2-5話 リペーター現る
「攻撃を受けているッ……!」
すかさずシルバに念話をして連絡を取る。
(シルバ! 敵の攻撃だ! 攻撃を受けているっ!)
(おーい、お楽しみの最中やのに……今危険な状態なんか?)
(いや……それが分からない……直接的な攻撃じゃないんだ! 俺は昨日をループしてるッ!)
アウルムの緊張感とは正反対のシルバの気の抜けた返事に苛立ちを覚える。
(はぁ? よく分からんが今すぐ死にそうってことはないんか? 敵はどんな奴や?)
(誰に攻撃されているか分からない、敵の正体が分からないが、俺の1日は既に経験した出来事の中にある。今日起こった何もかもが昨日経験したことなんだ!)
(落ち着けや……だから今朝俺が何言うか分かったんか? 単なるデジャヴじゃ……)
(デジャヴじゃないっ! 俺だって最初はそう思ったさ! だが、何もかもが同じ過ぎる! まるっきり同じだ)
(お前が言うんやから冗談じゃないんやろうけど……でもお前や俺が何回も死んだりはしてへんのやろ? 1日が繰り返すだけ……敵が今すぐ攻撃してくる気配ないならちょっと落ち着いて得意の分析してみろよ)
シルバに指摘されてアウルムは我に帰る。
確かに……今攻撃せず、ループさせるという間接的な手段を取っているのであれば、戦闘が苦手なタイプなのかも知れない。
であれば、このループの目的やルールを把握するのが先だ。
(ちなみにこれは何回目?)
(分からん、俺に記憶が消されているのであれば既に何万回と繰り返しているせいで僅かに残った記憶の残滓から今日が一回目だと勘違いしているのかすらな。それに後何回かループしたらタイムオーバー……なんてことも考えられるあまり悠長にはしてられんぞ)
(と言われましても、この説明も明日になったら巻き戻って俺は覚えてないんやろ? 何かしてやれるかな)
(街で怪しいやつがいたら報告してくれ、俺はこの1日について調べるだけ調べる)
(はいよ〜)
呑気過ぎる! タイムリープを扱った作品を二人で見ていたから状況はすぐに察したが、だからこそ今すぐに解決出来るタイプの問題ではないと判断しやがった!
しかもそれについて苦言を呈したとしても、明日には忘れている。
脱出する方法が分からなければこの無力感は増すのみだ! くそッ! 腹が立つ!
チッとアウルムは舌打ちをする。
相手が分からないのであれば、攻撃が出来ない、何かルールがあるのであれば闇雲に攻撃をしたり、『昨日』の行動から大きく外れるとペナルティが発生するかも知れない。
気付かぬうちに雁字搦めにされている。
「何故俺を攻撃しようと思った……?」
ふと、疑問が生まれる。
昨日やこの街に来てからは目立つような事はしていないし、目をつけられる、攻撃をされる覚えがまるでない。
こんな馬鹿げた攻撃は勇者のユニークスキルでないと説明がつかない。一体、いつ、どこで勇者に目をつけられた?
この街に来てから勇者を目撃していないはずだ。
どこかですれ違っていたのなら確実に昨日。昨日は疲労と眠気と酒で判断が鈍っていた、いつもなら出会う人物には絶対に鑑定をしている。
まんまと油断している時に攻撃されたのだから、とんだ間抜けだ。
勇者……勇者? そういえば昨日食事処でガストンに勇者の話を聞いた。
だが、勇者を殺すとか探すといったワードは口にしていない。それは常に注意している事だ。あくまでも、勇者に興味のある冒険者のアウルム。そういう姿を演じてきている。
飛躍した発想だが、あの時食事処に勇者がいて自分が狙われていると勘違いした……?
いや、勇者を探しているのだからあながち勘違いではないのだが、あの会話からそう判断するには無理がある。
一体何なんだこいつは……?
少し頭を整理したいので、人気のない広場の噴水の前に座り込み考えるアウルム。
そこに黒髪の男が現れる。
来たか──やっと姿を見せやがった。
「お前……」
アウルムがお前はなんだ? と聞こうとした途端男が口を開き矢継ぎ早に責め立てる。
「な、な、なんなんだお前はっ! 勇者について探りやがって……! それを知ってどうするつもりだ!? ボクを殺そうってのかぁっ!? えぇっ!? ボクは何もしてないのに……なんでいつもこうなるんだ……お前のせいだ! チクショー……ボクの平穏な生活を乱すなんて許せねぇっ!
