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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
2章 ヒートオブザモーメント
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2-7話 張り込み10日目×159回目

 リペーターの我慢の限界が訪れた。手を前にかざし、糸のような滑らかで輝く金髪をねじねじと触り遊んでいるアウルムに魔法を放とうとした。


「──戦う前には腹ごしらえとしかねえとな……」


「ッ!?」


 ニィッと笑みを浮かべ、深海のように暗く冷たいその蒼の視線が自分を突き刺すことを感じる。


 それとほぼ同時にカンカンカンカンッ! っと普段ならば鳴らない時間に街の鐘が鳴り響いた。


 おかしい……何の鐘だ……? 何回も繰り返した今日、こんなことは起こらない……起こってはいけない事態。


 リペーターは混乱して、鐘の鳴る方を振り返る。


 噴水近くの家の住民も窓も開けて何事かと外の様子を探り出てくる。


「喧嘩だぁっ! 冒険者同士がランチキ騒ぎやってやがる!」


 どこからともなく、面白そうに野次馬根性の強い男が叫ぶ声が聞こえて来る。


 喧嘩、殴り合い、殺し合い、処刑、現代では顔を顰めるようなことでも、この世界の住人にとっては刺激、娯楽、日常のちょっとしたスパイス。


 住民からは怯えどころか笑顔さえ見える。


「グァっ!?」


 リペーターの足には土魔法で生成された槍が貫通している。


「お前ぇぇええええっ!」


 槍を殴って叩き折り乱暴に足から引き抜く。


 怒りの頂点に達したリペーターはアドレナリンの分泌により、痛みは既に意識から外れていたが心理的には十分なダメージを与えていた。


 この程度の怪我は初級の回復魔法やポーションでどうとでもなる。


 リペーターは勇者としての経験、習慣により、意識するまでもなく回復行動に移る。

 そんな僅かな隙をアウルムが見逃すわけもなく、矢継ぎ早に足元に槍を出し続ける。

 背後からはピキピキと氷の凍結する音が聞こえる。


「それはもう見たんだよ馬鹿がッ! 同じパターンで勝てると思ったのか!? ……何ぃいいい!?」


 背後の槍を回し蹴りで粉砕した──かに思えたが空振りとなる。


 そんなリペーターの叫び声に出てきた住民は反応し、リペーターに注目する。


「パターンね……お前が知ってることくらい『知ってる』」


 アウルムは光を捻じ曲げて実際にある氷槍と、リペーターに見える槍の位置をズラしていた。そして別の氷槍が腹部を貫通する。


「ガフッ……! お前光魔法を……隠してやがったな……!それが奥の手か……ボクが注意を逸らした隙を待って……」


 アウルムがリペーターに何度か攻撃した際見せたのは水と土の魔法のみ。


 こんな異常な事態に巻き込まれたというのにこいつは能力を隠してやがった、普通全力で足掻くだろ? 今の手持ちの攻撃じゃ勝てないから他の方法を探る為に街をウロウロしてたんじゃ……。


 危険。あまりにも危険過ぎる、ユニークスキルで力技で破ってきた規格外の勇者『ソードマスター』のナオイは例外としても、底の見えない豪胆さ……どんだけクレイジーでクレバーな野郎なんだ!?


 やっぱりこいつは排除しなくてはならない……例え何日かかろうと……確実に排除しなくては……。


「ぐっ……これがお前の秘策だったか、へへへ……だが……! 惜しかったな……即死させなければ俺は何度だって復活するッ! 悪いn……!?」


 リペーターはハッとして、口をつぐんだ。


「どうした? いつもみたいに元に戻さないのか? ああ、『戻せない』んだよな?」


 アウルムのユニークスキル『解析する者(メタアナライザー)』はあらゆる情報を分析し記録する。


 リペーターの発する一言一句漏らすことなくメモしていた。

 リペーターだけではない。この街の出会った人間全ての行動、性格、発言をメモしプロファイリングした。


 アウルムの仮説、魂ごと自分だけループしているので、記憶が引き継がれる。

 つまり、魂を変質させたユニークスキルの効果も持ち越されるという事実からの推測。


『解析する者』は158回に及ぶこの街で起こること全てを記録していた。


 そんな執拗に謝罪を強要する男にとって、謝罪とは一体何を意味するのか?


 リペーターの徹底した分析の末の気付き。


 目の前で1日が終わっていないタイミングでリセットする際に、必ず「すまんな」「悪いが」「申し訳ない」など、表現は変われど、謝罪していた。


 この謝罪こそがリセットのトリガー。謝らせたい相手に謝るという屈辱──自分の否を口先だけでも認めることを代償に、神のような能力を実現させている。


「お前は毎回誰も居ない時に顔を見せた……つまり誰にも見られたくない、万が一にでも自分が謝ってるところを見せてることが出来ない、そうだろ?」


 口先だけ。口先だけでも謝った相手を殺し、そいつを消せば、謝罪の事実さえ誰も知らなくなる。あくまで私的な場での出来事。


 だが……この衆人環視の下、謝罪をすればどうなるか?


