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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
11章 ナイト・ムーブス

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11-10話 バス


「全員連れて来たが……どうする、囲まれてるで」


 シルバは宿にいた旅人を連れ、アウルムのいる厩舎までやってくる。村人の物音からおおよその位置を探り、状況の悪さを認識して目を細めた。


「東門は固められてるし、太陽の位置的に不利だから西門を行った方が良いとは思う」


「でもここは村の東側で西門まで行くとなると村の中を突っ切る形になるし距離もあるやろ」


「そこなんだがな、村の中央にある石に何らかの仕掛けがあると思う。それを破壊するか、通行証のようなものがないと村を出られないなんて仕掛けがあったらマズイ」


「村へ入れるも出すもあっち次第に操作出来る……俺のアレみたいな効果を警戒してるんやな」


「ああ」


 アウルムの思った通り、ここにいる旅人は誰一人としてドールバにもダーラブにも来たことがないと分かった。


 であれば、村へ入る、あるいは村にたどり着ける何らかの条件設定がされていると考えるのが妥当。


 逆に出る際にも条件が必要である可能性は排除出来ない。実際にシルバの『不可侵の領域』というものがある以上、あり得ないとは言い切れないのだ。


「万が一出られんってことになったら俺らでもこの人数は守り切るのが保証出来んからな……でも、それ確証ないんやろ? 何もありませんでした、村からは出られませんじゃ間抜けやでぇ」


「分かってる。それに関しては対策出来るから問題ない。それよりもこの人数を馬車で隊列組んで脱出するって方が難しいんだよ……そこで、だ」


 アウルムはシルバにだけ聞こえるように考えている脱出方法を伝える。


「ええんかそれ? 内容より事後処理に問題が出そうやが?」


「俺も迷ったんだが、流石によその街まで一瞬で運ぶって事実を体験するよりはリスクが低いとは思う。転移に関しては俺たちのアリバイを崩す致命傷になりかねんからな。それなら、奇妙な体験をしてもらって誰にも信じてもらえないような話の方が助かる」


「お前の幻術で辻褄合わせるってことか……にしてもお前の出して来た作戦の中で一番馬鹿げてるというか大胆というか……まあ、仕方ないな」


 その手段の内容で大丈夫なのかとシルバは乾いた笑いが出る。真面目な顔してよくそんなことが思いつくなとアウルムに呆れた。


「よし、全員聞け。これからこのイかれた村を脱出するイかれた方法を伝えるが、騒ぐな」


 アウルムは旅人を集めて、説明を聞けと一人一人に視線を送り、しっかりと傾聴させる。


「……俺が馬鹿だから理解出来なかったのか?」


「何を言ってるかは全部分かったが、こいつが自分で何を言ってるのか分かってねえんじゃねえの?」


 旅人はポカンとしていたり、アウルムを馬鹿にしたような顔で互いにその内容の妥当性を検討する。


「荒唐無稽過ぎて信じろってのが無理あるだろうよ? なあ、アウルムさんよ」


「いや、今の説明通りで行く。信じられないなら構わん。人殺しの村人が住むここに滞在してくれ」


「…………」


「信じられないならって……! そりゃあそうだろうがよッ! テメェ自分で何て言ったか覚えてんのか!? 俺たち全員を『召喚したモンスターの腹の中に入れて村の中を突っ切って脱出する』って……そう言ったんだぞッ!?」


「ああ。別に溶かされて死んだりはしないから問題ない。モンスターは既にシルバが召喚してくれている。こいつはモンスターを召喚出来る恩寵があるからAランク冒険者なんだよ」


