2-17話 夏蝕と冬蝕とプラティヌム
トーマスは冒険者では上級貴族と関わることも少なかろうと丁寧に作法をレクチャーしながら茶を勧めた。
孫や息子にものを教えるように、その物腰はとても柔らかいものだ。
(なんか、思ってたより感じ良い人やな。貴族って高慢チキなイメージあったけど)
(トーマス・キラドは貴族の中でも人望も厚く、出来た人間だという噂は本当なのだろう。今のところ敵意を感じない)
軽く雑談をして、最高級の茶を嗜む。 菓子については日本で食べられるものの方が口に合うと思ったが、茶については今まで味わったことのない上品な香りに溢れるものだと舌を唸らせた。
「して、報酬に関してだが現金で用意することも可能だが、冒険者ギルドに入金も出来るがどうする?」
「現金でお願いします。この事は内密にしたく、ギルドへ大金が支払われると情報漏洩の危険がありますので」
「ではそのように計らう。他に望みのものがあれば答えよう」
そちらが本題であろうとトーマス・キラドは友から敏腕の上級貴族の顔に変わり、交渉の姿勢に入った。
その空気の変化を感じ取り、アウルムとシルバも少し真面目な顔をする。
「では……我々を領主様の権限で国家治安調査官に任命して頂き、各地の事件の捜査権を頂くことは可能ですか?」
「ほう、これは予想外であったな。爵位や何かしらの紹介を欲していると思っていたが? それで良いのか本当に。
私の権限によって任命することは可能だが、名声を得られるようなものではないぞ。調査官として一定の地位は与えられるだろう。貴族の下の方のような扱いも可能だが、それならば私の紹介で爵位を与えた方が良い」
「我々は旅をしながら、追っている人物がいます。その者を捕える為には情報を集める手段として、何かあった時に介入出来る権力が必要なのです。名声は必要ありません」
「その者の情報を教えてもらえれば、私の権限で情報を集めることも可能だ。其方らは一生働くことなく、その者が捕えられるのを待つだけということも出来る」
「……それは私たちの手で直接行わねばなりません。あなたがザナーク確保を何よりも望んでいたのと同じです」
「……承知した。ではアウルム、シルバ両名を国家治安調査官に任命する。本来であればその役職には義務が生じる。しかしその義務により、目的が果たされなくては本末転倒だろう。私の直接の部下として自由に行動することを許可する。
旅先で何かしらの事件を解決した際は私に報告してもらう必要はあるが、それ以外は特に求めん。
──ただし、其方らが調査官として行った事には私が責任を追う必要があるということを忘れるでないぞ」
トーマスは呼び鈴を鳴らして執事を入室させる。執事に耳打ちをして、一度出て行った執事が再び宝石の装飾された箱を手に戻ってくる。
机に置かれた箱から金と銀の繊細な細工がされた首輪を取り出すと、それはロケットのような仕組みで開閉が可能だった。
双頭の狼の前に天秤の彫られたロケットは、トーマス・キラド卿の所属である調査官を示すものだと説明を受ける。
ロケットの中にある小さな窪みに血を垂らす事で本人のものと証明が可能なマジックアイテムらしく、ギルドカードと仕組みは同じものだという。
「ふむ、其方らの髪の色と同じでよく似合っているな」
形式的に首から直接調査官の首輪をかけられ、トーマスは満足そうに頷く。
「して、其方らは二つ名を持っておるか? 平民を任命するというのは稀なのだが、家名を持たぬ場合、名前と二つ名を登録の書類には書く必要があるのだが……ああ、冒険者であればパーティ名も明記されるが解散した場合や改名した場合に備えどのみち二つ名は必要だ」
「そう言えば……パーティ名って決めてなかったな」
「二つ名も特にありません。冒険者には金の方とか、金髪とか、そのように呼ばれています」
「A級であるのに二つ名もパーティ名もないとな?」
「一応、パーティ名とて考えているものはありますが……我々の見た目から『プラティヌム』というものです」
「え? 聞いてないけど?」
突然アウルムから知らされたパーティ名の案にシルバは困惑した。
「銀……見方によっては白髪と金髪から白金のプラティヌムか。悪くないのではないか? せっかくなので、私が二つ名を考えてやろう。これでも侯爵なのだ、私が名付けというのは箔もつくが?」
「ではお願いします」
「二つ名って自分で考えるようなもんでもない気がしますしね」
「よろしい、ではアウルム、其方は『夏蝕』、シルバ、其方は『冬蝕』の二つ名を与える」
「夏蝕と冬蝕……私たちの目の色からですか?」
「その通りだ、髪の色が薄いので二人の目の色は目立っているし、比較的珍しい色合いなので問題もなかろう。二人組というのも分かりやすい」
夏蝕と冬蝕。この世界は月が二つ空に浮いている。
それぞれ、夏には青くなり、冬には赤くなる皆既月食があり、それを夏蝕と冬蝕と呼ぶ。
確かに自分たちをよく表した二つ名だと感心する。期せずして、アウルムは夏を、シルバは冬を好むというのも評価が高い。
「こほん、では改めて……冒険者パーティ『プラティヌム』の『夏蝕のアウルム』、『冬蝕のシルバ』を国家治安調査官に任命し、国の秩序を維持する権利を国家治安警備局の副大臣トーマス・キラドの名において与える……ここで跪き、胸に手を当てて貴族の礼をするのだ……」
作法の分かっていない、アウルムとシルバに咳払いをして教えながら任命の儀を完了する。
「「その任、しかと拝命しました」」
教えられた口上を言って、立ち上がる。
その後、大きな革袋に入れられた1000枚の金貨と、何かと便利に使えると言われた紹介状を受け取った。
「では、私はここまでだ……アウルム、シルバよ……これは貴族のトーマス・キラドではなく、娘を失った一人の父として伝える。
感謝する。本当に、娘の敵を捕え、その背後にいた貴族まで抹殺されたのだ。私はこれで前へ進めるだろう……其方たちの旅に幸運があらんことを祈る」
そこには復讐に燃える男ではなく、呪いから解放されたような美しい涙を流すトーマスがいた。
貴族が平民の前で涙するなどあり得ないのだが、そんな体裁よりもトーマスにとって感謝を述べ、自分に区切りをつけることが大事だったのだと、思い知る。
目的があって、ザナークを確保し引き渡したアウルムとシルバであったが、それでも自分たちの行動に誇りを感じた。
誰かの魂を少しでも救う事が出来たのだと肯定が出来た。
異世界から勇者を殺す任務を与えられて、どこかお客さんのような気分になっていた二人にとって、この世界で生きる、この世界で生きる人間と関わりを持つという事は大なり小なり、その人生に影響を与えるということなのだと強く実感させられた。
だからこそ、与えられた力を好き放題に振るう止める者の居ない勇者をこの世界に『生を受けた』人間として、始末するという任務の重さを改めて知ることとなる。
二人は身の引き締まる思いで、地下牢から屋敷を後にした。