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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
11章 ナイト・ムーブス

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11-5話 ぶっ飛び


 シルバが案内されたのは小さな一軒家。ここでドラッグの取引がされているとは普通は思わないであろう、ごく平凡な平民の家。


「客か?」


「ああ、普通の量じゃ足りねえんだとよ」


 中にいたのは仲間のディーラー、あるいはプッシャーだろう。頬に大きな傷のある男がいた。

 机の上には小分けにされた粉や大きな袋もある。ここで商品を捌いていることはすぐに分かった。


「で、どんぐらい欲しいって?」


「30日分だとよ」


「……冒険者か、まあそのナリなら15回、毒に耐性が多少あるならもうちょい少ないくらいか」


 頬に傷のある男は30日分の粉をすぐに用意する。


「俺はギラってんだ。この辺りでは一番信頼されてる売人だ。今後もよろしくと言いてえところだが旅人だからな。まあ良い……吸ってみろ。ぶっ飛ぶ量じゃねえから問題ないだろ」


 これは品質の確認であり、シルバが囮捜査か何かではないことの証明を求められているということだ。


 指で粉をひとつまみ、サラサラと机の上に乗せる。


 シルバはその粉を鑑定をして、鼻で笑う。


「おいおい、一番信頼されてる売人が出す商品が砂糖って舐められてんのか?」


「……なるほどな」


 ギラはニヤリと笑い、別の粉を取り出した。今のは目利きが出来るかのテストだ。


 今度は本物の黄昏である。


 そしてギラはナイフをドンッ! と机に突き刺した。


「……」


「使うか」


「いや、自分のがあるから」


 ギラはナイフを手に取り、慣れた手つきで机に乗った半分を取り、そのままラインを引く。


 シルバもギラほどではないが、自分のナイフでラインを引いた。


 もちろん、この動作も見られている。ここで上手くラインを引けなかったら黄昏を使用していない者と分かる。


 こうなることはある程度予測出来ていたので、シルバはあらかじめ練習をしていた。手先が元々器用なこともあり、怪しまれずに綺麗なラインが完成する。


 片方の鼻を押さえて一気に机に顔を近づけて吸い込む。


「まあ、効果が出るまで座って待ってると良い」


 取り敢えずは合格といったところだろうが、ギラは満足そうに鼻をすすりながら「ハァッ!」っと声を出して椅子に深く腰かけ、机に足を組んで乗せた。


「ふ〜……少なめやから物足りんがええ感じ。この量でこんなもんなら、妙な混ぜもんは無しやな。買うわ。いくらや?」


「量買ってくれたから銀貨30枚にしといてやるよ。大銀貨でも構わねえが金貨はダメだ。ああ、それか……お前が3ヶ月分、まあこの袋1個分だな買うならもうちょっと割り引いても良い」


