2-10話 火中
「仲間はどこにいるんや!?」
シルバはエルフの女を連れ、屋敷の中を捜索する。水魔法で身体全体を濡らし、火を防いではいるが長時間の活動は厳しい。
こんな時、アウルムならどうするか。シルバは考える。
「いや、アウルムじゃなくても人の本能として上か下に行くはず……」
「あのっ! あそこに屋敷の人間がっ! 話を聞きましょう!」
女はシルバの肩を掴み、倒れている人間を指差した。
「くそっ……息してへんやんけ……」
簡易の結界を作り、『非常識な速さ』で回復させ、話を聞く。
「私は……」
「この屋敷にエルフの奴隷いるやろ! どこやっ!」
息を吹き返したメイドに状況説明する時間も惜しいシルバは簡潔に質問をする。
「ゴホッゴホッ……分かりません……」
「なら、ここの主人はどこやっ!?」
「お館様は我々を残して上の階の……守りの魔法がかかった部屋に避難され……私は逃げ遅れ……」
「エルフはそこにおるんか!?」
「あの部屋は一族の登録された人間しか……」
「地下は……地下はあるんか!?」
「この先の通路を右に行ったところに隠し扉が……」
「やはり隠されていましたかっ……」
メイドの言葉を聞き、エルフの女は悔しそうに地面を叩いた。
「命は助けたるけど、お前はここを動くな、そして何事も他言するな」
「分かりまし……た……」
メイドが了解することで『破れぬ誓約』が発動する。彼女を置いて、地下へと続く隠し扉の前まで行く。
「ここか……下がってろ……え〜……」
鑑定で壁に細工されていることに気がつくが、このまま開ければ空気が入り込み地下側にバックドラフト現象が起こる可能性を考慮した。
そう言えば、女の名前を聞いていなかった。仲間の一人がリリエルと呼ばれていたことは覚えている。
「私はラナエルです」
「俺はシルバや、これがドアを開けた瞬間飛び込んですぐに閉める。従えるか?」
「はいっ!」
「行くでっ!」
合図とも共に扉を開ける、風魔法で空気の流れを変え入り込む炎を阻害しながら転がり込む。
扉を開け、すぐに閉める。
しかし、踊り場の位置が極端に狭く、ドアを押した反発力で後方にエネルギーが発生して、階段の方へと落ちていく。
「あっ……」
そう思った時にはもう遅く、シルバとラナエルは階段を転げ落ちる。
シルバは咄嗟に地面に激突する瞬間、ラナエルを抱きしめ、自分が背中を地面に打ちつける形で着地する。
「ゴハアッ!?」
背中に走る激痛。ステータスによる肉体強化の補正が掛かっていなければ、死んでいたかも知れない。
肺の空気が押し出されて、カヒュッと不完全な呼吸をしようとすることしか出来ない。
「大丈夫です……か……」
ラナエルもまた、吸収されているとは言え、それなりの衝撃を受けて身体にダメージが残りシルバの上に乗りながらも動けずにいる。
シルバの身体はラナエルの女特有の弾力ある柔らかさの感触で包まれている。
本来であれば、大喜びしている。鼻の下は伸び、口角は耳に届くほどに上がるだろう。
今はそんな余裕もなく、息が苦しいので早く退いてくれと、やや乱暴に身体を押し除ける。
「あっ、失礼しまし……た……」
ラナエルのシルバの手のひらよりも大きな胸を揉んだ形で横に転がすも事態が事態なので、互いにその事には気付いていない。
シルバは自分の身体に『非常識な速さ』を使い、ダメージを回復。続いてラナエルにも回復をかける。
地下室はカビと焼けこげた煙の臭いが充満している。
扉の隙間からも煙が漏れ出しているので、ここが危険になるのも時間の問題だ。
「ソフィエル! サラエル!」
ラナエルが駆け出した方向に鎖に繋がれた足枷をつけられ、ぐったりとした様子のエルフの女2名がいた。
「エルフってのは名前にエルがつくんか、エルフというより天使っぽいな」
そんな感想を口にしながら、『不可侵の領域』を発生させ、煙、炎、繋がれた鎖と足枷を弾くことで鎖は破壊される。
「ラナエル、火がかなり回ってるから今からこいつら連れて外出るのは無理や。取り敢えずこの中なら安全やから鎮火するまで待つわ」
「しかし外にはリリエル達が……シルバ様の結界もそう長くは持たないはずです、一刻も早く脱出するべきではっ!?」
「あ〜、俺の結界に時間制限とかないし外からも俺が許可してなかったから見えへんし大丈夫やで」
「そんな事が本当に可能なのですか?」
「俺はそんなことで嘘はつかん」
***
シルバ達が結界の中に立て篭もる一方、屋敷の外では大変な騒ぎになっていた。
この街でも有数の権力を持つ貴族の屋敷が火事なのだ、只事ではない。
しかし、誰も消火活動を行なっていない。
通りから独立した開けた土地にある為、隣の家屋にまで燃え広がる心配はない。そういった点から誰もが必死になることはないが、一番の理由としてはやはり、この街の住民がこの屋敷の貴族を嫌っていた。という事に尽きる。
中には火が消えたら金目のものを盗んでやるか、などと考えている者までいる始末。
シルバの助けた警備の男が、多少の手当てを受けた程度で火の中に飛び込んだり、水をかけるなどの活動は誰も行なっていない。
特に火の激しい裏口付近にザナークがいるが、シルバの結界によって、存在を感知出来ないので誰もそれには気が付かず、ただ燃え盛る屋敷を日頃の鬱憤を晴らすように、それはそれはスッとした。と言わんばかりの顔で眺めているだけの野次馬しかいない。
街の衛兵は大慌てで各所に連絡する為走り回っているが、この火力では消火は難しく、単に事務連絡に奔走するのみである。
夜が明ける少し前に、屋敷は全焼し白い煙が至る所から上がる。街中に焦げ臭い煙の匂いがするが、野次馬は次第に解散していき、各自睡眠の続きを取り出していった。
***
ドゴッ! バキッ! ガララッ!
