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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
2章 ヒートオブザモーメント
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2-19話 タイマン後編

「あかんあかん、これがあいつの作戦や。俺が心配するって分かっててこういう汚い真似を平気な顔でやるやつなんや……今は待つしかな……イィッ!?」


 泥から距離を置いて見守っていたシルバの足に氷の槍が刺さる。


 アウルムはシルバの炎によって発生していた水蒸気と同化しミストロールより取得した『霧化』で既に地面から脱出していた。


 ただし、霧化は全身を霧にさせている間物凄い速さで魔力を消費していくので、あくまでも緊急避難用としてしか運用出来ない。


 霧から実体化して背後を取ったアウルムはシルバの足に向けて氷の槍を射出する。


(そっちもデコイだよ……魔力を節約して常に索敵しないのが仇となったな……!?)


「そこかぁっ!」


 シルバはすぐさま、後ろに身体を捻って剣を振るう。


再設定(リセット)』──リペーターをアウルムが倒した際にシルバに与えられたスキル。


 一日に一度だけ、状態を完全回復させる能力。『非常識な速さ(マイペース)』による時間の巻き戻しとして得られる回復能力のインスタント版として、使い分けているものを使用して即座に回復していた。


 この能力により『非常識な速さ』は思考加速を使いながら、致命傷を受けた際、自身の身体を巻き戻し回復させることが出来ないという欠点を克服していた。


(捨て身覚悟かっ!?)


「オラオラオラオラッ!」


 霧化を使い、シルバの猛攻を緊急回避するアウルム。


「魔力切れるまで攻撃はやめへんでぇ!」


(クッソッ……剣圧で霧が広がる!)


 霧化は薄く広げる範囲が広い程魔力を消耗する。風景に溶け込むほど薄くなることは魔力が無駄なので、周囲に霧を事前に作っておき、目立ちにくくする方が効率が良い。


 しかし、既に間合いに入っているシルバが剣を振り回すことで強制的に自身の身体が薄く広げられてしまう。


(だが、魔力はもうないんだろ?)


 アウルムはリペーターから獲得した『隠遁』を使用。回避を目的とした『霧化』とは異なり、亜空間の隙間に入り込み、姿を相手から完全に隠すことが出来る。


(ッ!? 消えた……エコロケーションも反応なし…….!?)


 姿を消したアウルムを探すべく、風の探知を使うが反射し返ってくる音で見つけることが出来ない。


 そんな時、シルバは巨大な水の玉の中に覆われる。


「ガガボッガッ……!」


 ボコリと水の中でシルバの息が塊となって飛び出す。手を、足を動かして、藻掻くも脱出するような力を発生させられない。


「お前を半殺しにする攻撃力はないのだから、物理的なダメージによる攻撃は無駄、だが、生きている以上、生理的な呼吸は必要……降参するか?」


 水の中から姿を現したアウルムを睨みつけるシルバの戦意は喪失していなかった。


「ゴバベバ……ゴベボバベブビガッ……!」


「何言ってるか分からんが、酸素を無駄遣いしたら気絶するぞ」


(だから……舐め過ぎな……?)


「フウ……このサイズの水を浮かして維持するのは流石に疲れるな」


 魔力が減っていることで感じられる疲労感がアウルムを襲う。魔力を流すことをやめると水で出来た牢獄は途端に弾けてしまう。


 シルバが降参するのを待ちながら、魔力を込めているのだが……。


(おっと少し気を抜いたうちに水が小さくなっていたな……何いぃ〜ッ!?)


(大技使い過ぎやねんお前は……)


 シルバは『吸収』を使用し、アウルムの水で出来た球体を一部、小さくして歪ませた。


 そのほんの僅かな歪みがシルバの右半身を水の外側に脱出させる原因となる。


 そして……剣を力いっぱい振るう!


 パックリと水で出来た牢獄は両断されてシルバは脱出に成功する。


 Aランク冒険者、それも剣技に特化したステータスとスキル構成になっているシルバの腕力と技術を持ってすれば、大抵のものは斬ることが可能となる。


「ゴホッ……俺に斬れへんもんはない」


「何言ってんだ! 馬鹿力で吹っ飛ばしただけだろうが!」


「でも脱出出来たし。それで? その槍で粘るか?」


 シルバは呆然としているアウルムに向かって剣を構えて凶暴な笑みを浮かべる。


「……いや、魔力切れかけだ。単純に接近戦で戦って勝ち目はない……降参だ」


「シャアッオラァッ! ッシッ! ウシッ!」


 左拳を握りながら激しくガッツポーズをして雄叫びを上げた。


 アウルムは疲れで、泥だらけの地面に座り込む。


「あ〜クソ……俺弱え……」


「いや、弱くはないで──俺が強いねん」


「それ言いたいだけだろ」


「まずお前の戦い方俺がある程度知ってるってのはデカイ。魔法主体の奴は手の内がバレてたら技量的に同じくらいの剣士には勝てんわ。タイマンなら特にな。


 俺の方が戦闘の経験値も高いし、一人で依頼受けることも多いから、節約して剣と魔法の使い分けも慣れてるし、経験もスタイルも相性悪いって分かりきってたやろ?」


 調査活動の多いアウルムと、実戦の多いシルバのレベルの差はシルバの『不可侵の領域』による促成栽培でレベリングしているので、アウルムにはどうしても経験が不足している。


