2-22話 勇者旅立ち後編
「排泄音が消えるということは何かあった際に助けを呼ぶ声も消えるはずだから、危ないし無駄な出費だろ。どうせ長い旅の中でそういう場面に何度も出くわして慣れて使わなくなるくらいなら、最初から使わない方が合理的だと思うがな……」
「馬鹿っ! ニノマエ余計なことをっ……!」
「「「……」」」
「サイテー……」
「それは流石にキモいんだけど?」
「合理的とかそういうことじゃなくて……分かんないかな〜」
(あ〜ほら、こうなるって分かるだろ余計なこと言いやがって、思ってても口に出すなよ……)
カイトはニノマエの発言に肝を冷やす。
ニノマエの合理的という考えから発せられる言葉。しかしそれはパーティの関係性を潤滑にすることで結果的に多少の出費で上手く収まるなら安いものだという共感性の欠如したものだと、合理性を追求するならその方が最終的に合理的な事が何故分からないのだと、他のメンバーも眉をしかめた。
合理的、というよりも頭でっかちなだけだと誰も指摘しないあたりが、このパーティの人間の出来たところである、とニノマエは理解していなかった。
「俺は事実を述べただけだが? 感情よりも理屈で考えないとこの先生きていけないと思うがな」
「ニノマエ……お前もう黙ってた方が良いって、女子を敵に回すな」
「思ったことをハッキリと言い合わないと良いパーティにはならんと思うが……」
こいつとやっていくのは、やっぱり難しそうだとニノマエ以外のメンバーは顔を見合わせる。
「さて、話のその辺にして次は皆さんで実践してもらうことになりますよ。集中してください」
「「「「「はいっ!」」」」」
騎士の呼びかけにカイトたちは返事をして初めてのモンスター討伐に挑んだ。
***
2週間後、過酷なチュートリアルを終え他の生徒たちも新人冒険者に毛が生えた頃、カイト率いるパーティ『ナオイソード』は頭角を表し始めた。
カイトの抜きん出た戦闘向きユニークスキル、『剣の頂』が猛威を振るい、彼を基準としてバランスの取れた構成により、最速で最深部階層のボスの討伐に成功する。
このボスクリアを持ってして迷宮都市での戦闘研修が終了し、旅の支度金を国王より渡された後、来る魔王との戦いに備えて経験を積む為各地へ修行の旅となる。
「まずはボス攻略お疲れ様だな」
『ナオイソード』の面々はカイトの部屋に集まり、打ち上げを兼ねた会議を行う。
ダンジョンに初めて入ってから毎日のようにこうして集まり会議を積み重ねてきた。
「ま、初心者向けのボスは思ってたより大したことなくて拍子抜けだったな。これからどんどん難しくなると思うが、楽しみだ」
ニノマエは呑気にそういうが、他のメンバーとのテンションの違いに気がついていなかった。
「ニノマエ……あ〜元々俺たちは仮のパーティメンバーで、この研修までのお試し参加という話だったのは覚えているな?」
「あ、あ〜そういやそうだったな。今ではすっかり馴染んだから忘れてたな」
「……済まないが、ニノマエ、お前の正式参加は認めない。これは他のメンバーの総意でもある」
やや、こわばった顔つきでカイトはニノマエにきっぱりと考えを伝える。
「えっ? ……はっ!? えっ、えっ……ど、どういうこと……? 今後は皆と冒険出来ないってことか? はは、なんだよ、なんの冗談だよ?」
「冗談じゃない。別にお前が弱いとは思わない。だが、他の皆はお前と合わないと感じている。嫌いだとか、そういうのではなく、元々仲の良いメンバーで俺たちにはニノマエには見えない信頼の積み重ねがある。
命を預ける仲間としては、その信頼が大事だと俺たちは考えている。
やはり、俺たちの内輪の会話が出た時にニノマエに気を遣ってしまうし、距離感も感じる。そういう積み重ねが、やはり連携にも出ているとこの2週間で如実に感じられた」
これでもカイトはかなり言葉を選んだ。出来るだけニノマエのプライドを刺激せず、本人を否定しないように、あくまでチームプレイすることに相性的な問題があると。
仕方のない、お前のよく言う合理的な判断だと、理解して欲しいと諭すように説得した。
「……ッざけんなよ!? 今まで俺のユニークスキル重宝してたくせにお払い箱かよ!? 利用するだけしやがって! このっ……裏切り者どもがっ!」
「いや、お互いの能力はお互いに重宝してたしパーティメンバーなんだから利用するのは当然で別に裏切ったとかじゃなくてだな……」
椅子から勢いよく立ち上がり、椅子はその反動で床に倒れるのも気にせずニノマエは激昂する。
「つーか、元々そういう約束だったろ? お前が頼んできたから、受け入れてお前の振る舞いを見て、やっぱり入れないって判断は別に裏切りでもなく、約束通りだろ?」
「お前は黙ってろ! ハーフの癖にまともに英語も出来ないエセ外人がっ!」
「は〜……カイトもヤヒコも優しめに言ってあげてたけど今のが確定的じゃね?」
シズクはため息をついて、エリを見た。
「うん、カナデの言う通り。私たちも我慢してたけど、ニノマエ君と喋ると疲れるって言うのが正直なところ。ヤヒコや私たちの外見イジリとかコミュニケーションのつもり?
