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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
11章 ナイト・ムーブス

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11-31話 リク・バンバ


「コイツ……どうする」


 シルバはアウルムに尋ねた。その視線の先にいるのは気絶しているウンコマン。


「まずは普通の犯罪者と同じく取り調べだ。操られていたとは言え、人を殺し過ぎている。精神的に不安定な勇者を放置は出来ない」


「その後の話や。ブラックリストの勇者ではなかったやろ。もう抵抗も出来ん。そうなると俺たちが裁く筋合いはあるんか」


「それは話を聞いてから決めても良いだろう」


 手首と、首には魔封じがつけられ、暴れても意味がない状態。


 ブラックリストと思われた勇者を完全に拘束したのは今回が初めてである。


「起きろ」


 アウルムがウンコマンに触れる。頬を軽く叩いて、『分泌操作』により意識が戻る成分を注入した。


「…………タカちゃんは……」


「死んだ。そしてお前は拘束されている。これから尋問を受けてもらう。正直に話せ」


「そっか……タカちゃん死んだのか……あんたたちには悪い役割させちゃったな」


 ウンコマンは力なく、ただ残念そうに地面を見つめながら呟いた。


「俺は殺されるのか? もういいや、生きてても苦しいだけだ……死んだら忘れられる……何もかも……」


 その態度は投げやり。抵抗の意思はなく、好きなようにしろと言わんばかりの無気力。


「そもそも何故人を殺していた? 誘導されていたようだが、それでもお前の中に殺意が無ければ実行はしなかったはずだ」


「ハハ……俺はそれを誰かに聞いて欲しかったのかなあ……説明したところで許されるわけもないけど、まあ、聞きたいのなら教えるよ」


 涙ながらに語る彼の過去。同情が欲しいのでもなく、自身の整理的なものなのか、ポツポツと言葉を選びながら正直に喋り始めた。


 ***


 ウンコマンこと、本名 リク・バンバ。周囲の者はババだと思っているが、正式な読みはバンバ。


 一々訂正するのも面倒で、ババちゃんなどと中学2年の時点では呼ばれていた。


 整った顔立ちで、一部の女子生徒からは『王子』と呼ばれ、人気もそれなり。毎年3つはバレンタインにチョコレートをもらう男。


 当然、やっかむ男子生徒も多少いたが、調子に乗るような性格でもなく、上手く立ち回っていた。


 むしろ、困っている人を助ける優しい性格。


 しかし、その性格が彼を地獄へ叩き落とすことになるとは本人も予想が出来なかった。


 中学校。ある意味、人間がもっとも愚かで残酷になる場所かも知れない。


 子供は残酷というが、物の分別がついてない分まだマシで、ある程度善悪が理解出来るにも関わらず、快楽が勝ってしまうのが中学生という生き物だ。


 ウンコマンことバンバはそれを実感することとなる。


 彼の運命を変える日、中学2年の文化祭にて、事件は起こった。


 9月という感覚的には秋にもかかわらず、まだ夏の暑さが残るその日。昼食を終えて、午後からは体育館で各クラスの劇が執り行われる。終盤も終盤、異変が起こった。


 急激な腹痛が彼を襲う。慌てて、薄暗い体育館を駆けて近くのトイレへ向かった。


「…………待てよ」


 便意が襲う中、バンバはふと冷静になる。クラスの中でもお調子者の面倒な男子生徒の一人が少し前に立ち上がり体育館を出たのを目撃したことを思い出す。


 便意も十分危機ではあるが、その後のことを考えた。もし個室へ駆け込めば、奴と鉢合わせるのではないか。


 そして、女子生徒とは違い、思春期の中学生にとって致命的な情報を与えることになる。


 男子生徒が個室へ駆け込めば確定する。誰もが確信する。


 コイツはウンコをした……と。


 そう、バンバは露見することを恐れた。トイレの入り口前で立ち止まり、奥から物音……つまり人の気配が。


 危険。少し先の未来が見える。


 そして、回避する。階段を駆け上がり、教室近くのトイレへ向かう。


 全員体育館にいるのであれば、まず誰とも出会うことのない安全地帯へ逃げ込む。


 肛門に力を入れ、腹をさすり、冷や汗を流し走る。


 足がもつれる。階段を一歩踏み外す。


 ──衝撃が全身を伝い、肛門括約筋の集中を途切らせ、重力で顔を出そうとする忌まわしい物体。


「ハァッ!」


 だが、耐えた。バンバはギリギリで全ての力を注ぎ耐えた。


 階段は登り切った。角を曲がればすぐ右手にはトイレッ!


