11-29話 ソウ・ワカムラ
本名、ソウ・ワカムラ。父親が外務省で働く家庭に生まれる。仕事の都合でアメリカへ移住し、そこでダンスを始めた。
すぐに頭角を現し、コンテストで賞を取ることも多々あるほどに才能に恵まれたが、ごく普通の子供だった。
穏やかな気性で、怒ったことはなく、大きな声を上げたことは歌とダンスの中でしかない。
好きなものはアイスクリーム。駐在していたアメリカの地域はとても暑く、冷たいアイスクリームを売った車が家の近くに来て、母と買いに行くのが夏の楽しみだった。
丸く削り取られ、チョコやフルーツの混ざった色鮮やかなアイスは美しく、食べてしまうのも勿体無いと思うが、気温は高く形はすぐに変わっていく。
「アイスクリームが死んじゃう」
これは見ていたカートゥンに丁度アイスクリームの姿をしたキャラクターがいたので、影響を受けて思わずそう表現した。
そう言うと、「だからあのキャラは冷凍庫の中で暮らしてるのよ。ママも早く家の中に戻らないとアイスみたいに溶けちゃいそう」と返されたのがやけに耳に残っていた。
何となく、冷たいというイメージは永遠や不死に繋がるとこの頃からワカムラは感じていた。
9歳の頃、ワカムラの母親が交通事故で死亡する。葬儀中は幼いながらにも何が起こったのか正確に理解して、人並みに悲しみに暮れ涙を流した。
「ソウ、ママにさようならして」
父親が、ワカムラに別れの挨拶をさせる。ワカムラは母親が大好きだった。
抱きしめられると温かく良い匂いがして落ち着く。
ただ、末端冷え性の母親の手足は常に冷たく、その手で額や耳たぶを触ってもらうのが気持ち良く、温かさよりも冷たさの方が好きだと何となく理解していた。
母親を抱きしめるのもこれで最後。それが嫌で堪らなかった。棺の中に眠る青白い肌をした母を見て、ワカムラは衝撃を受ける。
とても美しいと感じたのだ。そして抱きしめると、ヒンヤリとしていた。
どうして冷たいのかと父親に聞くと、人は死ぬと血が巡らなくなり体温は無くなる。そして腐らせない為に冷やしてもいるのだと教えられる。
「ママ、アイスクリームみたいで……綺麗だね」
この言葉に父親は少なからず動揺するが、息子なりの愛情表現であることは分かっていた。父親は「そうだな」と言って息子を抱きしめる。
「ねえ、パパ……」
「どうした?」
「ママこの後どうなるの?」
「ママは火葬……焼いて骨になってお墓で眠るんだよ」
まだ子供に伝えるには酷な事実かとも思ったが、父親は声を震わせながら正直に答えた。嫌だと泣くことも予想されたが、嘘をつくのはもっと酷いことだと思った。
「そんなの寂しいよ」
「パパも寂しいけど、ママがゆっくり眠る為には必要なことだからね」
「ねえ、僕良いこと考えたよ。大っきい冷凍庫買ってさ……そこにママを入れたら良いんじゃないの。そうしたらママ骨にならなくてでしょ。僕、ママの冷たい手で触られるの好きだったし、身体全部冷たかったらさ……アイスクリームみたいに……」
悲しい葬式の雰囲気には似つかわしくない、ワカムラの明るい声が響いた。
父親は呆気に取られ言葉を失う。だが、子供が母親から離れたくなくて、なんとか理屈をこねるというのは普通のことだ。
ワカムラにとって、アイスクリームが身近でとても良い合理的なアイデアだと思っても仕方のないこと。
父親はそれがいじらしく感じたが、頭を撫でながら親としての務めを果たす。
「ソウ、残念だけどそれは無理なんだ。ママはアイスクリームと違うし、冷凍庫に閉じ込めちゃうのは可哀想だろ? 閉めてる間は暗いんだよ。それに死んでちゃアイスクリームも食べられない。天国へ送ってあげよう」
「うん……」
この時ワカムラは正直に言ってしまえば、アイスクリームみたいに冷凍庫にずっと母親がいる方が良かった。
