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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
11章 ナイト・ムーブス

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11-28話 ヴァレリウス


 そこの状況を表現するには激戦という言葉すら生優しかった。


 最強の勇者、カイト・ナオイ。最強の龍人、ラーダン。最強のヴァンパイア、ヴァレリウス。


 この3人が争えば地形すら変形していく。


 頭上から一方的に雨のようにヴァレリウスの魔法が降り注ぐ。しかもただの魔法ではない。闇属性を付与された近くを通り過ぎるだけで力を奪われる魔法なのだ。


(ヴァレリウス……聞いていたより遥かに強い……)


 カイトとラーダンに同時に攻められているにもかかわらず、生きている。


 この事実だけで、どれだけ異常なのかは分かる。手下のヴァンパイアを片付けながら、ミアは戦いの激しさを感じていた。


 ヴァンパイアよりも、この3人の戦いの余波をうっかり喰らってしまう方がよほど危険。


「ヤヒコ君ッ! 頼みたいことがッ!」


「あぁ!? なんだよこんな時にッ!」


 ミアは戦いを見ながらある提案をヤヒコにした。


「俺が回復と防御を担当するッ!」


「ッ!」


 このままでは埒が明かない。そう考えたカイトは異例の連携を提案する。


 カイト自らが攻撃役に回らないということは今までなかった。が、バラバラに攻撃するより、癒しの『快刀』を持つ自分がラーダンのサポート役に回った方が勝率が高いと考えた。


 また、範囲攻撃にも長けているので、ヴァレリウスが乱射する弾幕攻撃にも対応がしやすい。


 瞬間的な速度、攻撃力はラーダンの方が上だと判断した。


 一方、2人を同時に相手するヴァレリウスだが、空を飛ぶことが出来るという大きな有利を活かして翻弄する。


(まさか……本当に老いているのか? 以前ほどのキレがない。余が強くなり過ぎたということもあるまい)