 持ってくれよッ! 心の中で叫ぶ。


 ドンッ!


 またも衝撃。曲がり角でまさかそこに人がいるなど予想も出来ず、ぶつかり、尻餅をつく。


「ウゥ〜ッ!?」


 そこにはクラスメイトの女子生徒。バンバも見て血相を変えて階段を駆け下りていく。


 ごめんの一言を言う間もなく彼女は離れていく。


 しかしバンバはそれどころではない。トイレ。何はともあれ、まずはトイレ。


 駆け込み、誰もいないことに安堵しながらベルトに手をかけ、個室に入った瞬間ズボンとパンツを下ろす。鍵をかける暇もない。


「危なっ!」


 フタ。完全に油断していた。個室に入ればすぐに用は足せるはず。思い込みだった。


 彼の肛門括約筋はもうそこを安全だと勘違いしてしまう。既に半分顔を出すそいつは止まることはない。


「うわあああっ!」


 間一髪、フタを開けてその隙間に滑り込むように尻を乗せて──間に合った。


 なんとか、無事に間に合う。とんでもない量で、もし漏らせば誤魔化しなど効かない大惨事の特盛。


 湧き上がる匂いだけでも、誰かがいれば虐められるのは確実なギリギリの戦い。


 英断だと自分を褒めて、鍵をかける。


「あれ、そういや泣いてた……?」


 ぶつかった女子生徒のことを思い出す余裕さえあった。


 しっかりと出し切り、流し忘れ、匂いの確認もしてトイレを出る前に手を洗う。


 ──しかし、鼻に入りつづける独特の不快な匂い。


「まさかッ!?」


 パンツ、ズボン、まさかどこかに引っ掛けたのか、そんな不安で下半身を確認するがそれらしき物体はない。


「……? じゃあどっから……あ、ハンカチ……教室か。てかさっきからクッセ……なんなんだよ……本当に漏らしてないよな?」


 ハンカチがないことに気が付き、教室の自分のカバンの中にあることを思い出してそのまま向かう。


「…………ッ!? うっそだろ……!?」


 教室に入った。しかし、それが一番やってはいけなかった。手など放っておいても乾くのだ。ハンカチを使う男子生徒なんかほとんどいないというのに。その程度ではからかいの対象にならないというのに。


