2-20話 勇者召喚
202X年4月7日、桜が散る時期と重なり、春、芽吹の季節、新学期、新生活という言葉がぴったりと感じる空気が漂う中、千代ノ門高校の入学式が執り行われる。
入学式ということをあり、全生徒、全教師が体育館に集い、総勢659人が式に参加した。
「は〜あ、春休み短過ぎるんだよな……」
「カイト、ま〜た夜遅くまでゲームしてたの?」
「エリ、仕方ないだろ丁度春のイベントがやってんだから」
欠伸をして気だるげに愚痴をこぼす、あどけない顔をした青年、カイトに、幼馴染の美少女エリが話しかける。
「カイト、エリ、喋ってたら怒られるよ……」
「シズクは真面目だなあ、分かったよ」
カイトとエリの後ろに座るクラスメイトの繊細そうな少女シズクが二人の私語を嗜める。
生徒会長である、フセ ヒカルが新入生の歓迎の挨拶をする。合間合間に挟むジョークで新入生の緊張を解き、笑いを起こして体育館にはリラックスした雰囲気が流れる。
「流石会長だな、あの人が会長辞めた時、次の会長はプレッシャーだろうな。あんな喋りが上手くてカリスマ性のある人と比べられるんだからさ……」
カイトはヒカルの中学の後輩であり、中学の時もまた、彼は生徒会長をやっていた。よって、生徒会長イコール、フセ ヒカルという構図が頭の中にある。
「次の選挙は2年生の私たちが会長になるんだし、カイト立候補してみたら? あんただってカリスマ性あるよ?」
「勘弁してくれよエリ、俺は人の上に立つようなタイプじゃないって。次から次へと新しいゲームに手を出すただのゲーマーなんだぞ?」
「でもネットでパーティのリーダーみたいなのやってるんでしょ?」
「あれはゲームの中の話であって現実とはまるで別だって。ごっちゃにするなんてヤバイだろ」
「へー、遅刻しそうな時にドラゴンに乗れば間に合うとか言ってたのに現実との区別はついてるんだ」
「あ、あれは寝ぼけてただけだろ!?」
「カイト、エリ……」
「「あっ……」」
シズクが声をかけるも、担任の先生がカイトとエリを睨んでいた。
「シズク注意するなら、もうちょっと早く言ってよ!」
「私はさっき注意したよ……」
「エリ、シズクは悪くないってお喋りしてた俺たちが悪いんだから」
「シズクごめん……」
「前向いてて。私まで怒られる」
「はーい」
***
入学式が終わり、レクリエーションを兼ねたホームルームが行われる。
一人一人、やや強張った顔つきで自己紹介をしていく。
ここでウケを狙いに行く者もいるが、カイトは至って普通の挨拶に留める。
「ナオイ カイトです。えーと、何言えば良いんだっけ? あ、部活は帰宅部で趣味はゲームです」
「まーた趣味はゲームか、最近のやつはゲームばっかりだな? このクラスの担任として心配だな」
「考え方が古いっすよ〜先生っ!」
「今時ゲームが趣味ってそんな変なことじゃないと思いますよ?」
「そ、そうか……? いや、先生的にはどうにもなあ……」
担任のマツウラが生徒たちの反論を受け、腕を組みながら唸る。
「っと……話が逸れたな、えー次はイチ……じゃなくてニノマエか」
漢数字の『一』と書き、ニノマエと読む珍しい苗字の生徒の名前を呼ぶ。
「ニノマエ……そんなやついた?」
そんな珍しい名前なら、噂で一年の時に耳にしそうなものだが、聞いたことがないなとカイトは斜め後の席のカナデに質問する。
「去年同じクラスだったけど会ったことはないよ。確か、一年の時は事故で入院してたんじゃないかな?」
「へ〜、大変だな」
カイトは椅子を少し後方へ倒して、腕を組み、教卓の前に立つニノマエを見た。
「初めまして! ニノマエ レイトって言います。漢数字の一でニノマエ、数字の零に十で、レイトです。覚えやすいでしょ?