それは成長して物事がより分かるようになっても変わらなかった。
だが、父親にとっては火葬して普通に見送りたいという気持ちがあることも分かっていたし、父親の気持ちを蔑ろにしてまで、することではないという分別もついていた。
中学生の頃、身体が大人へと近付き、周囲が恋愛などに興味を持ち始めてもワカムラは異性に惹かれることはなかった。
かと言って、同性にも興味はなかった。
代わりに、一つだけ、アイスクリーム並みに興味を持つものがあった。
それは死体だった。思春期特有のグロテスクなものを好むといったものではなく冷たく、生き物ではなく死んだ『物』になった死体に興味があった。
そこに暴力的な要素は必要がなかった。興奮というのも少し違うかも知れない。いや、思春期の中学生らしく、興奮は間違いなく覚えてはいた。
だが、より正確に表現するならば素晴らしい絵画を見た時のような魅了に近い。
死体の映像は冷たくなった母親を抱いた衝撃を蘇らせてくれるのだ。
だが、同時に倫理的な葛藤を覚えてもいた。後にその感情は死体性愛者と呼ばれるおよそ、社会的に許されるはずもないものだと知った。
人を殺して、冷たくするなんてあり得ない。ワカムラに暴力性といった感情はなく、むしろ優しい人格者として学校では人気者の部類。
女子生徒に露骨ないやらしい視線を送ることもなかったのが好印象でもあった。
しかし、本人は人と異なった感情や情動を制御して疎外感を覚える日々を送る。
そんな彼がもっとも好んで視聴していた動画がある。
言わずと知れたゾンビダンスで有名なマイケル・ジャクソンの『Thriller』である。
ダンス、音楽、ゾンビ、好きなものが揃っているMVは再生して何秒に何が起こるのかを記憶するほどに繰り返して見ていた。それをアイスクリームを食べながら見るのが至高の時間。
その時間だけは世間との違いを忘れられることが出来た。
パーティメンバーの4人は高2の文化祭にて出し物で一緒に『Thriller』を披露したメンバーで、勇者として召喚された後もずっと行動を共にしていた。
ゾンビを操るというユニーク・スキルや、異性への興味のなさから、仲間たちはワカムラの『違い』に気がついていた。しかし、それを責めることはなかった。
むしろ、戦争の中で強力な頼れる味方だとワカムラの自尊心を上げてくれる。
固い絆で繋がれた5人。そして、仲間たちはある約束をしていた。
戦争は終わりに近付き、激化していく中そろそろ誰が死んでもおかしくないという緊張があった。
「なあ、ワカムラ……俺たちが死んだら、ゾンビになってワカムラを守らせてくれ」
「ワカムラがいたからここまで生きてこれた。お前なら凄い力で皆を守れる。でも、ワカムラのことは誰が守るんだよって話だ」
「その役目くらいは俺たちにさせてくれよ。死んだら何も出来ないのが普通だけど」
「お前の場合は別だからな」
それは仲間なりの感謝と決意。
『死の舞踏家』と誰かが名付け、死者を操る恐ろしい勇者のワカムラのことを理解する者は少ないと本人も、仲間たちも理解していた。
だからこそ、ワカムラは自分たちが守りたいと思っていた。死体が好きなのに、死後の世界でゆっくりと休んで欲しいと言う優しいワカムラだからこそ。
「お前、本当に凄えよ。まあ、興奮する対象って人それぞれだけどさ、俺らは死ぬのが怖くて不安で堪らなくなって娼館に行ったこともある」
「お前はそれが無理だろ? でもさ、死体にそういうこと一度たりともしなかった」
「誰も積極的に殺したりはしなかったし」
「自殺はあり得ないってのも衝撃だったな。一番なりたい姿だろうにさ」
変わり者。だが、ワカムラには優しさと死者へのリスペクトというものがあった。
死を特別に感じているが、それと同時に生きることの美しさも人より感じていた。
