2-3話 張り込み10日目の朝
「さっさと済ませて寝よう……」
歩きながら考えを整理するアウルム。
しかし何故、ザナークは始末されないのだろう?
犯罪者を殺しても犯罪にはならない。ならば、事情を知っている男を保護し続けるというのはリスクがあるはずだ。
それを上回るメリットがあるのか、殺せない事情があるのか……この辺りについてもう少し調査する必要があるなと、目をこすりながら冒険者ギルドへ向かう。
「おっと、失礼……」
曲がり角で馬車に道を譲る為、端に寄る。そのタイミングでカラスが糞を落とした。
「うげっ! チッ汚ねえなあこのクソ鳥めっ!」
睡眠不足から些細なことにもイラつき、ついカラスに悪態をつく不審者となる。
水魔法で洗ってから、冒険者ギルドに入った。
「……この街は旨い依頼がないな」
依頼の貼られたボードを見つめながら愚痴をこぼす。依頼を見るのは、依頼を通して街での需要や変化を把握しやすいからだ。
一番簡単な薬草採取であっても、需要が上がるのには何かしらの理由があるし、ここから得るものは多い。
「んー? お前見ない顔だな?」
ボードを眺めるアウルムに坊主頭の無精髭を生やしたガサツそうな雰囲気の男が近付いてくる。
「10日ほど前からこの街に来ているが、見なかっただけじゃないか?」
「そうか? そういや見たかも知れねえな……俺はこの街長いんだ金さえ払えば色々と教えてやるぜ?」
「まあ……先達の言う事は聞いておくに越した事はないな。朝飯を奢るから教えてくれないか」
「話が分かるじゃねえか気に入ったぜ、俺はガストンだ」
「アウルムだ」
***
近くの食事処でスープをすすりながら、ガストンから話を聞く。
面倒そうだと思ったが、思いの外面倒見が良いだけの善人だった。
「そういや、お前ランクは? 俺はBだ」
「最近Aランクになったばかりだ」
「なんだ、若いのに凄えじゃねえか。Aランクの奴からしたらこの街の依頼はショボいだろ、なんで来たんだ?」
「単に旅の道中で少し寄っただけだ、それよりこの街で注意しておくべきことがあるなら教えてくれ」
エールを注文してガストンの口を柔らかくするように仕向ける。
「へへ、悪いな。あ〜そうだなぁ、領主はもちろんエルバノって貴族は結構厄介だから近づかねえ方がいいぜ? 依頼があっても受けるのは勧めねえな」
エルバノは勿論知っている。何せ張り込んでいる屋敷がエルバノ家なのだから。
街のベテラン冒険者のガストンによる客観的な意見は聞きたいところなので、続きを待つ。
「貴族様なんてのは大概そうだろ? 何が厄介なんだ?」
ガストンは周囲を確認してからクイっと指を曲げる。近付いて耳を貸せと言ってるのだろう。
「それがよ、なんでもエルフの奴隷を所有してるらしいんだわ……他にも暗殺者を雇ったりと結構やりたい放題らしいぜ」
「エルフの奴隷を……しかし、エルフの奴隷って違法だろ?」
少数民族のエルフ族を奴隷とする事はシャイナ王国によって禁止されている。
悪どい奴隷商でさえ、定期的に行われる監査でエルフ族の奴隷契約をしたか、すぐにバレてしまうので手を出さない。
つまり、契約を結ばずに非正規のルートで強引な手段を取っていることを意味している。
「しかも噂じゃ5人くらいいるらしいぜ? ヤバ過ぎんだろ? 絶対関わらん方が良い」
「それは……そうだな、ヤバそうだ」
だが、貴重な情報が手に入ったと口ぶりとは裏腹にアウルムは少し機嫌が良くなる。
「だが、何故そんな話を冒険者のガストンが知ってるんだ?」
「だから噂の噂の噂みたいなもんだよ。でも火のないところに煙は立たないって言うからな!
ま、話の内容としては少し前に何の印も入っていない怪しい馬車が屋敷に入って、その時にチラッと見えた女の耳が尖ってた……みたいな眉唾物の話だ」
「へえ……確かにそれは眉唾物だな。面白い話ではあるが」
「ま、真偽はともかく近づかねえこったな」
この娯楽の少ない世界での噂は娯楽。ちょっとした話がいつの間にか大きくなる。話半分で聞いて想像を膨らませるのが楽しみなのだ。
特にそんなちょっとした噂話に冒険者は敏感で悪い噂だと不吉なことが起こる前兆だとか言ってジンクスを気にする性質だ。
冒険に出ることを中止する事だってある。
「ああ、そうそうこの街に勇者っているのか?」
「勇者ぁ? さあ……昔は見かけたが最近すっかり見ねえようになったなあ。まあ、皆騒ぎ過ぎて嫌気がさしたんだろうよ」
「俺は勇者の話が聞くのが趣味みたいなもんでな、他所の街に来ては話を集めてるんだ。何か知ってることがあれば教えてくれよ」
「Aランクの癖にミーハーだなあ、おい?」
「Aランクだからこそだ。強い奴の話は何かと参考になるからな」
「真面目だなお前。そういう真面目さが足りねえから俺はいつまでたってもBランク止まりなのかも知れねえが……」
ガストンはツルツルの頭をパチっと叩きながら笑う。
「ま、俺が知ってるのなんて有名なナオイソードの勇者たちと、後数人なもんだがな。こんな田舎には勇者も来ねえからよ。
ソードマスターって勇者様は本当にこいつが? ってくらいガキでビックリしたよ人種が違うから俺たちより幼く見えるらしいが、それでも周りの奴らよりも3歳は下に見えたな、背も低かったし。
なんて思ってたら1日でAランクの依頼片付けてクソでかいモンスターを引きずって帰って来た時はチビりそうになったぜ」
「Bランクなら体格と強さはそこまで関係ないって知ってるだろうに」
「間違いないな。でも、成人前の子供に見えるやつが勇者で一番強いんだぜ? 理屈は分かってても直感に反するんだよな」
「分からん事はないが」
「それこそ、お前はガタイも良いし顔も生意気に整ってやがる。豪華な金髪してるんだからお前の方が勇者っぽいし納得するぜ」
「褒めて奢らせようってか? 見え見えだぞ」
「バレてたか……」
ガストンは再び頭をピシャッと叩く。
話もそこそこに切り上げてガストンと別れる。しばらくこの街にいるならまた声をかけてくれと挨拶をして食事処を出る。
いかんな……睡眠不足で酒を飲んだせいか若干酔っている。
やや千鳥足になりながら拠点に向かうアウルムは背後にいた青年とぶつかってしまい、膝をついた。
「おっと、すまない少し酔っていてな……」
急に右方向にズレたせいでぶつかってしまったのだと、アウルムは青年に謝った。
「い、いえ……大丈夫ですので……こちらこそすみません」
帽子を被っていて顔は分からなかったが、声が若かったので青年と勝手に判断した相手は足早に去っていった。
「解毒系のスキルはシルバの『非常識な速さ』頼りで取得してなかったな」
ボンヤリとしか働かない頭で酔い覚ましになる解毒スキルは取っておこうと誓う。
『虚空の城』内に入り込み、アイテムボックスから寝袋を取り出してアウルムは張り込みの続きに備えて眠りについた。
夜に目が覚めたが、疲労感は未だに抜けない。
シルバと連絡を取った後、屋敷の前に陣取り再び張り込みを開始した。