 アウルムの選択──それはとんでもないレベルの大嘘をかますことだった。


「な、何だこりゃあッ!?」


 見てみろと、誘導された旅人たちの眼前には異常に口のデカい縦長の薄い緑色をしたイモムシに似たモンスターが唸りながら待機していた。


「まずは馬車と馬を入れる。俺たちがやったら食わないって分かるだろ」


 アウルムが馬車を操り、モンスターの口の中に入っていく。そして何事もなかったかのように出てくる。


「大丈夫……なのか?」


「こいつは気性が穏やかで絶対に怒ったりはしない。見てろ……」


「ッ!? ばかっ! おいっ! やめろって!」


 アウルムは安全なモンスターだと証明するかのようにデモンストレーションをして見せた。


 モンスターの横腹を何回も強く蹴り上げて、どうだ怒らないだろうと笑う。旅人にはアウルムが危ないやつに見えて頼むから、信用するから蹴るのをやめろと懇願し始めた。


 彼らからすれば、得体の知れないモンスターを蹴りまくり、これからそいつの腹の中に入るなんて言うのだから恐怖でしかない。


「何だ? 腹の中に出っ張りがあるな?」


 それは初めて見た者にとっては出っ張りであり、ベンチのようにも見えるだろう。


「そこに座って紐で固定しろ」


「こうか? てか、なんで腹の中から紐が生えてんだよ?」


「そういう移動に適したモンスターなんだよ」


「ガラスみたいなら窓がついてら、変なモンスターだなあ」


 もうお分かりだろう。これはモンスターではない。


 アウルムの幻覚によってモンスターに見えるシルバの召喚した『バス』である。


 なお、馬車と馬は『虚空の城』に保管され、旅人が見ているのは幻覚なのだが、そんなことを一々気にして冷静にツッコミを入れる者はこの場にはいなかった。


「よし、シルバこれに爆発の付与をしてくれ」


 アウルムはバスの上に立ち、土の弾丸をギュルギュルと回転させながら発射直前でキープしていた。


「あの変な石を破壊するんやな?」


「そうだ。地面に埋まってる可能性もあるから土の中から爆破する。それで村人の反応を見る」


「焦って守ろうとしたら当たりか」


「恩寵持ちが隠れてる可能性も僅かにあるが……どのみち爆風で死ぬだろう。まあ出られないかも知れないって不安を潰す為の策だから、細かい部分は構わん。旅人は全員一か所に集められたし、最悪この村を最大火力で焼き尽くす」


「全員契約してないと良いが、してた場合は結局死ぬし仕方ないか」


「ああ、村を突破して脱出するのもその可能性に賭けて……被害者を少なくしたいって希望だからな。流石に全員殺してから出るってのも気分が悪い」


 村を出て、情報が流出すると確定した瞬間に村人が契約魔法により死亡したとしても、嬉しくはないがそこまでの罪悪感はない。


 その契約をさせた張本人に対して思うところはあるが、アウルムとシルバが悪いわけではないと割り切るドライさを持っている。


「付与終わったで」


「じゃあ、やるか……」


 アウルムは杖を空に向かって掲げる。石の座標は既に把握しており、目視せずとも当てることは可能だ。


 射出する際に大きな音も出ず、ただ空に打ち上がった弾丸というよりは砲丸に近いそれは放物線を描き数秒後着弾する。


 バァンッ! と強い破裂音が村に響き渡り、シルバはその音から目標物が破壊されたと確信する。


 そしてすぐさま運転席へと飛び込み、サイドブレーキを解除してアクセルを踏みつけ、ギアを入れた。


「ぶっ飛ばすぜベイベーッ!」


 獣が唸るようにエンジンは大きな音を立て、発車する。


 このまま手薄な西門へ向かってストップすることなく全力で疾走を開始。


「お前らァッ! 舌噛まんように口は閉じとけッ!」


 旅人たちに忠告して、更にギアのシフトチェンジをして加速する。


 一方アウルムはバスの屋根に乗り、周囲の状況を観察する。


「やはり下に何かあったようだな」


 爆心地の底を首を伸ばして確認し、頭を抱えて膝から崩れ落ちた村人を発見。予測は正しかったと確信する。


「シルバッ! 大丈夫そうだ、このまま行けッ!」


「よっしゃあ任せろッ! オラオラッ! 引かれたくなかったらどきやがれッ!」


「何だアレはッ!? モンスターかッ!?」


「デカい馬車ッ!?」


 シルバはクラクションを鳴らして村人を威嚇する。轢き殺したくはないので、どけと叫びながらもブレーキは踏まない。


「西門……! 見えて来たが! 閉じてるぞアウルム!」


「分かってるッ! 門ごと吹き飛ばしてやる」


 杖を構え一瞬の溜め──そして巨大な炎の槍を……否ッ!


 槍と言うには大き過ぎる『破城槌』を炸裂させる。


 門はバラバラに吹き飛び、ぽっかりと穴が空いて後はそこから出るだけだった。


 車の速度に追いつける者もおらず、村人たちは呆然としていたように見えた。


 ──アウルムとシルバはそこで僅かに気が緩んだ。


「ッ! 馬鹿なッ……!」


「んなぁにぃぃ〜〜〜〜ッ!?」


 門のあった場所の前、バスの進路上に小さな影が飛び出して来た。それは今にも泣き出しそうに震えて目を閉じ、死を覚悟した子供であり、年齢はせいぜい8歳前後の少女。


 そんな少女が両手を広げて何とか村からバスが出ないように抵抗する。


「シルバッ!」


「分かってるゥッ! お前ら掴まれ倒れるぞッ!」


 シルバは急ブレーキをかけ、ハンドルを切った。

 アウルムもバスの速度を落とす為に柔らかい土の坂道で出来た世界で緊急退避所を作る。


 バスは思うようにすぐには曲がらず、減速も遅い。


「間に合えっ……! グゥッ……!」


 何とかコースを変更して少女を轢き殺さずに済んだが、バスは坂に突っ込み、転がって倒れた。


 衝突の勢いで肋骨が圧迫され、肺の空気が押し出される感覚があった。


「痛ッ……皆大丈夫か?」


「俺は大丈夫だか、こいつは意識がねえ……!」


「待ってろ……おい、痛いところあるか?」


 シルバは座席から離れて乗員の安否を確認する。幸い、怪我人は一人だけで、首の骨が折れていたが死んではいなかった為、『非常識な速さ』で治療し頬をパンパンと叩くとすぐに目を開けた。