だから、魂が底からゾンビになりたくないと叫ぶ者はゾンビにはしていない。何か成し遂げたいことがある者だけ、この世に未練があるものだけがゾンビになる。
ワカムラ自身も自殺という選択肢はなく、死に抗って結果として待ち受けいている死こそが美しい。
自分勝手に人の命を奪うなど、それが自分の命であっても、あり得ない。
そんな理念のもと、仲間が死のうと『必死』に生き続けた。
甘い誘惑は確かにあった。
だが、それに流されず『その日』が来るまでは生き続けると、誓いそれを守る常軌を逸した強靭な精神が彼には宿っていた。
並の人間ではない。一線を画した勇者。
それがソウ・ワカムラ。それが『死の舞踏家』。
***
サウィンの首が切断された瞬間をアウルム、シルバ、シズク、カナデは目撃した。
ボトリと首が落ち、静寂に包まれる。
力尽きたシシーはサウィンを殺した後墜落し、ゾンビの海に飲まれた。
そして誰もが恐怖する。
ゾンビたちの制御が失われたら生きた人間を求めて街へ向かうのではないか。仮にそうなったとして止められるか?
中には魔法を使ったり、武術に秀でたゾンビもいる。
ただ、意識を持たず本能のままにフラフラと歩く映画に出てくるようなゾンビではないのだ。
死を恐れず、実際に死なない、屈強な兵士と考えればどれだけの脅威かは想像に難くない。
ゾンビの操り手、サウィンを殺してはいけないと勇者の中では常識。それは誰にも結果が分からないからだ。
ある者はゾンビも消滅すると言い、ある者はゾンビが暴れると言う。死んでみなくては分からないが、もし最悪のパターンだった場合、誰にも止められない可能性がある。
それは未知であり、彼を知る者ほど恐れる。
──戦いは近い。
その光景を静かに監視していた命ある者たちは覚悟を決める。
武器を握り、魔力を巡らせる。
そんな時だった。勇者の姿をした4人のゾンビがサウィンを囲む。そして、頭を持ち上げて身体に繋ぐように乗せた。
ジュクジュクと肉が蠢く音。自動的に再生されて、切断部は癒着していく。
サウィンの青白い顔から覗かせていた白目の眼球がグルリと動き、焦点を合わせそこには知性が宿っていた。
『死の舞踏家』はついに自らもゾンビとなった。
「…………」
黒い瞳で、周囲を見渡す。ゾンビたちは死者の王へ敬意を表するように一斉に跪いた。
「僕は死んじゃったみたいだね……この時をどれほど待ち望んだことか」
首を鳴らしながら身体の感覚を確かめてから声を出した。それはウーウーと唸る獣のような声ではない。
生前の柔らかい、優しげな声だ。
「ああ、なんて綺麗なんだ……誰か鏡持ってるかな?」
青白くなった手を見ながらそう言うとゾンビの1人がサウィンに鏡を渡す。彼は自分の姿を確認して、これ以上ないほどの笑みを浮かべる。
「やっと叶った……皆と同じになれた……僕は皆とずっと一緒にいられる……死んだら無になるのかも知れないって恐怖があったんだ……」
ゾンビではあるが、サウィンは涙を流す。血の涙であったが、心の底から嬉しいと伝わる喜びの涙。
「ウウ……アァ……」
「ッ! モリモッちゃん!? 僕、今なんて言ったか分かったよ!?」
モリモッちゃんと呼ばれるゾンビが呻くとサウィンは感激して目を丸くする。
頭がおかしくなって幻聴が聞こえているのだと、周りの者は思うかも知れないが、サウィンにはゾンビの声がハッキリと聞こえたのだ。
「ごめん……ごめんね……」
「アァ……」
「ウゥガ……」
「そんな……ありがとう……皆最高の友達だ。さっきだって守ろうとしてくれたじゃないか」
ゾンビたちはサウィンの肩を叩いたり、抱きしめたり、感情を持つような動きを見せた。
サウィンは泣きながら感謝する。彼だけに分かる死者の言葉によって、意思疎通が出来ていた。
(まるで感動の再会だが……理性が残っているのか……?)
