3-3話 小熊族
キラドの街を出て2日、次なる目的地を目指して馬車に揺られていた一行。
単調な田舎の風景が続く旅路は退屈させるのに十分なものだった。
「あ〜っと……? え〜、サナエル! 多分、知らんけど!」
「いや、サナエルと言った時の反応からしてマキエルだな」
「シルバ様仲間を知らんけどとは酷いんじゃないんですか? アウルム様、反応から推測するのではなく顔を覚えてください!」
「ち、違うねん! 俺の故郷では確証がなくて責任取りたくない時に最後に知らんけどってつける文化があるねん!」
ラナエルに悲しそうな顔をさせる馬車の中でエルフたちの顔を当てるゲームをしていた。
こんな経験はないだろうか?
テレビで見知らぬKPOPアイドルが音楽番組でパフォーマンスしている際に全員が同じ顔に見えるという現象。
アウルムとシルバはまさに今、その状況に陥っている。
布を被り、顔だけを露出させたエルフの名前を当てるというゲームをしながら、顔を覚えさせられている。
「そもそも、名前も似ていてややこしいんだよ。ソフィエルとヨフィエル、ラナエルとサラエル、リリエル、マキエルくらいだろちょっと違いがあるの」
鑑定なしで名前を当てる、というよりも人の顔と名前をそもそも覚えることが苦手なアウルムが首を横に振る。
「全然顔が違うじゃないですか!」
「ラナエルはまだいいよ……一人だけ覚えられてるし」
「確かにね」
二人のエルフがラナエルに嫉妬のこもった心中を吐露する。なお、アウルムとシルバは今誰が嫉妬していたのか分かっていない。
そもそも、エルフというのはヒューマン種からすると、顔が非常に整っている上、顔つき自体がやや異なり、どの人種とも言えないような特徴がある。
この顔が『整っている』という点が非常に厄介で、整っているが故に個々の特徴が拾いにくく、エルフ的な顔だなという認識に終始してしまう。
ましてや、髪型や服装などの情報を排除された状態では、推理するのにとっかかりがない。
エルフ歴2週間の名前を鑑定でカンニングしていた男たちには到底無理な話だった。
少し前に、シルバが名前を呼ぶ際、顔ではないところを見ながら会話していたことに気付かれて、名前をちゃんと覚えていないことが発覚。
これはエルフたち的にショックなことだったようで、急遽、名前当てクイズをさせられていた。
「……もう、いっそ語尾に名前を入れたらどうだ? 例えばヨフィエルがお礼を言う時はありがとうヨフィ〜……みたいに」
「アウルム様酷過ぎます! そんなの間抜けではありませんか! 何故ヒューマンはエルフの違いが分からないのですか!? 全然違うと思うのですが!?」
「今怒ってるのはヨフィエルか? ちゃんと語尾にヨフィをつけてもらわないと」
「確定事項にしないでください!」
「ラナエルは皆のまとめ役で……あ〜特徴もあるから覚えやすいとして、他の皆の好きなこととか、見分けるコツみたいなん教えて欲しいな〜」
「シルバ様、それは胸の大きさの話ですよね? 話す時に胸の大きさで判断されたら私泣きますよ?」
「ごめんて、しゃーないやんでも……改めて自己紹介とかしてくれる? で、自己紹介した本人を他の皆が客観的な特徴とか教えてくれると助かるわ」
「それは良いアイデアだな」
***
1時間以上に及ぶ、エルフたちの熱いプレゼンが繰り広げられ、なんとか特徴を抽出出来た。
その内容は以下の通りとなる。
ラナエル
・最年長のまとめ役で胸が大きい
・目が緑色
・唯一多少の戦闘能力がある
・計算が得意
ソフィエル
・普段はポニーテールにしている
・目が暗い赤みがかった茶色
・一番優しい
・馬の扱いが得意
リリエル
・普段は髪をお団子にしている
・目の色が青みがかった緑
・冗談を言うことが多い
・値段交渉が得意
マキエル
・一番髪が短く、髪留めをしている
・目の色が紫
・照れ屋
・綺麗な字を書くことと歌が得意
ヨフィエル
・髪が少し癖毛でウェーブがかかっている
・目の色が灰色
・ツッコミが多い
・服の見立てが得意
サラエル
・髪が長く複雑な編み込みをしている
・目の色が黄色
・可愛いものが好き