「あと、戦い方にこだわり過ぎやな。勝ち筋作ろうとしてるのが分かりやすい。作戦練るのが得意でもそれが外れたら脆いな」


「随分と好き放題言うな」


「勝ったからな、勝ったら何言うてもええねん……で、勝ったんやから例のアレを寄越せよ?」


「ああ、エロ漫画か。別に戦ったら渡すつもりだったから勝ち負けは関係ないがな」


「何っ!?」


「契約内容はちゃんと確認しとけよ……お前に契約のサインだけはさせられんな」


 アイテムボックスから取り出したエロ漫画をシルバは食い入るように読む。


「この先生絵めっちゃ上手い上にエロい……情報量もほど良く実用性のあるイラスト……! 一体何者……!?」


「絵が得意な勇者で今は宮廷画家? っていうか、貴族の変態紳士に作品を披露しているらしい。

 なんでも、ユニークスキルで描いた絵が飛び出すらしいぞ。時間制限と使い切りの問題があるらしいが、金さえ払ったら本当に主人公みたいな気持ちを味わえるとか……書物は勇者の品位を落とすとかで闇のルートでしか出回ってないらしいが」


「なんてことや……奥付けに名前も書いてないやん……もっとこの先生のシリーズ欲しいのに!」


「発禁書物に奥付け書くとか馬鹿すぎるだろ。因みにお取り潰しになった貴族の家から流出した複製画だから絵は出てこないぞ」


「一回の楽しみの為にこの絵が世から消えるって恐ろしい贅沢やわ……見るだけで十分楽しめるけど……金さえあれば……うーん、悩むな」


「別に悪い奴じゃないなら殺さなくて良いしな」


「殺す!? この素晴らしい作品を生み出す先生を!? とんでもない!」


 シルバは手に持っていたエロ漫画を守るようにギュッと抱えて、アウルムに背を向けた。


「別に悪い奴でもその本を燃やしたりしねーよ」


 スキャンダルを起こした俳優の作品の公開を控えるテレビ局じゃないんだからと、シルバの行動に呆れる。


「ほっ……それで、この後は出発か?」


「1日休憩したらな」


「俺も勝ったって言っても疲れたしな……」


 相談の結果、キラドから東に真っ直ぐ続くマジックロードで途中まで王都に向かい、その後南下して南の大都市、ササルカに向かう。ササルカに到着してからは、円の形をした国土の外周をぐるりと沿って進み、東の迷宮都市へと向かう。


 シャイナ王国は円の形をした国土で、その周りを環状線のように街道が走っている。

 南北には季節によって流れの変わる不思議な河川、オブスキュラ河川が国を縦断しており、東西には外国へと続くマジックロードが横断している。


 地図上から見れば、光の女神を信仰する宗教のシンボル、『丸の外周をはみ出した十字』と同じ形になっている。


 どちらが先なのかは分かっていないが、作為的なものを感じる形だ。


 しかも、アウルムが好きなシリアルキラーなどの凶悪事件として有名な『ゾディアック』が好んで使用したケルト十字に似た形なのだから、これに気がついた時アウルムは笑ってしまった。


 シリアルキラーを追う旅の道がシリアルキラーのシンボルって、そんな偶然があるのかと。


 だが、そんな道でも旅人としては街道がある程度整備されているので、田舎道を走るよりはよっぽど移動がしやすい。


「海の幸は楽しみやな」


「でも刺身って食えるかな……あれって衛生管理してる日本だから出来たんじゃないか?」


 ササルカの街は大きな港町となっており、海産物が有名らしい。


 北側のルートも取ることが出来たが、ラナエル達の村が北側にあり、追放者と呼ばれる勇者と鉢合わせたらトラブルが起きることは容易に推測出来るので、避けるルートを選んだ。


「なんかこう……殺菌魔法とか寄生虫倒す魔法とかないかな」


「あ〜『不可侵の領域』で弾けば?」


「それやっ! 流石作戦担当!」


 シルバはテンションが上がり、指を鳴らした。


「やっと、冒険の旅の始まりって感じやな、俺らなんだかんだで、半年くらい同じ街に滞在してたからな。こんな動かん異世界人っておるか?」


「一つの街の常識を知っておかないと、それが街の常識なのか、この世界の常識なのか分からんからな。日本でも地域性ってかなり出るし、物流もネットも無いんだから差は顕著だろ」


 この世界各地の知識を少しずつ知っているのと、一つの地域をある程度知っているのとでは、溶け込み具合がまるで違うはずだと言うアウルムの考えのもと、西の出身だという嘘が通じるくらいにキラドの街に滞在し、普通に暮らす人々から情報や知識を集めた。


 勇者ならば、勇者なのでと言えば済むが、異世界人であることを隠すのであれば必要な時間だったと考えている。


 のんびりとしたペースではあるが、やっとアウルムとシルバはこの世界の広さを知ることとなる旅が始まる。

これにて2章のメインストーリーは終わりです。お付き合い頂きありがとうございます。この後勇者の前日譚が3話あります。

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