その様子を見ていたアウルムは半信半疑であった。
(今のところ暴れるような素振りはないが……危険だ……死んでいるのなら殺しようがない……)
殺せない、それは計り知れない脅威。
あらゆる方法で殺せないかとシミュレーションするが、死んでいる相手を殺すという矛盾がある。
だからこそ、アウルムはサウィンが危険を通り越した存在だと強く認識しており、焦りすら感じていた。
(アウルム、どうする)
シルバからの念話だ。
(ハッキリ言って意味が分からない。何故首が千切れた段階で死んでユニーク・スキルが解除されないんだ?)
(こっちにいるシズクとカナデの話によると……『覚醒』に至ったっぽいな。カイトもヒカルもそれは共通の認識やったらしい)
(覚醒……! あいつの条件は死ぬことか)
勇者において、カイトとヒカルはユニーク・スキルの覚醒が起こったと言われている。
覚醒する条件は人によって異なるが、自身の大きな成長や縛りを課すことで、ユニーク・スキルが一段階上の効果を発揮する。
それを便宜上、『覚醒』と呼ぶがサウィンは死への憧れがあったのに対し、生き抜くという選択を取る。
生きていた時点で常に制限を課し続けていたような状態で、後は時間の問題だった。
サウィンが死んでそのまま何事もないというのは能力的にも考えにくい。ヒカルはだからこそ、彼を殺しては、死なせてはいけないと戦争中に何度も言っていたと言う。
やはり、死が条件だったのだろうと、シズクの考えをシルバはアウルムに伝えた。
(ただ、覚醒したらどうなるかが未知数で危険やって言ってたけど)
(実際危険だろう。何かあった時に殺せるというのが、ある意味セーフティとして機能しているのが人間であり、力の本質だ。死んだ人間は殺せないんだからな)
(やな……でも、暴れたりする様子はないどころか見た目以外の変化がない……強いて言うならゾンビと会話出来てるくらいやで)
(そこが問題だな)
(俺ちょっとサウィン殺すの嫌やわ。明確に悪いって言えんし、主義に反してる。会話を試みたいな)
(平和的解決……味方に出来れば心強いのは間違いないからな)
シルバは念話を切った。
「ちょっとサウィン殿と会話してきます」
「えっ!?」
「あ、ちょっと!?」
シズクとカナデは呆気に取られている間にワイバーンから飛び降りて、サウィンのいる場所へと着地した。
「調子はどうですかな」
「ああ、調査官さん……気分は良いですよ」
「相棒をこっちに連れてきても?」
「ええ、襲わせたりしません」
(無茶しやがる……)
シルバはサウィンと普通に会話をしてアウルムを呼び寄せる。
「なんなら、皆に運ばせてみる?」
「いや……あいつは他人に触れられるの嫌がるから申し訳ないが」
とんでもない提案をしてくるが、シルバはあくまでゾンビを人として扱い断った。
ゾンビの塊が綺麗に割れてアウルムを近付かせる。
「早速だが、調査官として質問させていただく。人を襲ったり、食べたくなるような衝動は?」
「ん〜ないかな、今の気分はアイスが食べたいって思ってますね」
「それは『気分』によっては変わると?」
アウルムの視線は鋭くなる。だが、サウィンはわざとらしく肩をすくめて笑う。
「ああ、ちょっと言い方が不味かったですね。僕は死体が好きだけど、食べたいとかそういう趣味はないんですよ。ゾンビになったら、食欲とかそういうのがそもそもなくなってる感じ?」
「では、何故アイスは食べたいと?」
「別にお腹空いてなくても好きなものは食べたいでしょ? 今はチョコチップの入ったバニラアイスが食べたい気分ですね」
アウルムにとっては良く分からない感覚だったが、危険な思想ではなさそうだ。ひとまずスルーして、核心に迫る質問をぶつける。
「……あなたは人類の敵になりますか?」