「俺は買うの専門で売りの方は興味ないからな。別に良いわ」


「そうか。金は確かに受け取った。またここに来ることがあったら贔屓にしてくれや」


「機会があったらな」


 シルバは小さめの麻袋を掴み、家を出ていく。無事に噂のドラッグの現物を調達することに成功した。


「……慣れてるフリより効いてるフリする方が難しかったな。我ながら間抜けな演技した」


 実際、毒の耐性をアウルムの度重なる毒盛り料理により知らぬ間に上げられていたシルバは多少の毒物は効かない。


 ボンヤリと効いているような目つきや言動をする方がミスをしないかとヒヤリとしていたのだった。


「あいつ、マジか。普通よりかなりキツいのを試させたがケロリとしてやがった」


「やっぱそうだよな? 相当やってんな……イカれてるぜ」


 フラフラになったシルバから粗悪品を騙して売ってやろうと考えていたギラだった。

 だが、あまりにもシルバがシャキッとしていたので、気味が悪くなって妙な考えはおこないように路線を変更していたのだ。


 両者の思惑は噛み合わず、結果として無事に取引が終了したのだった。


 ***


「ほい、調達してきた。黄昏って名前で呼ばれてるみたいやな。こっちでは生産はしてなくて西から流れてるのは捌いてるだけっぽいな」


 シルバはアウルムと合流し袋に入った薬を渡す。


「ふうん……精製の精度はあまり高くないが……特に鍛えてもない娼婦ならそこそこ効くだろうな」


 アウルムは袋から粉を半分ほど取り出して10本のラインを引き、右から順に吸い込んでいく。


「うおっ! お前、エグいな」


「俺はそもそも毒の耐性がお前よりも高いし『分泌操作ホルモンコントロール』があるから、体内の毒はほとんど無効化出来るし、一時的に楽しむ分には何の問題もないんだよッ……ウォホォッゲホッガハッ!」


 コーヒーを一杯飲むのと同じくらいの影響しかないと、アウルムは鼻に引っかかった粉末に咳き込みながら答える。


「毒耐性とか関係なくそんな吸うたら咽せるって」


「なるほどな。直接生えてるのを見たことがあるわけではないが、これは『笑い胡椒(スマイルソルト)って呼ばれてるこの世界の胡椒の一種から取れる成分と、その他の薬草を混ぜて精製された合成麻薬だな。LSDっぽさもあるか。まあ、そんなに中毒性はないし、比較的安全な部類のドラッグだ」


「ドラッグそのものより、ハマってる背景の方が問題なパターンか」


「それもあるが、これは恐らく仕込みだろうな」


「仕込み?」


「ああ、要するにこれはゲートウェイドラッグで、もっとヤバい奴を簡単に受け入れる下地になるようにわざと安価で流通させてんじゃねえかってのが俺の結論だ」


「ガンジャみたいなもんか。ここに中毒性高いやつを混ぜて蔓延させる前段階って考えた方がいいんか」


「ああ、笑い胡椒自体栽培に手間がかかるし、精製や流通のことも考えると、この街で1回分銀貨1枚程度なのは安過ぎるからな。もっとエグいことを考えてると思った方が良い」


 何にせよ、これを作っている大元はそんなに馬鹿な組織でもないし、規模も大きいはずだと言う。


「何にせよ、化学的なアプローチで作るってるのは間違いないから、デケェ製薬工場みたいなのがあると思うな。コカインで大金持ちになったパブロ・エスコバルはジャングルの中に工場を持ってたし、場所自体は地理的プロファイリングである程度絞れるかも知れない」


「この袋……袋の素材から出所探れんか?」


「もろちん。それはもう『解析する者』で商業都市ヤザザ近くの森に多く自生する麻ってのは分かってるからな。俺は西側の詳細な地図を手に入れて来た。このヴェル大森林ってところのどこかに麻袋を作る工場とドラッグの工場があると思っている」


「しかし、その両方を同じ場所で生産って足がつきそうやけど」


「いや、ドラッグの原材料は普通の鑑定じゃ分からんから、そのリスクはないと思ってるんだろうな。まあ、分かったとしても、地元の権力者とズブズブだろうから誰も騒がねえってこともあり得ると思うが」


「となると……次の目的地はヤザザか。ミアとラーダンがいるし合流するにしても丁度良いな」


 この街での用事はもう済んだ。となれば、すぐにでもヤザザへ向かうべきかとシルバは確認する。


「そうなんだが、少し寄り道をしたい。カイトの目撃情報を探ってたんだが、それらしき話があってな。本来の目的がカイト捜索だから一応裏を取っておきたい。あいつがどこを目指してるのか手掛かりになるかも知れない」