 ラーダンに対して物足りなさを感じていた。どうにも釈然としない。過去の戦いの記憶ではもっと死を感じるヒリつきがあったのだ。だが、今のラーダンにそれは感じられない。


 せいぜい、カイト・ナオイがいるというのが厄介なだけで、想定とは違う戦いに疑問が生じる。


「ラーダン……何故あレを『テカオ』スィない?」


「悪いが私は数年前から記憶がないのだ。君のアゴをそうしたのは過去の私なのだろうが覚えていない。だから関係ないとも言うつもりはないがな!」


 ラーダンは風魔法を使い飛び上がる。瞬間的にならば、これで飛んだも同じ。魔力の消費という観点から言えば効率は悪いが魔力が残るまで戦えるとも限らない。


「ッ! やハリ……」


 ヴァレリウスは片眉を上げて、軽く驚きを見せたが、納得がいったと操る人間を笑わせて感情を表現した。


「フンッ!」


 ラーダンは空中で衝撃波を生むほどの突き、あるいは『暴風』とも言えるものをヴァレリウスに放った。


 螺旋に渦巻く暴力と魔力の塊は直撃する。


「……ソんなものは『ヤーチス』だとワからぬカ?」


 エネルギーがヴァレリウスに当たった瞬間、ヴァレリウスの身体は爆ぜる。


 しかし、それは血や肉片ではなかった。


「ッ!」


 ヴァレリウスの身体は無数のコウモリとなってキーキーと感高い嫌な音を鳴らして飛び立つ。


「マズイッ! 『拐刀』ッ!」


 カイトは落下していき、無防備なラーダンを強制的に引っ張り、地面に叩きつける。


 コウモリはリヒテンベルク図形を思わせる血管のような形へと変化し、ラーダンを貫こうとしたのだった。


「助かった……!」


 紙一重でかわし、大きな音を鳴るとラーダンは砂塵を立ち上らせながら勢いよく着地する。


「あれは触れられただけでヤバそうだ。しかしどうする……攻撃を当ててもさっきみたいにコウモリか霧に変身してまるで手応えがねえ」


「君の力で奴を地面に落とすか、私を空に飛ばせないのか」


「落とすにはまず斬る必要があるが、そもそも届かねえ。飛ばすにしても俺が操る必要があるからその間俺は無防備だ」


 カイトの便利なユニーク・スキルであればと思ったが、万能ではない。


 徹底的に遠距離攻撃をしてくるタイプと戦う時は相手の行動を阻害するのに適した3人の仲間の補助が常にあったのだ。


 つまり、ヴァレリウスはカイトが単体で努力しても肝心の攻撃が当たらない相手ということ。


 だからこそ、サポート役に回るという判断をしているのだ。そんな都合の良い技は持ち合わせていない。


「……そうか」


 会話をしている間にも攻撃は容赦なく続く。


 急速に空気が冷え、息が白くなったと思えば地面が凍結していく。


「『壊刀』……一々対応してたら次の攻撃に遅れる。俺が全部やるからお前はあいつを倒す方法を考えろ」


 カイトは素早く剣を振るい、凍結した地面を破壊する。一つ対応すれば、その瞬間容赦なく隙を狙ってくるとめどない魔法の雨が降る。


 発動速度、範囲、威力だけでいえばカイトの経験した中では魔王に匹敵する実力だった。


 まだ、終わらない。


「また来るぞ!」


 ラーダンが叫ぶ。


 空中で何か煌めくものを感じる。それは赤黒く燃える十字の形をした魔力の塊。


「ッ! 俺の近くにッ!」


 ラーダンは素早くカイトの背中に張り付き、背後を守りながら警戒する。


「『海刀』ッ!」


 一つ一つは指先ほどの大きさだが、小雨ほどの量で地上に近づくと一気に爆発した。


 その直前、水を生み出して膜を張る。分厚い水の膜は爆発の衝撃を吸収して、2人を守った。


 だが、それは一時的に視界を奪う行為でもある。方法がそれしかなかったとはいえ、このレベルの戦いにおいて視界が悪い瞬間は危険。


「治せッ!」


 ラーダンはカイトの前に立った。カイトを狙うであろう攻撃を身体を張って止める。


 予想通り、巨大な氷の槍がラーダンを貫いた。しかし、それは読んでいた。


 攻撃を受けた瞬間に槍を手刀で切断。刺さっていた部分を除去してから治せと指示する。カイトは躊躇することなくラーダンを『快刀』で切りつけ回復させる。


「ナかなカ粘る……デハないか」


 ヴァレリウスはそれを見て愉快そうにしながら、配下の者たちに指を鳴らして指示をする。


 血を送る人間の取り替えを行い、補給をした。


 ヴァンパイアという種族にとって血とは食事兼ポーションのようなものであり、使用した分の魔力を補えるのだ。


『ストック』は空にいる配下がそれぞれ2人ずつ生きた人間を吊るして十分に確保されている。


 つまり、ヴァレリウスの魔力切れを待ち、有利な状況が来るということは実質的にあり得なかった。


 ヒュンと、何かが高速で接近し、風を切る音が聞こえる。


(また、新たな敵か!?)


 ラーダンが対応するべく音のする方へ注意を向けた。


「お師匠ッ! カイトッ! 乗ってッ!」


「ミアかッ!」


 その正体はワイバーンに乗ったミアだった。しかもただのワイバーンではない。アローワイバーンと呼ばれる超高速飛行が可能な種類。


「シズクって子から借りてきたッ!」


「シズク! ヤヒコが連絡したのか……」


 このワイバーンはシズクの操作技術では十分に扱えない。長い期間の練習が必要な癖の強い種類である。


 だが、ミアはワイバーンの操作に長けている。シズクとは比べ物にならないほどに卓越した技術がある。


 ラーダンとカイトはワイバーンに飛び乗り、冷たい風を浴びながら、急上昇する。


「……やっと同じ視点だな」


 ヴァレリウスを真正面から、首を曲げずに直視できた。カイトは不敵な笑みを浮かべる。


「頭が高いぞヒューマンごときが! ヒューマンは常に陛下より低い位置にいるべきなのだ……無礼だとは思わなかったのか!?」


 配下の1人がカイトに向かって激昂する。それはヴァレリウスの機嫌を窺うようなものではなく、心の底からヒューマンはヴァレリウスよりも下にいるべきという考えがあると伝わる勢いだった。