「僕、暴力的なこととか、争いとか基本は嫌いですよ。皆と仲良くここで暮らすことを変えるつもりもないから……心配してるようなことはないと思います」
「約束……出来ますか? 正直、前例のない存在となった貴方を警戒している」
「そりゃあそうでしょうね。でも本当。死人になった僕に契約魔法が有効なのかは分からないけど、無闇に人を襲わないって、署名しても構いませんよ」
傲慢さや甘い考えではなく、本心からやるつもりがないということが言葉から伝わってくる。
「自分の身を守る時のみに武力を行使する……そういう認識で間違いないですか? そしてそれを破った場合あなたはどうするつもりですか?」
「そうですねぇ……ロボット三原則って言っても伝わらないですよね」
ロボット三原則。SF作家アイザック・アシモフが『われはロボット』にて提唱したロボットの行動を規制するルール。
第一条:ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
第二条:ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
第三条:ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。
上記の内容をアウルムはそのまま記憶していた。
そして、サウィンを言い方は違えど、ほぼ同じ内容を口にして説明する。
「第二条は僕は命令はされたくないし、道具でもないから無理として……『ロボット』の部分を僕に変換して解釈してもらえば良い。ゾンビたちには全てのルールを前から基本的に守らせてますよ」
「リズムで攻撃してこない仕組みについては?」
ゾンビに対して危害を加えてないにもかかわらず攻撃する気配を見せていたことに対し、シルバは問う。
「あれは侵入者を迎撃するシステムです。勇者は例外設定してて襲わないけど、この世界の人でも決めてあるリズムを知っていれば襲わない。遠隔操作してるゾンビは敵味方の識別が苦手でして」
「なるほど……」
「それにゾンビを化け物扱いせず、しっかりと観察して一緒に踊れば平和にここに来れるって素敵じゃないかなと思って」
サウィンは屈託のない笑みを浮かべた。
「踊れる人に悪い人はいないと僕は考えてます。見破ったのは貴方たちが初めて、ゾンビにも攻撃を加えなかった。礼には礼を……だから好意的に歓迎してますよ」
やはり、敵意にはそれなりに敏感で対策はしている。甘くない。だが、出来るだけ穏便に済ませたいという優しさもある。
それに礼には礼を尽くすという考え方やダンスが好きという部分でシルバはサウィンのことを相当気に入っていた。
「特に貴方、ダンス好きなんですね? ノリノリだったの見えてましたよ。初見のダンスを見ながらコピーするなんて相当好きで上手いはず。良かったら僕と踊りませんか?」
「僕と踊りませんか?」と、そのセリフは井上陽水の『夢の中へ』の歌詞の一節がマッチしており、シルバはそれが脳内で再生され、大声で歌いたいという衝動に駆られたが、グッと我慢して平静を装う。
サウィンはまさにシルバが思っていたタイミングで歌い出した。我慢さえしなければ気持ちの良いハモリが生まれていただろう。
(あかん……俺コイツのことめちゃくちゃ気に入ってもうてる……変わってるけど芯はええ奴や)
「是非」
「……」
シルバは返事をしてしまっていた。アウルムは何も言わず、シルバを睨むが、話の腰を折ったりサウィンの機嫌を悪くするよりはマシだと判断する。
「ミュージックスタートッ! ゾンビになれた祝いの曲と言えばやっぱりこれでしょっ!」
音楽が鳴り始める。
(ウォオオッ! ゾンビと『Thriller』踊るの何回やっても最高ッ!)
