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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
2章 ヒートオブザモーメント
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2-12話 ラナエル

 

 私はラナエルと申します。不幸中の幸いにして、『追放者』と名乗る勇者から逃れることは出来たのですが、他の仲間が誘拐され、貴族の奴隷となってしまいました。


 なんとか、情報を集め居場所は分かったのですが、同胞は全て殺されてしまい私一人では救出は難しい局面で、意を決して無鉄砲にも屋敷に侵入しました。


 エルフは森で幼少期を過ごすので気配感知には優れています。夜目もヒューマンよりは効きます。


 明かりの消えた屋敷内を歩き回り、一室から聞き覚えのある啜り泣く声が聞こえてきました。


 慎重に扉を開けると首輪をつけられた、仲間を目にし、怒りが込み上げて来ました。


 私たちは──動物ではない。


 幸い、鎖には繋がれていなかったようで脱出自体は簡単に思えました。


 問題は脱出した後。こんな明らかな逃亡奴隷の見た目のエルフの女が外を歩けば注目の的。遅かれ早かれ捕まってしまいます。


 それでも、この場を離脱することが最優先。他の二人の姿が見えないので、場所を聞いても分からず困り果てている時、窓から強い光が差し込んできました。


 外の景色を見ると火が屋敷を囲み出しました。それに気がついた屋敷の人間が動き出し、発見されそうになった所をなんとか、喉を掻き切り部屋の中に死体を引き摺り込む。


 そんなことをしているうちに火は更に燃え上がり、壁から庭の木に、芝生に生き物のように広がっていきます。


 ああ、またか……。


 村が赤く燃えるあの光景を思い出し、風景とは対照に心は闇で覆われていくような、そんなやるせなさでいっぱいになる。


 屋敷が混乱に陥っている隙に乗じて脱出を図るも、皆の疲弊と魔封じのせいで、上手く走ることすらままならず、煙を吸い込み次第に動きが鈍ってきました。


 もうだめか、結局……同胞たちの分まで生きようと思ったのに、同じ死に方をするのか、これが運命なのかと思った時、シルバ様が現れました。


 その後は様々な不思議な力を使い、仲間を助けるだけでなく、第三者が解除することが不可能なはずの魔封じを小枝を折るようにいとも容易く破壊し、仲間を解放して頂けました。


 アウルム様と合流し、話を聞くとやはり、闇の神様の使徒様であられるとのこと。


 そして、驚くべきはあれほどに規格外と感じた勇者を既に二人殺しているという事実。


 特徴から、私たちの仇ではないと分かりましたが、それでもいくらかは胸がスッとします。

 何より、この方達についていけば復讐は夢物語ではなく、現実的なものになります。


 これからはお二人に忠誠を誓い、共に勇者を討伐しましょう。自分たちに出来ることであれば、なんでもします。


 是非、役に立たせてくださいとお願いすると、アウルム様から買い出しに同行するよう命じられました。


 勇者よりも優れた無制限にものが入るアイテムボックスをお持ちの方が荷物持ちを必要とされるとは思えませんが……何か考えがあるはずなのです。あのシルバ様が全幅の信頼をおく方なのですから。


 ***


「ここは……」


 アウルム様の能力によって作られたという何もない空間から、出るとそこはキアノドよりも大きな街……見覚えがあります、ここはキラドの街です。


「扉さえ作っておけばいつでもその場に移動出来る」


「まさか……そんなことが……」


 これは、大変な代物です。この能力と無制限のアイテムボックスがあれば、商売で成功することが約束されているも同然の尋常ではないお方です。


 流石使徒様……と感激に胸を打たれているとアウルム様は指を唇につけて、それ以上は喋るなよと忠告されます。


 線が細く女性的な顔立ちをしているアウルム様のその仕草は女の私ですら色っぽいと感じました。

 女性的な見た目に理論的な物言いのアウルム様。男性的な見た目で共感能力の高い優しさのあるシルバ様。


 とても対照的ではありますが、お互いを信頼していることは誰の目にも明らかなほどです。

 ……アウルム様とシルバ様は恋仲にあるのでしょうか?


「お前たちの身分だが、平民でいいのか? 奴隷か?」


「私たちは犯罪行為を行なっていない状態で奴隷扱いを受けただけですので、鑑定では平民と表示されるはずです」


 奴隷とは、犯罪行為を行なった者、または奴隷の子供であることが条件で、無理やり奴隷にすることは出来ません。

 よって、あの勇者や貴族はマジックアイテムを使うことで奴隷として扱おうとしたのです。

 ややこしいのが、ステータスに表示される奴隷と置かれている状態としての奴隷は別だと言うこと。


「それは分かっている。心持ち……というか、この先旅をするにあたっての外聞の話だ。表向きは冒険者の俺たちがエルフの女6人を連れるのは相当目立つ」


「お任せします。お二人の都合の良い処遇で構いません、必要とあらば奴隷契約を結びます」


 例外として、自らの意思で奴隷となる場合は奴隷商が持つスキルで契約を結ぶことが出来ます。


「その必要はない。シルバの能力で絶対に裏切ることが出来ないようになっているから、信頼はしている。ただ、関係を問われたりする場合こちらが奴隷として扱うのか、お前たちを旅商人とし、その護衛の冒険者という関係になるのかで話が大きく変わってくる」