「分かった。じゃあ明日にでも出発ってことでいいか?」


「ああ……明日にでも……っておいおい、マジかよ」


 アウルムは明日は晴れると良いなと思い窓から空模様を確認しようとした。


 そして、雲と同時にアウルムの視界に入り込む小さな黒い影。即座に水魔法でレンズを作成し望遠鏡にする。


「見せて! 俺にも見せて!」


「ガキかお前は……」


「ワイバーンッ!? こんな街の近くで珍しい……っておいっ! あれ、カイトの仲間の……!」


「シズク・ツクモとカナデ・ニイヤマだ。恐らく俺たちと同じようにカイトを追ってるんだとは思うが……」


「何か戦ってないか?」


 シルバが目を細めて影を観察していると閃光が空に広がった。魔法が爆裂した時の反応である。


「やっぱり戦ってるぞ! 最強勇者のお友達を攻撃する命知らずのバカは誰やッ!?」


「とにかく見に行くしかないだろう。カイトの失踪した理由も不明だし、万が一彼女たちが死んだら確実にカイトは大暴れしてこの国を消すぞ」


 アウルムはすぐに空に見える位置から一番近い『虚空の城』の入り口を開く。


 そこからはシルバの車を出して追跡する。幸い夜であり車を目撃されるリスクは低い。それよりもこの事態を放置して何も知らないままということの方がマズイ。


「3……4人で1チームのかける2で8人か。安い暗殺者って感じでもなさそうやが……軍人か?」


「ワイバーンで同じく追跡しているってことは金がかかってるな軍人……それもかなりのエリートだろう。理由は分からんが、これでどっちか死んだら外交問題に発展するぞ」


「シズクとカナデの方は攻撃せず、回避と防御に徹してるがこれ人が死ぬのは時間の問題やろ」


「何て言ってるか聞こえるか?」


「エンジンの音がうるさくて無理や一旦止めてくれッ!」


 アウルムは車を止めてエンジンを切る。シルバは目を閉じ耳を澄ませて空中で戦闘を繰り広げる者たちの声を聞く。


「……不法入国、侵略、戦争、撃墜、うわ〜不穏なワードがめちゃくちゃ聞こえてくるんですけど〜ッ! 聞いた感じ軍人の方はブチギレ、シズクとカナデの方は弁明って感じか……これは俺の推測なんやがカイトが消えて慌てて追って来た二人が手続きガン無視してワイバーンでアンティノア王国の空域入ったから怒られてるんじゃないかな」


「あ〜……クソッ最悪だ……丸く収めるの無理だろこれ。アンティノアを怒らせるか、カイトを怒らせるか、2択じゃねえかよ」


「止めた方が良い……よな?」


「馬鹿が、どうやって止めるんだよ。やめましょうって空に向かって叫ぶか? 撃ち落とすか? 俺たちが攻撃されるだろうが」


 現実的な解決プランがないから問題なんだとアウルムはボンネットの上に寝そべり、気怠げに戦いが繰り広げられる空を眺める。


「じゃあ、落とそ。どっちも」


「……は?」


「どっちが悪いとかじゃない感じにお茶を濁そう」


「シズクの方のワイバーンはユニーク・スキルによる召喚だから良いとして国の所有するワイバーン殺すのはマズイだろ。落ちた後にどうやって話つけんだよ」


「え? 話なんかつけへんって。普通にトンズラここうや。お前の能力なら余裕やん」


「結局俺が何とかするのかよ……やれやれ。まあ、それより良い具体的な策も思い浮かばんから乗ってやるがな」


 文句を言うなら別の方法を出せとシルバは言うに決まってるのでアウルムは面倒くさそうに杖を構えた。


「竜巻を起こして気流を乱す。ワイバーンを飛行不能にするレベルのを即席で作るには手間だ。お前の風と火の魔法を貸せ。細かい操作は俺がやってやるから」


 ものの数十秒で積乱雲を生み出し、雨と風を呼ぶ。上昇気流が次第に渦を巻き、突風が吹き荒れる。


 シルバはありったけの魔力を注いで竜巻を巨大化させていく。方向や威力など細かい操作はアウルムが行い、戦闘が行われる空中を話って入る形で竜巻が発生した。


「……ちょっとデカ過ぎたか?」


「お前、やったな」


「いやいや、勇者と軍人だから何とかなるだろ……多分」


 ワイバーンは竜巻に捕まり、逃げようと暴れる。全てのワイバーンが何とか竜巻から逃れることに成功したが、戦闘の長さからか疲れ切っており、四方八方にほとんど墜落する勢いで落ちていくのが見えた。


