? 少し前に風の噂で聞いたが、復讐代行なんて後ろ暗い仕事をしてる奴が『KT』と呼ばれているらしい……多分だが、KTがタクマだ……近づくなよ? 因みに俺は『優しき 調教師(テイマー)』だ……動物やモンスターに好かれるユニークスキルなんだが、これじゃあ俺が小熊族を調教したみたいで聞こえが悪いよなあ……」


 ケンイチが咳き込みながら自嘲するが、アウルムとシルバは笑えなかった。


『KT』その名はブラックリストの15番目に記された名前に他ならないのだから。


「じゃあ治せないのか……『原初の実』でも」


「なんだ、あれが原初の実って知ってて秘密にしてくれるのか……? まあ、……その通りだ。これは病気ではあるが、病気にするユニークスキルの効果でこうなってるからな……いくら実を食っても無駄だ……それでもこの地の野菜や果物を食べて少しは元気が出たんだから嘘じゃあないぜ……」


「市場に出す訳にもいかんからな……だが、彼らにはその話はしてないのか?」


「というか……治らない病気って概念がないんだ、こんな場所で暮らしてるからな……分からないんだよ。どのみち武器は皆でなんとか用意するしかないから街には俺がいくら止めたところで行くだろうな……というか、それしか手がない……なあ、厚かましい頼みだがここで出会ったのも何かの縁だ……皆を守ってくれないか……Aランク冒険者なら……」


 鑑定でステータスを確認したことを許して欲しいと謝りながらケンイチは二人に頼み込む。


 ケンイチから見えるステータスはアウルムとシルバが、勇者に見られても問題のないAランク冒険者として、不自然のない表向きのステータスだ。


 一方、アウルムとシルバにはケンイチのステータスが見えない。だからこそ、彼の状態が分からないでいる。


「無理だ。俺たちは俺たちで理由があり旅をしている。助けたのも偶然だったし、ここに留まることは出来ない」


「ああ、分かってるさ……ダメ元でも口にして頼んでみるってことは大事だからな……善意にすがって勝手に何かしてくれるなんて甘い考えじゃねえよ……」


「ここに留まるのは無理やが……解決の方法はある」


「シルバ、お前まさか……」


 アウルムはシルバの考えが読めた。


「本当……なのか……? ここに留まらずにモンスターの駆除するなんて……一体どうやって……」


「それは言えん。討伐方法は俺の能力に関係するから秘匿させてもらう……それも、ケンイチが死んだ後にや。──ただ、今までここを守ってきたケンイチに筋通す為に一応聞くで? 俺にここのこと任せてくれるなら、俺はここも、約束も守るって『誓う』」


「自分で頼んでおいて……なんだが、何故だ……そこまでする義理はないはずだ……」


 義理はない。義務もない。だが、シルバは小熊族を守りたいと思った。


 心の荒むこの世界と生活で、ほんの少しだけ残っている善意の結晶とも言える彼らが失われて欲しくない。言葉を介するすべての生き物に嫌気がさすほど、この世界を嫌いになりたくない。


 何となく、言葉には言い表せなかったが、希望のようなものを残しておきたいと感じた。


 それに、原初の実はこの先の戦いで必要になることもあるだろう。


 自分たちの命綱としても、維持しておく必要がある。


 特に回復能力のないアウルムと別行動している時に必要なはずだ。


 自分の知らないところでリペーターとの死闘をしていたアウルムに対しての負目もあった。


 シルバが『誓う』という言葉を発した以上、その重みはアウルムは承知している。アウルムにとっても、小熊族の善性は尊いものだし、この場所の価値も考慮して放置するというのも現実的ではないと思っていたが、まさかシルバがそこまで重い決断をするとは思っておらず、動揺していた。


「対価として、野菜と原初の実はもらうで。野菜は俺らの商売に使わせてもらうから、必要な量を卸してもらう。生産元は明かすことはないけど、金儲けやコネには使う。それで文句ないな?」


「それは、俺と小熊族の契約と殆ど同じだ……一応皆にもその事は話を通して欲しいが了承するだろう……皆は農作業が得意だが、戦闘はからきしだからな……。

 契約と言っても、俺が助けてお礼に収穫物を食わしてくれるっていう、ただのギブアンドテイクなんだがな……種族的に力あるものに従い、自分たちに出来る範囲でお礼をして生きるのが小熊族……らしい……」


 どこまでも良いやつだよ、本当に……と、ケンイチはこれまでの辛い経験を思い出しながら、しみじみと言葉を漏らした。


「ああ、なんだか後のことの心配をしなくて良いと思うと眠くなってきたな……」


 ケンイチはまぶたを重そうにして、精一杯の力で眠ることに抵抗する。


「そこに戸棚があるだろ……? 俺の荷物と日記が入っている……まあ、何の役にも立たんがケンイチ・クマイのこの世界での感想がちょっぴりと書かれてるから暇な時にでも読んでくれや……皆は文字が読めないから、もし良かったら読み聞かせてやってくれ……暇な時でいいからよ……っと、いけないな、他にも危険な勇者の忠告くらいはしておきたいんだが……眠くていけねえ……でも、皆との出会いくらいは知っておいて欲しい……」