 バンバは目を鼻を疑ったが、教室の入り口から教卓のルート上に撒き散らされる茶色い汚物。


 呆然と立ち尽くし、現実かと疑う。


 あまりにも馬鹿げた光景だった。


 そして、ピンと来る。


「さっきの……そういうことか……」


 合点がいく。彼女も自分と同じようなことを考えたのかも知れない。もしかしたら他の事情で教室へ行き、その途中で急に腹痛に襲われたのか。


 元々体調が悪かったのか。それは分からないが、とにかくこの目の前にある汚物の出所は彼女でまず間違いない。


「どうする……」


 まず間違いなく放置すれば皆が帰ってくれば阿鼻叫喚となるだろう。


 クラスメイトの、それも多感な時期の異性が思いっきり漏らして、その汚物を見たという衝撃以上に、バンバはあることを考えていた。


 彼女にとって計り知れないトラウマになりかねない。一生学校に来れないような失敗かも知れない。これがもし、騒ぎになったら、いや、確実に騒ぎにはなる。


「俺がなんとかしないと……」


 バンバは優しかった。匂いはもうどうにもならないが、その物体はなんとか排除出来る。


 処理してあげなくては。そう思った。


 その時、チャイムが鳴る。劇が終わったということ。


 つまり、すぐ教室へ一斉に皆が戻ってくる。


 考える時間はない。バンバは男子トイレへ駆け出し、トイレットペーパーを丸ごと掴んで教室へ戻った。


 そして、吐き気を催しながら、それを掴む。トイレットペーパーを何重にも重ねて手が汚れないように慎重に、それでいて迅速に動く。


 誰かの叫ぶ声。足音、気配はすぐそこ。


「ヤバイヤバイヤバイッ!」


 全部かき集める。テニス部に所属していたバンバは日頃のボール拾いのように、素早く目に見える物体を全て掴んで完全に教室から拭い去る。


 後は捨てるだけ。トイレへ駆け込み、流せば証拠は隠滅される。


 匂いという疑惑だけが残り、曖昧に、ちょっとした騒ぎになる程度で大惨事は免れる。


 ただ、バンバは優しかっただけ。下心なし、純粋な善意と正義感によって、大して話したこともない女子生徒を救う。


「うぃ〜ッ!」


「ッ!」


 しかし、走っていたのはバンバだけではなかった。


 男子中学生とは無意味に走る生態である。クラスメイトとふざけあいながら、走って教室へ戻ってきた。


「うお、ババ戻るの早ッ!」


「うい」


 最悪。よりにもよって一番面倒なお調子者がバンバを発見する。


 無視してトイレへ走る。手には汚物を包んだトイレットペーパー。背中で隠して、バンバも意味のない返事をしてトイレへ。


「うぃ〜ッ!」


 まさかの通せんぼ。当然それに意味はない。ただふざけているだけ。


「いいって」


「キレんなよ……なんか……くっさ! くっさ! ウンコ臭いッて!」


 無意味な大声。無意味な笑い。


「え、ババお前……」


「…………」


「屁こいた?」


「こいてないって。残り過ぎだろ」


「ギャハハハッ! それな! いやでもクッサ!? 誰か流してないんじゃね!?」


「これからトイレ行こうと思ったのに最悪だな」


 適当に話を合わせる。頼むから誤魔化されてくれ。頼むから行かせてくれ、何も気付くな。馬鹿でいてくれ。


「……何持ってんの?」


「ッ! あ、えと……」


 しかし妙に勘が鋭い。授業中に教科書の一節を読めと言われて、部首やつくりから、おおよその読み方など予測出来るだろうという簡単な漢字が読めないコイツがよりによって、今は気がつく。


「ハッ!? 嘘ッ! エッ!? お前それトイレットペーパー……ウンコだろッ! え! 漏らしたッ!? ウンコ漏らした……!? 皆ああああああッ! ババがウンコ漏らしたッ! ババがババ漏らしたッ!」


 それは絶叫だった。劇の感想などを話していた生徒たちは一斉に静まり返り、その男子生徒の声を耳に入れる。


 そして集まる視線。静寂の後の騒めき。


 混乱、疑い、呆れ、反応は様々だが、言い逃れの出来ない『証拠』をバンバは手に持っていた。


「いやッ! 違っ! 教室戻ったら誰かが……! 皆の為に掃除しただけだって!」


「え……マジ?」


「ヤバ……」


 女子生徒の笑いよりも、引いてる真剣なトーンがバンバの冷や汗を引き出させる。もはや、暑いのか、寒いのかも分からない。


「違うッてッ!?」


「じゃあ他人のウンコ握ってんのか?」


「ッ!?」


「ないだろそれは」


 それはそう。普通に考えて、誰かがウンコを漏らしていたとして、その片づけを生徒がやるか?