「……おい、俺の足を固定してくれ。取り敢えずこのうるせえギャラリーを全員殺す」


「俺に任せてくれ」


「ヤヒコか……」


 下からヤヒコの声がしてカイトは驚く。ワイバーンの腹に張り付いていた。


 ヤヒコには笑みはない。カイトに言われたことを引きずり後悔するような、失点を取り戻したいという気持ちが表情に表れていた。


 糸でカイトの足とワイバーンの背中を固定する。これにより高速で縦横無尽に飛び回りながらでも、安定して剣を振ることが出来る。


「ヤヒコ、お前は補助だ。攻撃はするな彼女と俺とラーダンが安定して飛べるようにすることだけに集中しろ」


「……分かってる。もう余計な真似はしねえよ」


 それを見ていたラーダンも思いつく。


「私をワイバーンの腹から吊るすことは出来るか?」


「そりゃ出来るけど……めちゃくちゃ揺れるぜ? 足場がないから踏ん張りも効かないし」


「構わん。浮くことが出来るのであれば、瞬間的に空を蹴ればそれで済む」


「それで済むって……あんためちゃくちゃだな」


 驚きを通り越して呆れながら、ヤヒコはラーダンをワイバーンの下に吊るす。映画のワイヤーアクションによる撮影のような姿で構えた。


 体幹のブレはない。数秒で糸の性質を理解し、完全に制御する。


 上はカイト、下はラーダン。そして間にいるのは互いの相棒であるミアとヤヒコ。


 やっと同じ土俵で戦える。戦いの準備は出来た。


 息つく間もなく、ワイバーンは動く。超高速。初速が異様に速い。現在進行形で更に加速を続ける。


(飛行機の外で立つとこんな感じか)


 叩きつけるような風と、空を切り耳をつんざく轟音を受けてカイトはそんな感想を覚える。


 激しい空気抵抗。だが、カイトは風を切り、ワイバーンによる超高速移動に適応する。


 空中に弧を描くように滑らかにそれでいて鋭く動き、ヴァンパイアたちに接近した。

 通り過ぎた後ろを見れば、一瞬にして殺されたヴァンパイアたちが墜落していく。


「条件が互角ならば他愛のないことだ」


 それまで一方的に攻撃されていたフラストレーションが爆発し、ラーダンからは挑発的な言葉が出てくる。


「ラーダン……マたそうやっテ……ヒューマンに肩入ルェするか……実に『バームス』だ」


 ラーダンもカイトも無理やり連れてこられた人間を吊るしているヴァンパイアだけは攻撃していなかった。


 そんな甘さに吐き気がするとでも言いたげなヴァレリウスは顔を顰める。


「ナァ……何故その気遣いグァ! 余のド、同胞には……出来ンヌッ!?」


「またそれか……」


 ヴァレリウスが何を言いたいのかは分かる。セトが言っていたのと同じ理屈だろう。


 ラーダンの敵となる者たちはヒューマンへの肩入れが気に食わないのだ。


「人を殺して楽しいと思ったことは?」


「……答えるマァでもないだロう! 人ノ血を『オロ』して狩るのは我々ェッの文化であり『ヴォラ』だ!」


(やはり、根本となる考え方が違い過ぎる……文化とまで言い切るか……しかし……)


「貴様がドんな御託をナァらべようと余にとッては……ヴァンパイアにとってハ虐殺者でしかないッ!」


(何故私はヒューマンのような他種族が死ぬのを嫌う……? 与えられた力は命を奪うことに特化し過ぎているというのに……)


 ヴァレリウスの言うことが完全に間違ってるとは思えない。人を殺すことが楽しいと思う生き物として、創造されたに過ぎないと考えれば、絶対的ではなく、相対的な悪に過ぎない。


 ラーダンにとってヴァレリウスは悪。だがヴァレリウスにとってラーダンは悪。


 分かり合えるはずはない。


 しかし、そこに疑問が生まれる。記憶がない故にそう考える自分の根源とは何なのか。


(私は本当に……人を殺すことに対して嫌悪感を抱いているのか? 自分で何故そう思うか、説明がつかないということは……)


