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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
2章 ヒートオブザモーメント
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2-21話勇者旅立ち前編

 

 いよいよ、カイトたちは迷宮都市の初心者向けダンジョン、通称『洞穴』に挑戦することとなる。


 全10階層からなり、最深部のボスモンスターの攻略を目指しながら戦闘経験とレベリングを目的としている。


 今回は国の指令ということもあり勇者たちによる貸切で攻略が行われる。500人近い生徒及び教師が参加する大所帯となり、パーティごとにダンジョンに入る時間がズラされている。


 カイトたちのパーティは第一陣の参加になる。


「それにしても戦闘職が多過ぎやしねえか?」


「多分だが、口減しの意味もあると思うな。使えないスキルのやつは早めに淘汰される想定じゃないか?」


 ヤヒコの疑問にニノマエが答える。明確に後方支援向きのユニークスキルでないものは戦闘職に割り振られていることから、一つの仮説を提唱する。


「考えてもみろ、勇者といえどこんな人数を国の貴賓扱いなんて戦時下の今はキツイはずだ。だから敢えて使えないやつは早めに戦ってもらい死んでもらう。弱肉強食、適者生存、そういう魂胆だと思うぞ。ようは少数精鋭にしようってことだ」


「ニノマエ……かも知れないが今それ言うかね、テンション下がるって」


「そうか? 実力主義の方が分かりやすくて、頑張っただけ評価されるって考えるとやる気になれるけどな。コネや見た目、出身なんて考慮されないんだから公平だろ?」


「そんな単純なもんかねえ」


「ああ、この世界はシンプルだよ。だから気に入ってる」


「ニノマエ、やる気があるのは良いが俺たちはパーティだ、一人だけ功を焦って先行するなよ? お前はどちらかと言うと支援職なんだからな」


「……まあ、最初はな。俺のユニークスキルならすぐに戦闘職になれるから、任せてくれ。大丈夫か? カナデ顔色が悪いぞ?」


「う、うん……」


 ニノマエは顔色の優れないカナデを心配する。


「よしっ、行くかっ!」


 カイトの号令と共にダンジョンへ入る。


 ***


「ナオイ殿、ここからは我々が手本を見せるので、それを見学しその後指示に従いながら戦闘を行ってください。まずはモンスターを殺すということに慣れる必要があります」


「分かりました。皆聞いたな? 固まって邪魔にならないようにしながら戦い方を勉強するんだ!」


「「「おう!」」」


 騎士に同行し、ダンジョンに入る。ジットリと湿った空気の洞穴は、壁面が光る苔に覆われておりある程度視界が確保出来るが、それでもやや心もとない暗さがある。


 暗闇、それは人間の根源的な恐怖であり、本能的に危険を伝える。


 初心者向けと言えど、一歩ダンジョンに入ると緊張感がドッと湧き上がりパーティの身体に余計な力が入る。


 エリとカナデは心細さからカイトの装備しているマントをギュッと掴んだ。


「魔法使いのいるパーティでは光魔法で光源を確保、またはマジックアイテムや光の魔石を使用します」


「火は使ったらダメなんすか?」


 腰にナイフを装備し、弓矢を手に持つヤヒコは騎士に質問する。


「窒息しちまうだろ?」


「俺、騎士さんに聞いたんだけど……」


「ニノマエ殿の仰ってることは半分正解です。ダンジョンの中でも広いところや風通りのいいところでは問題ありません。今回のダンジョンは比較的狭く、後陣もいますので、魔石を使い光源を確保します」


「なるほどな……でもこちらだけ明るかったら格好の的じゃないか?」


「ニノマエ殿は勉強熱心ですね……それはパーティメンバーの能力によって光源を手に持つのか、進路に向かって光源を魔法や魔石を投げるのか、変わってきます。今回は一番基本的な魔石による光源を使い、不意の襲撃に警戒する目的もあるので」


「確かに基本は大事だよな──ひっ!? ……なんだ、虫か」


「おいおい虫くらいでニノマエビビり過ぎじゃね?」


「初心者なんだぞ!? 一歩油断したら死ぬんだから警戒するのは大事だろうが!」


 ヤヒコに指摘されて顔を赤くしたニノマエが食い下がる。


「お前らまだモンスターにも会ってないのに喧嘩するなよ……ダンジョンにはモンスター以外の虫なんかもいるんですね?」


「ナオイ殿、良い着眼点です。ダンジョンというのはモンスターが発生し、モンスターが生存することに適していますがダンジョンに侵入するのは我々人間と同じように自由です。

