11-7話 セト
「結構硬いんだなぁッ!」
セトの砂嵐は硬質化した皮膚を持つラーダンにほとんど有効なダメージを与えられていない。
だが、セトは焦ることもなくその硬度を調べるかのような攻撃を繰り返す。
四方八方から、弱点を探るかのように絶えず砂嵐を放ち続ける。
「喋り過ぎだ」
ラーダンは耐えず距離を取ろうとするセトに対して攻撃をかわし、間合いを詰める。そして、背後を取った。
(入るッ……!)
ミアはその様子を観戦しながら、ラーダンが一撃入れることを確信するタイミングがあった。
──だが、ミアのその予感は外れる。
「ッ!」
「喋ったくらいで隙作るほど油断しちゃいねえんだよ。風属性魔法を極めた俺だぜ? 背後からの接近には敏感に決まってるだろうがッ!」
セトは背中から砂の混じった突風をラーダンにぶつけ、視界を封じながらジェットエンジンの要領で前方に推進力を発生させる。
ラーダンの攻撃は空振りに終わり、セトは再び距離を取った。
「なるほど……発動までの速度、精度、威力、全て極めているというのは過言ではないな……」
「テメェら龍人のお得意の龍眼も、この砂嵐じゃ使えねえだろ? 個人によってその能力は違うらしいが、眼を起点としてることは分かってるからなあッ!」
「チッ……さっきから目が開けにくいと思ったら」
「気がついたか?」
セトはその場の空気を乾燥させていた。それは砂を巻き上げやすく、龍人族の切り札でもある龍眼の水分を奪い、まばたきの回数を増やすことで妨害する為。
徹底して、ラーダンという龍人との戦いを意識した堅実な戦法を取っていた。
水の魔法でラーダンは眼球を覆い、水分を与えながら、砂への保護の役割を持つ即席のゴーグルを作成し、それに対抗する。
「そういうことも出来るのだな、器用な奴めッ! いや弱点のカバーを考えるのは当然か……だが、いつまで持つかな?」
「それはこちらのセリフだ。私の攻撃を回避したところで、私を殺すことは出来ない。迎撃型の戦法は相性が悪いぞ?」
龍鎧鱗により、セト攻撃は現状無力化されている。ラーダンを殺すに至る破壊力はない。
「さあ、それはどうかな? 俺の魔力とお前の魔力、お前の方が多いだろうが、その姿を長く維持出来るとは思えんからな。出来るなら最初からやっているはずだ」
「お前が私の攻撃をそれよりも長く耐えられるとも思えんがな」
「……言ってくれるな」
ラーダンの挑発とも取れる言葉にセトは激昂するわけでもなく、戦うことの楽しさを噛み締めるように笑った。
(この男、好戦的な態度ではあるがかなり冷静だな。この私と戦い敗れた経験があり、憎しみに感情を支配されてというのに私の動きを見るだけの余裕がある。そして、反応もしっかりとしている……あれだけの魔法を使い続けてもなお魔力量は8割程度残っているか……)
ラーダンの龍眼は魔力そのものを見る。対象となる者の保有する魔力量や、身体から漏れる反応から事前に魔法の系統を把握することが出来、そこからおおよその力量も測ることが出来る。
古代種であり、亜神の位置付けにあるだけの能力を持つセトは記憶を失ってから出会った中でも指折りの強者。
何より、相手はラーダンの手の内をある程度知っているのに対し、ラーダンは今の戦いからセトの手の内を探るというイーブンではない状況は厄介だった。
(魔力の消費が著しく少ないのは種族的な特性と見た方が良いだろうな……)
「削ってやるぜ……来いッ! 眷属たちよッ!」
セトは眷属を召喚する。二足歩行の犬型ビーストに似た命を持たぬ戦士は殺せば時間と共に消滅するが、知性のある攻撃を繰り出し、連携もある。
「魔力の無駄遣いだな」
ラーダンは地面を殴りつけた。
地響きと共に地面に裂け目が生まれ、眷属たちをあっという間に飲み込み、すり潰していく。
セトを見ると魔力が1割減り、残りは7割程度。一瞬にして貴重なリソースを失う悪手を選択した。
「果たしてそうかな?」
だが、セトに焦りはない。むしろ、嬉しそうに眷属たちを眺め、ラーダンにドリルのような砂嵐を乱射する。
ギャリギャリギャリとラーダンの肌を削るような激しい音を鳴らすが、やはり有効なダメージとはなり得ない。
空中を舞い、四方八方から移動しながらの遠距離攻撃を続けるが、ラーダンは空気の裂け目を見つけては風の魔法を付与した手刀で切り裂き、レジストする。
「ッ!」
その時、地面から眷属が突如現れラーダンの足を掴んだ。
1匹、2匹……数える間も無くわらわらと集まり始め、木の根のように地面の中で互いを掴み、ラーダンの行動を阻止する。
(コイツッ……! どこからでも召喚出来るのか! 今までの召喚動作はこれを隠す為の……!)
