11-30話 離脱者
戦いは終わった。ヴァンパイアはサウィン、ラーダン、カイトによって掃討され、霊廟一帯には平穏が戻る。
ヴァレリウスが死んだのか、生き延びたのか、それはラーダンの龍眼をもってしても分からなかった。
ひとまず区切りはついた。カイトはようやく当初の目的にたどり着く。
「ちょっと散歩しようか。せっかくだから、案内するよ……さて、僕に聞きたいことがあったんだよね?」
「ああ。どうだ、覚醒した……いや、ゾンビになった気分は」
カイトとサウィンは誰にも聞かれないよう、皆とは離れて会話をする。外してくれとわざわざ全員に頼んだ。
「最高だね。我慢した甲斐があった。死とは自ら迎え入れるものではなく、抗うもの。僕の考えは間違っていなかった。それで?」
「その『死』についてだ。いくつか聞かせてもらう。まず、あくまで仮に、の話だが……俺がエリの死体をお前に渡したとして、お前はエリをゾンビにすることは可能か?」
カイトは珍しく緊張していた。深呼吸して間を置き、奇妙な質問をする。その心の動きは声となりサウィンに伝わった。
「……君、まさか」
「いやお前の意思ではなく、答えるのは可能かだけで良い」
「そう……結論から言うと無理だろうね」
サウィンはカイトを見て笑いながらその意図を図る。だが、カイトは首を振ってそういうことじゃないと否定してサウィンを安心させた。
「何故だ?」
「まず、僕のユニーク・スキルはね、ゾンビにさせるまでの有効時間があるんだよ。これの意味することが分かる?」
「……単にスキルとしての制限って訳じゃないのか? 俺だって剣しか装備出来ないってのがある」
「かも知れないね。でも、僕なりに理由は考えてみたりもした……仮説だけど、肉体に宿る『魂』の問題なんだと思う。死んでからゾンビになるまでの時間が短いほど、理性の残った強いゾンビが生まれるんだよ」
それはカイトも知らなかった情報だった。自分の命綱とも呼べるユニーク・スキルの詳細について語る勇者は少ない。
故にそれ自体は不自然ではない。
「死体から徐々に魂は抜けていく……ということか」
「繰り返すけど、かも知れないだけだよ。確証はない。でもそこである疑問が湧いてくる。そうだよね?」
「……魂はどこへ行くのか、か」
「日本人としての死生観で言えば、天国か地獄に行く……もしくは、単に死ねば虚無なのか……まあ、考えつくのはそういうところでしょう」
「だな」
「でもね──」
サウィンは上下を指差し、腰を捻って独特のポーズをしながら、自分の発言を取り消すかのように続けた。
「この世界って本当に神様がいる世界なんだよ。死後の世界や宗教って僕たち……特に日本人にとっては、どこか空想の産物であって本気で信仰してるかと言われると、首を傾げるよね」
「……!」
「でも、この世界ではその前提が違う。信仰とか、可能性とかじゃなくて、事実として神はいる」
前提が違う。故に魂や死後の世界というものの意味合いも、日本人的死生観での理解するには無理がある。
いや、理解しようとすれば間違った方向へ行ってしまうという方が正しいのだろうか。カイトはサウィンの発言を受けて、ふと、空を見ながら死後の世界を、神をイメージしながら、サウィンの言葉の意味を考える。
「君はさ、僕に質問する前に聖典をしっかりと読むべきだよ。答えは僕よりもそこにある可能性が高い」
「盲点だったな……単なる生きていく教えや歴史だと思っていたが……そうか、この世界の聖典となると死後の世界の本質的な部分があながち出鱈目じゃないってこともあり得る」
カイトが自分の視野の狭さに思わず笑いが出る。返事を聞いて我が意を得たりと、サウィンは頷いた。
「なあ、ゾンビは無理として……人を生き返らせることは可能だと思うか?」
それは質問? と、可能だと言って欲しいカイトの心を見透かすようにサウィンは笑う。
「そうだねえ、可能だと思うよ。魔法やユニーク・スキルの存在は僕たちの常識を超えている。不可能だと思うことが出来るのがこの世界。逆に不可能だと言い切れるほどの根拠が実際ないからね」
「俺と同じ考えだな。しかし、不可能でなくとも難しくはあるか……じゃあゾンビを人に戻すことは?」