 それは公的に自分の非を第三者に目撃させる、他の者もこいつは相手に謝った……非があると認めたと判断される。


 これは、こればかりは被害妄想の激しいリペーターとしては許容出来ない事実。


 事実として、残ってしまう。


 常に何も悪くない自分が、災難の降りかかる可哀想な自分が被害者が加害者に180度変わる。


 容認出来ない。


 それだけは不可能……他の人間に見られている聞かれている状況での謝罪によるループは『明日より今日』の効果としても認められない。


 魂が拒否している。人の前で謝る、非を認めることが出来ない。


 ──故にリセットも出来ない。


「ッ!? お前……この状況を……」


「ああ、もちろん狙ってたぜ。俺がちょっとした微風を起こしてやれば、いつどこで竜巻が来るか、それを確かめる為に何回も何回も全てを把握する為に歩き回ったんだからな」


 アウルムはこのタイミングで人の目が一斉に集まるタイミングを作るプランを構築した。いつどこで何をしたら小さな火種が冒険者同士の喧嘩になるのか、人と人の繋がり、その細い糸を紡ぎ、物語に仕上げる。


「グギギギイッ! お前だけは許さないッ!」


 敵にネタバラシはしても種明かしはしない。


 普通は無理。到底不可能なタイミングの操作。


『解析する者』というまた人智を超越した反則級のユニークスキルを所持しているのはリペーターだけではないのだ。


 それは明かさない。だが、怒らせてアウルムを睨みつけさせるには必要な情報の開示。


「許さないって……別に俺はお前みたいに謝罪が欲しいんじゃあないからな、どーでもいいな」


「ど、どうでもいい…………?」


 価値観を生き方を処世術を否定されたリペーターは言葉を飲み込めなかった。


「それよりも、俺はお前に感謝するぜ、俺の目を見て話してくれてありがとうな」


現実となる(プラシーボ)幻影(イリュージョン)』が発動する。



「ボクに……感謝なんかしてんじゃあねぇええええええッ!」


 謝罪──リペーターが求めたたった一つの行動。その真逆──感謝。


 これほどの屈辱と侮辱はなかった。


 リペーター、本名『織原 紡』の父は家の中では我が物顔で常に偉そうにふんぞりかえる典型的な亭主関白だった。


 ちょっと、不都合なことが起こると、織原のせいにし、叱責する。


 何もしていないのに怒られる、殴られる。次第に怒られるよりも前に察知して先に謝り倒すようになる。

 これが織原にとっての処世術となる。


 どうして自分ばかりこんな目に……母親は父親にビビって自分を助けてもくれない。布団で横になっても、ドアを開けて怒鳴り込んでくる父が来るのではないかと、落ち着いて眠れやしない。

 頼むから寝る時くらいはゆっくりさせてくれ。これは織原にとっての一番の望みとなっていた。


 そんな父が借金をしている相手に殴られているところを偶然目撃した。


 あんなに偉そうで怖かった父が「すみません! すみません! 勘弁してください! もう少しだけ待ってくださいっ!」と情けなく涙を流して地面に額を擦り付ける姿を見て、愕然とした。


 だが、あの父ですら自分よりも強い相手には泣いて謝る。なんだか、心がとってもスッとした。


 泣いて謝るやつの生殺与奪を握るというのは、気持ちが良いのだ。父が自分にやっていることが理解出来た。


 そこから織原にとって、『謝罪』には大きな意味を持つようになる。


 異世界へ飛ばされて、『謝罪』をキーとしたユニークスキルまで与えられた。これなら思い通りに生きることが出来る……そう思った。


 しかし、異世界に来ても何かと織原にとって都合の悪いことが起きる。どうして自分ばかりという気持ちは消えなかった。


 ただ、一つ。違う点があるとすれば『謝罪』という行為が現代日本とはまるで違う効果を発揮すること。


 平穏なる生活の為、安眠出来るように、ユニークスキルを使い続ける日々が始まった。


 ***


 顔の血管がブチブチと切れるほどの怒りが込み上げ絶叫する。


 アウルムの幻術に取り込まれたリペーターの頭の中に流れる光景。


 アウルムに泣き縋りながら土下座して自殺しては朝に巻き戻り、泣き縋り、土下座、自殺、巻き戻り。そんな無様な姿を158日分強制的に目撃させられる。


「やめ……や……め……やめてくれ……うわあああああっ! 悪かった! やめてくれぇえええ! ボクは悪くないのにぃいあああああああっ! ごべっ! ごべんなざいっ! やめでッ! 見だぐないっ! ヤメッ……」


 幻を見ながらも、本体の自分も現実世界で等々泣きながら謝罪し、中止するように懇願する。


「言っただろ? 俺を殺そうってんなら、殺される覚悟は出来てるんだろうな? ってよぉ。なら俺を謝らせようってんなら自分も謝る覚悟しとかねえとな、間抜けには丁度良い最後だ。


 ……さて、俺はぐっすり赤ん坊みたいに眠ってやるぜ」


 リペーターは血と涙を流しながら崩れ落ちて絶命した。


「ハア……強くは無かったが二度と戦いたくないタイプの相手だったな……」


 水筒の水を再び飲んでアウルムは項垂れる。

 いきなり死亡したリペーターを見た住民たちは死体を囲みながら話し合う。


 元から頭がおかしくてずっと因縁をつけてた奴が自殺した、とでも言えば皆納得する。


 何故ならば、リペーターの風貌は髭も髪も伸びっぱなし、浮浪者にしか見えないからだ。そういう人間に対しての扱いは極めて冷たい。


 リペーター自身の身体はループ中は怪我は治っても年齢の経過は止まらないらしい。


 ループが始まって数日で髭の変化、喋り方や精神の幼さに対して老化していることには気付けた。


 だからこそ、持久戦で焦らす事が重要と判断していた。


 (精神力での勝負ならこんな馬鹿なガキに負ける訳ねえだろ……)


と、粘り強く戦ったアウルムのプライドと頭脳による勝利となった。


 ブラックリスト勇者──残り20人。


 1名、討伐成功。

 ファイルナンバー9 『リペーター』

被害者数:62人

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