「余は忘れヌゾ! 貴様は同胞を『ケケル』して笑っテおったコトはッ!」


 ヴァレリウスのその言葉にラーダンは硬直する。深い憎しみと皮肉めいた感情のこもった言葉。


「ッ!」


 あり得ないとラーダンは断言出来なかった。むしろ、心の奥底で感じていた不安の根源とはこれかと腑に落ちるような……。


「おい敵の言葉を間に受け過ぎだッ! 耳を貸すなッ! コイツはただの人殺しのバケモンだ! 」


「カイトッ!?」


「別に人の血を吸わなくたって死にはしないが、好きでやってるだけのバケモンなんだよ! 魔王の方がまだもっとともらしい理由があったくらいだ!」


 カイトの叫びがラーダンを思考の渦から引きずり出す。


 それはラーダンを拒絶していたカイトが自分自身に言い聞かせていた言葉。


 その考えに苦しんだが、今度は助けられた。


 波打っていた感情は凪のように静かになり統制され、迷いは消える。


(耳を貸すな……か、それは恐らくは過去の私が行った失敗だ。だからヴァレリウスやセトは私に憎しみを抱いている……ならばッ!)


「ヴァレリウス……感謝するッ! やはり信ずるべきは己の直感ッ! 認めよう暴力とは快感なのだ! 過去の私はその快感に酔いしれていたのだろう。それを否定はせぬ! 」


「お師匠ッ!?」


「…………何ヲ」


 憑き物が落ちたようにラーダンは爽やかな顔をしていた。だが、そんな変化が周囲を混乱させる。


「人殺しを殺すことは間違いなく誰かの為になる! 振るう矛先さえ正しければ私は快感を覚えても良いのだ」


 秩序とは、暴力という脅しで成り立っている。それが善なのか悪なのか、立場によって変わる。絶対的な価値観ではない。


 力がなければ、何も出来ない。力があれば、正しいと信じることも通すことが出来る。


 力とは目的実行の為の手段。


 ラーダンが邪な存在考え、排除を目的とするならば、それが達成された時に喜びを感じ、笑みを浮かべるのは普通。


 感情を持つ者ならば当然。彼らにとって悪なだけ。都合が悪いだけ。


 ラーダンにとっては悪ではない。それが普遍的で絶対的な悪であるならば、受け入れよう。認めよう。


「私の思う悪人にとって私は悪人ッ! それで構わんッ!」


 記憶喪失による自身の持つ圧倒的な暴力への不安が消えていく。暴力である自分の肯定により、タガが外れ始めた。


 ラーダンから迷いがなくなる。これから、今この瞬間、何をすべきなのか、ハッキリとする。


「余の同胞に行ったノハ『悪』と呼べルほど生優しいものではナイっ……!」


「さあ私を納得させてみろッ! 私が間違っていると言葉と行動で示せ!」


「ッ!? 言うにことかイテ開き直りカッ……過去の罪は消エヌ。記憶を失ウィ多少人格が変わっテもやはり狂ってオるな!」


 ヴァレリウスは喋らせていた人間を怒りのあまり投げ捨てた。もはや、ラーダンとの会話をするつもりはない。


 言葉はいらない。ヴァレリウスの暴力でもってねじ伏せる。


「私が何をしてきたのか……記憶は戻らないままだ。だが、この戦いで一つだけ思い出した。感謝とはそのことだ!」


「ッ!」


 ヴァレリウスにとってラーダンは狂っているのかも知れない……が、所詮はただの主観。物事は相対的なのだ、絶対はない。


 過去や事実とは人の認識や関係性の中で生まれるもの。


 圧倒的な暴力を持ちながら、絶えず揺らぐ不確かな倫理観の世界で生き抜く為に。


 己を見失うことなく使命を全うする為に。


 道を照らす灯火の如く、闇の神より与えられし恩寵。


 その名を──。


「『相対物質(レラティブマター)』ッ!」


 ラーダンは恩寵の使い方を思い出した。叫ぶと同時にヤヒコの糸が古びたゴムのように千切れる。


「ヤヒコッ!」


「俺じゃねえ! 勝手に切れたッ!」


 また余計なことをしたのかとカイトの責めた声にヤヒコは慌てて反論する。


 ラーダンを支えていた糸は切れ、重力のまま落下していく。その反動でワイバーンは一瞬浮上する。


 同時にラーダンは空を蹴った。瞬間的に風の魔法を使って反発させたのではない。


 空気を硬い大地のように『変質』させた。


 踏ん張りが効く。丸太のようにがっしりとしたラーダンの脚から生み出される力に耐え得るだけの硬さッ!