「ああ、それは生き返らせるよりは明らかに簡単だね。肉体と魂は一応ゾンビにも揃ってるから、とっくの昔に死んで骨になってる人に比べたらね。生き返らせるというより、『戻す』作業だろうし」
「俺は状態異常を解除するスキルがあるが……」
「ああ、そういう『小細工』は通用しないよ。この世界のゾンビはウイルスによる感染ではない。つまり本質は病気ではないから」
カイトの顔の前に手のひらを向けて制止し、チッチッと指を振り、無理だと否定する。
一応説明しておくと、僕の能力はゾンビに噛みつかれることでゾンビになる能力があるが、それは能力としての仕様でしかない。ゾンビにウイルスがあるというわけではないのだと、補足する。
「幽霊や悪霊に近い肉体と魂の変質が起こり、人よりもモンスターに近くなる。病気よりは呪いっぽいね……ただし──」
あくまで、死者を蘇生するよりはという話であり、それ自体が簡単という意味ではないとサウィンは釘を刺した。
「やってみたら良い。でも痛くしないでね」
百聞は一見にしかず。近くのゾンビに試してみる方が早いとサウィンは促した。カイトは言われるまま『解刀』で優しくゾンビを切る。
「ウゥア?」
触れられてゾンビはなんだ? とカイトの方を見て反応するが、外見に変化はない。
「ね?」
「なるほど……ゾンビへの変化ってのは不可逆なんだな。俺の能力は、薬や時間経過で出来ることをショートカットしてるに過ぎない。いわば可逆のものに対して有効だ」
「そう、ゆで卵を生卵に出来ないようにね」
「分かりやすい例えだ。後一つだけ聞かせてくれ」
「悪いね、あまり力になれなくて。君が友達を復活させたいって気持ちは理解は出来ないけど、困ってるなら助けてあげたいし、尊重はしたいからさ」
サウィンは残念そうに肩を落とす。変わり者ではあるが、基本的に他人の思想を否定したりせず、誰かを助けてあげたいという性格なのだ。
「……その能力で誰かに誰かをゾンビにしてくれと言われたことがあるのか、そしてそれを実行したことがあるのか、今後言われたらやる可能性があるのか。教えてくれ。聞くだけで答えがどうであれ、何もしないと約束する」
「質問、多いね。答えは全部NOだよ。僕は人の命をもて遊ぶつもりはないからね。自衛以外では責任がとれないことはしないんだ」
一体何を聞かれるのかと身構えちゃったと、くすりと笑って答えたが、そのゾンビとなり濁った瞳の奥から、覚悟の強さは感じるものがあった。
ヒカルからそういう依頼を受け、死んだ勇者が100%ではないにしろ、ゾンビとして死なない身体で復活していれば脅威。
カイトはそれを確かめたかった。
「ああ……でもね、君のその質問、的外れでもないよ。彼は以前聞いてきたからね」
「……何をだ」
「勇者とこの世界の人間のゾンビって何か違うのか、とか。どうして勇者のゾンビ……パーティの皆は死んでるのにユニーク・スキルが部分的に使えるのか、とかね」
「ッ! そうか」
「気をつけてね。彼は死をオモチャにする人だ。たくさん人が死ぬような何かをしようとしてる……いや、もうしてるのかも知れない」
「分かってる……正直に言うとお前がヒカルの仲間になってないか、疑ってた。聞きたいことがあったのも本当だが、その確認をしなくてはならないと思ってた。何せお前は……」
「敵にしたら強過ぎるでしょ? もはや今の僕は殺すことも出来なくなったからね。大丈夫、僕は人を殺すことが嫌いだから。それにね……」
そう、強過ぎる。タイマン自体は強くはないだろうが、サウィンの本質は負けないこと。勝てはしなくとも、ずっと負けない。
言い換えれば、勝てるまでやり続けられる。理不尽な強さがある。覚醒することでそれに拍車がかかった。
カイトの強さとはまた別種の手がつけられない強さ。敵に回るのだけは避けたかった。
「それに、なんだ?」
「──僕あの人嫌いなんだよ」
「お前がそこまでハッキリと個人を嫌いだと言ったのは聞いたことがない」
「だってさ、彼……僕を怖がらないどころか好きだって言うんだよ。その後かけてくれた言葉も心が動かされて嬉しかった」
「……? すまん、意味がよく分からないんだが」
嫌いと言うだけでも意外だったのに、自分のことを好きと言うから、なんて理由では混乱するのも無理はない。
「別に彼とは大して関わりないんだよ。一緒にパーティとして死線を潜り抜けたとか、遊んだことあるとか、そんな経験はない。なのに好きって言われたんだ」