 数日、アウルム様の空間内にてお二人の行動を観察していると、シルバ様がお喋りな方で、アウルム様は寡黙な方という印象でしたが、必要になればそれなりに口数の増える方と分かりました。


 説明も最低限よりは少し配慮して丁寧に説明し、認識の齟齬を減らそうという気遣いを感じます。


 最初は少し怖いという印象がありましたが、感情の浮き沈みが極めて少ないだけで、怒っているわけでも不機嫌なわけでもないのです。


 そういうところが、誤解されやすいところだとシルバ様はおっしゃっていました。


 それでも、村を焼いた勇者や追放者に比べれば随分と血の通った温かみのある人だと断言出来ます。


「そうか、ならば俺たちの奴隷だな。冒険者が金が貯まったら商売に走るのは珍しくない。金はあっても商売の知識がない、そこでそういう知識のある奴隷を買う。ごく自然だ……問題はお前たちがエルフなことだな……金だけの契約関係ではないと対外に示せる方が都合が良いのだが……


「申し訳ありません」


「別に責めてはいない。ただ、困ったなと思っているだけだ」


 この国ではエルフ及び、ヒューマン以外の種族を奴隷とすることはかなりの制限がつきます。

 人族の支配する国において、他の種族を奴隷にすることは他種族の支配する国との協定で禁止され、同様に他種族の国において、ヒューマンを奴隷とするのとが禁止されています。


 そんな状況で6人ものエルフを奴隷とするのは説明がつかない……というより、異常に見えます。


「見た目の違いは耳くらいですので、切り落としますか?」


「は?」


「それくらいの覚悟はあります」


 この言葉に偽りはありません。目的の為であれば、必要とあらば、耳を落とすことなど、同胞の苦しみに比べれば些細な問題です。


「まさかとは思うが、その尖った耳を落とせばヒューマンに見えると、本気でそう思っているのか?」


「違いますか?」


「あのな……お前たちは自覚がないかも知れんが、エルフというのはかなり美人に見えるんだよ俺たち人間からはな。美人をエルフのようだという比喩があるくらいだ。

 そんな美人はただでさえ目立つのに耳が無かったらエルフを隠してますって言ってるようなもんだろうが……それに、そのデカい胸もエルフの特徴だろ。バレバレだよ」


 アウルム様に顔と胸を指さされて、反射的に胸を抑え、耳が赤くなるのを感じます。


 男からは下卑た目で見られることはあります。その視線は不快で恥ずかしい顔と胸は隠すことが難しく、どうしようもないのです。


 アウルム様の視線はそういった気配がまるでなく、商品を見比べる商人のように事務的で、自分たちの価値を理解していない旅商人って大丈夫かと、そう言われているようで羞恥心を感じました。


「だからエルフというのが、分かる前提での関係性の話なんだよ……奴隷の方が関係性としては説明しやすいがエルフという種族が問題になってくるか……何か抜け道のようなものはないか……」


 考え事をしているアウルム様はポツポツとその思考が漏れ出すように独り言を呟き、私はその横顔を眺めていました。


「あの、それでしたら身元保証人になっていただけませんか?」


「ほお?」


 アウルム様は面白い意見だと言いながら続きを促します。


「エルフで、旅商人というのは根無草なもので、あらゆる場所において社会的な信用は低いです。そこで、現在ヒューマンである、Aランク冒険者のアウルム様たちに身元を保証してもらうのです。これは先代もやっていたことです。

 残念ながら保証人の方が死去し縁が切れてしまいましたので、私たちの代ではそういった方が見つかっていませんでしたので苦労したのです」


「なるほど、そうなれば身元保証人である俺たちがある種お前達を『所有』している形になるな。奴隷ではないにしろ、横から奪うようなことはしにくいし、牽制が出来る。ハッキリ言って美人6人組のエルフの旅商人は狙われやすいだろう」


「おっしゃる通りかと。お手隙ですが、商業ギルドカード等は全て失っておりますので再登録をしていただけますか?」


「分かった……だがそれは今度だな。全員連れてくる必要があるだろう。今日は本来の目的を果たすことを優先とする」


「買い出しでしたね、何がご入用ですか? 交渉などには自信があります」


「まずは服だ。ラナエル以外はボロ布を纏っているだけだからな、あの姿で外を歩かせる訳にはいかん」


「……そうでしたね、しかし服は高いですよ? それを6人分となると……」


「必要経費だ。それに金はそこそこあるAランク冒険者で商売するつもりだったんだぞ? 貧乏に見えるか?」


「いえ、失礼しました」


「金の心配は要らん。どうせ俺たちの能力と、お前たちの商売の知識があればいくらでも増やせるのだ」


 聞くと、中規模の商人の年間の利益ほどの財産があるとのことで驚きました。しかも半年程度で貯めたと言うのです。


 ***


 平民向けではない、質の高い古着屋の前に着くと、アウルム様が一度一人で店に入り待機を命じられます。


「入れ、今服屋の主人や従業員からはお前がヒューマンの娘に見えている。そのつもりで対応しろ」


「……? 分かりました?」


 アウルム様がそういうのですから、何か仕掛けをうったのでしょう。一々説明を求めては邪魔になってしまいます。素直に従うべきでしょう。


「これはこれはお美しいお嬢様で。旦那様、こちらの方の採寸をしても?」


「ああ。ラナエル、俺は女の服の趣味が分からんから他の者たちの服も見繕ってくれ。主人、旅用なのでそこまで華美な装飾は必要ないが、そこそこ商人として見栄えのする服を紹介してくれ」