「それより……いや、続けてくれ……」


 アウルムは口を開いて、ケンイチの様子を見てから話すのを中断した。


 そうして、ケンイチは『KT』との戦いの後、どうやってこの村に来たのかの昔話をし始めた。


 カイト・ナオイのパーティ、ナオイソードが異世界に召喚されてから2年と少し経って魔王を倒した。


 魔王討伐に向けてそれぞれ活動していた勇者たちはその役目を終えて自由の身となった。


 そんな頃、魔王を倒した勇者という身分は問題行動を起こす一部の人間を増長させた。ケンイチはそんな問題を起こす勇者、タクマ・キデモンを止めるために戦ったが、仲間は相棒を残し全滅。


 仲間を失ったショックで、相棒とも疎遠になり、今はどこにいるのかすら分からないと言う。


 一人の身で失意の中、アテもなく放浪していた先で行き倒れた。


 たまたま、ここの近くで倒れた時に小熊族に発見され食べ物を分けてもらったことから今の共生が始まったという。


 それまでは魔王が大量の魔力を地脈から引き込んでいたことで、原初の実は実っておらず、細々と農作業をしている程度だったが。

 魔王が倒されたことで魔力が多く流れた結果、モンスターが狙いに来るようになった矢先のケンイチとの出会いだったと。


 行き場を失ったケンイチと、戦う術のない小熊族。


 利害の一致した者同士による生活が成立した。


 彼らの屈託のない心の美しさに癒されて、新しい生活にも慣れてきた。そんな時だった。


 後から呪いをかけられていることを知った時には手遅れになっており、症状は日に日に悪くなっていたが、これまでは騙し騙しなんとかやっていた。


 1ヶ月ほど前から、とうとう身体の自由も効かなくなり、森でテイムした鳥のモンスターに守りを任せていたが、それも他のモンスターに殺されて、いよいよ守りに問題が出てきた。


 小熊族たちも自分たちで身を守る必要に駆られて、農具を手に取ったが、何人もの犠牲者が出た。


 原初の実で怪我はすぐに治るので、誰も死んではいないが、それも時間の問題だ。


 ついに、慣れない街に出て、ケンイチを治す薬と武器を用意しようということになったのだと、先ほど聞いたとケンイチは言う。


 ケンイチは何も出来ない。だから、やめろとも言えない。


 外に出るのは小熊族には危険過ぎるが、外に出ないまま、この生活を続けるのも危険。


 もうどうにもならないと絶望しかけていた時、アウルムとシルバが助けてくれたとの報告を聞いて、まだ人を信じられることに心が少し救われたと語ることにはケンイチは絞り出された最後の一滴の涙が頬を伝っていた。


「二人は……相棒なんだろ……? 相棒を大切にしろよ? 俺は今でもあの別れ方を後悔してる……ああ、最期にあいつに会いてえなあ……名前もちょっと似ててよ? お似合いのコンビだとか言われてんだ……最期に一言喋りたかった……最悪な世界だが、あいつと、仲間との冒険の時間はそれでも、かけがえ無いものだった……タクマぶっ殺してやりてえが……無理だな……死んだら呪い返してやるよ……化けて出たらどんだけたまげるんだろうな……そう思うと愉快だ……」


「そいつなら俺が殺したるわ」


「馬鹿……やめとけ……冒険者が敵う相手じゃねえんだ勇者ってのは、勇者の俺が言うんだから聞いとけ、な……? お前が死んだら相棒が悲しむからよ……仲間は大切に…………しろ……すまねえ……ケン……」


「心配するな、こいつは馬鹿な真似しないように俺が見張っておくからもう……寝てろ……」


「そうか……もう、さっきから眠くて仕方ないんだ……客の前で悪いが寝させてもらう……か…………」


 ケンイチはゆっくりとまぶたを落とした。


「……ええ夢見れることを願ってるで……」


 シルバはケンイチに優しく別れの言葉を告げる。


「……逝ったか」


 アウルムの『解析する者』から、ケンイチのバイタルは消えており、死亡を確認した。


「安心して逝けたんやから良かったと思うわ。でも勝手に約束してすまんかったな、聞きたいことも色々あったやろ?」


「ケンイチから聞きたいことは山のようにあった……だが、ケンイチの話は聞くべき話であったとも思う……まあ、何かしらしてやろうとは思っていたが……『不可侵の領域』をここに張るつもりだろ? 流石にそこまでするとは思ってなかったが」


「俺の能力は本来は拠点防衛に使うもんやから、効果の持続も範囲も、俺が俺の縄張りやと強く認識する必要がある。クマさんもここは俺が守る。勝手な話やが、俺が守りたいと思った……それじゃ、あかんか?」


「いや、やりたいようにしたら良い。ここにはそれだけの価値があると思う。俺もここが気に入ってる」


「クマさんへの反応は微妙やったけど、やっぱりアレやろ? 居たよなあ、一人だけパンダさんが。お前パンダ好きやなあ? そうやろ? パンダさんが守りたいんやろ?」


「…………原初の実や野菜の利用価値について話してるんだよ。まあ、そうだな……確かにパンダは好きだが……」


「相棒の為に、深くは追求せんといたるわ。ケンイチの遺言やしな」


「勝手に言ってろ」

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