2-6話 張り込み10日目×?回目
アウルムが10日目を繰り返すこと実に34回、終わらない悪夢が1ヶ月以上続いていた。
2回目で氷槍の不意打ちを食らったリペーターはその後、10日間は姿を現さなかった。
しかし、姿を現す度にアウルムに自分の行いを後悔して詫びる意思があるかの確認をしにきていた。
だが、それを無視。徹底して無視した。
ループの中でアウルムを殺せばそれで、はい、おしまい。ならば、攻撃をして失敗すればまたループさせれば済むのだ。にも関わらず、リペーターは攻撃してこない。
そうなると、アウルムに謝罪させる。これが能力に関係してくるのだろうと自然と予想はついてくる。
「どうだ? いい加減辛くなってきただろう? 泣きじゃくりながら謝ってもいいんだぜ?」
こんな調子でどこからともなく現れてまるで悪魔の囁きのようにアウルムの心が折れることを待ち望んでいた。
「…………」
「無視してんじゃねぇ!?」
「…………」
リペーターをイラつかせること、感情のままポロッと口にする言葉から情報を集め、勝利への道筋を組み立てる材料としていく。
これは持久戦なんだよ、一々些細なことでかっかしてられないっての。
無視はしているが、軽視はしていない。アウルムは悟られぬよう注意深く観察を繰り返していた。
しばらくの間、シルバとは顔を合わせていない。ループの起点──朝の時点で念話で簡単に説明をしているが、それ以降は顔を見せるなと言ってある。
自分の次はシルバに向かう可能性がある。幸い、仲間がいるということには気付かれていないのだから、このまま単独行動を続け、単独で撃破する必要がある。
共闘すれば一度の失敗で自分の次はシルバが戦うことになる。シルバのことだ、俺がやられたことで激昂して冷静に戦えないだろう。それは回避しなければならない。
これは俺とあいつとの、孤独な戦い。
諦めた方が負ける、そういう戦いを強いてきているのだ。
単純作業を刺激のない生活を繰り返すことがどれほど自分にとって苦痛なのか、思い知らせて殺す。
確固たる殺意を胸の奥底に秘め、この街でいつ、どこで、何が起きるのか、何をしたらどうなるのか、そういった小さな小さな塵を積もらせる作業をアウルムは奥歯が砕けそうなほど噛み締めて街を練り歩く。
そうした地道な調査で分かったことはいくつかある。
・街の外からは出られない。
街をぐるりと囲んだ壁の外に出ようとすると、見えない壁に弾き飛ばされる。シルバの結界に似たような物理的な耐久値を持つようなタイプの壁ではないので、破壊は望めない。
・自分以外の誰一人としてデジャヴを体験していない。
自分の魂だけが時間軸を移動していると推測される。一度築いた関係性が毎度リセットされるのは、かなり無力感、徒労感に襲われる。これがリペーターの恐ろしい部分の本質なのかもしれない。
そして、自分は知っているが、相手は知らないというのは普通は会話に齟齬が発生する。どこまでを知っていて、知らないか、そんなことは直感像記憶でも無ければ一々覚えていられない。
・バタフライエフェクトにより変動する未来と、確定された未来が存在する。
自分の行動一つで大きく結果が異なる未来、事象と、因果律のように常に変わらない未来の二つがあることに気付いた。
これもまた、混乱を招く要因の一つ。
・リペーターの位置が不明
最初は街の人間に化けているのか、どこかに隠れているのかと考えた。だが、現れる直前の気配がまるでない。まるで、パッと転移でもしてくるかのように現れる。
実際転移している説が濃厚だ。
だが、リペーターが現れるのは他に誰も居ない時、場所に限る。そういうポイントを選べば顔を見せることがあるという法則に気がついた。
まだだ……まだ、攻撃をしかけるにはまだ早い。何か隠している能力があることを想定するならば、把握していないことの方が多い。