・商品の目利きが得意
「では、問題です……これは誰?」
ラナエルが復習の為に問題を出した。
「えー、目が灰色やからマキ……」
「待て、マキエルは紫のはずだ……リリエルだな」
「あーっ! そうかっ! ミスったな!」
「お二人とも……残念ですがヨフィエルです……」
エルフたちのさっきまでの努力は一体なんだったのかと、ガクリと肩を落とす姿が見えた。
「いや、結局顔だけ出されたら、目の色で判断するしかなくなるだろ。まだ覚えきれてないんだよ。慣れたら顔の違いだって分かるはずだ」
「せやな、時間の問題やって……だからそんな怒った顔しんといてくれ。ちゃんと二人きりで話す機会があったら覚えるから。あっ、そうや名札つけるとかどうや?」
「それ鑑定で済むし変わらないだろ」
「そうか〜……」
アウルムとシルバが顔と名前を一致させるのはまだ先のこととなりそうだった。
***
「ラナエルあれを見て!」
「ソフィエル馬車を止めてくれる?」
御者をしていたソフィエルが道を指差して声を上げた。
その先を確認したラナエルが馬車を停止させる。
「モンスターか?」
シルバが御者台の方に顔を出す。旅の道中、モンスターと遭遇しては掃討するのが良い暇つぶしになっていた。
「ではないと思うのですが、この足跡をみてください」
「ん〜? アウルムちょっと来てや!」
シルバはピョンと馬車から降りて地面に刻まれた複数の足跡を見る。
見たことのない足跡だ。二足歩行ではあるが、明らかにヒューマン種とは違う。獣人にしても随分と小柄なもので、見たことのないモンスターの集団の可能性がある。
そう判断してアウルムを呼んだ。
「なんだこれは、見たことがない足跡だが……まだ新しいな、クマか? ウンコとか落ちてたらもう少し情報も拾えるが……」
「お前すぐウンコ探すのやめーや。ほじくり返したりすんの、マジでキモいから……にしても子供サイズやろ? モンスターかな?」
「だとしたら問題だぞ、複数の足跡が街に向かってるんだからな。二足歩行型は大抵知能が高い。小さくとも街に入り込んだら厄介だぞ」
「俺らの目的地やし、どの道行かなあかんよな……急いで追跡や!」
馬車を走らせて30分程で遠くに街の城壁が見えてくる。
そしてその手前に人影が見えてきた。遠目ではあるが見た限り冒険者がモンスター? に襲撃されているように見える。
「アウルム、手助けにいこうや」
「まあ……恩を売っておくのもいいか」
馬車を降りて先行する二人は予想外のものを目にした。
「キメェ〜モンスターの癖に喋りやがる!」
「こいつら金も持ってるぞ!」
「離すのだ!ボクたちはモンスターじゃないのだ!」
「その野菜を取らないで欲しいのだ! それはケンイチのお薬と武器を買うのに必要なのだ!」
ガラの悪い冒険者たちが、ぬいぐるみにしか見えない子供ほどの大きさしかない喋るクマと言い争っていた。
「な、なんだあれは……!?」
「可愛過ぎるやろ!?」
この世界に来てからファンタジーを感じさせる出来事は沢山あったが、アウルムとシルバにとっても衝撃的なものだった。
アウルムは目を見開き信じられないものを見ていると驚き、シルバは心臓を抑えて可愛さに身悶える。
「小熊族……? 獣人の一種なのか?」
獣人、この世界に存在する動物的な特徴を色濃く反映させた二足歩行で人語を使う生き物。
アウルム、シルバ、そして勇者などのヒューマン種。
ラナエルたちエルフやドワーフなどの妖精種。
妖精種といえど、この世界には本当に妖精が存在しており、ヒューマン種が中途半端に間違った名付けをしたのが現在まで残り続けている。
厳密にはそれぞれの種族ごとに呼ぶ方が正しい。
そして、獣人、またはビーストと呼ばれる種類。
耳や尻尾だけ動物的であるものもいれば、顔が元の動物そのものの獣人もおり、特に多様性のある種族と言える。
シャイナ王国にも獣人はそこそこおり、冒険者としても珍しくはない。
だが、まるで見たことのないそのファンシーな見た目に思考が停止していた。
「ああっ!」
「大事なお野菜がっ!?」
巾着を背中に乗せてパンパンに詰めていた野菜が冒険者たちによって地面に落とされた。
