3-4話 原初の実
「おい、お前らさっきケンイチとか薬とか武器とか言ってたな?」
「ク・マ・さ・んッ!」
「……クマさん、事情を話してくれないか? 悪いが街に入ったら似たようなことになると思うぞ」
小熊族に話を聞こうとするも、シルバの圧に負けて不本意ながらクマさんなどと、やや気恥ずかしい言い方を強いられるアウルムだった。
「ボクたちはケンイチが病気だからお薬を買いに行かなくちゃならないのだ!」
「そうなのだ! ケンイチが畑を守ってくれたけど病気で戦えないからボクたちで野菜を狙うモンスターをやっつけないといけないのだ!」
「ケンイチがボクたちの作る野菜はお金が貰えるほど美味しいって言ってたのだ! 元気になるって言ってたのだ! ……でもケンイチ野菜食べても元気にならないのだ……」
「何となく事情は見えてきたな」
小熊族の話から得た情報を統合すると、ケンイチ──恐らく勇者の男が、小熊族の住む場所に滞在して用心棒のようなことをしていたのだろう。
小熊族は野菜を栽培しておりそれが美味しい。ケンイチがお金取れるぞなんて事を言ったのを覚えていて、野菜食うくらいでは治らない病気だから、その野菜を売って薬とモンスターを倒す為の武器を買いに街までやってきたということだろう。
「な、なんて優しいクマさんたちなんや……!」
「え、泣いてんのかお前……?」
シルバは目頭を熱くさせ、天を仰ぎ、声が震えていた。
「なあ……俺たちならモンスターを倒せるし、薬も用意出来るかも知れん、お前……クマさんたちの住むところに連れて行ってくれないか?」
「本当なのだ!?」
「ケンイチの病気治るかも知れないのだ!?」
「約束は出来ないが、どういう病気か分からないとどういう薬買えば良いかも分からんだろうし……クマさんたちは物の売り買い、商売したことあるのか? なかったら騙されるだけだぞ?」
と言いながらも、あまりにも純粋な小熊族の心につけこんで、勇者の確認をしようとしているのだから、流石のアウルムでも胸がチクリと痛んだ。
これは、シルバの言う『筋が通っていない』ということに抵触している気がする。
「おい、クマさんが信用してるんやから悪い勇者じゃないと思うで。それに病気なんやろ? そんなやつを殺すの俺は気が引けるわ。悲しい顔するクマさん見たら俺はお前を許せへんかもしれん」
「分かった分かった、よっぽどの悪人じゃない限り何もしないし、何なら助けてやる。お礼はこいつらの野菜をもらう。それでいいだろ?」
「適正なレートで野菜をもらうんやぞ? ボッタくるのは許さんからな?」
「お前どっちの味方なんだよ」
「今はもうクマさんサイド寄りやわ」
「……はあ、そうかよ」
小熊族に肩入れを始めているシルバの説得は完全に諦めて、一度小熊族の住む場所に案内してもらう運びとなった。
「あのアウルム様が『クマさん』って……」
「笑っちゃダメよ、ヨフィエル……ぷぷっ……」
「そういうマキエルだって笑ってるじゃないの」
「おい、聞こえてるぞお前ら」
「「ッ!?」」
マキエルとヨフィエルは小さな声でアウルムの可愛らしい様子を見て笑っていたが、睨まれて顔を青くする。
「童話の世界に入ったみたいやな、最高や」
小熊族に囲まれて、街道から外れた獣道のような場所をズンズンと進んでいく。ギリギリ馬車が通れる幅だったが、森が深くなるとこれ以上は進めないだろう。
小熊族に気付かれないように馬車をアイテムボックスに入れて、馬だけ引き連れる。
馬車を置いてきたと言えば納得する小熊族。普通ならば荷物を放置するなどあり得ないのだが、純粋で世間知らずの彼らはそのことを疑問にも思わなかった。
***
「ここがボクたちの里なのだ!」
小熊族に連れられた場所は、隠れ里という表現がピッタリだった。
まず、普通に歩いていても見つけられないような、入り組んだ道や洞窟を越えて、周囲を大きく切り立った崖に囲まれている。
そして花々が咲き区画によって違う野菜が栽培される立派な畑があった。
「うわ〜綺麗な場所やな〜! あっ、家が小さくて可愛い!」
「野菜を作るのに崖で出来た影が都合悪いんじゃないかここは?」
「もうちょっと風景を楽しんだらどうや?」
「楽しむよりも先に疑問が湧くと言うか……不自然さを感じるんだが」
キョロキョロとしながら風景を楽しむシルバとは対照的に、アウルムは地面を触ったりと落ち着かない。
「クマさん、真昼以外は随分と影がさして野菜が育ちにくそうだが、何故こんなに立派な野菜がたくさん育っている?」
「ここは魔力の溜まり場だから地面に栄養がいっぱいってケンイチが言ってたのだ」
「だから栄養いっぱいの野菜を狙ってモンスターが襲ってくるのだ」
小熊族の一人は空を指差す。その先にはグルグルと空中を旋回する鳥型のモンスターの影が見える。
「そうか、空からならこの柵を張っても意味がないし、空をカバーすると太陽が完全に遮断される……襲ってきたやつを追い払うしか方法がないんだな」
「難儀してはるんやな〜」
空を見上げるアウルムとシルバたちの前に別の小熊族が近づいてくる。
「話は聞いたのだ、仲間を助けてくれてありがとうなのだ! お礼に野菜食べて欲しいのだ。あっ!果実もあるのだ! 外では果実は珍しいって聞いたのだ!