去年は交通事故で入院してたので実質皆さんの後輩みたいなものなのでお手柔らかにお願いします。あっ、勉強は入院中にしてたので、なんとか2年生になれました!」
「皆、ニノマエは学校に慣れてないから困ってることがあったら助けてやってくれ」
「事故してた割に元気だな」
「元気だから学校に来たんだと思うけど」
「それもそうか」
シズクの指摘は真っ当なもので、カイトも納得する。
ニノマエは見た目は普通だった。どこにも事故の傷跡はないし、顔も注目の人物になれるほど整っているわけでも、笑われるほどブサイクでもない。
名前と事故で学校に来ていなかったこと以外はこれと言って変わった特徴もなく、趣味もゲームや漫画、小説と、今時の高校生としては至って普通だった。
すぐに興味を失ったカイトはシズクに声をかける。
「学校終わったらヤヒコたちとドーナツ屋でもいかね?」
「いいね、エリとカナデも誘うの?」
「まあイツメンだからな」
「ナオイ〜、今は博多の自己紹介聞いとけ〜」
「すんません〜!」
担任のマツウラに叱られて、周囲からは笑いが起きる。ナオイ カイトとはその小柄で明るい性格からこの学年におけるある種のマスコットのように扱われている。
なお、一番注目も集めているのは美少女たちに囲まれている主人公気質なところにあるのだが、本人はそれに気がついていない。
***
「さて、自己紹介も終わっ──!?」
突如、本当に何の前触れも無かった。
校舎が大きく揺れる。やや思考が停止した間、全員がボーッとしていた。
その後地震と認識した生徒たちは声を上げる。
「皆机の下に頭を置いてっ! 扉側の生徒は扉を開けて置いてくれ!」
マツウラが指示を飛ばす。
一斉に机の下に滑り込み、足を掴んで揺れが収まるのを待つ。
ガタガタと教室は音を鳴らす。
おかしい、地震ならどんなに大きくても止まる瞬間が来るはずなのに……。
誰もがそんな疑問を持ち始める。
この地震はどこか、普通ではない!
得体の知れない振動が波のように生徒たちに広がる。
「全校生徒は至急グラウンドに避難してください! これは訓練ではありません!」
スピーカーから焦りを帯びた声で校内放送がされる。
このままだと、校舎ごと倒壊する、潰されると感じた生徒は我先にと廊下に走り出す。
「お前ら! まずは列を作って……走るんじゃない!」
「そんな悠長なこと言ってられませんよ!」
「俺もっ!」
数人の生徒が発端となった。
パニック。そう表現するしかないほど、教室の扉には自分だけでも助かろうと必死の生徒たちが雪崩れ込み渋滞する。
「エリっ! 大丈夫かっ!」
「う、うん……足を挫いちゃって……」
「俺が背負うから乗れっ! シズクもいるな!?」
「う、うん……立ってるのがやっとだけど……」
以前として揺れ続ける校舎は、運動が得意ではないカナデに歩行すら難しく感じられるものだった。
加えて、エリはこのパニックのせいで怪我をしている。
皆に遅れてカイトたちは慌てて教室を出てグラウンドへ向かう。
「ツクモさん、だよね? 良かったら肩貸そうか? 運動苦手なの?」
「えっ、ニノマエ君……? う、ううん大丈夫だから」
壁にもたれてバランスを取るシズクにニノマエが声をかけるが、断られてしまい差し出した手の行き場を失ったニノマエは気まずそうにする。
「ニノマエ俺たちは良いからお前だけでも先に避難してろ!」
「カイト! 大丈夫かっ!」
「ヤヒコ! カナデのサポートしてやってくれ!」
「まっかされた!」
クラスの違うカイトの親友、ヤヒコとその後ろにカナデが近付いてくる。
何とか、遅れながらもグラウンドに避難する頃には殆どの生徒、及び教職員が避難を完了していた。
「どうなってんだ……」
ザワザワと不安のこもった会話が聞こえる。
全員がグラウンドに出て気がつく、この異常事態。
校舎の敷地を囲むように薄い白の光が立ち上り、敷地より外に見える住宅や電線は全く揺れていない。
学校だけが激しく振動していることに混乱していた。
「皆、離れるなよ!?」
「うん!」
カイトの掛け声に返事をした時──視界が光に覆われて真っ白になった。
***
「ッ!? どこだ!?」
光が消えたと思ったら先ほどの茶色いグラウンドとはまるで違う風景が目に入る。
「「「ようこそ、おいで下さいました勇者様方!」」」
仰々しい男たちの大きな声で揃った挨拶をされる。
そこはホールのように広い空間だった。床は白い大理石のようにツルリとした質感。天井を見上げると太陽が真上から光を差し込み、目が眩む。
男たちの見慣れない顔立ち。まるでハリウッド映画のセットの中にいるようだ。
「何これドッキリ!?」
「プロジェクションマッピングってやつ? CG!? すっげっ!」
生徒たちは思い思いの感想を口走る。
「ドッキリだったら良いんだがな……」
カイトは仕組みの分からない床の発光した線を見つめる。
(どう見ても魔法陣だろこれ……)