焼け落ちた瓦礫を蹴り飛ばし、地上に繋がる扉を破壊する。
白煙はまだし上がっているが、風魔法でなんとかなる程度だ。
「まずは仲間に合流やな」
「無事だと良いのですが……あ、いえシルバ様の能力を疑っているわけではなく……」
「分かってる、心配するのは当然や」
そこで、シルバはエルフの2名が裸足であることに気がついた。この地面では危険なものを踏み抜く可能性がある。
「二人とも俺にしがみつく体力あるか? 足怪我するからな」
「そんな……そこまでして頂くのは申し訳ないです」
「女二人くらい担ぐ腕力はあるねん夜が明ける前に撤収したい」
「キャッ……!?」
ここで押し問答をするのは時間の無駄。女性は体重を気にするということは理解しているが、そんな話をしている場合ではないシルバは無理にでも担ぎ上げる。
「一人は私が背負います!」
「ええて、それより索敵してくれ目撃されたら面倒なんはお互い同じやろ」
「はい……」
シルバに説得されラナエルは周囲を警戒しながら歩き出した。
「シルバ様……あれを……」
「ん?……ああ、この屋敷の貴族どもやな」
焼け焦げた死体を鑑定すると、そう表示されていた。
守りの魔法がかかった部屋だとしても、その部屋を支える屋敷ごと崩壊すれば意味はないだろう。
どこかしらのタイミングで、魔法が消えてそのまま火の海に飲み込まれた想像はつく。
一番面倒な存在が既に死亡していることに関しては都合が良いので、特に気にせず置いていた3人のエルフの元に向かった。
「リリエル、マキエル、ヨフィエル無事なの!?」
「ラナエル! ああ……良かった……死んでしまったのかと思ったわ……!」
3人は無事に生きていた。6人のエルフは再会に喜び円を作りながら抱き合い涙を流す。
感動の再会の場面に水をさす事に罪悪感を感じながらもシルバは口を出す。
「盛り上がってるところ悪いけど空が白んできたから脱出するで、裏口に回るからな」
「あっ、あの……」
「ん?」
恐らく、リリエルと呼ばれていたエルフがシルバを引き留める。
「この、首輪を外していただけませんか?」
「それアクセサリーじゃないのか」
「これは魔封じという魔力を循環させない拘束具です」
「ああ……」
エルフは魔法がそこそこ得意な種族と聞いていたのに、何故自力で脱出したり魔法を使わないのだろうと思っていたが、使えなくされていたのかと、腑に落ちる。
結界の侵入許可を変更すれば、首輪は弾け飛ぶ。
「これでええな?」
「「「ありがとうございます」」」
首輪をしていた3人は揃って礼を述べる。
裏口に周り、ザナークの入っている結界に一度戻りザナークを抱える。
一切の抵抗を禁じているので、問題は発生しない。
「さて……今から仲間の所に行く。でもそいつは俺の大事な仲間や。無礼働くことは許さんし、この先見た事に関する他言を禁止する。
それに同意出来るものだけついてきて良い」
本来、アウルムの許可なく『虚空の城』に連れて行くのは筋が通っていない行為だ。
だが、救った命をそのまま後は好きにしろというのも筋が通っていない。
よって、影響を最小限にする為『破れぬ誓約』による保険をかける必要があった。
「私たちはもう行き場がありません。私たちだけでこの街を出ることも難しく、その後もまともに生活出来るとは思えません……ですので、どうか私たちに同行する許可をっ!……我ら一度、シルバ様に救って頂いた命にかけて忠義をつくします」
エルフたちは視線を合わせた後、跪きこうべを垂れる。
「うえっ!?」
いきなりの重い挨拶にシルバは素っ頓狂な声を漏らして驚く。
「……まあ、その態度に嘘がなければええか」
いくらなんでも、そこまで信頼されるか? と疑問を抱き首を傾げながら、近くの『虚空の城』の入り口に入っていった。
「ただいま……ってまだ、寝てるか」
死んでないよな? と、念の為アウルムの口元に手をかざして息の確認をする。
耳を澄ませるとスウスウと寝息を立てているだけだ。
「ほんまに寝相いいなこいつ、死んでるみたいでヒヤッとするわ」
疲労で寝ているだけのアウルムの顔を見て安心したシルバは地面に座り込む。
「飯にするか……」
ギュルギュルと腹の虫が鳴ったことで気持ちの切り替えを始めた。