11-6話 過去から現在の変化
「いや〜アタシらとしたことが、やらかしたね」
「本当ごめん、シャイナ王国出るの久しぶりで攻撃される可能性すっかり失念してた」
「魔王との戦争中はほぼフリーパス状態だったしこんな大事になるとは思ってなかった……」
「いや、あれはフリーパスって言うか会長周りが許可申請出してたらから出来たことなんだよね実は。それをやってくれる人がいなくなったから、私たちの勇者特権みたいなのが前ほど効かなくなってきてるってことだよ」
シズクとカナデは軍人に攻撃されたことに関して素直に驚いていた。
自分たちはこの世界を救った勇者の筆頭格であるという自負、あるいは傲りがあったのだ。
どこへでも、好きな時に行けて、歓迎されるというのがこの世界での常識であり、ちょっとしたVIP気分だったのかも知れない。
だが、現実は犯罪者扱いで話も聞いてもらえず容赦ない攻撃を喰らう。
一時期は売れっ子だった有名人が、旬を過ぎた後は誰にも見向きされない、誰も知らないという状況に落ち込むロケ番組のような何とも言えない虚しさがあるね、とシズクは冗談混じりに言う。
「知らない間にこの世界のお客さんじゃなくなって来てるんだ……勇者って肩書きも、それが肩書きとして通用するだけの国からの保証とかがあったから有効だったんだ……これからはちょっと旅の身の振り方ってのを考えた方が良さそうじゃね」
カナデはシズクの冗談を何か気の利いた返しも出来ず、純粋にショックを受けていた。
むしろ、今までが異常で、そりゃ見知らぬワイバーンが領空を飛んでたら怒るだろうなというアンティノア側の理屈も納得してしまうほどには大人になっていた。
大人にはなったが、今まで知ったつもりになっていたことの数々、出来ると思っていたことは人知れず、誰かの助けがあったのだと思い知る。
とにかく、シャイナ王国に所属する勇者という肩書きで昔のままの感覚でいるのはヤバいと今更ながらに気がつく。
「勇者を秘密にするにしても、それなら女二人で旅って普通に怪しまれるよね? 変なのにも目をつけられやすいし」
「ホントだ、カイトもヤヒコもいないしちょっと面倒なこと増えるかも……あ〜よく考えたらそういうトラブル回避全部ヤヒコがやってくれてたんじゃん……」
旅の最中に女だけで行動するのと、女だけで旅をすることがまるで違うということは分かるが、それに関するノウハウがないことにも気がつく。
自分たちはかなりカイトとヤヒコに支えられていた部分が大きいのだと、今までの態度を後悔して次会った時は感謝を述べようという気持ちになる。
「それにしても、あの竜巻ってさ自然現象じゃないよね」
「そりゃそうでしょ。タイミング的にはすんげえ助かったけど、下手したら全員死んでたでしょ。前もってアタシが柔らかい結界を張ってたから助かっただけで無茶じゃんね」
カナデの結界は柔らかさまで操作出来、クッションの役割によって軍人たちも死ぬことはなかった。気絶しており、何故助かったのかについては本人たちは知らないが、カナデとしてはあれで死なれては相当に目覚めが悪かったのでホッとしている。
「誰がやったんだろう。あの規模ってなると私はホシノ君くらいしか思いつかないけど」
「あ〜ね、ホシノ。あの人領主か何かやってて引きこもりでしょ? アンティノアまで出てくるのはあり得ないと思うけど」
「でも達人クラスじゃないと無理だよ竜巻って。魔力消費量も凄く大きいし、操作も難しい。しかもその後同じくらい魔力使って消さないと街が吹き飛ぶこともあるからね」
「マジで何者? そんな奴に目つけられたんならヤバくね? まだ探してるかな?」
「ほとぼりが冷めるまでは、しばらく動かない方が良いと思う。兵士が事故調査みたいな感じでウロウロしてるし、ワイバーンが落ちたからウロコとか爪狙いの商人なんかもいる」
「でもさ〜……コレ、いい加減お尻痛くなってきちゃった〜!」
彼女たちは現在、『ギリータートル』という周囲に溶け込み、気配を察知させないカメレオンに似た性質を持つ大きな亀の甲羅に乗っている。