だが、もう遅いぞ! お前は既にボクの術中にハマっている! 永遠に同じ日を繰り返して絶望して死ねぇ!
明日の方が今日より良くなる保証なんてどこにもねえよなぁっ! なら今日を確実に良くしてから明日を迎えた方がグッスリ1日遊び回った日の夜のガキみたいに眠れるってもんだろ!? そうだよなぁ!?
ガタガタ怯えて眠るのなんて真っ平ごめんだっ! ボクの安眠の為に謝れよ!? ボクの平穏を乱したことを心底後悔して誠心誠意詫びろ! 詫びろ! 詫びろ!」
「こいつは……」
その異常なまでのテンション。ビクビクと小動物のように怯えているが、その目は血走り、まるで断末魔の如き叫びにアウルムは瞠目する。
鑑定の結果、ステータスは不明。言うまでもないが、自分で勇者であることをバラして捲し立てているので念の為確認したところ、勇者だ。
黒髪黒目、典型的なアジア系の顔立ちに気の弱そうな下がり眉、薄汚れた格好で歳の頃は20代前半から後半。
元高校生というよりは教育実習生や若手の教師の成れの果てか……? だが、言動はまるで、幼稚。
言う必要のない秘密をベラベラと勝手に話し出す。
とても計画性のある人間とは思えない。
たまたま勇者についての会話を耳にし、防御反応で攻撃してきた。そして、自分の前に姿を現す無防備さ。無秩序型の人間──これは絶対的な自信の表れか?
しかし、ここまで精神が破綻しているとなると、まともな会話は無理そうだ。それに自分に自信がないのは明らかだが、能力には一定の信用を置いてるからこその行動……とも考えられる。
何しろ、こいつの言ってる事はぶっ飛んだ被害妄想だ。
喋り続ける勇者の話に冷静に耳を傾けて情報を集めていくアウルム。
そんな彼が癪に障ったのか、勇者の男は怒鳴り散らす。
「聞いてんのカァッ!?」
「途中までは聞いていたが、あんまり早口なもんでよく分からなかった。お前の名前はなんだったか?」
「!? ボクの話を聞いていなかったのか!? ボクは巷じゃ『リペーター』と恐れられているんだ! お前にもその名の通り後悔を繰り返させるからな! 覚悟しろよ、暗殺者めっ!」
リペンタンス──後悔、悔い改めること。それを繰り返すリピーターを掛けてるのか。
なるほど、ブラックリストにあったが、こいつか。名前だけしか情報が無かったし意味も分からなかったが、そういうカラクリか。
「別にお前を殺すつもりなんてなかったが……知らん名前だな、何人くらい殺したんだ?」
「ボクに危険を及ぼすやつは皆殺しだ! ボクはそんなイかれたやつを野放しにして安眠できるほど図太くないんだ!」
「何もしていない人を殺して眠れるのにか?」
「何もしてないだと!? 被害者ぶりやがって……いいか! ボクが被害者だ! ボクはいつも何もしていないのに面倒に巻き込まれるし、追われるし、クソみたいな毎日を送ってるんだ! それを悪化させる要因は排除するっ!」
「話が通じないなこいつ……だが、俺を殺そうってんなら、殺される覚悟は出来てるんだろうな? 姿を現すなんてとんだ間抜けだぜ」
『氷槍』──水魔法の派生により、氷の槍をリペーターが話すことに夢中になっている間にアウルムは用意していた。
油断していたリペーターは背中に槍が突き刺さる。
「グフっ……!? お前ぇえええ……ッ! やりやがったな……やっぱり危険な奴……ボクに攻撃したことを後悔させてやるから……な……」
リペーターはそう言いながら吐血し、地面に倒れ込む。
「意外と呆気なかったな……」
「……ガハッ……わ、悪いな……この地獄はまだ終わらせ……ないっ!」
リペーターは口に溜まった血を飛ばしながら笑う。
捨て台詞か……と思った矢先アウルムの意識は一度途切れる。
目を開けると朝を告げる鐘が鳴り響く。場所はエルバノの屋敷の前。鐘の音が鳴り続けているここ最近では見慣れた風景の中に座っている自分がいる。
「チッ……殺しても意味ねえのか? 面倒臭え」
アウルムにとってキアノドの10日目は3回目に突入した。
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