これはここでしか食べられない特別な果実ってケンイチが言ってたからあげるのだ。これは丁度今の時期しか食べられないのだ」
「ええんかクマさん!? これは……レモン?」
シルバの手のひらにちょこんと果実が乗せられる。見たことのない果実なので、シルバはジッと見つめる。
それは拳ほどの大きさで、全体が鮮やかな綺麗な黄色の果実だった。
「レモンと梨に似ているが、これはどちらかと言うとマルメロだな」
「マルメロ? 聞いたことないな?」
「聖書に出てくる禁断の果実ってリンゴだというイメージがあるが、あれは翻訳の際の言葉遊び、または誤解という説があってだな、当時の植生から言うとマルメロが禁断の果実の描写に該当するって話だ」
「つまりこれが本当の禁断の果実……」
鑑定には確かに『原初の実』と表示されている。
「これ食べたら覚醒するとかないよな?」
「『解析する者』による詳しい鑑定だと、『これを食べるとあらゆる怪我と病気はたちまち治り、寿命が伸びる。太古の人々はこれが薬代わりとなっていたが、現在では絶滅危惧種であり、市場に流通した場合値段はつけられない』とされてるな」
「重い! クマさんのお礼が重過ぎる! これ秘宝どころのレベルじゃないやろ!?」
シルバは手に持っている原初の実の扱いが慎重になり、恐る恐る両手で握りしめた。
「あの〜、その話が本当ならばこれはエゼキバイトゥスの実なのではないでしょうか……?」
ラナエルが顔面を蒼白にさせながら話に入ってくる。
「なんだそれは?」
アウルムが聞くとラナエルはエゼキバイトゥスというお伽話の人物にまつまるエピソードを教えてくれた。
日本人による勇者が召喚される以前の話で、伝説上の存在がドラゴンと戦って、死にかけた時に偶然その実を食べて怪我を治してドラゴンを倒したという。
話の中では光り輝く実だったらしいが、原初の実は別に発光はしていない。ツルリとした表面が光の加減で発光しているようにも見えるがそれは反射でしかない。
「これ一つで一生遊んで暮らせると思います……その、別に今は怪我してないんですし食べなくてもいいですよね?」
「いや……クマさんがくれるって言うんやからこの場で食べるのが礼儀やろ。取っとくとかそういうセコイことはしたらあかんと思うで?」
「そ、そんな……」
「寿命が伸びるも何も我々エルフは元々長命なのに……」
「もったいない……!」
商人としての血が騒ぐのか、エルフたちは口にしようとしない。
「食べたくないのだ?」
原初の実を持ってきた小熊族は目をウルウルとさせ、気に入ってもらえなかったのかと悲しそうに眉を下げた。
「食べろ! 皆今すぐ食べろ!」
その気持ちを察したシルバが慌てて皆に食べることを促した。
「………うんまぁ〜〜〜〜〜〜いっ!」
一口かぶりついたシルバは大声で叫ぶ。
「なんだこれは……あらゆる果物の甘み、香りが混ざっていてそれで味がケンカしていない。まるで最高級のミックスジュースを口に含んだ時のような爽やかさにミルクのようなクリーミーさまで……しかも皮まで柔らかくまるでグミのような口当たりのいい弾力……」
「長い長い! グルメ漫画ちゃうねんからそんなん要らんねん! 美味いって言えや!」
「美味い……恐ろしいほどにな」
「気に入ってもらって良かったのだ!」
ムシャムシャと原初の実を食べる自分たちを見て小熊族たちは満足そうに笑う。
「野菜も生で食べられるくらい甘くて美味しから食べてみて欲しいのだ!」
「うんうん食べる食べる!」
「生か……」
そう言われてアウルムは日本のテレビ番組を思い出す。農家のところへ行き、芸能人が畑の収穫を形式的に手伝ったフリをして収穫物をもらう。
そして農家は生でも美味しいので食べてくださいと言い、芸能人は生でいけるんですか!? と見え透いたリアクションをする。
そりゃ、食えるだろうが、全く調理をせずに生のままで全然いけますねって、嘘つくんじゃねえよ。調理した方が美味いに決まってるだろ。