 無論、やらない。教師がブチ切れながら静かにしろと叫んで、生徒は笑い、教師か用務員が片付ける。それが中学校においての普通。


 女子生徒は今頃保健室に駆け込んで泣いて着替えを用意してもらっているだろう。


 バンバの優しさは皮肉にも犯人がバンバであると補強する材料となる。


 放置して、教室戻ったらウンコ落ちてると騒いだ方が助かったのだ。


 そこから先はよく覚えていない。


 だが、次の日から『ウンコマン』と呼ばれて虐められるようになったのは間違いなかった。


 辛く、惨めな学校生活の始まり。地獄の始まり。


 机、黒板、あらゆるところにウンコの絵が描かれるイタズラ。容赦ないウンコマン呼び。


 一番キツかったのは、庇った女子生徒もその嘲りでバンバを笑ったのを見てしまったこと。


 自分が犯人ではないと、周囲に思わせる為に一緒に笑う。それしか方法がなかったのかも知れない。


 だが、今こうやって笑ってられるのは、こんな目に遭っても秘密を守っているバンバがいるからこそ。


 優しさが自分を不幸にしたことが何より辛く、親にも言えぬまま、学校へ通い続けた。不登校になれば親が心配する。それが嫌で、どこまでも優しい人間だった。


 高校は頭の良い、イジメの無さそうなところへ行けば救われると思い勉強を頑張った。というか、友達もおらず勉強へ逃げるしかやることがなかった。


 念願叶って、千代ノ門高校に合格。受験先は誰にも伝えぬまま卒業アルバムの寄せ書きは白紙で卒業する。


 そして入学式。誰一人自分のことをウンコマンというものはいなかった。久しぶりの安心。心の平和。


 嫌なことは忘れて新しい生活を楽しみたい。それがバンバの願い。


 入学式が終わり、新入生が教室へ戻る途中の廊下でその願いは叶わないと知る。


「え? ウンコマンじゃね!?」


「…………ッ!」


 なんで? なんでコイツが同じ高校へ? 学力的に到底無理なはず……。


 イジメの主犯はそこにいた。スポーツ推薦でやってきたのだ。馬鹿だが、憎らしいことに運動は出来た。


「コイツ、俺の学校でウンコ漏らしてウンコマンって呼ばれてた奴ッ!」


「マジ? ヤバッ」


(ああ、……また、始まった。また地獄か)


 ホームルーム。ヒソヒソとウンコマンと誰かが言ってるのが聞こえる。もう噂が広まり始めている。


 ジッと机を見つめて、絶望していると勇者召喚が起こった。


 そして、勇者となりユニーク・スキルを得る。


 その名もウンコマン。その日から開き直った。


 虐められるくらいならば、道化を演じて笑いに変えた方がまだマシ。


 バンバの名は捨て、ウンコマンと名乗り他人にもそれを求めた。


 そのおかげか、神のイタズラか、運命の出会いがあった。


 タカちゃん。ウンコマンがウンコマンとなった事情を聞いて涙し、励まし、友となった男。


「なあ、苦しいんやろ……真面目にやってるのが馬鹿みたいな悔しさは俺も分かるんや。どこの世界でも同じで弱いもん、真面目なもんは割食うんや。壊さへんか? 俺と一緒に」


「壊す……?」


「調子に乗ってるやつ、他人を虐げるやつ、殺そうや。法律とか倫理観とか出さんといてや。そんなもんここにはあってないようなもんやからな」


「ええ……」


「でも、だからこそやで。俺らみたいなもんが立ち上がらんと誰も守ってはくれんのや。ウンコマン先生も欲しかったんちゃう。自分の代わりに戦ってくれる人」


「ッ! あ、ああ……そうだ……誰でも良かった、誰か一人でも庇って欲しかった。せめて漏らしたあの子だけでもごめんって言って欲しかった」


「まずはさ、殺そうや。イジメの主犯。生きてたらまた誰か傷つくわ」


「殺す……ああ、そうだ、殺すッ! 殺さないとッ! 人を食い物にする奴、笑う奴は皆殺さないと! でも悪人になるのは違う!」


「もちのろんや。そこの線引きはちゃんとする。俺がやっていいかちゃ〜んと調べてくる。俺らは正義の味方や。このクソみたいな世の中ぶっ壊そう」


「やろう! 俺たちだから出来ることだ!」


 こうして二人の復讐の旅は始まったのだった。


 ***


 回想は終わり、どこかスッキリとした表情をウンコマンはしていた。


 無論、我慢していたのを漏らしたのではない。


 いや、ある意味、その過去を我慢して誰かに漏らしたかったのかも知れない。


「なんてね。ウンコマンジョーク」


「もう、良い。別に俺らはガキじゃないから笑わん。ふざけんでええんや」


 見かねたシルバはウンコマンの肩を優しく叩いた。


「ッ! ああ……あんた……あんたみたいなのがあの時いてくれたら……」


「よう頑張った」


 ウンコマンは涙が止まらなかった。分厚くて大きな温かい手が肩に乗せられて感じたことのない安心を覚えた。


 イジメを受けていたシルバにとっても他人事とは思えなかった。不憫で仕方なかった。


「あんたはいじめる奴といじめられる奴、どっちが悪いと思う? なあ、俺は悪かったのか? あの時の選択が間違ってたのか?」


「……正直に言うてええか?」


「ああ、聞かせてくれ……」


「どっちも悪い」


「ッ!? 馬鹿なッ!? いじめる奴が100%悪いだろッ!?」


 シルバの答えはウンコマンが欲しかった答えではなかった。


「ならなんで聞いた? 俺の持論やがな、まず前提として人をいじめて良い理由ってのはない」


「当たり前だ!」


「でもなッ! それといじめられても仕方ない奴ってのは両立するんや」


「は、はぁ? なわけないだろ!」


 ウンコマンは動揺する。予想だにしていなかった答えに。


「いや、あるッ! なんでか? 教えたるわ。いじめる側の奴に理屈なんか通用せんからや。楽しいからや。いじめて良い理由はなくとも、いじめたい理由はある」


「…………」


「しかも、いじめて大丈夫な奴だけいじめるんや。ようするに、舐められてる。舐められたら終わり。舐めても大丈夫、そういう隙を与えてたお前も悪い。いじめられるだけの理由はある。ウンコ漏らしたってことになった、お前が気弱い。十分過ぎる」