地道にコツコツと、一手ずつ布石を打っていく。
***
100回目の10日目が来た。体感にして3ヶ月以上の繰り返し。
こちらにも相当の疲労があるが、リペーターの心労はそれ以上だろう。被害妄想の激しいやつが殺したいと思ってるやつにそれだけの時間を付き合うことに何もストレスもないとは思えない。
だが、それこそが奴が焦れてボロを出す好機ともなる。
ここ最近は毎日のように喚き散らしに来るのだから、そろそろ限界──決戦の時が近いかも知れない。
焦らず、出来ることを情報収集を繰り返す。
リセットされるのだからレベルアップは見込めない。今の手持ちの能力をどう活かすかに苦心するほかはない。
それだけが、やるべきことなのだ。
肉体的疲労はリセットされるタイミングで最初の10日目なのだが、それ以上に悪化することもない。という点では無茶が出来る。
辛くないと言えば嘘になるが、それで死ぬことがないと保証されているのだからある種の安心感はある。
アウルムはリペーターが不気味に思うほど落ち着いて行動しているように見えた。
***
「どうなってやがる!? あいつはおかしいのか!? いや、とっくにもっとおかしくなっているはずなのに!? ボクのユニークスキルが効いてないのか!?」
リペーターは隔離された別次元からアウルムを監視していた。
もう100日……いや、150日は経過したというのに心が折れる素振りが見えない。
こんな奴は初めてだ。今までこの『明日より今日』を使った相手は1ヶ月もすれば絶望して自らの命を断とうとした。そして泣いて詫びる。
頼むから殺してくれ、終わらせてくれとどんな大男だって心が折れる。
絶対の自信。条件さえ満たせれば、不安因子は確実に排除出来たと無敵のユニークスキルだというのに、何故奴は死なない!?
ステータスだってちょっと強いくらいの冒険者でしかなかった。特別なスキルだってなかった。
──だと言うのに何故!?
リペーターはボリボリボリボリと顔の皮膚が剥がれるほど掻きむしりながら、アウルムに怒りを募らせていた。
何故……何故こんな苦痛を……ボクがッ! 何もしてないのに何故こんな苦しみを感じるんだ!?
許せない……あいつだけは許せない……もうしばらくぐっすり眠れてないじゃないか……あいつが泣いて詫びるまでは絶対に安眠出来ない……安眠の為にはあいつ絶望が必要だ……死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね…………。
テメェエエエッ! 呑気にメシなんか食ってんじゃあないっ!
誰も居ない噴水の前で、昼食を腹の立つ仏頂面でむさぼるアウルムを見て誰にも聞こえない場所で叫ぶ。
そして思わず飛び出して顔を出す。それがいつものパターンとなっていた。
***
「ハアハアハア……ふざけんなよお前!」
「……お、今日は来ないと思ってたぞ」
リペーターがどこからともなく現れてアウルムに唾を飛ばしながら喚き散らす。
「なっ……お前ぇっ!」
「今メシ食ってんだ、俺はクチャクチャ鳴らしながら食う奴が嫌いでな……ちょっと待っててくれよ」
「ふ、ふざけんなよおおおおっ!? メシなんか食うじゃあねぇ! このボケがああああっ!」
「だから、待ってろってもうすぐだから……」
飄々とした態度でアウルムは挑発するように美味そうにそして、ゆっくりとパンとソーセージに齧りつき咀嚼する。
腰に下げた皮の水筒の栓を抜き、ゴクッゴクッと水を美味そうに飲む。パンによって奪われた口内の水分を、ソーセージの塩気の辛みを洗うように丁寧に体内へ流し込む。
「ふ〜食った食った……」
「…………ッ! 殺す! 殺す殺す殺すッ! 決めた!何回だって殺してやる! 絶望だけじゃ足りないみたいだな、痛みも加えてやるぞ、このクソ野郎がぁっ!」