2-8話 ザナーク
シルバはオフの日を堪能した後はアウルムの『虚空の城』の中に入り、仮眠を取った。
完全に安全なこの空間内が一番リラックスして睡眠を取ることが出来る。久しぶりの熟睡で10時間以上は眠っただろうか、喉が渇いて目を覚ました。
アイテムボックスから果実水を取り出して喉を豪快に鳴らしながら汁を顎から首にかけて垂れるのも気にせずに飲み干す。
「ぷは〜ぁ!……お、お帰り……!? おいフラフラやんけ!?」
アウルムが戻ってきたので挨拶をしたら、アウルムがその場で倒れ込んだのを慌てて抱き止める。
「朝言ってた勇者を殺したんだよ、ちょっと寝かせてくれ……」
「は? もう倒したん? 早いってついて行けてないからっ!? 説明してくれや」
朝の時点でアウルムが今日勇者を倒した時のことを想定して、ある程度の情報の共有はされていたが、あまりの展開の速さについていけていないシルバ。
「ふへへ……158日ぶりの変化のある会話だな……へへ……」
目の焦点が合わないまま力無く笑うアウルムがシルバにとって酷く不気味に移った。
「おいっイカれたんかお前、マジで大丈夫か!?」
「だから……タイムリープする攻撃してくるやつだったんだよ……お前からしたら半日程度かも知れんが、こちとら158日間同じ日を繰り返してやっと攻略法見つけて倒したんだ……そっとしておいてくれ」
「……ガチ? 158日はパチこいてるやろ?」
「嘘なわけあるか、もう限界なんだ……よ……後は任せた……」
「アウルム〜ッ!」
「死んでねえから……うるせえよ……でも、マジで今日の見張りは一人でやってくれ……回復したら行動するから……」
ガクッとアウルムの力が完全に抜けたことで、シルバの腕には一層の重みがのしかかる。
「アホが……無理すんなよな……」
シルバは遊び疲れて電池切れとなった子供をベッドを連れて行く父親のように、優しげな顔でアウルムを抱えて、寝かせる。
スウスウと静かに寝息を立てるアウルムの顔を見つめるシルバ。
顔色も悪く明らかな疲労困憊の様子、一体どれほどの負担があったのか想像もつかないが、理解に努めた。
「俺のせい……でもあるな……行動には責任がつきもの……ケジメつけるわ」
そう言って、アウルムを残して『虚空の城』の空間から出た。
***
街の様子を探ると、冒険者同士の喧嘩で昼頃には結構な騒ぎになったと知った。
ガストンという冒険者が仲介に入り、なんとか収まったらしいが、罰せられた者もいるという。
いつもとは違う気配の街の中、勇者に関する騒動の話を集めようとしたが、驚くほど情報がなかった。
頭のおかしくなった浮浪者が騒いで、自殺したって聞いてそれがアウルムが倒した勇者なんだろうと目星をつけたが、それよりも街の中の話題は冒険者の喧嘩で持ちきりだった。
手早く夕食を済ませて、屋敷の裏口に周り監視を始める。
夜中に何かあるとすれば裏口。警備も人通りも多い目立つ正面口で何かするのは馬鹿がすることだ。
剣のメンテナンスを丁寧に行いながら時間を潰して夜が明けるのを待つ。
午前2時、屋敷の中から明かりが完全に消える。人の動きも感じられない。シルバはあくびをしながら、地面に寝そべり尻を掻いていた。
「今日も変化なしか……ザナークはこんな屋敷で引き篭もって退屈せんのかね……ん……?」
誰にいうでもない独り言をこぼしながら、屋敷をぼんやりと眺めていると通りから人影のチラつきが視界に入った。
「あれは……! 巨乳の人!」
女好きのシルバが見間違うはずもなく、ここ2日間明け方に同じ道を歩いていた女であることを、大きめのローブ越しに正確に見抜いた。
「こんな時間に何してんねやって……ええ? もしかせんでも塀乗り越えようとしてないか!?」
鉤でロープを引っ掛けてロープをクンクンッと引っ張り感触を確かめてから壁に足をつけたところを目撃する。
「困る困る困るっ! 騒ぎ起こったらザナークが警戒するって! お姉さん頼むからやめてっ!?」
止めるべきか、しかしここで自分の姿を露わにするのは悪手。かと言って何もしなくても事態が好転する気がしない。
八方塞がり、全くの想定外。何か起こるとすれば、自分たちかザナークのアクションによって事態の変化が生まれると考えていたが、第三者による介入は意識の外だった。
「クッソ〜ッ!」
シルバは渋々ながらも結界から飛び出して女を制止するべく走り出す。
しかし、一歩遅かった。一瞬の判断の迷いのうちに女はピョイと塀を乗り越える。
シルバの悪癖の一つ『問題の先送り』がこんなところで致命的な効果を発揮してしまう。
「これ……ついて行った方がいいか? このまま騒ぎが起こった時の混乱に乗じてザナーク確保か?」
頭を抱えながら修正プランを即座に練り直す必要が出てきた。こんな時こそアウルムの判断を仰ぐべきなのに、なんてこったと白目を剥きそうになる。
トプントプントプン…………。
そんな時、近くから水っぽい音がすることに気がついた。音の方向に目を凝らすと暗がりからまたもや、ローブを着ている者が屋敷の周りをゆっくりと歩いている。
「え?」
「え?」
シルバとローブを着た人間が鉢合わせて互いに顔を見つめ合う。
!? ザナーク!?
それはここ数日マークしていたザナークだった。手には大きな樽が。どうにも油のような匂いがする。
というか、どう見たって完全に油。間違いなく油を屋敷の周りに撒いている。
そこから導かれる結論は必然的に──放火。
こいつ! 世話になってる屋敷に火つけるつもりか!?
あまりにもクレイジーな所業にシルバは口を半開きにする。
アウルムが勇者と戦い、戦闘不能で、ローブの女が屋敷に侵入し、ザナークが屋敷から出てきて放火。
そんなアホな話があってたまるか、一体何パーセントの偶然の積み重なりなんだと、シルバは行き場のない怒りに襲われる。
「なんだ……お前……こんな時間に」
ザナークは低い声でシルバに驚きながらも威圧する。
「お、お、お前こそ何してんねん!? それ油やろ!?」
「ふう……冒険者の馬鹿どもが騒ぎを起こしたせいで、キラドから調査が入る。そうなると俺も都合が悪いからさっさと証拠隠滅してズラかるかと思った矢先にこれとは……不測の事態ってのはどうにも重なっちまう、これが良いことの前兆だと思っていいのかねえ」
ザナークはフードを上げて、やれやれと首を振り鬱陶しそうに語り出す。
この後に行うことに何の罪悪感も抱かず、まるで出勤前に雨が降り出したので傘を用意する時のような落ち着きっぷりで樽に残った油を壁に勢いよくかけて、投げ捨てる。
「ま〜見られちまったなら殺すしかないよな……金の発生しない仕事は嫌いなんだが……」
腰から30センチほどの刃渡りのあるナイフを取り出して両手に持つ。
「結局こうなるんかいな」
シルバもザナークが戦闘体制に入るやいなや、交渉の余地なしと見て、剣を手にとる。
フーッと深呼吸をする……来るッ!