「無茶苦茶だ! そんなの理不尽だろ!?」


「言うたやろッ! いじめる奴に理屈なんか通用せんのや! 徹底的に理不尽で残酷なんや! 言うて聞く相手じゃないなら自分の身は自分で守るしかないんや!」


 それはシルバの生き方であり処世術。もちろん、すべての人間に実行出来るとは思っていない。


 だが、何度考えてもそうするしかなかった。誰も助けてはくれないし、助けてくれることに希望を抱いてはいけない。


 運が良かった。頭のおかしな暴力的な友人がいなければ、いじめられたままだったかも知れない。攻撃という手段を知り、それが防御だと学んだ。


 社会的に許されなくとも、暴力や威嚇で身を守ることが結局は有効だと身を持って知ったからその後の人生が変わっただけ。


 結果論で、生存者バイアスでしかないのかも知れない。


 特殊ではあるが、現実的でもあった経験則。


「グッ……ウゥ……」


「優しさは美点ではあるけど、弱さにもなる。お前は弱かった。少なくとも周りにはそう見えた。別に説教するつもりはないけどな。これが現実や」


「現実……クソが! 現実……! ふざけんな!」


「お前が人殺してなかったらここまで言わんけどな、あえて言うわ。その優しさにお前の相棒はつけこんだ。お前が弱かったから関係ない人間死んでる。それは刻んどけ」


「〜〜〜ッ!」


 怒りで忘れていたが、ウンコマンは思い出した。その弱さが取り返しのつかない過ちを重ねていたのだと。


 言葉を失い、項垂れる。涙を流しながらシルバに懇願した。


「殺してくれ……生きてちゃいけない……苦しい……」


「お前の苦しみはその記憶そのものだろう。忘れたいか?」


 静かにやり取りを聞いていたアウルムが口を開く。


「ああ、忘れたい。あの時のトラウマでずっと眠れないんだ。毎日汗をかいて悪夢を見る。忘れることが出来たら俺は俺じゃなくなるかも知れないが……その方がまだマシだ。もう疲れた……眠りたい……」


「……分かった。『不幸調書ミザブル・コンフェッション』……お前の記憶はページとなり封印される」


 KTことタクマ・キデモンから得たスキル。


 悲しい記憶や感情を口にすることで、アウルムはそれをページとして本の中に封印することが出来る。


 殺さず、勇者を無力化する唯一の方法。


 優しく、平和的で、どうしようもない、悲しい終わらせ方。


 抵抗を諦め、正直に話した者だけが得られる安息。


 ウンコマンは最後の最後で願いを叶える。


 彼の記憶はページとなり封印されアウルムの手元に保管される。誰もその記憶を掘り返すことはない。


 代償は記憶の喪失。つまり、自分は何者で、今まで何をしてきて、これから何がしたかったのか。


 動機や人生の支え、思い出も消える。


 生活に支障のない知識こそ残れど、エピソード記憶は飛び、欠落による不安感は多少つきまとう。


 だが、これがウンコマン、そしてアウルムの決断したもっとも『マシ』な解決策。


「…………? 俺は一体? なんか……めちゃくちゃ眠い……」


「ようねえや」


「眠れ。お前は悪夢に怯えて人を傷つけることはない」


 バンバは記憶の代わりに安眠を得る。シルバのイントネーションはどこか聞き覚えのある親友だったような男と似た響き。安心する声とイントネーションにまぶたは重くなる。


 泥のように眠り、目元には涙の跡が残っていた。


「可哀想に……ああは言うたけど、俺もお前と会わんかったらこうなってた可能性はあった。願わくば、こいつに平和な人生が待ってますように」


 シルバは祈りながら彼に毛布をかけてやった。


 ブラックリスト勇者──残り10人。


 1名、リストから除外及び再起不能。

 ファイルナンバー18『ウンコマン──馬場(バンバ) (リク)

 被害者数:157人(タカちゃんによる煽動、間接的被害者含む)

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