 服屋の主人が揉み手で私を褒めると女性の店員が採寸をする為部屋の奥に案内していきます。


 ……本当に私がエルフだと気付いていないようで、ヒューマンとして扱われることに奇妙な感覚を覚えます。

 これならば、ヒューマンの奴隷として扱うことも出来るのではと思いましたが、何か理由があるのでしょう。


「お痩せになっているのに胸元が立派ですので、少し誂え直す必要がありそうですね……」


 店員に言われ、私は自分の胸元を見ます。足が見えないほど大きな胸ですので既存の服ではサイズが合わないことは多いです。


「誂え直すのは私が出来ますので、胸以外でサイズが合えば構いません」


「かしこまりました……他のお方も同じような体型ですか?」


「いえ、私より少し胸は小さいですが……大きい方ではあると思います」


「では、そのように」


 採寸を終えると、アウルム様は男性向けの服をいくつか、見比べていました。


「終わったか……これとこれなら、どちらの方がシルバに似合うと思う? あいつも服をダメにしてたから買ってやらんとな」


「あっ……申し訳ありません」


 シルバ様の服が焼けたのは私たちのせいでもあるので、つい謝りたくなってしまいます。


「そんなのは良いから、どっちだ? 商人として服の目利きくらい出来るだろう」


「……では、こちらの白い服が良いでしょう。シルバ様の肌や髪、目の色からすると一番似合うと思います」


「やはりそうか……主人こちらを購入する」


 私たちの服よりもシルバ様の服を熱心に選ぶ様子に何故か若干悔しいような悲しいような気持ちが湧いてきました。


 この気持ちはなんなんでしょう……。


 嫉妬でしょうか?


 アウルム様に嫉妬? シルバ様に嫉妬? それとも別の感情……。


「後は靴と下着類か……しかし靴は一人一人採寸せねばならんな……彼女たちの足の大きさは分かるか?」


「把握してますので問題ありません」


 私が指定した大きな革靴を6足と女性用の下着をその場で購入されました。


「またのご来店お待ちしております」


 金貨10枚分以上の買い物を終え、店の主人が腰を低くして私たちは店の外まで見送られます。


「後何か必要なものはあるか? 男には必要なく女には必要なものがあれば言ってもらわないと、俺では用意が出来ない。知られたくないものであれば、金を渡すので買ってくると良い」


「あの……何故そこまでして頂けるのですか?」


「ん? 必要だからだが?」


「しかし私たちはまだ何も出来ていないのですよ? 与えられるばかりで……その、恐れ多いというか……」


「ああ、与えられるものが大き過ぎるとそれに潰されそうになるというやつか……もらえるものは黙ってもらっておけば良いと思うのだが……どうにも、そういう人の気持ちは分からんな……」


 今回、アウルム様が購入した服は旅商人にしても立派な服な方です。縫製も生地もデザインもしっかりしている、高級品の部類です。そもそも布自体が財産ですから、中古であっても平民ではおいそれと買えるものではないのですが、それをポンと購入されます。


「理由としては舐められない為だ。俺は舐められる事を嫌うし、舐められる要素は排除する。舐めた奴も排除する。

 人は見た目が肝心というが、それが全てではない。というか、俺自身は気にしない方だ。だが、人を見た目で判断する奴は見た目を利用するやつに騙される。それなら俺は騙す側に立つ。

 服程度で判断するような間抜けとの諍いを回避出来るのであれば安い買い物だと思っている」


「随分と変わった……いえ、冒険者も商人も侮られるというのは致命的ですものね、正しい意見です」


 それだけ侮られることを嫌うのに、自身の見た目自体は本当はどうでも良く、そんな周囲の者にうんざりしながらも付き合い、利用するという言い分は新鮮なものでした。


 他に必要な雑貨などを揃えている内に空が暗くなってきました。


「待て、屋台でいくつか飯を買っていこう。シルバがそろそろ腹を空かせているころだ」


 ……どれだけ、シルバ様中心に考えているのでしょう?


 あいつが好きそうだなとか独り言を喋りながら屋台のものを次々と購入していきます。


 8人分の食事量なので、それなりに多いですが買い物は全てアイテムボックスに入ってしまうので身軽です。私もアイテムボックスが欲しくて堪りません……。


 久しぶりの自由を満喫していたことに気が付いた頃、アウルム様の『扉』のある場所に戻りました。


 それは私たちの人生を新たな場所へと旅立たせる象徴のように感じられました。

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