甲羅の上に乗る生き物もまとめて擬態して姿を隠してくれる為、小さな生き物と共生していることも多い。
その性質を利用して、戦闘時の怪我を癒しながら潜伏しているのだが、甲羅が硬くカナデが泣き言をこぼし始める。
「カナデお尻大きいからクッションついてるみたいなもんじゃん。私よりマシでしょ」
「あ、あっ〜ッ! アタシがお尻大きいの気にしてるの知ってる癖に……!」
「いや……私のおっぱい鷲掴みしといて、それはないでしょ?」
「でも……でも、おっぱいでっか! 無駄にデカいな! だから走るの遅いんだよ! とか、悪いニュアンスで言ったことないじゃん! 今のはテクニカルな悪口ってか皮肉のニュアンスでしょ!?」
「そうなんだけどさ……うん、これ以上はやめよう。無益な争いな昨晩で懲りてるからね……あ〜ダメだ、旅のストレスで嫌な私が出始めている……」
「そうだね、アタシらでこんな下らないことで言い争っても仕方ないよね。リアルな話、これからどうする? そろそろ夕方……街の門が閉まりかけのタイミングで街に入れば審査も気持ち緩めだと思うけど」
「うん……シッ! カナデ静かに!」
カナデとシズクが言い争いを終えた頃、落下地点付近に近づいてくる馬車があった。
商人か、あるいは冒険者か。どちらとも言えない雰囲気の不思議な二人組の男だった。
「うわ、凄いイケメンだ、シズク見てよ、銀髪のジョニデと金髪のジョン・コナーに似てない?」
「どこが? ジョニデって『チャーリーとチョコレート工場』の人でしょ? それにジョン・コナーって、マトリックスの俳優やってた人がやってるめちゃくちゃ強い殺し屋みたいなキャラだよね?」
「は? ジョニデで最初にイメージするのウィリーウォンカな人ッ!? 普通パイレーツシリーズとかのビジュアルイメージしない? それにジョン・コナーの方はコナーじゃなくて完全にジョン・ウィックの話してるっしょ!? アタシが言ってんのはターミネーターに出てた方の少年の方ッ!」
「映画とか最後に見たの昔過ぎてあんまり覚えてない……でも少年って、ターミネーターはシュワちゃんそんな若い頃の映画だっけ?」
「違うって! シュワちゃんはジョン・コナーじゃないじゃん! 」
「分かった、分かったから……結界張ってるからって、あんまり大きい声出したらバレるって……」
アウルムとシルバの感じた視線の正体は彼女たちである。しかし、彼らの一挙一動を注視していた理由は本人たちには思い至るはずもない、どうでも良い内容だった。
頼むから気付かないでくれ、これ以上騒ぎにならないでくれという祈りが通じのか、彼女たちにとって注目すべき二人組はそのまま西方面へ馬車を走らせて行った。
陽が沈む頃に駆け込む商隊に紛れる形で無事にクロッカの街へ入ることに成功したのだった。
もちろん、アウルムとシルバの警戒は無駄に終わり、事の真相には辿り着けないままだった。
アウルムとシルバは職業柄、あまり世間を知らない勇者の若い女たちを必要以上に警戒し、結果的には翻弄されただけである。
***
ラーダンは記憶を取り戻す旅を続けていた。唯一の手掛かりであるヒカル・フセから話が聞きたかった。
まずヒカルと話すには彼の所在が分からなくては何も進まない。
その為に、千里眼の龍眼を持つ龍人をついに捜し当てる。
その龍人の名はレヴィ。正確な年齢は不明であるが、ラーダンと同じく伝説的な存在で歴史的資料には度々その名前が記録されている。
「あの女、同胞が困っているというのにまるで助ける気がないな」
「レヴィさんはそれで商売したり、有力者と繋がって特権を持ってるからね、タダで何かするのは立場的に無理なんでしょ」
「その理屈は理解しているが、夜明けの赤涙が本当に必要なら、どこにあるかを私に教えて取りに行かせるというだけで済む話のはずだ」
「うーん」
「私があちこちを彷徨うのを楽しんでいるとしか思えない。そもそも、あれは言ってしまえばただの極めて質が高い魔石のはず。使い道など限定されているし、高品質な魔石を集めれば良いだけだ」
「……私はそうじゃないと思うな」