地面の中にいて、それが移動するのであればラーダンは絶対に見逃さない。地中であれど龍眼は見通す。
だが、突然の発生に虚をつかれる。
「足腰を完全に支配したッ……! お前の馬鹿みたいな力は動きの起点である下半身を封じれば木偶の坊同然なんだよ!」
「……弟子の技が活きるということもあるのだな」
ラーダンはフッと笑い、シルバの顔を思い浮かべる。
「ッ! 何だとッ!? 上半身だけで……ッ!」
中国武術の一つ、発勁と同じ概念をラーダンは持っていた。そしてある時シルバにそれを教えた際、ダンスのウェーブというものに似ているとシルバは言い、それを実演してみせる。
手の先から、肘へ、肩へ、首を通りまた反対の肩、肘、手の先へ。
武術の基本となる足腰を起点とした木で言うところの根や幹から力を伝える攻撃に対し、枝の部分を起点にした波打つ動きを見せられ、天啓を得る。
場合によっては己の身体の先端から力を生むことも、筋力と魔力の循環を波のようにスムーズに行えば爆発的な威力を出すことも可能である……と。
「私を封じるのであれば、首や頭の中も固定するべきだった……いや、全ての関節をだな」
ラーダンは伸ばした指を握り、その衝撃を肘、肩と経由させ、卓越した魔力操作で増幅させる。
通常であれば腰の入っていない、弱い攻撃しか生み出せない状況においても地中に潜る眷属たちまで衝撃の浸透する貫通性の高いパンチを繰り出し、危機を脱した。
「様子見はここまでで良いだろう」
「グハッアッッ!!!」
セトの反応速度を大きく超える認識外からの攻撃。みぞおちにラーダンのアッパー気味の巨大で硬質な拳が突き刺さり、セトの肋骨と内臓はその衝撃により一瞬で致命的なダメージを負う。
衝撃は内臓を突き抜け、肺の空気を全て排出させ背中にまで痛みが疾走する。
「……ッ……ヒュッ……カハッ……!」
セトは崩れ落ち、痙攣する。身体を動かすこともままならず、ただひたすらに体内を駆け巡る激痛に身をよじりながら震えることしか出来ない。
「せ……殺……せ…………」
「いや殺すつもりはない。私は話が聞きたいのだ。殺してはここに来た意味がない」
戦いは終わった。もうセトはこれ以上は何も出来ない。ラーダンは龍鎧鱗を解除して、這いつくばるセトに声をかけた。
「……何言ってんだ? 俺は『やっと殺せる』って言いたかったんだよぉ……!」
「ッ! 馬鹿なッ!」
セトは地面に這いつくばり、ラーダンを鋭い眼光で睨みつけた。その瞳に宿る殺意の炎は消えていない。
セトがそう言った瞬間、ダメージは回復していなかったが、セトを中心に禍々しいオーラが集まり始めた。
もはや魔力を操作する力など残っていないはず。ラーダンは信じられない思いで慌てて距離を取る。
(ハッタリじゃあない何かあるはずだ……! これが奴の恩寵か……)
「へ、へへ……300体……俺の眷属を殺したな……そして、俺に致命傷を与えた……条件は整った……!」
「やはり持っていたか……眷属の召喚は恩寵ではなく個体特有の能力ということか……」
「ああ、その通りだ。やっぱり俺の恩寵の力をお前は覚えていなかったな……!」
「最初から私の記憶が欠如していると分かっていて……あれは演技か」
セトのことを覚えていないフリをするラーダンに対しての怒り。だが、それはセトの巧妙な演技だった。
ラーダンが知らないということを利用した戦術の組み立てを行い、あえて眷属を殺させることで恩寵の発動条件を整えていたのだと、ラーダンは気がつく。
セト、ラーダンの想像以上に冷静ッ!
怒りすら演技として利用し完全なる油断を誘うことに成功すッ……!