 ワイバーンが飛行機ならば、それを撃墜させるミサイルのごとく、踏み抜いた瞬間、ヴァレリウスが反応するよりも速く跳んだ。


「ッ!」


 ヴァレリウスの身体に激痛が走る。右半身が吹き飛んでいた。


「攻撃が効いてるッ…….」


 カイトはラーダンの速さ、そもそも空を蹴ったこともだが、それよりもヴァレリウスに初めてダメージらしい攻撃が通じたことに驚く。


(これはあの時の……記憶が戻っているのか!? いや、先ほど戻っていないと言っていたはずだ……何が……違う! そんなことは今考えるべきでは──グッ!?)


 ヴァレリウスは半身を貫かれ、混乱の中守りの体勢に入る。しかし、それはラーダンが許さない。


 ダンッ! 空を蹴る音がする。


 ヴァレリウスの思考よりも速くすぐに切り返し、更なるダメージを与えた。


 守りでは遅い。間に合わない。ヴァレリウスは本能的に守ることをやめて回復能力を最優先に使用する。


 瞬時に回復するが、ラーダンはヴァレリウスの体力を削り取るように滅多打ちにする。


 その間にカイトはヴァンパイアたちを確実に殺していき、餌とされていた人間も救助する。


 これにより、ヴァレリウスは外部からの回復手段を失う。


 上から下から、横から、あらゆる角度から予測不能の超高速突撃を繰り返され、ヴァレリウスはなす術がない。


「どうした! 私を説得しろ!」


 だが、ラーダンはあえてトドメは刺さない。以前とは違うのはヴァレリウスの話に耳を傾けようという姿勢。


(出来る訳がないだろう……貴様が私の下顎を奪ったのだぞ……戦闘は一流だが……やはり此奴は少し『抜けて』おる)


 ヴァレリウスは声を出せない。操っていた人間も捨てた。弁明の余地は無い。ラーダンはそれを素で忘れているが、伝えることは出来ない。


 しかし、それが回復に専念しながらもヴァレリウスに考える時間を与えた。


(ここだ!)


「タイミングを盗んだかッ!」


 ラーダンが攻撃する寸前、ヴァレリウスは僅かに残った身体を全てコウモリに変化させ四方八方に散った。


 しかし、ラーダンは止まらない。目につくコウモリを全て撃墜していく。


(余としたことが侮っておったな……やるならばヴァンパイアという種族の総力を持って一斉にかかるべきだった。今宵は邪魔が多過ぎた……撤退だ)


 コウモリはブラフだった。核となる部分は蠅に変化させて目立たぬように戦線を離脱しながら、今は勝てない。冷静にそう判断する。


「逃したか……死んだか……分かりにくいな。それよりもこの気配……!」


 そんな声が後方から聞こえたような気がする。ラーダンの翡翠の瞳は魔力を見通す。魔力量の差から蠅となっても見破られる可能性はある。


 ヴァレリウスは猛獣の気配に気を取られながら暗闇を走るような心細さを感じていた。


 しかし、奇跡的にラーダンの目を掻い潜ることに成功する。


 ヴァレリウスにとっても不思議で仕方なかったが、その答えはすぐ未来に用意されていた。


 ラーダンはそれに気を取られたのだ。


(息子たちよ撤退せ……何? ランベルト、リーベルト……シシーまで気配がないだと……)


 念話に似た種族の頂点が使う、テレパシーにより指示を行おうとしたが、送る先の気配が消失していることに今更ヴァレリウスは気がついた。


 そもそも激しい戦闘によりそこまで気を使う余裕がなかった。


(殺されたのか? ラーダンならばともかく、他の連中にか?)


 まさか、信じられないと思いながらも気配が残っていた場所へ蠅の姿で飛んでいくとそこには悍ましい光景が待っていた。


 蠢く屍人の群れ。しかし、そこには秩序がありたった1人の勇者によって制御されている。


 首には切断された痛々しい傷。それもついさっきつけられた新しいものだった。


(ッ! あれは……余の子供たちなのか……!?)


 ヴァレリウスは見つけてしまう。自我を失い知性を感じられない死者へと変貌したゾンビに混じる子供のたちを……。

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