逆に人類の技術、『料理』を舐めてるだろ。ドレッシングかマヨネーズとかがあって初めて美味いなって分かるだろ。
しかも褒め方が甘い、瑞々しいくらいしか出ないじゃねえか、無理してんだろ芸能人。
どう考えても農家たちも自分たちの作ったものを贔屓目に見てるだろ。
生とか良いから美味しい調理法とか料理を教えてくれよ。と、テレビを眺めていたことを思い出す。
「おい、アウルムまさかとは思うけど……生は嫌とか言わんやろうな? テレビ見て言うてたの覚えてるけど」
「わざわざ生で食う必要が……こんなの善意の押し付──」
「食べろ。それ以上言うな、食べろ。そして食べたら言うことはもう決まってる。分かってるな?」
「チッ……食えば良いんだろ、食えば」
アウルムはシルバの最早小熊族の狂信者となった目つきに気圧されて、トマトをジッと見てからかじる。
(この国はヨーロッパっぽい人種や文化が見受けられるが、トマトはヨーロッパには元々無かった。元の世界とおおよそ同じなら、別の大陸から輸入したということになるが、この大陸には存在していたのか?
原初の実はファンタジー果実として、品種改良もされていないトマトが美味いはずがない。どうせ、多少甘くとも野菜特有の青臭さや苦味があるだろう……が…………?)
「これ、本当にトマトか?」
アウルムはギョッとして口にしたトマトを二度見する。
確かにトマトの味がした。誰が食べてもこれはトマトだと言うだろう。しかし、それはアウルムの知るトマトではなかった。
トマトの美味しい部分が濃厚に圧縮され、それでいて野菜特有の邪魔な部分が一切ない。
「甘い、それになんて瑞々しいんだ……ハッ……!?」
軽蔑していた芸能人のような感想が思わずこぼれてしまう。
「美味すぎる! クマさん美味過ぎるで! ああ、これにモッツァレラ合わせてカプレーゼにしたら最高やろうなあ、それをつまみにキンキンに冷えたビール……あかん、昼間から酒飲みたくなってきた!」
「この品質の野菜を商売の知識がない小熊族さんたちが街に卸そうとしてたと思うと、血の気が引きますね。パニックになりますよ……あの場で止められて正解だったような気がします」
「確かに、これは美味しすぎるわね」
「これを王都の最高の腕を持つ料理人が使用したらとんでもない料理が出来そうです」
「王族が買い占めるでしょう……これは……」
商人のエルフたちにとっても、それほど衝撃的なクオリティだったようだ。
「もっと食べてもいいのだ、野菜はいっぱいあるのだ」
「良いのか? ……いや、それよりも……ケンイチってやつに合わせて欲しい」
本来の目的を忘れかけるほどの原初の実と野菜のインパクトだったが、そこである一つの疑問が浮かぶ。
あらゆる病気を治す、原初の実は当然ケンイチと呼ばれる人物は食べているはず。
であるにも関わらず、病気は治っていない。その為に小熊族はこの場から出て薬を買おうとしていた。
ならば、『ケンイチの病気』とは一体なんなのか?
そんな病気があるのであれば、確認をしておく必要がある。
「あのさ、近付いて大丈夫か? 感染せんか?」
「ああ、そういえばそうだな」
ケンイチのいる場所に案内してもらおうとしていたがシルバが心配をするのも、もっともだ。
例えば黒死病。中世に猛威を奮い、現代医学においても高い致死率を誇る考えられる中でも最悪レベルの感染症。
そんなものに罹患している人物に近づくべきではない。
「ケンイチの病気は移ったりしない病気だから大丈夫なのだ。ボクたちはよく分からないけど、えいず? っていう病気に似てるジュジュツって病気のせいだって言ってたのだ」
「「……」」
「えいず? 知らない病気ですね」
エルフたちは聞いたことある? と互いに顔を見合わせるがアウルムとシルバの表情は硬くなった。
今すぐの危険はないだろうが、将来的な脅威を察したからだ。