小熊族たちは慌てて野菜を拾い集めて懸命にそれを守ろうとする。
「お前ら弱い者イジメはやめんかい!」
「あのバカ……」
シルバはそれを見ていても立ってもおられず、飛び出したところをアウルムが仕方なく追う。
「はあ? 誰だお前? 俺たち冒険者がモンスター退治して持ち物拾うのは合法だっつーの!」
「そうだ、引っ込んでろ! 冒険者の獲物の横取りは行儀が悪いぜ!」
冒険者はいきなり現れたシルバに気を悪くして武器を手に取った。
「お前ら、俺とやり合うつもりか? 武器抜いたなぁ? 殺されても良いってことやんなぁっ!?」
「シルバ落ち着け」
「落ち着いてられるかぁ! 可愛いクマさんイジメてる上に俺に剣向けてるんやぞぉ!」
(こいつが可愛いものに目がないの忘れてた……女好きとは違うベクトルの執着見せるから説得は難しいな……)
身長が190センチを超える大柄のイカつい見た目の男がクマさんを守ると言い出す。転生前からそういう可愛い系のグッズを集める癖のあったシルバを止めるのは付き合うの長いアウルムであっても不可能だ。
「たった二人でやろうってのか? テメェガタイは良いが女みたいな仲間しか居ねえんじゃ俺たち5人相手に勝てると思ってんのかよ? なーにがクマさんだよ、馬鹿じゃねえか?」
「「……ぶっ殺す!」」
アウルムとシルバの怒りに反応し、冒険者たちは一斉に攻撃を仕掛けようとする。
「路面凍結!」
アウルムは地面を凍結させて、行動の自由を奪う。
「風刃!」
シルバは風魔法で作り出した刃を撃ち放つことで冒険者の手足を切断する。
「ぐああああっ!」
「足があっ!?」
「手ぇ!? 俺の手が取れちまったああ!」
「いでぇ……いでぇよおっ!」
「チクショー強えなんて聞いてないぞぉ……!」
冒険者たちは倒れ込み、失った手足を押さえて泣き叫ぶ。
「す、すごいのだ……」
小熊族はその様子を見て足を振るわせながら呆然と立ち尽くしていた。
「こいつらどうやらPKだな。鑑定でも、殺人、強盗、強姦と犯罪者まがいの冒険者……いや、冒険者崩れてってところか」
「じゃあ殺していいよな? 正当防衛やろ?」
「ああ、穴を掘っておくから燃やしておいてくれ……」
「了解!」
「や、やめろ……うわあああ!」
断末魔を最後まで聞くことなくシルバは冒険者たちの胸に剣を突きつけて殺す。
アウルムが街道から少し逸れた場所に掘った穴に乱暴に投げ込み火魔法で燃やす。
燃えたことを確認したら証拠隠滅の為にアウルムが埋める。
「あっ! それはボクたちの野菜なのだ!」
「別に取ったりしねえよ! 拾ってやってんだよ」
「アウルム! クマさんには優しく! 怯えてるやろ!」
「優しくしてんだろうが! 怯えてんのはお前が殺して燃やしたからだろ!」
散らばった野菜を拾ってやろうとすると、小熊族は慌てて野菜が盗まれると思い必死で野菜を守ろうとした。
それを見たシルバが目を三角にしてアウルムを叱りつける。
「あの〜これは一体……」
「何っ!? あの可愛らしい生き物は!?」
「あ〜可愛いものが好きな……サラエルまでシルバみたいになって……」
サラエルは胸を抑えて顔を赤くし、小熊族の可愛さに今にも気絶しそうになっている。
「なんか、冒険者にこいつらが襲われてたから助けてやったんだよ……それよりも……」
「ふー、お片付け完了! 俺も野菜集めるの手伝うわ!」
小熊族は近づくシルバにビクッと身体を震わせて警戒する。
「そんな……クマさん……?」
自分に怯える姿を見たシルバはショックを受けて立ち止まる。
「み、皆を代表して助けてくれたお礼をするのだ……ありがとうなのだ……」
「クマさあああん!」
「ぐわっ! 苦しいのだ! やめるのだー!」
「シルバ、お前のステータスじゃマジでそいつ潰れちまうぞ」
怖がりながらもお礼を言った小熊族に抱きついたシルバはハッとしてすぐに離れる。
「ところで……お前らさっきケンイチとか言うやつがどうこうって言ってたな?」
「ッ!」
アウルムの言葉にシルバも反応する。
小熊族の一人が発した『ケンイチ』……それはこの世界では聞い慣れない、日本人らしい名前だった。