普通に嫌な気持ちになること多いし、このまま仲間としてやっていくのは無理ね。側から見てても、明らかにシズクにモーションかけて嫌がってるのに、気付かず空気悪くしてたのもシンドイよ」
「大体初対面でいきなり下の名前呼びとか、色々おかしくね? イジリだってウチらの関係値あるから出来ることで、同じようにやるの違うって分かるじゃん、普通は」
女子たちの、カナデとエリの忖度なしの本音によるダメ出しはカイトとヤヒコも思わずエグいなとニノマエにやや同情するほどであったが、指摘は事実であり、自分たちも不快に感じていたので、否定することはなく、ただ沈黙を貫いた。
「……普通、普通って、普通ってなんだよ!? どう定義して何をもってして普通なんだよ、俺はダメでお前らは良いってそんなの……ただの差別だろ!? なあ、シズク、お前はどうなんだよ、さっきから黙ってるけどお前も同じ意見なのか!? ハッキリ言ったらどうだ!?」
「……この場で、普通という言葉の定義について議論しようとしている時点で、ズレてると思う。自覚ないのかは分からないけど、セクハラ発言もあったし、さっきのヤヒコへの明確な差別発言も見過ごせない。
私たちを内心見下しているように感じるリスペクトのない人とは組めない、組みたくない。これが私の考え。普段は物静かだからって何も感じてないとでも思った?
あなたと会話するのは疲れるからこれ以上話したくない」
「は? マジで何なんだよお前ら……そ、そうか俺のユニークスキルの凄さに嫉妬して、ポテンシャルに恐怖したんだな!?
人は自分に理解の及ばないレベルの違う存在を恐れるからな……! バカと性格のブスのとんだ外れ連中だな!」
「だからそれだって、今だって俺たちを馬鹿にした発言してんの自分で分かんねえか? カイト、お前からもハッキリ言ってやれよ?」
「ニノマエ……別にお前と争うつもりはなかったが……出来れば穏便に決別したかったが……今手にかけようとしてる剣を抜いた瞬間、俺は皆を守る為に殺す。
俺とお前の実力差は分かってるな? ハッタリでもないぞ、これは。
これだけ丁寧に説明してやって、俺たちは俺たちの筋を通して、約束通りの手順でパーティ参加を拒否した。別に差別でもズルでもない。そんなことも分からない愚か者にはハッキリと言うしかないが、改めて言わせてもらう。
お前をパーティには入れない。
……だが、ここで俺とやり合うほどではないと信じたい。
他に気の合う仲間を見つけるなりしてくれ。俺たちはお前と今後関わるつもりはない。
分かったらその手を引っ込めて今すぐ部屋から出ていけ」
カイトは怒りのあまり間違いを起こしかねないニノマエを睨みつける。
その気迫は仲間であるヤヒコたちも固唾を飲むほどの圧があった。
ここまでカイトが怒っているのは見たことがない。何もなく終わってくれとただ祈るのみだった。
「……まさか、俺が追放系の主人公になるとはな……あいつらの気持ちが今分かったよ、まあ、お前らみたいな恩知らずの厚顔無恥に敢えて言わせてもらうか……後になって俺に戻ってきてくれと頼んだって『もう遅い』からな?」
ニノマエは呆れ果て、愛想を尽かしたと言いたげにわざとらしく肩を落として部屋を出ていく。
「は……?」
カイトはニノマエの出て行った扉を見つめてポカンとしていた。
「あいつ、マジで何言ってんの?」
エリも、困惑した末発言する。
「なんかブツブツ独り言言ってたけどキモ過ぎ」
カナデは露骨に不快感を示した。
「自分を主人公と思ってるのかな、認知が歪んでるんだと思う」
シズクは冷静にニノマエの心理状態を分析する。
「やっぱ、追い出して正解っしょ。全然話通じてないっつーか、まあカイトとやり合うことなくてホッとしたけどよ」
ヤヒコも間違った判断ではなかったとため息を吐いた。
***
他の生徒たちに先んじて王都に戻り、冒険の身支度をしている時だった、ニノマエが姿を消したとの報告が入る。
千代ノ門高校の勇者が一人失踪したというのは、王宮内では思いの外大した騒ぎにはならなかった。
ドロップアウトする人間も想定のうちということだ。
「まさか俺が追放されるなんてな……まあ、ある意味主人公ルートってわけだ、異世界で他の生徒たちとの関係を断ち俺は楽しく異世界生活を楽しませてもらうよ。
あいつらみたいなバカどもと関わるなんて時間の無駄だ。
別に俺一人だって強くなれるからな、この俺のユニークスキルさえあれば楽勝だ。
まずは冒険者登録して、チートでもするか? それとも奴隷でも助けるか……やることは色々あるな、ふふふ……楽しくなってきた。
俺みたいなやつはこうでなくっちゃな。
タイトルは『ニノマエレイトのゼロから始める異世界生活』ってとこかな……」
ニノマエはそう呟いて王都を出た。
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