シルバのテンションは最高潮へ達する。一通り踊り終えると、次は『Smooth Criminal』が流れ始める。
「そっちの人も踊らない?」
「お前も踊れッ!」
「いや……俺は……」
サウィンに誘われ、シルバが命令する。アウルムは絞り出したように拒否した。
「踊ってくれたら……友情の証に僕の殺し方教えてあげますよ。貴方はそれが心配なんでしょ?」
「ッ!? それは誰にも言うべきでない情報じゃないのか?」
「誰にでもは言いませんよもちろん。でもね、何となく分かるんですよ。お二人は約束を破る人じゃないって。僕が約束を破らなければ問題にはならない……そうでしょ?」
「いや、分からないな。そこまでこちらを信用する理由が」
「目つき……態度かな、僕って特殊だからそういう視線には敏感で。でも貴方たちは最初から『フラット』だった」
音楽は鳴り続ける。サウィンはその騒がしい中で、踊りをやめて、アウルムとシルバに向き合った。
「ゾンビだからとか、僕が死体性愛者だからとか、そういう理由じゃない……偏見なしの警戒。単なる初対面だからの警戒でしかなかった」
警戒されていたというのにサウィンは嬉しそうに語る。純粋な子供のような笑顔。
「それに敵意らしい敵意もなかった。差別でも侮蔑でも嫌悪でもない。ここにいるパーティメンバーですら、最初はちょっと怖がってたのに……」
ふと、横を見るとパーティメンバーのゾンビが恥ずかしそうに頭を掻いていた。両手を合わせてゴメンと謝る仕草を見せる者もいた。
「……嬉しかった。こっちに来てから、この世界の人で初対面で対等に扱ってもらえたのは初めて。カイト君たちもリスペクトは払ってくれてるけど、やっぱり距離があるのは分かってる」
ワイバーンに乗ったシズクやカナデの方を見て、サウィンは少し寂しそうに言った。
「僕を差別せず、ゾンビたちに無意味に攻撃もせず、一緒に踊ってくれた貴方たちに特別な感謝を……。そして僕の我儘に付き合わせるちょっとしたお礼に……殺し方を教えるよ」
「サウィン殿……」
シルバは感激して、マスク越しに泣いていた。彼の趣向によりどれだけ葛藤して悩んだのか、どんな視線を受けてきたのか、それも想像してしまった。
「…………」
アウルムは答えない。いや、答えられなかった。まさか、プロファイリングによる精神分析の結果として最善と思える行動が、相手にとっては理解してもらえたと喜ばれるとは考えたこともなかったからだ。
喜ばせる答えは思いつくが、そんなつもりはなかった。人の感情を操ることには長けている。何度も利用してきた。
だが、今回は特に意識はしていない。単に敵に回すつもりがなかった。怒らせないようには注意していたが、喜ばせるつもりはなかった。
だからこそ余計に驚いていた。想像以上の誠意をサウィンは見せてきた。
調査官としてではなく人として……どうするべきか。
逡巡する。そして答えを出す。
「あまり……上手くはないが構わないか?」
「ッ! もちろんッ! 音に乗ってッ! さぁ行くよッ!」
アウルムは音に合わせて首を振り、足でリズムを取る。
一方シルバは本気。オリジナルと全く一緒では振り付けを知っているということになるから、ところどころアレンジを加えて好きに動く。
サウィンもそれを見て楽しそうに踊る。
「ヨシっ! 俺が足掴んどくからッ!」
「いいって!」
「やれ!」
アウルムは無理矢理ゼロ・グラビティと呼ばれる動きをやらされる。
直立した状態で身体を傾ける、靴の踵に仕掛けのあるパフォーマンス。それをアウルムは渋々やる。
「貴方たち、最高だ! フォウッ!」
曲が終わるとサウィンは髪をかき上げて、やり切ったと満足そうな顔をして2人を抱きしめた。
「僕の殺し方はね……」
そして誰にも聞こえないよう、小さな声で秘密を告げる。
アウルムとシルバはサウィンと友達になるという形で、ウンコマン、タカちゃん、ヴァンパイアたちとの戦いが終わった。