ゲームをしているとよく目にするエフェクトから、そして勇者様方というセリフからカイトは嫌な予感がしていた。
そして、その予感は的中する。
***
「よく分かんねーんだけど、つまり、俺たち異世界に転移させられて勇者として魔王を退治しないとだめってことか?」
「ヤヒコ、よく分かってるぞ」
「ゲームかっつうの! あり得ねえだろ! ログアウトさせてくれ! メニュー! ヘルプ!……だめだな」
「ゲームみたいな話ではあるが、ここがゲームの中ってことじゃないんだろ。無駄だよ」
「冷静過ぎないか!?」
落ち着かないヤヒコに対応するカイトの態度は奇妙に映った。
話によると、国王が勇者召喚を命じて、光の神の奇跡により、カイトたちの所属する千代ノ門高校にいる人間をまるごと、召喚した。
この世界には魔王が存在し、異世界の勇者でないと魔王を殺すことが出来ないので、不本意ではあるが、召喚せざるを得なかったと謝罪をされて、細かな説明がされた。
「……ゲームというよりは、ラノベだろうな。ほら、異世界ものとか聞いたことないか?」
「え〜っと……誰?」
「ああ、クラスメイトのニノマエってやつだ」
「よろしくな、留学生か? 日本語上手いな」
「え? 俺日本人だけど? 何こいつ?」
「ニノマエは1年の時は事故で学校来てなかったんだって。だから、誰でも知ってるお前がハーフってこと知らないんだよ」
カイトとヤヒコの会話に割り込んだニノマエに対してヤヒコは驚きを隠せなかった。
入学当初によく発生したくだりを今更やってくるとはしつこいなと、慣れたヤヒコは一瞬不快に感じる。
「そうだったのか、悪かったなニノマエレイトだ、よろしく、いやナイストゥミーチューなんつってな」
「お、おうよろしく……」
「これより! 鑑定石にて鑑定をさせて頂きます! 適正により役割の割り振りが行われることがあります!」
鎧を身につけた兵士が大声で学校の人間全体に呼びかける。
「鑑定だってよ、評価額とか出るのか?」
「な訳ないだろ、俺たちの能力を調べるんだよ多分」
「こういう場合……ステータスオープンとか言うのがお決まり……おっ、出たな」
ニノマエがそう口ずさみと、ニノマエの視界には自身のステータスが表示された。
「なるほど、そういう仕組みか……ステータスオープン」
カイトもニノマエに続いて自身のステータスを確認する。
「えーと、体力に魔力に……ゲーム的だな。ユニークスキル、ソードマスター?」
「カイト、俺もユニークスキルあるぜ? ユニークってことは面白い能力ってことだよな?」
「いや、ユニークは独自のみたいな意味で面白さは関係ない。全員持ってるんだよな?」
エリ、カナデ、シズクも同じようにステータスを確認してカイトの質問にうなずく。
文官たちが鑑定石を使い、一人一人のステータスやユニークスキルを確認し、戦闘職、非戦闘職と割り振っていく。
カイトたちは全員が戦闘職判定をされた。
「戦闘職になってるやつ同士で最低4人のパーティ組めって言われたけど、俺たちはいつものメンバーでいいよな?」
「魔王を倒さないと帰れないんでしょ? ならこのメンバーでさっさと倒しちゃお」
「皆なら安心だね……」
「エリとシズクちょっとビビってね? ウチ運動得意だから任せなって」
「シズクはちょっと楽観的過ぎない?」
明るい性格のカナデは強張ったエリとシズクの肩をポンと叩いて緊張をほぐす。
「うーん、これはちょっと私には分かりませんなあ……使いようによっては戦えるとは思うのですが……」
「じゃあ俺は戦闘職を希望する。構わないな?」
「本人がそう言うのだから、そのようにしておけ
「は、はい」
文官が上司に相談をしていた。ニノマエはどうやら、どちらとも判断の出来ないユニークスキルだったらしい。
「あの〜、俺友達もいなくてもうグループ出来ちゃってるところ悪いんだけど、カイトのところに入れてくれないか?」
ニノマエはカイトたちに近付いて周囲をチラと見る。
通常、好きにグループを作りなさいと言われた場合高校生にとって自然な行動とは、男女別に固まりがちな傾向にある。
よっぽど仲の良いメンバーでもない限りは、まず女子同士が固まり、女子が固まるなら男同士で組むかと、男子同士も固まる。
だが、戦いの場に身を投じる必要があるとなると、女子生徒の一部は男子と組むことを提案しはじめる。
単純に男の方が腕っぷしが強く、その方が安全性が高いという判断が働くのだろう。
次第にパーティ結成の交渉が始まる。
単独での行動は認められないと言われたニノマエはパーティを作るツテがない。実質転校生のようなものなのだから、会話を交わした、という僅かな繋がりのあるカイトたちにパーティ参加を打診するのは自然な流れであった。
「どうするカイト?」
ヤヒコはカイトにニノマエを受け入れるかどうかを相談する。
「……ゲームの話だが、こういった場合多彩なスキル構成によるチームプレイが生存率を上げると思うしお試し参加ってことならいいんじゃないか?