「どういう意味だ?」
「あの人は夜明けの赤涙が必要な人を知っている。その人の力が必要な人を知っているって感じで各方面に恩を売って立ち回るようなことをずっとしてきているから、今回もレヴィさん本人が欲している訳ではないと思う」
「彼女の根源となる望みはなんだ? そんなことをして恩を売り、権力を得てその先に何があると言うのだ?」
「さあ? そういう分析はアウルムが得意だから合流したら話して調べてもらえばいいんじゃない……でも、それは今話すことじゃないと思うんだけどね」
彼らの足元は死屍累々たる光景が広がる。
所在の分からなくなった夜明けの赤涙の足取りを追っている最中、思わぬトラブルに巻き込まれることとなる。
「やってくれたな、ラーダンッ……! 200年前の恨み、そしてましても……まだ満足せぬかッ! 殺すッ! 貴様は必ず殺すッ!」
ラーダンとミアの視線の先には過去には神として崇められていたこともある古代種のセトが青筋を立てて憤怒に満ちていた。
その姿は頭部が犬ようで、首から下はヒューマンと殆ど変わらない。ビーストと呼ばれる獣人種の始祖的な立ち位置にいるのが、セトのような古代種であり、その力は現在この世界で多く存在するビーストとは格が違う。
そのセトが激怒しているのは彼が召喚した眷属の戦士たちがラーダンとミアの手によって屠られたからである。
現在、交戦真っ最中であり、レヴィの文句など言ってる場合ではないのだ。
「待てッ! セトッ! 話を聞けッ!」
「その言葉……! よくも、よくもこの俺に向かって言えたなッ! あの時の俺がお前に言ったの全く同じだッ! だがお前は待たなかったッ! 覚えているか!?」
失敗だった。ラーダンの記憶を取り戻す方法の一つとして、ラーダンを知っていそうな者から話を聞こうとミアが提案した。
幸か不幸か、セトはラーダンを知っていた。だが、セトの記憶にあるラーダンを途轍もなく嫌悪している。
セトという名の古代種がこの辺りの地域を収めていると耳にして訪れたのだが、土地に足を踏み入れるなり、戦闘になってしまい身を守る為に不可抗力的に眷属を殺した。
眷属たちは生半可な加減が出来るほど弱くはなかった。純粋な身体能力のポテンシャルだけで言えばシルバよりもやや弱い程度。それが50体同時にコンビネーションを使った攻撃を繰り出してくる。
「すまないが、私には記憶がないのだ」
「……ッ! ククッ……どこまでもふざけた野郎だ……」
「ッ! 違うッ! 勘違いするなッ! 私には本当に記憶がなく、君と会話したことすら覚えていないのだ!」
「俺のような雑魚は記憶するに値しないと、俺の家族を殺したことも何とも思っていないと……そういうことなんだな……待てよ、まさか……そうか、最近ヴェルの大森林にヒューマンどもの匂いがすると思ったらお前が何かやっているんだな……!? 家族を殺した上で俺の土地を荒らしまわるとは……許せん……本当に許せん……!」
「違うッ! 話を聞けッ!」
「お師匠、これ無理でしょ」
話がまるで噛み合わない。ラーダンが釈明をしようとすればするほど事態が悪化の一途を辿る。
ミアはもうラーダンは喋らない方がまだマシなのではと思うようになってきている。
確実にラーダンのせいではない罪まで被せられ、セトとの殺し合いは避けられなかった。
「ミア、どいていろ。彼の言うことに少しでも事実があるのなら、記憶がなかろうと私が責任を負わなくてはならない」
「ウラァッ! お前の仲間を当然殺すに決まってんだろうがァッ!」
セトはラーダンに距離を詰める。風の魔法を纏った強烈な拳をラーダンに叩きつける。
「フンッ! ミアッ! 下がれッ!」
「なんだぁ? 技の切れ味が落ちてるんじゃねえかッ!?」
ラーダンはセトの拳を捌き、その衝撃がミアの方向へ行かないように流す。だが、ラーダンの腕には切り傷が生まれた。
セトはそれを見て裂けたように長い口からヨダレを垂らし笑い声を上げる。
「ぶっ殺す前に聞いておきてえんだがよ……テメェ、そもそもなんで俺たちを殺そうとしたんだ? あの時言ってた理由は建前なんだろ?」