 虫には入場料金や税を請求出来ませんから入っても誰も止めませんな! あ、勇者様方はダンジョンは無料なので、慣れればどんどん挑戦して頂きたいものですハハハ!」


 今後が楽しみですと騎士が軽快に笑う。


「モンスターがダンジョンから出てくることはないんですね?」


「可能ではありますが、出てくることは滅多にありません。ごくたまに溢れることもありますが、冒険者が常に間引きしていますので。そうでないと、ドロップ品もダンジョンから持ち出せません」


「質問の答えになってなくないか?」


 騎士の微妙にそれた回答にニノマエは眉をしかめる。


「まあまあ、出てこない理由って言うのは何かあるんですか?」


「正直なところ分かりません。魔力が満ちているのでわざわざ濃度の低い狩りのしにくい場所に移動する必要がないのだろうとか、学者は説を唱えていますが……」


「まだ未知な部分があるってのは良いな。日本じゃ凄い発見だと思ったことは大抵何も分からなかった時代に先に発見出来た。昔ならなんだって大発見だ。

 科学の知識や実験のノウハウがある俺たちなら凄い研究が出来るかも知れないぞ」


「俺たちは魔王を倒さなくちゃならないんだからそんな暇ないだろ?」


 ニノマエはワクワクした表情で呟くがカイトが指摘する。


「何言ってんだよカイト。モンスターやこの世界の謎を探ることで結果的に魔王の弱点や攻略法だって見えてくるかも知れないだろ?」


「俺はそういう抜け道みたいなの探すよりはコツコツ強くなった方が最終的にはちゃんと強くなると思う派だな。行き詰まったところで初めてそういうことに意識を向けた方が良いんじゃないか? 足元が疎かになると思うぞ」


「そんなの効率悪いって! 攻略法を調べて効率良く成長しないと時間も労力も有限なのに無駄だろ? 本当にゲーマーなのか? 確かファイナルダンジョンズ得意なんだよな? 俺も結構やってるんだがランキングどのくらいだよ、俺は上位10%には入ってるけど?」


「一応全国で8位だけど……」


「はっ!? 8位って剣士のnightKだろ……ナオイカイトを文字ったのか……」


 ニノマエはカイトのランキングを聞き驚きの声を上げる。


「ってことはカイトの方がゲーマーとしては正しいのか?」


「これはゲームじゃないんだからそう単純じゃねーよ」


「いや、ゲーム持ち出したのお前だろ?」


 ヤヒコの質問にニノマエは機嫌を悪くして答えた。


「だから喧嘩すんなって。ニノマエの言ってることも正しいと思うし、人によってプレイスタイルは違うからな。俺はそういった攻略法を探るのも基本的なキャラクターコントロールや技術があって成立すると思ってるから経験をとにかくる積みたい派ってだけで、死んだら終わりの世界なんだからニノマエみたいに慎重になるのも一理ある」


「皆さん、私語はその辺にして……ゴブリンがいます!」


 騎士の一人がゴブリンの集団を発見する。会話でリラックスしていたところで急に緊張が走り、カイトたちも武器を構える。


 汚れた薄い緑の皮膚に、醜い顔つき、手に棍棒を持ち針金のように硬そうな体毛が光で照らされている。


「うげっ、キモっ……」


 人に近い姿であり、決定的に人とは違う生き物。


 スフィンクスという毛のない猫を不気味に思う人もいるが、顔が猫な分まだ可愛らしさがある。しかしゴブリンは可愛らしさというものがまるでなく、それでいて人間らしさのあるモンスターだ。