「食らったダメージは『ウァズ』が全てお前に返すッ! 死にやがれ龍人のラーダンッ!」
セトに集まったオーラが具現化していき、巨大な怪物が生み出される。
恩寵──選ばれし一部の者に与えられた特別な力であり、勇者のユニーク・スキルと同様に通常の魔法系統とは異なった能力。
セトはビーストが嗅覚や聴覚に優れているように、生まれついて魔力、体力などの基礎値が極めて高く土と風の系統に最初から高い適性を持っていた。
加えて、古代種、更には亜神と崇められるにふさわしい恩寵『砂嵐の戦士』を持つ。
眷属召喚、及び眷属を殺され、自身に多大なるダメージを受けることで条件を満たすカウンタースキルが発動する。
セトに似た頭が二つある双頭は獣である『ウァズ』は咆哮してラーダンへ突進した。
その速度はラーダンですら回避するのが難しく、獣というよりも、獣の姿をした突風のようであった。
「グッ……!」
間一髪、ラーダンはその攻撃をギリギリで回避したかのように思えたが、右側を通り抜けた風はラーダンの片腕をもぎ取った。
完全に命中していれば、ラーダンは今頃、細切れ肉のようになっていだろう。
常軌を逸した破壊力と速度に流石のラーダンも死を覚悟する。
しかも、ウァズはまだ消えていない。単純な突進しか出来ないようであるが、分かっていても回避が困難なほどに速く、その速度は音速に匹敵する。
「腕を侵食していくのか……」
そして、削り取られたラーダンの腕は先端から砂へと変化していき、徐々にその範囲を広げつつあった。
「死ね……ハハ……ラーダン……死ねぇッ……!?」
「チッ……『龍化身』……ッ!?」
「──お師匠ごめんね」
セトが勝利を確信し、ラーダンが使えばその後行動不能になる大技の完全なる龍へと変身しようとした時、ミアが乱入した。
一般的なヒューマンですら、使えば音速を超える最速の武器──鞭。
空を裂き、音速を超えた認識すらする間もないミアの白蛇が爆発音を響かせた時、死にかけていたセトを粉微塵にして絶命させる。
それと同時にウァズも消失した。
「話聞きたいって言ってたけど……うん、無理だよね。お師匠死んだら意味ないし。手助けとかされるの嫌いなの知ってるけどさ、流石にこいつはヤバかったでしょ」
「……いや、助かった。腕一本で済んだのは君のおかげだ。責めたりはしない」
「取り敢えず、ポーション飲んで血を止めないと」
ミアはラーダンにポーションを渡す。飲むと腕の失った部分は元には戻らないが、出血は止まり、戦闘によるダメージも回復した。
「しかし、セトの殺意は強かった。彼の行いを認めるわけではないし、申し訳ないとも思わんが……各地に残るラーダンという人物の逸話はどれも悪として描かれている点に関して、あながち間違いではないのではと、そう思ってしまうな」
「恨まれるようなことをしたって思ってるの?」
「分からん。ある者にとってはそれが事実なのは確かなんだろう。問題はその理由だ。私は何故セトのような人を食らう怪物を殺していたのかということだ。単に倫理的な対立とは考えにくい」
「それが……お師匠にとっての使命……に関することなのかも知れないね」
ラーダン、そしてミアもまた、アウルムとシルバ同様に闇の神の使徒である。
使徒には何かしらの使命が与えられている。ラーダンにはその使命が何なのか記憶を失っている現在では分からぬが確実に何かはあるのだ。
それが今までの行動の根源的な理由なのかも知れないとミアは推測する。
「思い出したとしてもあまり喜ばしくはなさそうな内容だがな……」
命を奪うという使命が与えられていたのだとしたら、記憶を取り戻す価値と釣り合っているのか、ラーダンの中に葛藤が生まれた。
「そもそも使命とはそういうものか……君の使命も決して愉快な内容ではないのだからな……」
「うん……まあ、そうだね」
ミアは気まずそうに頬をポリポリと掻いて、言葉を濁す。彼女には彼女なりの旅の理由があり、使命の内容を含めてあまり口にしたくもないことも多い。
「しかしだ、腕が片方ないと言うのは不便だな」
「シルバなら治せるかな?」
「ああ、可能だろう。あの力だけで莫大な富を築くことも出来るほどの常識外れなものだからな。ただ、合流しないことにはどうにもならんが」
「じゃあ1ヶ月くらいはこのままかもね」
「私に利き手という偏りのある弱点はないが、不便は不便だろうからまいったな。一時的に義手でもつけるか?」
義手や義足はそれなりに高価ではあるが、戦うことが珍しくないこの世界では使用している者は一定数いる。簡単な構造でも、無いよりはあった方がマシかとラーダンは思案する。
「そう言えば……義手職人の勇者がいるってアウルムから聞いたことあるよ。なんか武器とか取り付けてくれるらしいね。お師匠も逆にパワーアップするかもよ?」
「馬鹿な、腕……特に手という組織はどんな仕掛けや武器よりも繊細で緻密な構造をしている。それに私の本来の腕の耐久度を考えれば、私の腕に勝る性能など発揮出来るということはあり得ないな……とは言え、そいつはどこにいるんだ?」
「知らないけど」
「では何の意味もないな……はあ、とんだ無駄骨だったな帰って寝るか」
ラーダンは失った右腕を見てため息を吐き、セトの肉片を荼毘にふした後、ミアと共にその場を立ち去った。