 すぐに竜巻を解除したが、やり過ぎ感も否めずアウルムは誰も死んでいないことを祈るばかりだった。


 ***


 翌日、ワイバーンに乗った謎の二人組と軍人の争いはしっかりと街中で騒ぎになっていた。


 だが、二人組の所属は夜だったこともありハッキリとしておらず、軍人とワイバーンも怪我を負ったが無事であることが分かった。


 これにはアウルムも胸を撫で下ろす。厄介なことになる前にさっさと街を出ることにしたかったが、処理としては雑なことは分かっている。


 外交問題になるリスクがあるのなら、早めに対処をしておきたい。


 情報をかき集める為、出発を遅らせるが結局のところ、空域を侵犯したワイバーンと二人組は分からぬまま。シャイナの人間であるという説も出ていたが、あくまで説であり、確たる証拠はなかった。


 騒ぎにはなったが、外交問題にはならず、シルバの言うところの『お茶を濁す』ことに成功したようで、余計な手間、リスクを背負わされたことにアウルムは終始不機嫌な状態でクロッカの街を出た。


「あのクソガキどもめ、次何かやらかしたら……いや、会ったらシメてやる……」


「まあまあ、子供のやったことやし……ってフォローは無理あるよな。あいつら来た時は子供でも、もう大人やしな。しかも名の知れた勇者で行動の責任の重さも理解してるはずやからな。カイトが消えて焦ってたってのは推測出来るけど」


 街を馬車で出て普通の旅商人という格好をしているアウルムは手綱を握る手に力が入っていた。


「俺らがどんだけ警戒して街の移動してると思ってんだふざけやがって。なんでガキどものケツを拭いてやらないといけないんだ」


「それは俺らが大人やからちゃう。ほら、アニメとかで中高生が主人公の作品って主人公の言い分より大人の言うことの方が納得出来てしまって昔ほど楽しめんようになるやん。俺らがまさに後処理とかしたりする融通の効かん大人よ」


「……そもそも転生したキッカケがガキどもの尻拭いだったな。ブラックリストに入ってなくても迷惑な奴はいるってことか」


「昨日の念の為、現場確認しとこうか。証拠が見つかったら面倒やしな」


「ああ、シャイナの紋章でも落ちてたらマジで洒落にならん騒ぎになるからな」


 後始末も兼ねて、ワイバーンが落ちたと思われる方向へ馬車を走らせる。


 地面がえぐれてひっくり返ったところがあり、その周辺に所持品などがないかを調べていた。


「ん……おーい、これ見ろや」


「どうした」


「足跡……女の大きさだな。しかも二人分。逃げたか」


「もしくは誘ってるか……やな。分かるか、どっかから見られてるで」


「ああ、場所は特定出来ないのか?」


「多分タンコ使ったら出来るけど、こっちがあっちに気がついてるってバレるからな。旅商人じゃないって分かってしまうで」


「タンコって……お前に教わってなかったら絶対に知り得なかった言葉だな」


 タンコとはシルバの使うエコロケーションの際の舌で大きく音を鳴らす動作のこと。関西のヤンキー用語である。


 盗聴されている危険も考えて会話は念話で行っているが、大きな音を鳴らすのはリスクが高いとシルバはまだ使っていない。


「だが尾行されたら面倒だな……確認するか。追ってこないのであれば無視で良い」


「追って来たら? 」


「……昨日の今日でワイバーン飛ばして追跡してきたらマジでキレるぞ」


「それはないと願いたいな」


 どこかから感じる視線に気付かないフリをしてアウルムとシルバは馬車を走らせ、ヤザザへ向かい出した。

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