「よーし……外の子供は……生きてるな」


 サイドウィンドウから顔を出し、外の様子を確認するが、少女は尻もちをついて呆けた顔をしていた。それを見てシルバはホッとする。


「大丈夫か?」


 そしてアウルムの心配は全くしていなかった。あの程度の事故で死ぬような奴ではない。ひらりと上手くかわしていただろうと思っていたが、思った通り涼しい顔をして倒れた車体の側面に乗り、シルバに声をかけてきた。


「一応無事や。起こしてくれ、早く村を出よう」


「ああ……」


 アウルムが倒れたバスを土を盛り上げてゆっくりと起こす。走行には問題はなく、エンジンもしっかりとかかっている。


 さて、仕切り直して村を出ようと、ハンドルを握ったところで少女が叫んだ。


「行っちゃダメッ……! 皆が……皆が死んじゃうッ!」


「ッ〜〜! どうしろって言うねん!」


 シルバはハンドルを殴る。それは行き場のない怒りからのもの。少女の言い分も理解している。皆が死ぬ、それは正しい。


 だからと言って秘密を守る為に死ぬことも出来ない。


「無視しろシルバ行け」


「クッ……」


「ああああっ! ダメッ! ダメッ! やめてやめてッ! 行かないでッ! ダメだってば!」


「アウルムッ! 何とかしろッ! 頼むからッ……!」


 少女は勇敢にも、彼女からすれば得体の知れない大きな怪物を殴りつけ、鼻水を垂らして泣きながら何とか止めようとする。


 その泣き叫ぶ声、車体をバンバンと叩く音はシルバにとって聞くに耐えなかった。八つ当たり気味に、そして懇願するように無茶だとは思いつつもアウルムが何とかしてくれるという希望に縋って怒鳴った。


「…………」


 だが、アウルムに出来ることは何もない。ただ、その少女を見つめるだけだった。


「やっとお家に住めるようになったの……! パパが頑張って悪い旅人やっつけてるの!村出たら皆死んじゃうのッ! 悪い旅人なのに外出たらダメなのに! やめろ! この悪者ッ……! この村作ってくれたルイ様との約束破っちゃダメなんだから……あっ……ウッ……!?」


 少女は契約に抵触した。言ってはならないことを口にしてしまった心臓をギュッと掴み、苦しそうにして倒れた。


「……もう死んでる。行け」


 村人が西門へ向かってくる気配がある。時間はない。感傷に浸る余裕は許されなかった。


「クッソ……」


「行けッ!」


「クソガァッ……! 何やねんこの村はよぉっ……! ふざけんなよルイ様って何なんやぁッ!? 許されると思ってんのかこんなことがああああっ!」


 シルバは強くアクセルを踏み涙で霞む視界をゴシゴシと拭きながら門を突破する。


 聴覚の優れたシルバは後方で何人もの心臓が停止して、地面に倒れる音が聞こえてきた。だが、振り返ることもせず、バックミラーの確認もせず、ひたすらに村から少しでも遠くへと行きたかった。


 シルバの涙は止まらなかった。アウルムもしばらくは一言も発さなかった。


 その後、バスから下車させ今日見たことは他言するなと旅人たちに約束させる。旅人たちも余計な詮索のせいで命を狙われたということは理解しているようで、今回の件について口外するつもりはないと言っていた。


 馬車を返してそれぞれ好きに行きたいところへ行ってくれと指示して解散する。


 シャロンはずっと黙って、先ほどの出来事、自分の村のことなど色々考えているようで小さく座り、地平線を眺めていた。


 アウルムは念の為、村へ戻り様子を確認した。もしかしたら、誰か生き延びているのでは。契約について話せる者がいるのではと思ったが、残念ながら全員死んでいた。


 シルバは戻って来たアウルムの顔を見たが、アウルムが首を横に振ると怒りに任せて地面を殴りつけた。


「許さん……こんなことしてるの誰か知らんが……許さん……ケジメつけさせる……絶対に……どんな事情があってもあんな方法でガキ殺して良いはずがないッ……!」


「ルイ様って奴についてはしっかりと調べた方が良さそうだな。ヤザザなら何か分かるかも知れない……いや、まずはドールバに向かうべきか」


「……やめとけ、万が一にでも今日の二の舞になるのはごめんや。ヤザザの規模なら似たようなマジックアイテムも使えんやろうし、直接ルイ様を探すんじゃなくておかしな話を集める方が安全や。調査の為に人が死ぬのは見たくない」


「分かった。一休みしたらヤザザに向かう」


 アウルムはシルバに葉巻きを渡して少しリラックスしろと乱暴に髪を撫でる。

 シルバは鬱陶しそうに頭を振ったが、肩に入っていた力はさっきより抜けていた。

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