 始めて目にする者からすれば、気持ち悪いと思うのが当然の見た目をしていた。


 まるでCGの『不気味の谷現象』のように、『何かが違う』という人間の顔の微細な違いに敏感に進化した感覚が恐怖を呼ぶ。


「こいつらは単独では子供が武器を持ったようなものですが、数がいると危険です。刃物を持っている個体もいるので注意してください!」


 騎士たちは陣形を作りながら、ゴブリンの説明をする。


「強いゴブリンだと弓や魔法を使ってくる個体もいます。一階層なら素手か棍棒、珍しくて錆びた剣といったところでしょう。

 着実に一人一人囲みながら倒すことを意識すればさほど危険な相手ではありません」


 騎士の振り下ろす剣でゴブリンは血を撒き散らしながら絶命する。


「うげぇ……グロいな」


 ヤヒコは顔をひくつかせる。女子たちは顔を青くしていたが、吐くまでには至らなかった。


「うっぷ……」


「大丈夫かニノマエ……ダンジョンで吐く時のルールとかありますか?」


「いえ、特には……掃除屋のスライムが食べますが、通路に吐くのは後陣に迷惑がかかるので出来るだけ端の方にお願いしたいです」


「だってよ、吐くなら端っこでな」


「ウォロロロロロッ!」


 ニノマエは通路の影に駆け寄り、一気に嘔吐する。


「下世話な話ですが、ダンジョン内ではトイレがありません。ですので、ある種一番危険な時間でもあります。

 用を足す際は一人一順番に行い、陣形を保ちながら安全を確保する必要があります。

 そういう理由もあって女性冒険者が少ないのです。理由の一部に過ぎませんが……」


「これ、割と深刻な話じゃね? 男子たちの前でトイレするのってキツイんだけど?」


 シズクが女子たちの意見を代表して発言する。


「俺たちだって女子の前でウンコすんのは嫌だっての」


「いや、それはダンジョン入る前に済ませとくべきっしょ? ……ウチらが心配してんのは小さい方に決まってんじゃん?」


「俺は最悪の事態を想定してんだよ! 事前に済ませたって生理現象は思う通りにいかないことだってあるんだからな!」


「ヤヒコは腹が弱いからな、お前が使った後のトイレはダンジョンより危険だ」


「カイトてんめぇ! うっせー!」


 ヤヒコはカイトに揶揄われて肩をバシッと叩いた。


「安全地帯のようなものはないんですか? ゲームならセーブゾーン、セーフティルームみたいなのがあったが……」


「おや、ニノマエ殿はご存知でしたか? 安全地帯はダンジョンによって異なりますが確かにあります。

 冒険者はそこで休憩や仮眠、食事をとりますね。よっぽど緊急でなければ用を足すのは安全地帯に穴を掘って、ということが多いかと」


「トイレ用のスコップが必要だな」


 カイトはゲームには出てこない、現実ならではの必要な物資が他にも出てきそうだと、顎に手を当てて考える。


「土魔法とか水魔法で、なんとかしたらどうだ? 俺たちはアイテムボックスが10キロまでなら容量があるんだし各自持ち帰ってもいい」


「役に立たないウンコで貴重なアイテムボックスを圧迫するのは勿体無いだろ? 魔法も魔力の無駄遣いな気がする。よっほど余裕が出てくればアリかも知れないが、魔法で解決しなくても良い問題は魔法に頼らない方が良いと思う……ヤヒコなんてアイテムボックスがウンコでパンパンになる時があるかも知れないしな」


「10キロのウンコするわけねえだろうが!」


 ニノマエの提案をカイトはやんわりと却下する。魔力が貴重な現在の実力では、極力魔力の消費は避けたいという考えに対し、ニノマエはせっかくの魔法やアイテムボックスを使わないのは勿体ないという考えだ。


「取り敢えず男子はウチらがトイレの時は近づかないし、絶対に見ないし聞かないことね!」


「それでどうやって守るんだよ!? 騎士さん、男女混合のパーティではこういう時なんか良い解決法とかあるんすか!?」


「……音を消すマジックアイテムというのが盗聴防止用であるのですが、そういうものを使うか、目隠しのような簡易のテントを張るとか対策はあるのですが、慣れてくるとそういうのは結局邪魔であったり危険なので、なくなってしまうのですよね。

 女性の方には申し訳ないのですが、騎士団に入った時女性騎士が最初に教わるのが『女を捨てるか、命を捨てるか』という言葉があるくらいですから、恥じらい自体が危険なのです」


「カイト、絶対買おうねテントとマジックアイテム」


「カナデ……エリもか……安全重視で行きたいんだが仕方ないよなあ」


 パーティのリーダーとして決断を迫られるカイトは頭を抱える。本当は無駄遣いだと思うが、装備品やポーションを買う方がいいのだが、ここで女子たちを敵に回すのはヤバいということは分かる。


 答えが決まりきった提案もとい命令と、他の男子メンバーとの不公平感のバランスを取ることに頭痛がしていた。

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