俺たちは中学が同じ組みだから、その輪に合わなかったら、抜けてもらうことになると思うが構わないか? ニノマエ」
「まーカイトがそう言うなら」
「助かる、こんな異世界で引きこもって裏方作業なんて、冒険出来ないなんて退屈だからな」
カイト、ヤヒコ、エリ、カナデ、シズクに加えニノマエがパーティに参加した。
***
カイトが異世界へ飛ばされてから数日、現在地がシャイナ王国の王城であること、この世界の基本的な仕組みに対しての講義が始まる。
挨拶や文化、貨幣など、この世界の常識を教師も生徒と同じように学ばされる。
日本の学校という特殊な社会における、教師と生徒という関係性。
貴族、平民、奴隷など、日本にはなかった身分制度のあるこの世界において、その関係性は一度リセットされた。
教師といえど、この世界は素人。戦闘能力だけで言えば生徒の方が強いなんてことも起こる。
目の前で拘束されたモンスターを見せつけられ、女が男よりも強いことだってある。
これまで学校を支配していた年功序列は崩壊し。魔王討伐にとって有用であるか、どうか。
この視点による序列が形成され始めていた。
講義も終わり、この世界に少し馴染み始めた頃、戦闘職に割り振られた全体の7割が迷宮都市に馬車で送り込まれた。
「明日からダンジョンか〜、緊張すんな〜」
「油断は禁物だが、あまり気負い過ぎるなよ。騎士の護衛つきだし、初心者向けのダンジョンらしいからな」
迷宮都市のあてがわれた同室であるカイトとヤヒコが明日の予定について確認していた。
「カイトは強いっぽいユニークスキルだからそんな余裕こいてられるんだよ、俺斥候系だから戦闘はあんま強くないんだろうな〜」
簡易的な模擬訓練にて能力の確認は行ったが、危険のない安全な訓練では大した成長は見込めないとヤヒコは文句を言う。
「単純な戦闘能力だけじゃ生き残れないって。お前みたいな危険を察知出来るような役職も必要なんだよ。それに危なかったらカナデが守ってくれるだろ」
「タンク? だっけ、あいつの役職」
「お前みたいな防御が低いやつを前線で守るのがあいつの役割だからな。その辺りは実践を積んで臨機応変に調整するつもりだけどな」
「各パーティに一人はゲーマーが必須だなこりゃ……それよりも、ニノマエが心配だよ。あいつちょっと何考えてるか分かんなくて不気味つーか、連携に支障出ないといいけど」
ヤヒコはニノマエに対して苦手意識を持っていた。何が嫌かと言われると答えに困るが、何となく話していて合わないなと感じることがある。
その感覚が緊張しているヤヒコの神経を刺激していた。
「……悪い奴じゃないと思うんだがな、まああいつにも、俺たちと合わなかったら他のパーティに入るようにって言ってあるし、その為に顔の広いお前が色々紹介してやってんだろ?
お試しだから、判断は実際に戦ってからでも遅くないはずだ。あいつもファンタジー系には詳しいみたいだし、知識面で助かることもあると思うぞ」
「うーん、でもあいつのシズクを見る目がなーんか気に食わないって言うか、好きになってね?
パーティ内で恋愛のゴタゴタで解散って勘弁して欲しいけどな」
「俺のパーティは恋愛禁止だ」
カイトは自身のゲーム経験から恋愛禁止を宣言していた。
特に男の多いコミュニティに女が一人入りめちゃくちゃになったという苦い経験を味わってるが、仲良しメンバーをそんな理由で排除するわけにもいかないので、恋愛禁止というところで手を打っている。
普段のゲームでは女子をメンバーに入れることを禁止した、硬派なパーティを運営したいた。
「おいおい、ハーレム君がよく言うぜ。俺なんか気の良い助演枠なのによ」
「人聞き悪いな、お前がいるんだからハーレムでもないだろ」
「これだから鈍感系主人公は……明日早いしもう寝ようぜ」
「?」
カイトの怪訝な顔を見てヤヒコはため息をつきベッドに寝転び目を閉じた。