「さあな」
ラーダンの反撃が始まる。ラーダンが足を踏み込み、パンチを繰り出そうとした瞬間に地面が陥没する。そして、ノータイムで拳がブレる。
知覚してから反応する時にはもう遅い。セトは反射的に避けるのではなく、腕でガードすることを選択。
だが、ラーダンはそう反応することを予測し、セトの腕を破壊することを目的とした攻撃だった。
「ッ……!」
「お前……マジで忘れてんのか? しらばっくれてんのか? それはもう喰らったことがあんだよ」
砂と風、その両方を高度な技術で操り攻撃に組み込むことがセトの戦闘スタイル。
セトの腕には小さな砂嵐が発生しており、攻撃をしたラーダンの右腕を逆にズタズタにしていた。ラーダンは自らミキサーの中に手を突っ込んだようなものであり、常人であればその衝撃は腕だけに留まらず全身に至り、ジュース状になっていただろう。
「誘っていたのか……!」
「お前の基本的な戦い方は力と技による圧倒的な接近戦。だが、俺に安易に近付けると思うなよ? 」
セトは砂嵐を纏いながら、ふわりと空中を舞い距離を取った。
「お前をぶっ殺す為だけにどれだけ鍛錬を続けたと思っているッ! 200年分の努力は無駄じゃなかった……砂嵐はついにお前の腕を引き裂くことに成功した……ああ、嬉しいぜッ! お前は出血している……血が出るってことはお前を殺せるってことだ!」
「なるほど、これはまともに食らっては流石に死ぬな……」
「ッ! へえ、龍人ってのはそんなことも出来るのか。ドラゴンの血を分けられた一族と呼ばれるだけあるな」
上級ポーションを飲み、腕の傷を回復させた後フーッと息を吐いた。
ラーダンの皮膚は黒と緑が混ざったものに変色していく。そして、肌の質が徐々に鱗状の硬質でテカリを帯びたものへと変わり、宝石のような煌めきを見せる。
──龍鎧鱗。龍人の中でも達人の域に至ったものだけが使用可能な武装。爪や尻尾などを生やし、部分的に龍へとその姿を変える高等技術。
「かかってこい、セト。私は君を殺すつもりはないが多少本気を出してやろう。戦うのやめないというなら戦えない程度に半殺しにしてやる。君の話を聞きたいだけだ」
「話か……少しだけ乗ってやろう。だが、聞くの俺の方だ!」
「良いだろう」
両者は警戒を解かず、距離取ったまま構える。
「一応これだけは確認してえんだよ。俺たちに何の非もなく、俺がお前をぶっ殺してもスッキリ出来るだけの確信ってのが欲しいんだよ」
「何が聞きたい?」
「お前が俺たちを殺そうとした理由だよ。あれからずっと考えてたんだ。もしかしたら、何か悪いことしたんじゃねえかってな。お前を怒らせるだけの何かがあった可能性、それをずっと考えた」
「それで?」
「ああ、もしかして……いや、お前とそもそも関わりはなかったし、生活圏も違ったはずだからあり得ねえとは思うんだが……お前が来る前に、飢饉があってヒューマンが結構な数死んだんだよな」
200年前の苦労に思いを馳せながらセトは少し空を見上げる。
「で、本来俺に差し出すはずだった生贄の数が足りなかった。ヒューマンってのは時々浅はかな行動を取るってもんだよなあ。これは推測だが、お前のメシを俺を崇めてたヒューマンが盗んだんじゃねえかと、ヒューマンって育つのに時間がかかるから食うまでに結構な手間がかかるだろ? 俺もせっかく美味く育ったヒューマンが盗まれたら腹が立つもんなあ……どんだけ考えても現実的にありそうなのは、こんなところだが」
「……そういうことか。過去の私が何を考えていたのかは知らんが、別に後悔はないな。現在の私も過去の私がやったことは間違いだと思わない。私としても後ろ暗い気持ちで戦う必要がなさそうで良かった」
セトと分かり合えることはなさそうだと、ラーダンは笑う。
過去の自分の罪を清算する覚悟もあった。
──だが、目の前にいるのは神を自称し、ヒューマンを喰らう怪物でしかないのだとセトの言葉でハッキリとする。
「始めようか」
言葉による会話は終わった。残るは暴力による会話のみ。