「あ、ああ……それで?」
「僕って客観的に見たら異常者で変態なんだよ。不気味で怖くて、キモいんだよ。カイト君だって、そうでしょ。でも別にそれは良いんだ。僕を怖がる人を僕は嫌いじゃない。でも彼は怖がらなかった」
「いや、そんなことは……ある、な。悪いけど」
「あの調査官たちは僕のこと好きでも嫌いでもなかった。これでもかなり珍しい。そういう趣味のやつ程度の認識で、偏見がないというだけで凄い」
「──だからこそ、僕のことを好きと言う彼はおかしい。むしろ、好きじゃダメ。普通の感性を持ってて優しい人なら余計に嫌いなはず。冷静に考えたら分かること。好きなはずがない」
あまりにもサウィンが喜ぶ言葉をヒカルは選んだ。それはもう不自然なくらいに。人を魅了する天才だと、サウィンはそう評価する。
「彼も死体が好きでイカれてるか、喜ばせる為に嘘で操ろうとしていたか。どっちにしろ、僕の異常な部分を好きと言ってる時点で人の上に立ってはいけない。それくらいは弁えてる」
「……」
「彼は僕が欲しい言葉を与えた。死は僕にとっては大事なことだけど、彼にとっては魅了の道具でしかない」
(驚いた。ヒカルの言葉に対してそんな反応する奴がいたとは……大抵ころっと騙されるんだがな……)
「僕は人とは違う。この感覚は僕だけの悩みで、僕だけの孤独。仮に僕の心が読めたとしても、何故こうなったのか理解出来ても……共感は、絶対に出来ない」
「あいつは共感したのか」
「部分的に、だけどね。共感は人と違うことについて、置き換えてしてただけ。ネクロフィリアな訳じゃない」
「あいつは話の引き出しが異常に多い。接点がなさそうなことでも、繋げて心を奪うことに長けている。なんならそういうユニーク・スキルだと信じるくらいにな」
「彼は読み違えたね……いや甘く見てた、かな。僕に寄り添えば仲良くなれると。僕がそれで絆されると。でも無理だよ、僕のことを好きなんて軽々しく言う人は死をもたらすからね。彼は死から一番近いとも言える……君も近付きつつあるね、オススメはしない」
「別に死にたい訳じゃないんだがな」
カイトは複雑な心境だった。望んでいるつもりはないが、行動の選択は自分でしていることだから。
「僕は死から遠い人の方が好き。死は自分から近づくものじゃない。逃げる努力が美しいんだ。皆死んで欲しくないけど、死んだらその時は僕と仲良くなって欲しい。僕はずっと待ってる……君のこともね」
(コイツの心の闇は……相当深いな……ヒカルが落とせなかったのが何より物語ってる。まあ、無理もない。コイツは死を見つめ過ぎてる。死をなんとも思わないヒカルじゃ価値観が正反対だ)
「まあ、抗うつもりでいる。死という概念そのものからな。参考になった……そろそろ行く。ゾンビに言うのも変だが、元気でな」
「うん、君もね……ああ、そうそう聖典の勉強だけどね、ちゃんと調べるならオリジナルの方が良いよ。一般的に広まってるのと内容違うらしいから」
「オリジナル……か」
カイトはサウィンと別れ、仲間たちの元へと戻る。
***
「これからはパーティで連携をとって固まって動く。今後の予定としてはシャイナに戻り、その後は聖都へ行こうと思ってる」
「分かった……」
カイトとヤヒコの間にはギクシャクとした空気が流れる。
ヴァレリウスの戦闘直前に言い争ったことが原因だった。
「ああ、紹介する。俺の先生であるアラクネ──」
「ヤヒコ、先に言っておくがパーティにはそいつは含めるつもりはない、紹介も不要だ。別にお前に恨みはないがな」
カイトは冷たくヤヒコの言葉を遮った。
「待て、アラクネは俺より強い。それに意味なく人を殺すような凶暴さもないし、知識も豊富だ。俺たちの力になってくれる。仲間は多い方が良い」
「仲間? そいつは人間でも、日本人でも、パーティメンバーでもない。忘れたのか、ヒカルという誰よりも頼りになると思っていた男に裏切られたことを。もう信じられるのはこの4人しかいないんだよ、どうせ悪い癖の女好きが出たんだろ。頭を冷やせ」
「口に気をつけろ、彼女は俺の恩人だ。親友だからって何を言っても良い訳じゃねえぞ」
カイトでも、許せない発言があった。ヤヒコの目は据わり、声も低くなる。
しかし、その態度はカイトをイラつかせる。やはり、得体の知れない者に肩入れしているのだと確信したからだ。
「いや親友だからこそ言わせてもらうが論外だ。新しい仲間は要らん」
「なッ!?」
「ニノマエをパーティに入れた結果何が起こった? 異物は致命的な破滅を招くのは知ってるはずだ。魔王との戦いの時も、いつもと違うメンバーとの連携の綻びをカバー出来なかったからエリが──」
「クッ…… 分かってるッ! それは俺が一番ッ……提案してしくじった俺がッ……」
ヤヒコからは汗が吹き出す。トラウマを刺激する容赦のない言葉。言われなくても分かっている。
シズクとカナデは静かに見守る。長年の経験上、この手の口論に口を出したところで事態が好転することはなかった。
しかし、カイトのその発言は言い過ぎであると、非難めいた視線を向ける。
「分かってるなら良い。すまん、要らんは言い過ぎた。だが彼女を仲間にするメリットよりもリスクが大きいから受け入れることは出来ない。リーダーとしての判断だ」
「……いや、アラクネは大丈夫だ。俺が保証する」
「気持ちは分かる。だが、もし彼女を仲間に入れてまた誰かが欠けた時、責任をとるのは俺だ」
「違う、そうじゃねえよ。俺はお前が楽になって欲しいんだよ。責任だって、お前だけが取らなくて良い。軽くしてやりてえんだよ、その肩に乗っかってるもんを」
ヤヒコは膝をついて涙を流す。目は赤くなり、鼻水も流れて顔はぐちゃぐちゃ。悔しくて、情けなくて、大声を出して感情を発散するしか方法がなかった。
「大体責任取るなんて言ったって何するんだよ……お前また暗い顔して自分を罰するみたいに剣振るんだろ! そんなの見てらんねえんだよ!」
「それは……」
「頼れよ、俺のこと……俺たちのこと」
「いつだって頼ってる。お前が情報を集めてるから俺が決断出来るんだ。だが…………」
言うべきか、カイトは悩む。真剣に訴えるヤヒコに中途半端な誤魔化しはするべきじゃない。
残酷だとしても、思っていることを伝える。
「決断の結果をお前じゃ抱えきれないだろう。リーダーという役割は思っている以上に重い」
誰かの負担が軽くなら、甘んじてその重責を負う。カイトにはその覚悟があった。
しかし、ヤヒコはそれを覚悟とは思わない。
「……ハハっ……よく言うぜ、それは俺に裁量を与えるつもりはないってことだろ。俺が死んだら失敗してもお前の責任ってことにしたいんだ」
「そういうことじゃない」
「だけどな、俺はお前の仲間で部下じゃねえ。対等だ。重いだって? それを背負うのがリーダーなら軽くすんのが仲間だ。お前のただの独り善がりな自己犠牲だ」
「この立場に立って見ないと分からないこともある」
「いいや、お前は怖いんだ。仲間を信じたり、傷つけることにビビってる。本質的には自分のことしか信じてねえ。だがな、それでヒカルは倒せるほど弱くねえよ。お前一人の強さじゃどうにも出来ねえ相手なんだよ!」
「俺がビビってる……? まあ、良い勝手に言ってろ。戻るぞ」
カイトはムキにならず、深呼吸してから話を切り上げる。シャイナの方角へ歩き出した。
だが、ヤヒコはその場から動かない。
「何してる」
「アラクネを認めないなら俺は俺の考えで動く。パーティからは一時的に抜けさせてもらう。俺もリーダーって奴で重責を感じてやるよ」
「ヤヒコッ!」
カナデはその決断に驚き、駆け寄った。考えを改めるように説得する。激しく揺さぶられてもカイトを見たまま、考えも変わらぬまま。
「本気か?」
「ああ、本気だ。でも絶交って訳じゃねえ。俺なりにやるべきことはやるつもりだ。連絡は定期的にする。別のアプローチでアラクネとエリを生き返らせる方法を探すだけだ」
「だめだよ、カイト。皆でいないと」
シズクもカイトの袖を掴んで引き留めるように頼む。
「……分かった。気をつけてな」
「カイトッ!?」
「カイトッ! 考え直せよ!」
シズクとカナデの悲痛な叫び。しかし、カイトもまた頑固なところがある。ここでヤヒコの考えを全否定しては戻れないところまで、関係が悪化する気がしていた。
「じゃあな。そういうことだ。行くぞ、アラクネ先生」
ヤヒコはアラクネを連れてどこかへ行ってしまった。
ナオイ・ソードは再集合を果たした2時間後に、離脱者が出た。




